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ロズリーヌの赤い薔薇  作者: 蒼山 螢
1章 クラシック
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 その夜、ロズリーヌはとても深く眠った。


 強くて濃い、薔薇の香りに沈む。自分の体であるような、ないような。


(まただわ)


 ロズリーヌには分かっていた。また、この夢を見ている。

 香りのもとはいま自分が座っている場所を囲むように咲いている薔薇。白いバルコニーには太陽の光が燦々と降り注いでいる。自分は黒髪なのに、手で梳いた髪は金髪だった。


 バルコニーのテールセットには紅茶とクッキーが置いてある。椅子に座る自分の隣には誰かが座っている。男性だ。大きな手が伸びてきてロズリーヌの指に自分のそれを絡ませた。


『誕生日には、部屋を埋め尽くすほどの薔薇をあげよう』


『嬉しい……』


『ロザーナ、愛しているよ』


 夢の中でそう呼ばれると、得も言われぬ幸福感に包まれる。そしてその中に滲む悲しみ。まだいまは幸福なのだ。自分がこの先どうなるか分かっているから、胸が痛い。


 愛を囁く彼に視線を合わせて微笑む。『ロザーナ』という名前そのものが愛のことであるかのように彼は名を呼ぶ。


 わたしは、ロザーナ。彼のことは、ティエリと呼んだ。

 ロズリーヌは、夢の中でロザーナだった。そして隣に寄り添うティエリがいる。


 愛の言葉を注がれ、口吻と抱擁を全身で受ける。


 ロズリーヌがまだその身に経験をしたことがないことも、ティエリが強く刻む。痛みと快楽と、離れられない心の結びつきも感じる。


 ロザーナは彼を愛していた。思いが溢れてくるのを感じる。感じるけれど、自分はロズリーヌなのだ。抵抗する気持ちがある。


 最初はただの夢だと思っていた。恋愛に憧れる深層心理が見せる夢なのだと。しかし、夢は毎回同じシーンではなく、自分たちが住む屋敷だったり、どこかへ出かけたりする。笑いあう日もあれば喧嘩をして口をきかない日もあった。


(また、あの夢を見た)


 朝、ロズリーヌが目覚めると体が重く頭痛がする。気分が良くない。飲み過ぎもあるのかもしれなかったが、あの夢を見るといつもこうだ。


 どうしてあの夢を見るのだろう。モネルが心配するから話せなかった。

 悩むと余計にロズリーヌは頭痛に襲われた。




 それから1週間が経った。

 ロズリーヌ二十二歳の誕生日、当日。よく晴れた空を見て、自然と笑みが零れる。


 朝食に食べた卵焼きが美味しかった。モネルも元気。海も空もとても美しいし、浜辺の町ハマーユは、今日も平和だった。


(穏やかでいられるって幸せね)


 ひとつ歳を取ったことで突然なにかが変わるわけではないけれど、平和で、穏やかでいられることは幸せだった。

 今日からひとつだけ、大人だ。ロズリーヌはいつものようにコーントで、いつもより少しはりきって仕事をした。


 今日は野菜がよく売れた。明日は店が休みなので、食材として買うひとも多かった。それと一緒に花もよく売れた。きっと売上も上々だと思う。


「綺麗ね。またよろしくね」


 閉店時間になり、ロズリーヌは花に声をかける。


「あら? ねぇヤンさん。ここにあった香りの強い大きな薔薇はどうしたのですか?」


 外からいちばん見えやすい場所に出しておいた赤い薔薇が入ったバケツがいつの間にか無くなっている。朝はあったのに。


 貴重な品種のもので、大きく咲き、濃い香りと血のように真っ赤な色が美しかった。値段もそれなりに高価なので、数本しか仕入れなかったのだが。


「ああ、昨日予約が入っていたんだよ。さっき引き取りにいらしたんだ」


「そうなのですか? 予約票にそんなのあったかな」


 後半はひとりごとになったが、自分の把握からは漏れていたのかもしれない。ヤンが対応したのなら問題ないだろう。


 片付けを済ませ、エプロンを外したロズリーヌに、ヤンが包みを差し出した。なんだろうと思いながら受け取ると、ヤンが拍手をする。


「ロズ、お誕生日おめでとう。これはわたしから」


「えっ! ヤンさん!」


 ロズリーヌは目を丸くする。


「そんなに驚かなくてもいいだろう。娘のように思っているのだから、お祝いさせておくれ」


 仕事中は誕生日のことには触れなかったヤンだったが、祝いの品を用意してくれていたのだ。

 ロズリーヌは、ヤンにどこか父の姿を重ねていた。だから家族に祝ってもらったようで照れくさいような、なんともいえない感動が優しく胸に広がる。


 ヤンは去年も小さなお祝いをしてくれたのだ。



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