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1章 クラシック
「いらっしゃいませ!」
「お疲れさま、ロズリーヌちゃん。頼んでいた虫除け草、引き取りに来たよ」
「ありがとうございます。ただいまご用意します!」
店に出すための木の実を計っていたロズリーヌは、エプロンで手を拭いて立ち上がった。店の常連に笑顔を向ける。店主のヤンが、奥から袋を抱えて出てきた。声が聞こえたのだろう。
「ヤンさん、ありがとうございます」
「いいねぇ、ヤンさん。ロズリーヌちゃんが来てから、ここの店が一気に華やかになったものな」
ヤンは長身にくっついた長い手足と、モジャモジャの髪の毛が特徴的な店主。ずれた眼鏡の奥にある優しい目を細めた。歳はロズリーヌの母よりいくつか年上だった。
常連客は少々お腹が出ていて、丸いシルエットを揺すって笑っている。
色々な店が建ち並ぶ一番賑やかな場所だった。常連客も近所の食堂の店主だ。
「妻が亡くなって、花屋なのにおやじがひとりで切り盛りすることになっちまって、客足も遠のくかなと思っていたけれど、ロズが看板娘になってくれて、上々だよ」
ヤンがホッホと笑う。
「ヤンさんたら。商売繁盛の原因は他にありますでしょ。でもわたし、がんばって仕事しますね!」
「おうおう、元気で可愛いねぇ」
常連客は豪快に笑い、お勘定をして帰っていった。
ここ、ガルデ王国フォルチュ公爵領、浜辺の町ハマーユにある花屋『コーント』は、花だけでなく木の実や苗、薬草や香料も取り扱う。季節によっては果物や野菜を置くこともある。
ヤンは夫婦で店を切り盛りしていたが、5年前に妻が病気で他界。それでもひとりで細々と頑張っていたのだが、国内の、様々な特産物の輸出量増の動きが高まり、それによって商店の客足増、ひとりでは手が回らなくなってきたのだ。
働き手を雇わねばと募集を張り出した瞬間、偶然、店の前を通ったロズリーヌが見つけ「雇って欲しい」と飛びついてきたのだ。
ロズリーヌとしては、母が働けなくなって仕事をしないと食べていけないと思っていたので、渡りに船だった。
美人で気立てのいい娘だと評判で、ヤンも嬉しい限りだ。
ガルデ王国は海に面しており、温暖な気候を利用した成果や果樹栽培がさかんに行われている。小国ながら裕福な国だ。花を取り扱う店は多く、ガルデ王国は別名「花の王国」とも言われる。フォルチュ公爵領は一番広く、海と山の産業がバランスよく機能していた。
ロズリーヌ・レーグル。長く豊かな黒髪は背中へとろりと流れ、ゆるく波打っている。色白の肌に青い瞳が美しい。色の濃い唇は紅がなくても赤い花弁のように艶やか。青い瞳の目を細めて客を見送り、仕事に戻る。
家計を助けるためにこの店で働くようになって二年。ロズリーヌは、誕生日がくれば二十二歳になる。この国では、庶民であれば十代後半で働きに出る者も珍しくはない。
曾祖父の代でレーグル家が没落していなければ、良家の令嬢として16歳で社交界デビューをし、良縁があれば結婚もしていただろう。
素朴な暮らしの中に小さな幸せを見つけ、一生懸命に生きてきたロズリーヌ。生涯愛する伴侶を見つけ結婚するということは想像できないことだった。なぜなら、この歳になっても恋する気持ちすら知らないのだから。
「もう時間だね。ロズ、これをお袋さんに持っていっておやり」
ヤンは売れ残った野菜と、薔薇の花を紙に包んで、ロズで寄越す。
「いつもすみません」
「腐らせて捨てるよりはいいんだ。うちじゃわたしだけだし、食べ切れんのだよ」
「お母様が喜びます」
「栄養つけてやらんと」
いつも売れ残りが出るわけではないが、こうして分けて貰えるのは大変助かった。時には、肉やパンも分けてくれることがある。
家が貧乏かつ母親があまり丈夫ではないのを知っているから、色々と心を配ってくれるのだ。