【短編】偏屈ドラゴンと傲慢美青年
報酬に釣られてドラゴンの討伐に向かった冒険者の青年。彼は一級品の強さを持っていた。しかしあくまで人間としての強さであり、ドラゴンに勝てるほどの埒外の強さではなかった。
さらに女性にしか見えないような嫋やかな美しさにより、侮られることが多く、高飛車でもあるため誰も止めることがなかった……。
(ここが竜の巣か。こいつを倒して、今度こそ有象無象に僕の偉大さを理解させてやる!)
「やぁ、ドラゴンくん」
「んー……?」
(凄い威圧感……いや、気のせいに決まってる。こんな間抜けそうなやつが相手ならいつも通り勝てるはずさ)
「君に僕の栄光の1ページを飾らせてやあげよう。光栄に思うんだね」
「は? なんだこの跳ねっ返りの小娘は」
「なっ……! ぼ、僕は男だ!!」
(間抜けって思ったけどそれだけじゃない! こんなやつただのアホトカゲだ!)
青年は顔を赤くして、歯をむき出し襲いかかる。
「うおっ、いきなり切り掛かってくるなよ。危ねぇだろ」
「このっ! くそっ! バカにしてっ!」
突然剣を振りかざしてきた青年だったが、ドラゴンはすべての攻撃をひょいひょいと気楽に避けていく。
「おい、やめろって」
「くそっ、避けるな!」
「いきなりかかって来て何言ってやが――」
「今だっ、はあああああっ!!」
「お?」
青年がドラゴンの体に攻撃を当てるが、その剣がバキンとガラス細工のように砕ける。
(そんな……間違いなく致命傷だと思ったのに……!)
「驚いた。ちゃんと当てるなんて思ったよりやるじゃねえか」
「――っ」
青年、驚きから現実に戻ってドラゴンを凝視する。
「くくっ、次はどうするんだ?」
「くっ! 寄るな!」
顔を引きつらせて後ろに下がる青年と、それにじりじりと迫っていくドラゴン。
「おいおい、もう終わりか?」
「ぅぁ……っ」
悲鳴とも呼吸音ともつかない呻くような音を出し、顔を恐怖に歪める。
「そんなに怯えんなよ。せっかく俺様に攻撃を当てることができたのによぉ、これからだろ? おいおい諦めんなよ!」
「ひっ! ごめんなさい!」
(なんだよ! なんでこんなに強いんだよ! 人間がこんなのに勝てるはずないじゃないか!)
「久々に見応えがあるから楽しませてくれると思ったのによぉ……」
「うぅっ、くるな……くるなよぉ……」
「ちっ、興が冷めた」
ドラゴンは舌打ちをし、冷めた目で青年を睨む。
「あ、あの……殺さないのかい」
「なんだ、てめぇも死にたがりか?」
「違うけど、その……」
「おい、てめぇ。飯と寝床くらいはくれてやる。それが終わったら二度と来るなよ」
「そうじゃなくて、君に剣を向けたのになんで……」
「あー、俺様に攻撃を当てることができた奴なんてここ数十年いなかったからなぁ。……いつもの雑魚みたいに轢き潰すのも違うかと思ってよ」
ドラゴン、少し困ったような雰囲気を出しながら青年に理由を話す。
(そうだ……。強い。僕は強い。今回は武器が弱かっただけだ!)
「お? 嬢ちゃん、その自信満々な方がまだマシだぜ。俺様に当てた小娘が臆病者だったなんて困るからな」
「なっ、僕は男だ!」
「嬢ちゃん、てめぇの強さはよく分かったしそもそも俺様はドラゴンだから人間の性別なんて関係ねぇよ」
「言い訳じゃないんだよ! なんで分からないんだよこの愚図!! もういい、脱げば分かるだろ!」
ドラゴンの言葉が青年の神経を逆撫でしたのか、止める間もなく素早く服を脱いでいく。
「これでどうだっ!」
ドラゴン、困惑した様子で青年の裸姿を眺める。
「お、おう。ちゃんと付いてるな。女じゃなかったんだなあ……」
「ようやく分かったみたいだね。僕は男だ」
「声も高いし肉も柔らかそうだし、騙されちまったな」
「いちいち気にしていることばっかり! からかってるのかい!?」
「くくっ、完全に調子が出てきたみたいだな」
「……もしかして、僕のことを気遣ってくれたのかい?」
きょとんとした顔でドラゴンを見返す青年。
「つーわけで俺様は軽く肉を獲ってくるからそこで待っておけよ。半裸の坊ちゃん」
「――もうっ! 君ってやつは!!」
そして、またからかわれたことに気付き恥ずかしそうにしながら服を着直すのだった。
######
「おう、戻ったぜ」
その声とともにドラゴンが巣の中へと戻ってきて、肉をどさっと地面に置く。
「ああ……。獲物丸ごとなのかい、やれやれ、やっぱり獣みたいだねぇ」
(こいつまた調子に乗って来たな……いやまぁ陰気なよりはマシだが)
「これは焼いて食べる分だぞ」
ドラゴン、肉に向かって炎の息吹をぶわぁっと軽く吹き付ける。
「ひぃっ、ドラゴンブレス!?」
ドラゴンの強さを象徴するであろう炎の息吹を見て、青年は顔を情けなさそうなくらい怯えに歪ませる。
「あん? 軽く肉を焼いただけだろ。……ははーん、さてはてめぇ割と臆病だな?」
「そ、そんなないじゃないか。まぁ肉はありがたくいただくよ」
「ふ〜ん……」
######
「んん、悪くはない味だったよ」
「そうか、ならあとは疲れが取れたら帰れよ」
「うん……、じゃあ、ぼく休ませてもらうから……」
「おう」
青年は美貌を幼げに緩ませて壁にもたれかかり、そのまま眠っていった。
######
「ふぁぁ……おはよう……」
「目が覚めたみてぇだな、疲れは取れたか?」
「うん……」
「よし、じゃあ帰れ。もう来るなよ」
「わかった〜……」
######
半年後。
竜の巣の前に青年が立っている。そこで眩しい日差しの下で巣の中に向かって呼びかけていた。
「さぁ、出てこいドラゴンっ!」
「……なんか聞き覚えのある声が」
「今度こそ君に僕の栄光を飾らせてあげよう!」
自慢げに新しい剣を陽の光にかざす青年。それに対してドラゴンは、あまりの鬱陶しさにか青年の前に姿をあらわす。
「おい……もう二度と来るなと言ったよな?」
「ふん、そんなの関係ないね! 僕が味わわせられた屈辱を返してあげようじゃないか!」
「屈辱って、てめぇ剣が折れた途端に震えて泣いてたじゃねえか……」
「あれは武器が悪かっただけさ。今回は半年をかけて最高の剣を鍛えてもらったんだ。君こそ覚悟するんだね」
「ほぉ? じゃあなんだ、俺様に勝てるって?」
「そうさ……隙ありっ!」
半年前よりはるかに鋭い動きでドラゴンに剣を差し込む青年。
「お?」
しかしドラゴンの鱗に傷をつけることができたものの、鱗を貫くことはできずに弾かれる刃。
(くそっ、やっぱりかすり傷にしかならないか……)
「へぇ、やるじゃねぇか坊ちゃん。気が変わったぜ。もう一回遊んでやるよ」
「じゃあ僕は君に遊んでもらってるうちにもっと重い一撃を与えてあげるよ」
「くくくっ、ならこっちも少しずつペースを上げていくぜ……!」
######
30分後。
青年は奮闘していたが、体力の違いからか少し息が荒くなっている。それに気がついていないのか、相手のドラゴンは徐々に目に危険な光を灯していく。
「だいぶ体が温まって来たぜ! うまく捌けよ?」
ドラゴン、口から炎を激しく噴き出す。
「くっ、範囲が広すぎる! 避けきれな――ぅ゛き゛っ」
青年、炎に包まれながら地面をゴロゴロと転がっていき、壁にぶつかって止まる。
「……完全には避けきれなかったか」
「あつい、いたい、あつい、いたい」
「もうすぐ俺様が本気を出すってところまで追い縋るなんて、本当にやるじゃねぇか……」
「いやだ、まだ死にたくない。僕は今度こそ……」
「てめぇは死なせるには惜しい。俺様が傷を直してやる」
ドラゴン、口の中を噛み切る。口の中から血が零れ落ちる。
「これを飲め」
ドラゴン、長い舌を伸ばして青年の口の内に血を流し込む。
「――げほっ、もがっ!?」
(何だかぬるぬるする……ドラゴンの舌が中に入ってる!?)
ずるりと青年から引き抜かれるドラゴンの舌。
(からだが……あつい……? それともきもちいい……?)
青年、まどろみに包まれて意識を手放す。
######
「――生き返ったか」
その声を聞いた青年は目を開ける。目の前で自分の顔を覗き込んでいたドラゴンと目が合い、顔を赤くして体を起こす。
「きっ、きみ! 破廉恥じゃないか!」
「あ? てめぇが俺様の息吹でズタボロになったから血を分けてやっただけだよ」
「そ、そうだったのか。すまない……つい、その、僕に……」
青年、後半を小声で恥ずかしそうに言う。
(また奴らみたいに僕にいかがわしい事をしているのかと思ったけど。そうか……あんな奴らとは違う、誇り高い生き物なんだ)
「完璧に癒えただろ?」
「え? ああ、確かにとても体が軽くなったような気が……なんだか軽くなりすぎたような気するんだけど」
全身を捻ったり跳ねたりして体を動かしてみる青年。
「祖竜たる俺様の血だからな。ちっとは体が強くなったり寿命が延びたりくらいはあるかもしれねえな」
「そ、そうなのかい。もしかしてやっぱり僕を……」
青年は今度は嬉しそうにはにかみながら、顔を赤めて小声でつぶやく。
「こんなに思い切り動き回れたのは久々だったぜ。折角だからてめぇの名前を教えろよ」
「僕の名前……ローズフットだよ」
「ローズフットか。ニンゲンの名前はよく分からねぇが、いい名前なんだろうな。忘れないぜ、ローズフット」
「僕も……僕も忘れないよ」
「さて、それじゃあ戦いも終わったし傷も治ったし名前も聞いたし、完璧だな」
「折角だから、君の名前も――」
「よーしもう帰れよー今度こそ二度と来るなよー」
「えっ、ちょっ、待っ――」
ローズフット、ドラゴンに食い下がろうとするもののそのまま追い出される。
######
さらに一年後。
竜の巣の中で、ドラゴンと全身を完全に武装した騎士が戦っていた。
しかしそんなところに叫び声が響いてくる。
『出てこいよおおお! クソドラゴオオオン!!』
「……なんだか嫌に聞き覚えのある声が聞こえる気がするぜ」
急に動きを止めたドラゴンを見て、訝しむ騎士。
「どうした貴様。急に動きを止めおって、私を舐めているのか?」
「いや、そんなつもりはねぇが……」
『こっちだな!? 戦いの音がするっ!』
叫び声が急激に近づいてくる。
「見つけたっ!」
「本当に来やがった。これで2回目だぞてめぇ……」
叫び声の主ことローズフットが現れ、それを見たドラゴンはため息をつくようにうつむく。
騎士、不思議そうに向かい合う一人と一頭を見る。
「女……? おい、娘。ここは危ないから早く出て行――」
「あーっ! なんで騎士がいるのさ! ねぇ、そこの騎士のおじさん、このドラゴンは僕の獲物だから諦めて帰ってくれない?」
女性のような美貌の青年の発言に唖然とする騎士。そのまま数秒ほど呆けていたが、我に返って睨み返す。
「意味が分からんな。そのような要求に従う必要がどこにあるのだ」
「これを倒すのは僕だって決めたからさ」
「おい、ローズフット」
「ほう、ならば貴様を倒してからドラゴンも殺してくれよう。吠え面をかくなよ、小娘」
「さっきから小娘小娘って、僕は男だ! 君こそ負けても言い訳しない欲しいね」
「貴様が男? はははっ、面白い冗談だ! さぁ、どこからでもかかってくるがいい」
「それなら遠慮なく」
######
十数秒後。
ローズフットは騎士の攻撃をすべていなし、騎士の首元に剣をあてがっていた。
「はい、チェックメイト」
「ぐっ、強すぎる……。なんなのだ貴様は!!」
「僕は最強の冒険者だからね! それより騎士のおじさん、さっさと帰ってくれない?」
「くっ、夜に街を歩く時は気をつけることだな……!」
兜の中で歯を軋ませる音を響かせて走り去る騎士を眺め、あざ笑う青年。
「ふふん。ざーこ♪」
ローズフットが騎士と戦う様子を観察していたドラゴンだったが、少し苛立った様子で詰め寄る。
「おい、てめぇ」
「あっ、ドラゴン!」
「……最初の時も前回の時も二度と来るなって言っだろうが。よく平気な顔して来れたもんだなあ……!」
ドラゴン、口から炎を噴き出し――
「おっと危ない。もうそんな威嚇みたいなブレスじゃ効かないよ」
炎はローズフットにぶつかることなく、軽く弾かれてしまう。
「あ?」
「この一年、新しい戦闘技術の研究とか、強力な結界魔法の習得とか色々やってきたからね」
そう言いながら、青年は体の周りを魔法の発動する光で明るくして見せる。
「……それで今度こそ俺様にてめぇを栄光を飾らせてくれるとでも?」
「君を狙う無謀な騎士さまがいるって噂を聞いてね、急いで駆けつけたのさ」
「はンッ!」
ドラゴン、鼻で笑う。
「てめぇも似たようなもんだっただろうが」
「それに、君は僕の獲物だ。他の奴が来たら追い払ってあげるし、絶対に……渡さないからね?」
(こいつが門番を務めるってことか……)
「ちっ、勝手にしろ」
「それに、僕にだけ名前を教えさせておいて、君は名前を教えずに追い出したこと、忘れていないから」
「……ドラグリューレだ。俺様の名前はドラグリューレ」
「それが君の名前……。よろしくね、ドラグリューレ」
ドラグリューレに、ローズフットが近づいてきて口吻に抱きとうこする。
「勝手に抱きつくな、馴れ馴れしい!」
ローズフットに向かって噛み付こうとするが、
「おっと、危ない」
ひょいと余裕そうに避けられてしまう。
「ちっ。で、その大荷物は何だ」
「僕の生活用品! これから一緒に住むからよろしくね? ドラグリューレ♡」
「わざわざこんなところに住まずに、てめぇくらい強けりゃ雌も誰だって選べるだろうが……」
「僕より強くて、なおかつ僕に優しくしてくれたのは君が初めてだったから……。死ぬまで勝手に住み着かせてもらうよ。悪いけど、ずっと一緒だからね」
「はぁ、なんでこんなことに。俺様、雌じゃなくて雄なのになぁ……」
「性別なんて関係ないって言ってたじゃないか」
再び抱きつこうとするローズフットに、今度は反応が遅れてくっつかれてしまうドラグリューレ。
「それは俺様が戦う相手のことで……」
それに対してドラグリューレは頭を抱えるて深い溜息をつき、ローズフットはますます嬉しそうに笑みを深めるのだった。
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