色のない『色つき』
「カランシアさま、そろそろおやすみになりませんと」
「えー、僕ここで寝る」
「カランシアさま」
ハンナが嗜めるようにカランシアを見る。
年頃の少女と一緒に寝るとかダメに決まってますでしょ!、めっ!と目が強めに語ってる。
二人ともまだ子ども気分だが14歳というのはこの国では結婚ができる年だ。
「さぁ、お部屋にお戻りください」
ハンナが湯呑の載ったトレイを器用に片手で持ちながらカランシアを自室へと追いたてる。
あれ?入ってきた扉じゃない?もうひとつ、廊下側ではない壁の扉が開く。
「カランシアは隣のお部屋なの?」
「そうだよ~。ちゃんとそちらから鍵かかるから安心して。じゃあ、シャラおやすみ。また明日ね」
うん?なにも心配してないけど?シャラにはハンナの心配の意図するところが届かないのでカランシアの言う『安心』がわからない。
「おやすみなさいカランシア」
パタンと扉が閉まる。
なにやら不思議な匂いがする。
さっきハンナさんが持ってた湯呑かな?薬湯のような…。
薬湯だとするとカランシアが飲むためのものになる。カランシアはとても健康そうだけど?と首をかしげる。
白子だと視力が弱かったり紫外線に弱かったり、等多少不便な面もあるがカランシアにはそういった印象がない。
シャラはとうとうカランシアに訊くことができなかった。
もしかしてカランシアは『色つき』なの?と。
エーヴェ王国の貴族であればその確率は高い。王都や街中で暮らさず人目につかない田舎の領地に引きこもっているなら尚更だ。
でも、白子ということは色素が遺伝子レベルでないってことだもの…。もしも伝説の『色つき』の家系であってもカランシアにはその『色つき』の能力はないのかもしれない。
カランシアがいくら親切でさっぱりした性格のようでもまだ今日会ったばかりでどこまで踏み込んでいいものかわからない……。
ハンナが用意した寝間着に着替えてベッドに入る。使い魔のコナン三世はすでに枕元で熟睡しているようだ。
寝間着もベッドのシーツも上等な麻で肌触りが心地よくするすると手足を動かして冷たい感触を楽しむ。
夏ではあるがこの地方は夜間や日が当たらないところは適度に涼しく過ごしやすくエアコンなどは不要のようだ。
湿気がちで不快な暑さがいつまでもこもる晴見浮島とは大違い。
大きな天蓋つきのベッドにはベールがかかっていてまるでお伽噺のお姫様のよう、とシャラは思った。
上を見ると天井は高く交差したアーチ状になっており白い漆喰が塗られている。南の地方なりに涼しく過ごせるよう部屋にも工夫があるようだ。
お姫様のよう、とシャラが思ったのに反してこの部屋はどちらかといえば落ち着いた無駄のないインテリアだ。この天井以外には装飾的なものは殆どない。
ベールは装飾目的ではなく念のための蚊帳、実用目的だとカランシアが言っていた。内装も家具も子どものころに絵本で見たような豪奢なお姫様部屋とは違ってシンプルの一言に尽きるが質のよい上品な物ばかり。高級品によくある威圧感は全くなく寛ぐことに重点を置いたインテリアは居心地がとてもよい。長年使われてなかった筈なのに掃除も手入れも行き届いている。
カランシアのおかげですっかり落ち着いたシャラは布団に潜りこんですぐに気持ちよく寝息を立てた。
「さあカランシアさま、薬湯を飲んでくださいね」
カランシアはベッドに潜り込むとハンナから湯呑を受け取って一気に飲み干す。おやすみなさいませ、と灯りを消してハンナは部屋から出て行った。
眠ったりせずに今日起きたことをあれこれ反芻したりよおく考えたりしたいのに…こんなに楽しい気分なのに…なんて抵抗虚しくコトンと眠りに落ちてしまった。
いつもはなかなか寝付けずに憂鬱になる入眠のはずが、今日は気持ちのよい睡魔が襲ってきた。
こんなのどかな田舎に、毎日毎日恙無く同じ平穏が続く生活に突然降ってきた魔女という日常とは無縁の存在にカランシアの心は弾みまくっていた。トラブルといえばトラブルだし、シャラにとっては不幸な事故だ。
だがずーっと平穏に守られて暮らしてきたカランシアには生まれて初めてレベルの衝撃的な出来事だった。
領主としては面倒な案件かもしれないがこのわくわくする気持ちの前ではささやかな手間に過ぎない。
魔女は人間が怖い、というシャラの言うことは歴史的には理解するが人間側としても魔女への心証は微妙なところ。
実際にシャラと会った印象、ということではなくて人間のほうでも昔から魔女に抱いてる感情がある。
シャラが認識しているせかせかしてる、とかがめつい、とかもある。それ以上に後ろ暗いまじないや呪術を扱う、というのが人間の抱く魔女の典型だ。
人間にとっては負のイメージの魔法を使う=魔女。
だからこそ古代の人間は魔女を恐れて魔女狩りが行われたのだ。
でも、実際に今日会った魔女のシャラは表情がくるくると変わるいきいきとした、とても愛らしい自分と同年代の少女だった。
シャラはカランシアを見たことがないほど美しいと言っていたがカランシアにとってもこんなに美しい少女は初めてだった。人間にも美少女はもちろんいるがそれとは異質だ。
シャラは華奢過ぎる身体に手足が細く長くとても小さな顔をしていた。
キラキラとした大きな目とくるんと上を向いた長い睫毛、顔の大きさに対してかなり大きめの瞳は一見黒いが光が当たると琥珀色。小さくて形のよい鼻と唇。
黒く艶やかな髪は顎くらいの長さできっちり揃えられていて前髪も眉くらいで揃えているいわゆるおかっぱだがそんな田舎くささは全くなく垢抜けた印象だ。
まるで小さな女の子が持っている着せ替え人形が等身大になったかのよう。
人間とは種族が違う、というのを見てみて本当に理解できた。
話してみると最初は怯えていたものの気さくで親しみやすい。
カランシアは貴族なので同年代といえど敬語での会話が普通だ。友達というものがいない。
貴族という以上にカランシアの見た目もあるのだろう。
近隣地方の貴族の子弟や有力者の子女がそれなりに友好的な態度を示してくれることはあるもののあくまでも立場上仕方なく、という壁があるのが悲しいことに伝わってくる。
同年代の子どもと立場を気にせずにかかわるのがカランシアにとっては初めての経験だった。