魔女には使い魔
美味しい料理の後はこれまた美味しいデザートのサマープディングに満足して不安はすっかりどっかへ飛んでったシャラの肩で、使い魔のコナン三世がくわっくわっと顎を膨らませて鳴き声を上げる。
「あぁ~ごめんごめん。コナンさんのご飯もいるね~」
「魔女蛙って何を食べるの??」
「浮島だと売ってる魔女蛙フードなんだけどたしかお肉とかお魚でよかったはずー」
カランシアは魔女蛙に興味津々のようだ。
優秀な料理人はそれも用意してくれてたようで鶏のささみとキャベツを煮込んで小さく刻んだものがシャラの前に置かれる。
お箸に少しずつ取ってコナン三世の前に出すと上手に舌を出してぱくりと飲み込む。
大きな口を開けて淡いピンクの舌が覗くのが何度見てもかわいらしい。飲み込むのに大きな目をむぎゅっと瞑って下げる様子も愛らしくカランシアもにこにことコナン三世の食事を見守る。
魔女には伝統的に使い魔がいる。まだ若輩の魔女であってもそれは普通のことだ。
「コナンさんは先祖代々うちに仕えてくれてる魔女蛙の一族なの。正しくはフィン・マクリール・コナン三世。コナン三世なんだけどコナンさんと呼んで大丈夫」
コナン三世とシャラは意思の疎通ができる。言葉ではなくてイメージのやり取りのようなものだが魔女側からは普通に言葉を話せば通じる。
ぱっと見は大きな蛙といった感じだが魔女蛙は地上にいる通常の蛙とは全く違う。
まず、ベルベットのような産毛が生えている。コナン三世はアマガエル型の魔女蛙だがヒキガエル型やバジェット型、フクラガエル型など様々な種類がいる。
魔女は伝統にこだわる種族だ。
魔女の伝統的な使い魔といえば猫、フクロウ、ヒキガエルだが女子文化が主流にあり可愛らしさ美しさを求めるのもまた魔女の基本的な性質。
加えて生物学は魔女の本業。品種改良はお手のものだ。
地上にいる蛙そのままでは大きさやどんくささ、触り心地や餌の供給、個体の丈夫さに難があり遥か古代に魔女蛙なるものが生まれた。
見た目はそのままだが小さい蛙は見失わない程度の大きさに。手触りがよく蛙フードと呼ばれる簡単な食事で済むようになった。寿命もアマガエルでは10年程度だったものが約30年、30年程度の寿命のヒキガエル型は人間と同じくらいに長生きに。
見た感じ地上の動物でいうとまるでハムスター程度の可愛らしいペットだがいつも連れ歩いても全く大丈夫な強い生き物だ。
猫やフクロウと違って蛙自力の移動手段では品種改良したところでトロすぎる。
魔女蛙は胸ポケットやマントのフード、もしくは魔女蛙用のポーチで連れられるのが基本で少々押し潰されても大丈夫なように柔らかい身体は実はとても頑丈なのだ。
品種改良の過程で普通の蛙のようには子孫が増やせなくなった魔女蛙は専門のブリーダーの元で大切に大切に育てられる。
それは魔女と付く使い魔の動物、魔女猫も魔女フクロウも同じだ。使い魔はすべて魔女と一緒に浮島で暮らしやすいよう品種改良されている。
使い魔になるかどうかは魔女蛙に限らず魔女猫も魔女フクロウも魔女本人との相性で決まる。相性というのは簡単には意志疎通の際の周波数が合うかどうかだ。
シャラの家系には魔女蛙ではマクリールの一族が相性が良く、馴染みのブリーダーが丁寧に育ててくれている。
伝統の体裁は守りつつ魔女の好みに合わせたこの魔女蛙は人間にとっても非常に可愛らしい珍しい生き物。
マニアの間では非常に高額で取引されているらしいが意思の疎通の図れない人間には不要なものだとは大抵の魔女の意見だ。
まぁかわいいから気持ちはわかるけどね、そう言ってシャラは笑った。
魔女蛙の品種改良の話をしつつシャラはカランシアをまじまじと見る。
生物の改良や品種改良は様々な種類がそれぞれを得意とする浮島で行われている。生物をたくさん育てると稀に突然変異の個体が生まれる。
その中でも色素のない個体は目にする機会が多い。白子と呼ばれるのだがカランシアの見た目はまさしくそれだ。
うさぎなどはわざわざその種類だけを繁殖させている。
白い身体に赤い瞳はまさにその雪うさぎのようで可愛らしいなぁとカランシアをうっとりと見つめた。それでなくともカランシアは稀に見る美貌の持ち主だ。
「僕の見た目、気持ち悪いでしょう?」
シャラの視線に気付き唐突にカランシアは呟き俯いた。
「えっなんで?」びっくりするシャラ。
そんな表情に見えただろうか?
「とってもかわいい……きれいだなぁって思うけど」
カランシアが頬を真っ赤に上気させる。
うーわ、更にかわいいんですけど!
魔女はかわいいもの美しいものが大好きだ。
魔女自身、自分にも周りにもそれを求める。
魔女族では美しく生まれついたものもそうでないものもあらゆる手段を使って見た目を出来うる限り美しく施す。
それでもカランシアのように美しい者はめったにいない。
カランシアの美貌は幻想的で夢見心地。
シャラの家族もなかなかに美しいのだが、魔女の盛り盛りの世俗的な既視感溢れる流行りに左右されたそれらとは全く別物で、天然モノの掛け値なしの美しさだ。
お坊ちゃん育ちの上品な仕草にも思わず見惚れる。
せわしない浮島のアパートや街中と違って大きく美しいゆったりとした邸の落ち着いたインテリアの部屋にいるから余計に優雅に見えるせいもあるかもしれない。
それを気持ち悪いってどーゆーこと?
「子供の頃からこの見た目で…気持ち悪がられて……今はさすがにないけど石投げられたり……」
あー魔女族に伝わる人間たちならそんなことしそう…。
人間同士でもご領主さまでも関係ないのか。
多数派であることを盾に少数派の迫害を疑問すら持たずに行う抑制の効かないその性質は魔女が伝統的に思い込んでいた人間像そのものだ。
「わたしはとてもかわいいと思う。こんなにきれいな人初めて見た」
「男なのにかわいいとかきれいって言われてもなぁ…せめてかっこいいとか…」
カランシアは真っ赤な顔でそっぽ向いてぶつぶつと呟く。
「ごめんなさい。魔女族ではいちばんの褒め言葉なんだけど」
魔女族なら男女ともにかわいいとかきれいと言われれば喜ぶんだけど。
人間の男の子の心は複雑だ。
でも真っ赤な顔で拗ねる様子がかわいすぎる。
カランシアのことがかわいすぎて悶えていることは内緒にしなければならなそうだ。うぅ萌え死にそう…。
魔女族の基本的なスキルは魔術師+錬金術師+化学者+科学者+呪術士です。割り振りには個人差があります。