魔女が降ってきた 3
シャラとカランシアは自分のことを教えあった。
魔女と人間では暮らしぶりが違うのでどこまで理解しあったかは二人とも謎が多いままだがお互いに14歳と同い年で悪い印象を持ってないことはわかった。
空の色が紫がかってきた。
「失礼いたします。カランシアさま」部屋の外から女中が覗く。
「夕食はいかがいたしましょう。こちらにお持ちしましょうか?」
「いや、食堂に行くよハンナ」
「かしこまりました」笑顔で返事をすると女中はパタパタと急ぎ足で去って行った。
「シャラ、歩くのは大丈夫?食堂に戻りがてら家の中を案内しようかと思うんだけど」
「うん。ありがとうカランシア」
両親を早くに亡くしたカランシアはまだ若すぎるため領主とはいえ叔父にあたる人が後見をしている。叔父はエーヴェ王国南部で一番栄えている街の邸に住んでおり領地にはめったに居らず、カランシアを補佐する家令は出張で数日は戻らないのだそうだ。
実務のほとんどを家令が行っているとのことだったがカランシアはシャラの安全を保障するにあたって即座に身元の保護・保証も兼ねた書類を作成し、浮島へ帰還の為の方々へ送る手紙をしたため早馬を出してくれた。
シャラはのんきな学生の身分で、逆の立場なら一緒に泣くくらいしかできなさそうだなぁと同い年の少年の手際の良さにただただ驚いた。
この国では手紙は郵便屋が運ぶ。
カランシアの邸は非常に田舎にあるのでまず召抱えの者がが街の郵便局に運ぶまで半日かかるらしい。一旦交易の盛んな街の商会の伝手をあたって魔女族の商会ギルドへと話をつけてもらうつもりだ、とカランシアは言っていた。
たしかに商売熱心な魔女族のこと、商会ギルドのほうが情報網も行動も迅速で人間の行政機関よりも話が早いだろう。
てゆーかこの少年、頭良すぎじゃなかろうか?そんなに臨機応変に対応できるものなのかしら。
浮島であればメールで済むものを、人間の国では時間がかかるなぁとは思うが焦っても仕方ない。
「まあ…助けてもらう立場だし…」
魔女のこういう所が人間からはせかせかして見えるんだろうなぁとシャラは思った。
そもそも食堂まで戻りがてらの家の中、というのがシャラには驚きの連続だ。
食堂までって数歩じゃないんだ??
先ほどまでカランシアと話し込んでいた部屋は中庭を囲む形になっていたが外側に出てみてそれが家ではなくただの東屋だとわかった。だから窓も扉もなかったのだ。
そこを出て様々な工夫を凝らした花壇や木々の並ぶ庭を抜けてトンネル上の生け垣をくぐるとやっと邸が見える。
二階建ての邸は大きいが無駄な装飾はない。蜂蜜色の石造りの重厚な、だがのどかな田舎の風景に溶け込んでいる素朴な建物だ。
浮島とは全然違う人間の住まいにただただ目を丸くする。シャラにとっては東屋だけでも広すぎるくらいなのに。
シャラの出身地晴見浮島は周囲が約30km、浮島の中では大きい部類に入るがそれでも人口は10万人を超える。したがって魔女は集合住宅に住まう。
シャラの家もアパートメントだ。アパートメントのあちこちに緑の木々があり街には公園といった人々の憩いの場はあるが個人所有の庭というものはない。
浮島によって景観や住まいの形は全く違うが基本的に浮島の人口は過密状態で魔女族というのは都市型の生活スタイルだ。
何にでもスピーディーさを求める魔女の気質にも合っている。
邸の中も装飾はあまりない。東屋の白と青の涼やかな色遣いとは違って邸の中は外側と同じ蜂蜜色の石を基調にした温かみのある優しい色合いである。庭から食堂に近い裏口を通って中に入れてもらったが裏口と呼ばれる所でさえシャラの家の玄関の3倍はある。
初めて見る人間の住まいにキラキラおめめできょろきょろしているシャラがカランシアには微笑ましいらしい。
美しい顔にしまりのない笑顔であちこち案内しているカランシアを通りすがりの召使いたちがニコニコと見守る。
食堂に着いてからカランシアは真顔であっと声を上げた。
「ご飯て同じもの食べれるのかな??」
「たしかに!!」
料理が出てきてシャラはほっとした。
「大丈夫、食べるものは同じみたい」
「良かった!」
「ほんとそれ」
料理は一度に全部出てきて好きな順に食べるとのことでシャラ曰く「うちとおんなし!」だそうだ。
人参のポタージュにチシャのサラダ、シェパーズパイ。
どれも晴見浮島ではよく食べる素朴な料理だ。
カランシアとシャラ二人でいただきますと手を合わせて夕食が始まる。このマナーもエーヴェの伝統なおかげか人間も魔女も共通らしい。
「美味しい!ママが作るのよりずっと美味しい!」
「ほんと美味しい!これなんていう料理だろう?じゃがいもと刻んだお肉?僕は初めて食べるけどとても美味しいね!」
「えっ??初めてなの?」
料理人が気を利かせて晴見浮島の伝統的な料理を作ってくれたらしい。えーっやさしいっ!後でお礼に行かなくちゃ。どうやら人間とゆーのはふつーにとても親切なんじゃなかろーか。
ママの料理はもちろん美味しいのだけど、これはまた別格。なんだろう?素材がいいのかな?味付けは控えめだからきっと素材の持ち味が活かされてるのかな。