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魔女が降ってきた

 


「え───?うっそ───ん???あ──れ────!」





 からりと晴れた或る日の昼下がり。


 少年はなにやら翳りを感じて澄んだ空に視線をやる。真っ白な雲は大きく空の青さに映え太陽は燦々と夏の到来を告げる。


「鳥かな…」


 小鳥はあちこちでさえずって遊んでいる。きっと鳥だな、視線を手元の本に戻そうとしたその瞬間少年は目を見開いて走りだした。







「うーん…」

 少女は汗ばんで額にまとわりつく髪をはらいのけながら目を開ける。

 白い高い天井が目に入る。

 白い部屋だ。部屋といっても窓や扉はなく外との境は大きな円柱とアーチで隔たれているだけの解放感のある造り。アーチの外には廊下があり更に円柱が並び立ちその柱廊の向こうに緑の生い茂る庭が見える。まだ陽は高いようだ。

 廊下と部屋の間には無造作に白地に青いラインの入った麻布が掛けられそよ風に揺られている。

 麻布によってできた濃い青の影がゆらめき暑さがやわらぐ気がする。



 ここはどこ?





 清潔な白い麻布のシーツのかかった小さな簡易ベッドにいる。簡易ベッドとはいえふかふかでさらりとしたシーツがひんやりと心地よい。枕もいくつも置かれているクッションにも白い麻布に青いラインが入っただけの簡素な彩りがかえってこの部屋の持ち主の美意識の高さをうかがわせる。

 少女は自分の格好を確認した。白い長袖シャツ。赤と緑のチェックのプリーツスカート。紺色のハイソックス。少女の通う学校の制服だ。なぜこんな格好で昼寝をしているのだろう?


 何が起こったのか記憶を手繰りよせる。

 たしか学校の昼休み。ランチを食べてそのあとはほうきに乗る練習をしていた。あぁ…



「目が覚めた?大丈夫?」


 驚いて顔をあげると少年が足音なくアーチをくぐって部屋に入ってくる。手には白い琺瑯引きのたらいを持っている。

 たらいの中からぱしゃんと水がはねて少女の顔に何かが飛んでくる。

「ぶはっっこらっ!」

 少女は顔に飛んできたそれをはがす。慣れた手つきだ。なじみの出来事なのだろう。

「顔に飛んでくるのはやめてって言ってるでしょ!コナンさん」

 べっしょりと濡れた顔でプリプリとしている。怒って見せてるだけで全然そんなことないのがすぐわかる、頬をふくらます様子がなんとも愛らしく元気そのものだ。少年は思わず吹き出した。


「その子は魔女蛙なんだね?」

 くすくすと笑いながら少女に問いかける。少女ははっとした顔で手のひらサイズの丸っこい鮮やかな緑色の蛙を抱きしめる。


「君は魔女なんでしょ?空から降ってきてびっくりしたんだよ。身体はなんともない?痛い所は?」

 元気なのを確信してるのか微笑んだまま少年は話しかける。


 使い魔の魔女蛙を見て緩んだ少女の表情が一気に青ざめる。


 人間だ。人間がいる。

 目の前にいる少年は人間だ。




「僕の名前はカランシア。君は?」


「…」


 身体が震える。声が出ない。

 だって、だって相手は人間なのだ。


 カランシアと名乗る少年は心配そうな顔で魔女である少女の顔をのぞきこむ。少女の変化に、怯えた様子に明らかに動揺している。


「あの、僕は悪い人間じゃない。ね?危害は加えないと…約束する…」


 カランシアの消え入りそうな悲しそうな声に申し訳なく感じたのか少女はやっとそちらに顔を向ける。


 はっとした表情でカランシアを見つめる。

 髪と肌が白い。真っ白だ。白い顔にはとても目立つ大きな赤い瞳。そしてその顔立ちの美しさ。


 一見して少年と分かる体格をしているものの顔の美しさは女性的で、女性でもここまで美しい者はなかなかいない。

 柔らかな頬にこぼれ落ちそうな大きなルビー色の瞳。ルビーにかかる長い白い睫毛。すっと通った細い鼻すじにぷっくりと愛らしい唇。細い顎。少し癖のあるふんわりと白い髪は肩にかかるほどではないが無造作に伸ばしており中性的で繊細な美貌を優しく縁取る。


「あの…」

 カランシアはどうしたらよいのかわからないといった様子で力なく話しかける。


「…っ…わたしはっ…シャラですっ」

 カランシアの切ない表情に気付きようやく声を絞り出す。











 シャラは魔女だ。

 魔女族の14歳の学生だ。

 魔女族は浮島(ふとう)と呼ばれる上空に浮かぶ島に住んでいる。

 雲や光彩などを巧みに利用して地上からはその存在は全くわからないようになっている。


 はるか古代に魔女は人間から迫害された。ある賢い魔女達の一団がその叡知と技術を総動員して魔女狩りから逃れる方法を実行した。

 魔女の街をまるごと上空に浮かべたのである。

 以来魔女は人間とは生活領域を全く分けることで迫害の難を逃れた。


 子どもでも知っている昔話で、実際に歴史書にもそう記されている。


 現在では人間とは良好な関係を築いてはいるがそれはあくまでも種族間のことである。

 伝統的に魔女は人間が恐ろしい。


 魔女は人間とそっくりだが種族として違う。

 人間には亜人種と分類されているがそれは魔女にはどうでもいい。

 亜人種には他にエルフやドワーフがいる。人間との婚姻も子を成すことも可能だ。


 見た目の違いとしては、魔女は人間よりもはるかに華奢だ。人間にも細いのがいるが並ぶと全然細さの種類が違うのでわかる。魔女族と呼ばれてはいるがそのなかには男性もいる。文献などではわざわざ魔人(ウォーロック)などと記されてることもあるが通常は男性も魔女と呼ぶ。

 他に特徴として闇夜で瞳が黄色く光る。


 そして呼び名の通り魔法が使える。


 魔女の魔法は人間からすると独特だ。

 人間の魔術師の偉大さやエルフの優雅かつ幻想的なそれらと違って魔女の魔法は生活に根ざしている。

 魔女は常に効率化を求める。人間からみるとそれは非常にせかせかしたみみっちい魔法に見えるらしい。

 魔女が持って生まれた魔力という神からの贈物(ギフト)に、魔法を使えない者が大半の人間、それも努力や苦労して学んでやっと使える魔法を難なく日用品のように使う様子に妬んでいる者は少なくない。

 しかもエルフなどと違い魔女族は身体的には華奢で人間でも力や数で組伏せることができる。

 そんな理由で古来魔女は人間のスケープゴートにされた。


 種族間で友好的となった今でも魔女が地上に降りることは滅多にない。

 だから大抵の魔女は子どもの頃に聞かされた昔話のおかげで人間には用心しているのだ。

 まだ年若いシャラが人間に怯えるのは致し方ないことである。


 それも浮島からたった一人で地上に落っこちてしまったのだ…。












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