結宇さんの、好きなもの。
モノクロドリーミング番外編①
ただただ結宇と夜大がイチャイチャするだけの番外編です。
最近、夜大が何かを隠している気がする。私が起きてから布団から出るまでの間、普段は朝食を作るその時間に外に出かけているのだ。勿論ちゃんと朝食もコーヒーも用意してくれるが、バタバタと帰ってくるところに出くわしたことがある。
「あれ……どこ行ってたの?」
「んー? ごみ捨て」
何でもないように答えていてその時は疑問に思わなかったけれど、よく考えたら、ごみはお店に行くときで十分間に合うのだ。休みの日以外も懇ろにわざわざごみを出す必要なんてない。
勿論、単に気になるだけというのが八割方だ。夜大は恋人になってからも元々節制が好きな性格なのか遠慮がちで、お金や手間のかかるようなことをあまりしない代わりに、小さいことを黙って一人で楽しんでいることがとても多い。私と違ってお店も半日だったり、週四回くらいだったりするので、多い休日に散歩なんかを楽しんでいるらしい。
今日も私がリビングに出てきてしばらくしてからバタバタと帰ってきてキッチンに立っている。出てきた料理を見ても、なんだか最近、ミックスベジタブルのスクランブルエッグとか、彼にしては少しシンプルすぎる料理が多い気もしてくる。
思わず溜め息をつくと、夜大はびくりと肩を震わせた。なんだか、少しにやついたような、焦ったような表情でこちらを上目遣いで見つめた。目が合ったので、またも思わず顔をしかめてしまう。あぁ、わがままな自分が嫌だ。
空になったマグカップを、わざとトン、と音が鳴るように机に置いた。夜大のことだから、なんとなくわかっているんだろう。私が何を気にして、何を言いたいか。
「夜大」
「はい」
極めて冷静に、何でもない風に言いたいのに、何故だか怒った感じになってしまう。夜大はエプロンをつけたまま、向かいの朝食時の定位置ではなく私の隣の席に横向きに腰掛けた。顔を付き合わせて話すには少し近すぎる距離だった。
「朝、何してるの」
「散歩」
あ、目をそらした。即答したからきっと嘘は言っていないのだろうけれど、合わせようという努力も虚しく、一瞬揺らいだ瞳が何かの存在を示唆していた。
「明日、連れていって」
正直、確かにベッドからすぐに出るなんてしたくない。早めに起きて、しばらくゆっくりする生活が身に付いているし、自分にも、二人にも合っていると思う。けれど……。
「……結宇さん、もしかして寂しいんですか? 」
イエスもノーも言う前に、夜大は数秒考えて口走った。一応は怒られる反省モードな感じの表情だったのに、すっかり笑みを隠せていない。
「…………」
夜大にはどうせ何も隠せないんだ。長くもやもやしていれば夢に見て、全部バレてしまう。そうでなくても、私のことなんて何でも知っているのに。
そこで、合点がいった。そうか、それだけじゃなかったんだ。夜大が全部わかるのに、私が全部わからないことが嫌だったんだ。
「夜大はどう思うの」
私はもうすっかり怒ってるなんて顔じゃないと思う。せいぜい、頬を膨らませて駄々をこねる子供くらいのものだろう。その証拠に、夜大は私にしか見せない、年上を小バカにした顔をしていた。
普段は綺麗なお人形みたいな顔をしていて、微笑んでいれば幼くも見える爽やかなイケメンなのに、私と話しているときはいじわるな表情を浮かべることがある。でも、そんな表情は絶対他人に見せない。大人らしく、周りをよく観察して気を遣って生きてきた彼らしいことだと思う。そしてその顔は、一言で言えばとても色っぽい。年下だということを忘れさせてしまうのだ。
面白そうににこにこしながら、夜大は両手を椅子の上について考え始めた。自然と前に倒れた顔が、もっと私に近づく。
「寂しいんですよね。だって結宇さん、俺の寝顔見るの好きなんですもんね。ホントは、眠くてだるいけどって時にイチャイチャしたいんですよね。あと、俺ばっかり朝が強いのが悔しいんですもんね」
どう思うか聞いただけなのに、どうして決めつけてくるのか! 私を見る目はすごく愉快そうに細められていて、フェロモンを振り撒いているのに、そうでしょう? と首を傾げる仕草は子供っぽい。……この人は、自分がかっこいいのはわかってるくせに、その破壊力にいまいち責任を持ってくれない。
やっぱり全部わかられてる。言い当てられたこともその中身も恥ずかしくて抱えた頭に、ぽんと手が乗っかる。ボタンを押されたように顔を上げると、素早く唇を奪われた。真っ赤っかの顔でウインクしてみせた夜大は、その後私が機能停止になることまで見透かして宥めるように軽く抱き締めてくれた。
「行きましょ、結宇さん! 大体わかってたのに隠していてごめんなさいだけど、見てから文句言ってください。きっと言いたくなくなりますから」
すっかりハンサムな微笑みに戻った夜大は、今度は無邪気な弟みたいだ。元々まっさらな美形なのに表情が豊かなせいで、たくさんの顔を持っているみたい。私もその人懐っこい笑顔につられて笑う。
なのに、また今度は雑巾を絞るくらい強く抱き締められて。
「あーもー、結宇さんがそんなにかわいいからからかっちゃうんですよ!」
結局、私のせいにされた。
案の定、結宇さんは無言アンド半分無意識で行きたくないと表明した。けれど目も開いてないで布団に潜り込んでいるだけなのだから、ぽやっとしている間にまだ肌寒いのでパーカーを着せて、少し髪の毛をとかして、手を引いて外へ出た。
フルール・ド・リスがあるのとは反対方向、裏側の家との間の塀近くにいつもの姿を発見した。
「ほら、結宇さん」
声をかけると、反抗の声を上げてまだまだ眠っていたいと主張した。辛うじて立ってるだけで首もカクンと落ちているし、まだ早朝とはいえ赤ちゃんみたいだ。
仕方ないな、と思いながらも内心心が躍ってしまう自分もいる。恥ずかしいことだって喜んでできるんだから、結宇さんには俺もビックリな能力があるとしか思えない。
「⁉」
唇が触れただけでは目を開けてくれないから、寝起きでカサついているそれをぺろりと舐めた。なんだか俺だけの特権って感じがして、嬉しい。目を見開いた結宇さんはしっかり頬もリンゴ色にして、もう今すぐにでもぎゅっとしたいくらいかわいい。
「ほら」
思わず笑みを溢しながら指を指す。いつもと違う人間に少しだけ警戒していた彼らも、溢れ出す好奇心に負け始めているところだった。
「……猫?」
グレーのシマシマの子猫が四匹。奥には柄までくっきり濃くて強そうにしたバージョンみたいな大きな猫、彼らの母親もいる。
「そ。野良猫だと思ったんですけど、そこの家の人に聞いたら、みんなでお世話してるんだって」
しゃがみこんで子猫を迎え入れようとしている結宇さんはやっぱり警戒されていて、俺がしゃがめば小さい足でヨチヨチと寄ってきてくれた。後ろで見ているお母さんが怖いので、そっと指で撫でる。指一本にも興味津々と見えて、精一杯追いかけてくる。
「え、夜大、ご近所さんと話してるの」
「うん。日村 結宇の婚約者です、って」
言えば、想像した通り怒りたいのに恥ずかしさが上回って真っ赤になって目を回す。子猫たちもとってもかわいいけれど、やっぱり俺にはこの子猫ちゃんが一番だ。
「ジョーダンですよ、婚約者は言ってません」
胸を撫で下ろしているけれど、どちらにしたって大して変わらないことに彼女は気づいていないんだろうな。長いこと一人だった彼女と一緒に暮らしている恋人なんて、結婚するの、と聞かれたものだ。
ミー、と無く。子猫の鳴き声は、小さな鈴を聴いたときと同じ幸福感をもたらしてくれる。結宇さんも、そっと指を伸ばして背で小さな頭を撫でた。
あぁそういえば、俺にもそうしてくれたな。遠慮がちで、けれどその表情は隠しきれない愛情に溢れていて、撫でられて気持ち良さそうな子猫以上に気持ち良さそうだ。
「……かわいい」
しばらくそうして無言で彼らと戯れて満足したのか、俺にニマニマ笑顔で報告してくる。もうどうせ、怒ってたことなんて忘れてしまっただろう。
「最初はごみ出しに行った時に見つけたんです。毎朝ここに来るみたいなので、会いに行ってました。でも結宇さんが寂しがるからーー」
「いいよいいよ、私も起こして? 一緒に行こう!」
結宇さんが猫を好きなのも、知っていた。しかもそれは、あまり触れ慣れた好きではなくて、憧れみたいな猫好き。彼女のお母さんが重度の愛猫家なのに、結宇さんは動物に好かれなかったことも。それは、怖がっていたからだと思う。動物には言語がない代わりに、気持ちがすぐに伝わってしまうから。
子猫と上手に戯れているのは、彼らから興味を持ってくれたことに安心したんだろう。俺と、結宇さんと、俺の友達みたいな彼らと、輪っかになれると確信できたから手を伸ばせたんだろう。
……猫の撫で方は、俺を撫でて習得したのかな? なんて。