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テスト用  作者: 愛餓え男
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53


 時刻は昼過ぎ。




<|>



「はあっ、はあっ、はあ、はあ……」


 エコが、“山”の斜面に立っていた。斜面には穴が空いており、エコはその穴の縁に体を保持していた。腰につながれたロープを、上でタークが確保している。

 エコは胸を膨らませて大きく息を吸い込むと、おもむろに詠唱を始めた。


「『フレイム・ロゼット』!」


 詠唱が終わると、エコは両手で杖を振り下ろして五発目のフレイム・ロゼットを深い縦穴の中に投げ込む。内部で爆発が起こった。

 穴の深さはおよそ3レーン。幅は狭く、約60センチレーン。内部が、灼熱の炎で包まれる。



「……ダメだ!!」

 エコが痛々しく叫ぶ。

「融けない……!!」



 エコとタークが胸部“中核ハード・コア”に到達したのは、つい先程のことだ。きつい斜面に口を開けた、“中核ハード・コア”の潜む深い穴。

 エコは、こう見積もっていた。魔法を立て続けに打ち込むことで穴の内部の温度が“中核ハード・コア”の融解点を超え、融けてしまうはず、と。

 だが、考え方が甘かったらしい。たしかに穴は赤々と燃え、溶鉱炉のようになってはいるものの、肝心の“中核ハード・コア”が融けた感触が全くない。


 10分ほどそれを繰り返し、手応えがないことを改めて確認すると、エコは手を上げてタークに合図を送った。タークがエコの体を引き上げ、安全な場所で簡単な食事と休憩をとる。

 こうしている間にも、エコとタークの体力は順調に消耗され、やがてくる限界点へと、着実に迫っていた。……二人はもう、二十時間も寝ていない。


「どうしよう……なにか手段は」

 

 エコがしょげ、エコらしくない顔になる。渾身の魔法でも“中核ハード・コア”を融かせなかったという事実が、エコの自信を粉々に打ち砕いていた。それに、“中核ハード・コア”の破壊が出来なくては、何のためにここまで登ってきたのか分からない……。エコからいつもの元気さがなくなっているのは、単なる疲労のためだけではない。

「エコ……、気を落とすな」

 タークが心配して声をかけた。振り向いたエコの瞳に、わずかに光が戻る。

 エコは一人ではなく、タークと二人で“山”に登り、一緒に“中核ハード・コア”を破壊している。そういう意識が芽生えて、エコを少しだけ癒やした。


「うん、ごめんね、大丈夫。よっし! ……少し休んだら、すぐ2トライ目に行くよ。次は魔法の打ち方を、ちょっと変えてみる」


 まだやってやるぞ、とエコは決意した。タークはそれを見て息をつき、荷物の確認作業に戻った。

中核ハード・コア”はエコに任せ、タークは“中核ハード・コア”を壊した後のこと……、“山”を安全に下る算段を付けていた。

 胸部“中核ハード・コア”を壊せれば、成果は十分。帰りの道のりを考えれば、時間的にも体力的にも、限界点はとうに超えている。

 ここまで登ったからには、その分下らなければいけない。下りは下りで、体力を激しく消耗する。むしろ気の抜ける帰り道こそ、事故が多発する危険な道程なのだ。

 二人は“山”の次の一歩を待ってから、数分様子をみて再び“中核ハード・コア”への攻撃を試みることにする。“山”の体が軋み、低い轟きが起こった。



――


 時間は少し戻り、エコ達が胸部“中核ハード・コア”を目指して登っている頃。


 ラブ・ゴーレム達が“中核ハード・コア”を叩く音が止まった。

 ラブ・ゴーレムたちが言葉を失い、そろって同じ方向を向く。彼女らの目線が注がれる先にいるのは、思いがけない人物だった。



<|>



「マコトリねーさん……!」

「よっ、ヒキウス。みんな元気にしてた?」

 ゆるいウェーブのかかった紫色の長髪を揺らしながら、マコトリがラブ・ゴーレム達の元へ歩んでくる。道具は持たず、着ている服も普段通りだった。着替える暇がなかったのだが、それが却ってヒキウス達を安心させるのに一役買った。


「……マコトリ姐さあああぁ~~~ん!!」

 ヒキウスが嬉し涙を流しながら、マコトリめがけて駆け出した。マコトリが両腕を広げてヒキウスを迎え、やさしく抱きとめる。

「おぉ、よしよし。その様子じゃ、苦労してるみたいだねぇ。まだ“固い核”とやらは壊せてないのかい?」


「全然ダメなんだよう~~、どうすればいいのか、もうわかんないんだよう~~」

 ヒキウスがマコトリにしがみついてマコトリの胸に顔をうずめ、我を忘れて泣きじゃくる。そこへウブスナがゆっくりと歩み寄り、眉根を寄せてマコトリに聞く。


「お姐さま、わたくしたちにはあれを壊す方法が、どうしても考えつかないわ……。わたくし、情けないけど途方に暮れてしまって……」

 いつも冷静なウブスナが、ここに来て初めて弱音を吐いた。彼女も最年長のラブ・ゴーレムとして、皆の前で弱気な自分を見せまいと気を張っていたのだろう。目元にはうっすらと涙を浮かべている。


「マコトリ姐さんは“中核ハード・コア”を壊したことありますか~?」

 一方、いつもの調子を崩さないカムラルがいつもどおりの間延びした口調で尋ねる。マコトリは軽く笑い、「ないね」と簡潔に答えた。


「やっぱりね。でも、何か考えつく事とかないの? あんたはジャイアント狩りの経験、豊富なんでしょ?」

 クシガリが少し挑発する様に聞いた。彼女はマコトリに対して敵対心を抱いてはいるが、それと同時に仲間意識も持っている。仕事で敵対しようとするほど、無分別な女ではない。


「ま、ちょっと調べさせてよ」

 マコトリは赤子の様にひっつくヒキウスを抱っこしたまま穴に下りると、“中核ハード・コア”の表面を撫でたり叩いたりして、何事か調べだした。一同は静かにそれを見守る。


 “中核ハード・コア”を一通り見終えると、ヒキウスを脇に下ろし、マコトリは膝をついて地面を撫でた。ヒキウスがぺたんと座りながら、不思議そうにマコトリを眺めている。

「ヒキウス、教えて。ここはアンタ達が掘ったの?」

「……うん……深くて“中核ハード・コア”に手が届かなかったから……。でも、叩いても叩いても全然だめでぇ……もうどうしたらいいのか……うぇっ」

「そっか。大変だったね~、よしよし」

 再び泣き出しそうになるヒキウスを、マコトリがあやすようになだめた。ヒキウスたちを見る時、マコトリの目はまるで母親の様に優しくなる。マコトリから見れば、製造後たった十数年しか経っていない彼女たちは、自分の子のようなものなのだ。



「……この核は確かに固いけど、結局の所はジャイアントなんでしょう? これなら、たまにやってた手が使えると思うよ」

「ええっ! 本当!? 手があるの、マコトリねーさん!!」

 ヒキウスが、マコトリの胸にうずめていた鼻水だらけの顔を上げる。マコトリは顔を上に向け、威勢よく叫んだ。

「多分ね。――クシガリとカムラルッ! ちょっと下行って、鶴嘴とスコップ持ってきて!! ウブスナはアタシとこの辺の地質を調べるよ。ヒキウスはそこにいな?」


 マコトリが号令を飛ばすと、ゴーレム達の表情が引き締まる。希望が、見えてきた。



――――


 空から太陽が照りつけている。“山”胸部“中核ハード・コア”。


 岩の窪みにできた日陰で、エコが大の字になって寝ていた。

 二度目、三度目のトライも徒労に終わり、再びの歩行待ち。少しの休憩から10分以上の間『フレイム・ロゼット』と唱え続けたエコはすっかり息が上がり、全身汗まみれだった。


 その前髪とまつげがすこし焦げているのは、穴から吹き出す熱風を浴び続けていたせいだ。タークもその間、エコを斜面に立たせておくために炎天下で綱を引っ張っていなくてはならないため、筋肉がオーバーヒートして引きつっていた。

 ものすごい量の汗をかいている二人だが、持ってきた水の量はそれほど多くはなく、もうすぐ底を尽きそうだ。帰路のことを考えれば、もうとっくに足りなくなっている。エコは魔法で水が出せるが、魔法の水にはなにが含まれているか分かったものではないので、飲用には適さない。


「まだまだ……なんか……なんか手段が……」

「炎の魔法じゃないとダメなのか? ほかの魔法は試さなくっていいのか?」


 タークは魔法のことにかけては素人だ。だが、もう意見をためらっていられる状況ではない。今は少しでも多く、少しでも多角的なアイデアが必要だった。


「わたしが使える魔法の中では、『フレイム・ロゼット』が一番力強いはずなの。あとは『ウォーターシュート』と『クレイ・ルート』と『グロウ』だけど……。どれも“中核ハード・コア”を壊せるイメージがわかない。唯一有効だと思ったのが『フレイム・ロゼット』で、普通の核なら一発で融かせたんだけど……」


 悩みながらエコが答える。タークも一緒に少し考え、こんなアイディアを出した。


「じゃあこういうのはどうだ? 『フレイム・ロゼット』で熱してから、『ウォーターシュート』で冷やす。あるいは、流石に熱して柔らかくなってるだろうから、『クレイ・ルート』で衝撃を与えて割るとか……石つぶてを噴出させるぐらいじゃダメか? 『グロウ』は……、禁じられてるんだっけな」


「『グロウ』は禁呪だってのもあるけど、こんな地面じゃ植物は育たないよ。むりやり使えないことはないと思うけど、無駄に疲れちゃう。ちょっと今回は出番ないかな。他の二手は使えそう。……つぎ、試すね」



<|>



 “山”の歩行をやり過ごし、挑んだ3トライ目。

 これより二人は、タークの言った『フレイム・ロゼット』で熱したのちに『ウォーターシュート』をかける作戦を実行する。


 物質は、熱が加わると膨らみ、冷えると縮む。

中核ハード・コア”は今、中心部までかなり高い温度になっているはずだ。そこに水をかけると、水は“中核ハード・コア”表面で蒸発し、熱を奪う。すると“中核ハード・コア”の表面だけが急激に冷やされ、縮む。そうして収縮した表面と高熱で膨張した中心部で構造にズレが生じれば、“中核ハード・コアはひび割れるはずだ。


 冷えたガラスに熱湯を入れると割れる、という事と同じ理屈だが、生じさせる温度差はもっともっと大きい。固い物質であればあるほど、この方法は効果があるはずだ。


 これは上手い方法だと、エコもタークも思った。

 気をつけなければいけないのは、穴から一気に吹き出すであろう蒸気だ。もしもまともに蒸気を浴びれば、全身ひどい大やけどを負うだろう。

 それを避けるべく、エコは『ウォーターシュート』をやや遠方から上に向けて放ち、熱した穴の中に落とすことにした。魔法のコントロール力が問われる。

 だがエコはたった数回練習しただけで、易々やすやすとそれをやってのけた。



 まず穴の近くまで行き、『フレイム・ロゼット』を数発穴に投げ込む。温度の冷めきっていない穴の中で数回の爆発が起こり、黒い煙が上がった。

 これで準備は整った。エコが大きく息を吸い込んで詠唱すると、白熱する溶鉱炉に向けて、四発の『ウォーターシュート』が放たれた。


「軌道よし。狙い通り、これで……!」


 エコの放った水弾が空中で弧を描き、穴の中へと滝のように降り注いだ。


 爆発音が轟く。穴の中で加熱された水が一気に膨張して、蒸気の爆発を起こしたのだ。離れているエコの元にも、激しい水しぶきが降りかかる。


 突沸とっぷつしたお湯が、穴から勢い良く吹き出した。後から落ちてきた水塊が次々と同様の爆発を起こした。轟音と立ち込める湯気の霧。エコとタークの視覚と聴覚が、一時的に奪われる。


 水蒸気が落ち着き……。エコの胸が高鳴る。手応えは十分。

 ――だが、数分経ってもこれと言った変化は無かった。


 中を調べるべく、タークが斜面を下ってみた。焼け焦げた穴の縁から、もくもくと蒸気をあげる、まだまだ温度の高い内部を覗き込む。

 穴の中の岩石が融け、泥のようにになって固まっていた。所々が高熱でガラス化している。その奥に暗く落ち込んでいるのが……吸い込まれる様に黒い、“中核ハード・コア”の表面だった。



<|>



 タークは白い蒸気を掻き分け、目を凝らして“中核ハード・コア”表面の様子を窺う。表面は黒く煤けているだけで、一点の歪みも見えない。もちろん、ヒビが入っている様子もない。



「なんてこった……。エコ!! 失敗だ!!」



 タークの叫びに応えるように、“山”の体が再び軋みだした。



――


 そのころ地上では、どよめき声が上がっていた。



 凄まじい量の瓦礫が“山”の中腹からなだれ落ちているのだ。


 脚部“中核ハード・コア”にいる五体のラブ・ゴーレム――マコトリ、ウブスナ、ヒキウス、クシガリ、カムラルが、一心不乱に“山”の体を削っていた。狙うは“中核ハード・コア”の根本。

 マコトリとクシガリの手で砕かれ、ヒキウスとカムラルによって掘り起こされ、ウブスナの手で運び落とされる大量の土砂が、次々と“山”の足元に捨てられていく。


 これがマコトリの立てた作戦――、『“中核ハード・コア”ぶっこ抜き大作戦』だ。“中核ハード・コア”本体が砕けないのならその周囲を全て砕き、掘り返してしまえばいい……という、あまりにもシンプルな作戦だが、マコトリは過去にも、固くて破壊が難しい核をこういった方法で取り除いたことがあった。

 ただし、“中核ハード・コア”を始めとする核は、ちょうど人間の歯と同じように地中に向けて根を伸ばし、体の奥深くに食い込んでいる。そのため、普通なら掘り返すより砕いたほうが処理が早い。

 そういう意味では、この方法は苦肉の策だった。


「まさか、“中核ハード・コア”を壊さないで取り除こうなんて……」


「発想の転換だよねー……!! さっすがマコトリ姐さん!」

「なんでこんな手を考えつかないかな~……アタシたち」

 ヒキウスが囃し立て、クシガリは自己嫌悪する。


「眼の前の仕事に集中してる時って、意外と頭が一個のことに使われちゃうもんなのよ。『砕く、砕く』ってね。そうなると、それをイチから覆す発想ってのは出てこないもんさ」

 マコトリが顔だけ二人に向けて、慰めの言葉を送った。


「でも、本当にそうでしたよ~。マコトリ姐様、さすがお見通しって感じですね~。アッハハハハハ」

 カムラルは笑いながら仕事をしている。

 現場には先ほどまでの絶望感とは打って変わって、和やかな空気が漂いはじめていた。疲労のないラブ・ゴーレムたちにとって、目の前の仕事さえはっきりと提示されれば、こんな仕事は辛くもなんともない。ラブ・ゴーレムたちにとって精神的負荷のかかることこそがこの世の中でもっとも辛い仕事なのだ。


「でもこの作業、終わるのに何日かかりますかね~? これと同じ“中核ハード・コア”がまだ上にふたっつもあるんでしょ~?」

 カムラルが同じ調子でそう続ける。マコトリが急に驚いて手を止め、振り返った。

「え!? まってまって、あとふたつもあるの!? 早く言ってよ」

「あれ、下で聞いてきたのかと思ってました~。上にあとふたつあって、さっき男の人と女の子のペアーが胸のところに向かって登ってったんですよ~。一回落ちそうになっちゃって、ハラハラしましたけど」

 カムラルの言葉を聞くにつれ、マコトリの顔つきがみるみるうちに変わっていく。


「うっそ、核が複数個なんて聞いてないよ……! こうしちゃいられない。アタシそっちを助けに行ってくる!」

 言うが早いか、マコトリは持っていた鶴嘴を素早く地面に置き、穴の斜面を走って出ていった。ヒキウスが背中に声を送る。


「マコトリ姐さん、行っちゃうの~!?」

「早く行かなきゃ、その人達死んじゃうかもしれないでしょ! あとはみんなに任せたっ!」


 マコトリはそう言い残すと同時に、壁に向かって跳躍した。5レーンほどを一気に飛び上がったマコトリは、ほぼ凹凸のない壁面に爪を立てるようにしてしがみつき、その勢いを殺さないまま再び飛び上がる。二度の跳躍で岩壁を10レーンほど駆け上がると、瞬く間にマコトリの姿が“山”に隠れて見えなくなった。

「がぁんばってね~~っ!!!」

 ヒキウスが叫んだ。その声は、いつもの明るいヒキウスだった。



――


 時間は少し戻る。


「マコトリを逃がした、だとおっ! お前、なに勝手なことしてくれてるんだよッ!」


 脂肪で覆われた丸い肉体から怒声を上げ、立ち上がったのはギギル・シュターン。マコトリの現マスターであり、コトホギの実兄だ。

 怒声を聞いて縮み上がったのはコトホギ・シュターン。マコトリが出ていったあと、ギギルと会って事情を説明しようとした矢先の出来事だった。覚悟を決めてきたとは言え、想像を上回る剣幕で怒鳴るギギルの態度に、コトホギの体が思わず強張る。固くなった喉から出る声はか細い。


「あの……」

「お前ふざけんなよ! マコトリが外に出たら、バツを与えてる意味が無いだろッ! そんなこともお前わかんないのかよッ!!」

「兄さん、話しを聞い」

「マコトリ……、あいつ俺をこの俺を出し抜きやがってッ! お前、どこに向かったか、どこにアイツが向かったか知ってるんだろうな!! 教えろよ!」

 ギギルは大きな体をぶるんぶるんとふるいつつ、癇癪を起こして怒声を上げ続ける。


<|>


「あのっ……っ」

 剣幕に押されてしどろもどろになっているコトホギは、頭の中が真っ白になっていた。目からは涙が滲み出し、緩んだアゴがかたかたと震える。だがコトホギは、ここであっさりと引くわけには行かなかった。

「待って! 兄さん、事情を……」

「まずどこに行ったのか言えよ!」

 言うと共に、ギギルの手に握られた杖がコトホギに向けられた。コトホギは一瞬たじろいだが、咄嗟に一歩踏み出し、ギギルに詰め寄った。

「事情を聞いて! 街の外に、どうしても倒せないゴーレムがいるの。それを倒すため、マコトリが行ってくれたのよ!」

「ジャイアント・ゴーレムだろ? そんなもん、マコトリひとりいない程度で倒せないようなことはないだろう!! お前が俺以上に何を知っていると言うんだ!」

「知ったかぶらないで聞いて! 今度のはちがっ、あつ!」


 ギギルの平手が、コトホギの頬を打つ。コトホギの手が、とっさに払われた頬を抑えた。コトホギの目が、射るようにギギルの目に向けられる。殴られた衝撃は却ってコトホギを苛立たせ、大人しい性格の頭に、熱い血を登らせる結果になった。


「痛いよ!」

「お前な!」

「自分勝手なことばかり言わないで!」

「自分勝手はお前だろ! 勝手にマコトリを外に出して……」

「マコトリの自由を奪うのは変よ! 昔から何から何まで自分の思うとおりにしようとして人の都合を考えない!」

「何が、何から何までだ! マコトリは俺の所有物なんだから、それが当たり前だろ!」

「マコトリは地下で死にかけてたのよ! マスターだ所有物だって言うなら、せめてきちんと考えて管理したらどうなのよ!! 思いやりがないから、思慮が浅いのよ!」

「マコトリが死にかけていただって! いきなりデタラメ言って、そんな……いや――」


 コトホギの発言がギギルの肝を抜いた。コトホギがさらに畳み掛ける。


「マコトリはさっきまで鼓動も止まったのよ。ええ、はっきりと死にかけていたわ……! 私だって、いろんなゴーレム達を見てきたから最期が近いことくらい分かるわ! 兄さんはそんなことになってるってことさえ知らなかったでしょ!?? マコトリだってゴーレムなんだから、自由も必要だし、死ぬ時は死んじゃうのよ!」


「っ…………! もう、話は終わりだ!」

 ギギルがコトホギを押しのけ、ドアへと向かう。

「どこへ行こうっていうの!」

 ギギルはコトホギの言葉を言い返さずに背中で受け、ドアを開いて部屋を出た。


――――


 万策尽きた――――。


 7トライ目が失敗に終わり、エコとタークは意気消沈していた。考えられる手は全て試した。エコの魔法は『グロウ』も含めて全て試し、思いついたアイデアは次々と投入した。しかし、成果は全くない。


中核ハード・コア”は、絶対に壊れない物質で出来ているのかもしれない……。そう考えずにいられないほど、“中核ハード・コア”は強固で、堅牢だった。限界を超えた疲労に包まれた二人は、口を開くことすら出来ない。


 しばらく停止していたタークが、エコに撤退を提案した。こここそ終着点だ。時間はただ無為に過ぎ行き、体はまともに動かず、持ってきた水も食料も尽きた。それでもエコは、首を縦には振らなかった。

「わたしはまだ諦めない」

 やっとのことで口を開いて言う。しかし鋭い眼光は、太陽の光を写しながら、しっかりとタークに向けられる。


「まだ……せめてもう一度は……」

「……そうか……。でも……今のうちでないと帰れなくなるぞ。気づいてるか、“山”が加速している」


 地鳴りが聞こえる。歩行の前の余震だ。あれから歩行の間隔はさらに短くなり、11分に一歩の頻度まで縮まっていた。エコが頷く。


「……ごめん、あと一回だけ。次の歩行から、その次の歩行まで。それを最後にするよ……」


 ぽつりと呟くとエコは目を閉じ、乱れた呼吸を整えるため、瞑想状態に入った。タークも静かに体を横たえ、効率的に体を休めるため、全身の力を抜いた。しばしの安らかな時間が過ぎ、やがて“山”の歩行が行われる。トレログの街が、また少し近づいた。



 そして迎えた、ラスト・トライ。

 強風の吹く空にはいつのまにか雲が増え、日の光を遮っている。雲はやがて強風に吹き流され、いずれ再び太陽が顔を出すだろう。強い陽射しが緩む瞬間は、核を攻略する好機だ。空にそびえる入道雲が、青空を白く区切っていた。

 タークの手は豆だらけだ。ここまでの岩壁登攀がんぺきとうはんの後、エコを支えるロープを握り続けて、革手袋は裂け、赤々とした手のひらが日射のもとにむき出しになっている。痛々しいその手が握るのは、エコの命をつなぐロープ。自身の痛みとエコの命なら、タークは刹那もためらうことなく後者を優先する。よってその手のひらは、血豆の上からでも常に全力を出して握られる。


 エコはロープに体重を預け、両脚を突っ張るようにして、崖の斜面に立っている。タークのおかげで両腕は自由になり、杖を頭上に振り上げることもできた。顔は正面、“中核ハード・コア”の潜む穴を見つめ、意識は一つに束ねられて、そこへ向かっていた。肺の空気が、二度の呼吸で一新される。頭の芯まで行き渡るよう、呼吸は一つ一つ厳密に行われる。



 エコの思考は今――、“中核ハード・コア”の破壊……ただそれだけで占められていた。

 


 エコが持っている杖に意識を集中した。エコの杖の先端に据えられた“卵水晶”には、術者の想像力と共振して魔法の威力を高める力があると言われている。エコが『フレイム・ロゼット』の詠唱を始めると、卵水晶が共鳴して、小刻みに震えだした。

 エコの頭が水晶の如く澄み渡り、思考の中に描かれた視野に、熱い溶鉱炉の底にす“中核ハード・コア”の姿を紡ぎ出す。“中核ハード・コア”はただただ黒く、まるで巨大な生き物の瞳孔の様に、静かにエコのことを見つめ返してくる。

 エコは呑まれないようにそれを睨みつけた。そして思念の中に炎の種子を生み出し、膨らませ、研ぎすませた。目指すのは、“中核ハード・コア”を融かすための、熱く強力な光。


 杖の先端に火が灯る。


 杖を握りしめるエコの両手に力が込められ、幾筋かの血管が浮かび上がった。同時に卵水晶の先に作られた炎の種が圧縮されていく。次第に卵水晶の振動が大きくなる。


 ――――鋭く。鋭く……。


 エコは体の中心に向かって力を凝縮していった。食いしばった歯が軋んで音を立て、早くなった血流がエコの体を駆け巡る。エコは総身の力を結集し、杖先に集中した。寄せられた眉稜びりょうが、額に高い畝を作る。


 ――――強く、強く……!



 次の瞬間、エコの体の力が抜け、眉間が一気に開かれた。同時に杖の先の火種が、引き絞られて青い燐光を放った。先程までとは一線を画す、圧倒的な熱量を持った青い炎だ。

 しかしエコは満足しない。今度は目を半開きの状態まで閉じ、さらに深い集中状態へと移行する。肺腑はいふの空気を吐き切ると、脳天を通り抜けるようにして息を吸い込み始める。どこまでも深い呼吸が、十数秒間続いた。



 赤い炎、青い炎。それじゃあまだ……足りない。あの黒い塊を融かす為に必要なのは――、もっと熱く、激しく、力強く、高く、輝く……。


 エコの体から余分な力が抜け、斜面に立っているための最小限の力だけ残して、全ての筋肉が緩んだ。腰帯にかかる体重が増え、タークの腕に掛かる力が、少し大きくなった。



 エコが呼吸する。体の隅々まで、熱い空気を吸い込む。血流が全身に廻り、体中にマナを送る。その力が杖に集まる。そして、炎はますます圧縮されていく。



 わたしの中の全てを使って、今までで一番の炎をぶつける。細く、鋭く、激しく、高く、輝け。わたしの魔法――――



 青く震えていた輝きの内側から、突然、光が放たれた。青い炎の卵から産まれた、全てを超える純白の光。力のない圧力が光速で空間を駆け、色のない光が、全てのものから、一瞬、色を奪う。


 生じた輝きが世界を駆け抜けたあと、エコの目がゆっくりと開かれた。エコの杖の先には、光の種が産まれている。エコは満足気に、その光を目に収めた。そして、僅かにほころばせた口を開く。



<|>



「『フレイム・ロゼット』……!!」


 つぶやきに合わせてエコが杖を下ろすと、卵水晶が弧を描いて、横穴の縁を叩いた。そして純白に輝く光の種が、暗い闇の底へと投げ込まれる。その軌跡は白い残像を残し、空間に光の曲線が引かれる。



 火柱が上がった。




 光と音の速度差をはっきりと感じるほど激しい光と爆発音、それに伴う衝撃波という順で、エコの体に荒波が押し寄せる。エコの膝が折れ、体のバランスを失う。


「これなら…………大丈夫、かな…………」


 気の抜けたエコの体から、振り絞った力が、そのままズルリと抜けていった。エコの体を支えていた脚と背中の筋力が失われ、エコの体は重力のなすがままに倒れた。

「エコ!!」

 エコの体が崩れ落ち、急斜面を転がり始める。すぐにエコとタークの間にあったロープの遊びがなくなり、ぴんと張り詰めた。タークの体が引っぱられる。

「んおっ!」

 タークは渾身の力で踏ん張り、全力でロープを引いた。そうしてなんとかエコの体を斜面から引き上げようとした……その瞬間だった。“山”全体から、歩行の前兆である軋むような振動が響いてきたのは。


「くそっ!! また、こんな時に……!! 早すぎるぞ!!」


 先程の歩行から、わずか4分の出来事。

 タークは確信した。“山”には意識がある。先程も今回も、“山”はわざと二人を振り落とそうと歩行間隔を短くしていたのだ。そうでなくては納得できない事態だった。“山”は最初から、自身を破壊しようとする者を体から排除するつもりで……。




 ――今更! 今更こんなことに気がついたところで……!!




 すでにタークに後悔している時間など微塵もない。一旦ロープを岩に引っ掛けて重さを負担させ、エコの体を引き上げたいところだが、エコの命が重みとなってかかっている腕からは、わずかな力も抜くことが許されていない。そう考えているうちにも、疲労で握力の弱くなったタークの掌から、血で滑るロープが少しずつこぼれていってしまう。


「くそっ!」


 タークの額に次々と脂汗が浮かぶ。タークは咄嗟に右足を上げると、前方のロープを踏みつけ、僅かにたわんだ部分を体に巻きつけた。そして全身の力を使って、エコの体を引き上げていく。“山”の歩行まで、あといくらもない。

 時間との勝負だった。


――――



 マコトリが爆発の瞬間を見たのは、エコ達のいる胸部“中核ハード・コア”から15レーンほどにいる時だった。

「うおっ、なんだ……? 上に上がってった人、魔導士なのか?」


 マコトリは事情をひとつも知らない。なにしろつい数時間前まで、マコトリは地下牢に閉じ込められていたのだ。


 マコトリの目に、『フレイム・ロゼット』の煌々たる火柱が映った。まるで火山が噴火しているような光景だ。そして少し脇に、倒れた魔導士……斜面を滑り落ちていくエコの影を捉えた。

「あれはやばいっ!」


 斜面の先は高い崖、落ちればそのまま50レーン下まで真っ逆さまだ。エコの体に結ばれたロープがぴんと張りつめ、その滑落は一度止まった。上で誰かがロープを確保しているらしい。しかし、それで安心していられる余裕はなさそうだった。“山”が軋む。


「急がなきゃあ……」


 壁面にへばりついていたマコトリは、体を持ち上げるようにして両脚を腕に引き寄せると、岩壁の僅かなでっぱりを蹴って、飛び上がった。

 ラブ・ゴーレムのパワーを持ってすれば、この程度の崖登りは軽いものだ。唯一気をつけなければいけないのは、飛ぶ方向を間違えて落ちないようにすることだ。中空に投げ出されれば、落ちる以外にできることはない。ラブ・ゴーレムとて、空を飛べるわけではない。


 マコトリのいる胸部ほぼ垂直の崖に対して、エコのいる崖は大きく出っ張った巨大なオーバーハング地形の、屋根部分にあたる。そのためマコトリは、そのオーバーハングを迂回して一旦屋根の上部に出なければ、エコのいる位置にはたどり着けない。


 マコトリがそうしてエコのいる斜面の脇約6レーンほどの位置まで登り上がった頃、体が浮かび上がる感覚の後に、激しい振動が起こった。――――“山”の歩行だ。

 大振動の最中さなかにも、マコトリはかまわず岩壁を登り続ける。すると、急に少しずつエコを引き上げていたロープの張力が無くなり、エコの体が一気に崖を滑り出した。


「くっ!! 一か八かだ!」

 マコトリは焦り、鋭い目つきでエコのいる崖を睨むと――――両脚に力を込めて、跳躍した。


 弾かれるように壁面から撃ち出されたマコトリの体が、崖から飛び出す。その軌道は崖を離れ、まっすぐ崖の縁を目指していた。


 目算で図られた軌道は、振動の影響で崖の縁を僅かに外れていた。危うく空中へと飛び出してしまう所、素早く繰り出されたマコトリの腕が、なんとかオーバーハングの縁を掴む。


 岩を抉って深く食い込んだ五指がマコトリの全体重を受け止め、腕を支点に体を半回転させて、マコトリが這いつくばるように崖に着地した。そして、間髪入れずに走り出す。マコトリは苦い顔をしていた。

「ダメか!!」

 

 その瞬間、エコが崖から滑落した。マコトリは全力で走りながら、視線を崖の表面に流す。エコの体に繋がるロープがそこにあった。照準を変える。


 重力に吸い込まれるように滑り落ちていくロープの末端が崖の縁から離れようとした瞬間、繰り出されたマコトリの左手がそれを掴んだ。


「うぎゃあっ!」


 崖下から、エコの悲鳴が聞こえてくる。ロープを突然止めたために、体が岩壁に叩きつけられたのだ。マコトリは構わずエコの体を引き上げると、痛がるエコを背負って、急斜面を素早く登った。

 斜面の上の平らな部分に着くと、長身の男……タークがふらつきながら近づいてくる。マコトリはとりあえずそれを無視し、エコを安定した地面に降ろして服をたくし上げた。


「うう~、ううーーっ……」

「エコ!!」


 エコの体を一瞥したあと、マコトリは厳しい表情を作って男に向き直る。

「アンタ、上でロープ持ってた人? ――うわ、どうしたのその腕」


 男は両腕をだらりと垂らし、苦痛の表情を浮かべていた。

 見れば不自然に腕が長い。――両肩を脱臼しているのだ。


 マコトリは一瞬、男が激震にたまらずロープを放したせいで女の子が落ちたのかと思ったが、どうやら肩が外れたせいでロープを掴めなくなってしまったらしい。開かれた手のひらは肉が見えるほどに擦り切れ、血豆が潰れて赤い血が滴っている。女の子を落とさないために必死だったことは、間違いないようだ。


「衝撃で外れた。それよりエコの怪我の具合を見てやってくれ」

「へえ、」

 男は平然とそう答える。だが尋常でない痛みを感じているのは明白だ。額に流れる脂汗がそれを物語っていた。

「我慢強いじゃない? この子の処置をやったら、肩をはめてあげるから。あんた、包帯持ってない?」

「包帯なら、背中のリュックに……すまんが、とってくれないか」

「はいよ」


 マコトリがタークのリュックを下ろし、中に入っていたガーゼや包帯でエコの傷を手早く処置する。エコは崖から滑る途中で無数の擦り傷を負い、落ちたあとの衝撃で幾つかの箇所を強く打って、腕やあばらの骨数本を骨折していた。

 タークは肩を脱臼しただけだが、疲労が溜まり意識がぼやけてきている。マコトリが言った。


「アタシも手助けするから、いますぐ“山”を下りな。下に行ってちゃんと手当てしてもらったほうがいいよ。アンタもこのエコちゃんていう子も、もうまともに動ける状態じゃないだろ? “中核ハード・コア”が壊せなかったのは、残念だろうけどさ」

「!? ……なんだと」


 マコトリの言葉の最後で、タークが驚く。

「“中核ハード・コア”が壊せていないだと……。さっきのエコの魔法でもか?」

 マコトリの表情が少し曇った。登ってくる途中で穴を覗いたのだが、“中核ハード・コア”は燃えたぎる穴の底に依然として健在だった。

 タークを諦めさせようと付け加えた一言だったが、知らせないままにしておいたほうが良かったのかもしれない。マコトリは少し後悔したが、もう遅いので喋ることにした。

「ああ。引き上げる時に穴を見てきたけど、“中核ハード・コア”はむき出しになっちゃいたものの無傷だったよ」


「……そっか……」

 マコトリの下から、エコの声。

 タークがそれに気づき、マコトリも顔を下げた。さぞ意気消沈しているだろうとエコの顔を覗き込むと、そこには風のない日の湖面のように落ち着いた、エコの表情があった。


「だめだったか……」

「気を落とさないで。とりあえずここを脱出しましょ。命あっての物種だよ」

「あのね、その前にもう一度、わたしをあの穴のところまで運んでくれない? もう一度見に行きたいの」


「ん、……分かった。おぶされるかい?」


 エコの提案を蹴ることも出来たが、マコトリは応じることにした。あの黒く輝く“中核ハード・コア”をもう一度見れば、少女の諦めもつくかと思ったのだ。

 エコが痛がりながらマコトリの背中にひっつく。そして、()()()()()に気づいた。

「あ、杖……!」

 エコが両手のひらを広げて眺め、首を振って周囲を見渡す。見慣れた杖の姿はどこにもない。

「落としたのか……」 

「うん……」



 マコトリがエコの小さな体を背負って斜面を下り始める。すると、すぐに胸部“中核ハード・コア”のありさまが目に入ってきた。

 深い穴はエコの『フレイム・ロゼット』が放った凄まじい高熱と爆風によって、すり鉢状にえぐれている。中心の穴からは、溶けた岩が崖に向かって流れ落ちている。まるで“山”が血を流しているようだった。そして、煙を上げる穴の中央部分には……黒い“中核ハード・コア”が何事もなかったかのように佇んでいた。


「ね。見ての通り、きみの魔法は強かったけど、“中核ハード・コア”を融かすには至らなかったみたいだ。残念だけど、落ち込まないで」

「そうだね。でも、ああ…………いけそうだ……」

 考えてもエコの発言の意味がわからず、マコトリはこう問い返した。

「なに? ……なにがいけるの?」


 背後を振り返ろうとしたその瞬間、マコトリの背筋に悪寒が走った。――エコが、急に詠唱を始めたから。

「なにを……」


 マコトリの問いに答えること無く、エコが一気に深い集中状態に入る。風の音がする中で、炎の魔法の詠唱の語句が、マコトリの耳元でささやくように紡がれていく。


 その声は決して力強さも恐ろしさも漂わせないというのに、なぜか、怖いくらいに悪寒がする。振り返ろうかと思っても、マコトリはそうすることができなかった。金縛りにあったかのように、全く体が動かない。



<|>



 マコトリが思考に落ちる。なぜエコはおもむろに詠唱を始めたのか。あれだけの魔法――渾身の力で放った魔法でも破壊し得なかった“中核ハード・コア”に対して、これ以上なにか出来ると思うのか? “いける”って、一体なんのことだ――? 杖も無く疲労は頂点、満身創痍の状態にある女の子が――。


 湧き上がる疑問の答えを自らの記憶に追い、マコトリが辿り着いたのは、魔導士とのピロートークで聞いた、一つの単語だった。

 魔導戦では、むやみに相手を傷つけてはいけない。なぜなら肉体にダメージを負うと法則によって魔力が跳ね上がり、明らかに格下の相手であっても殺されてしまう恐れがある。


 その法則を、魔導士達は『忌み落とし』と呼んでいると……。



 やがて、エコの詠唱が終わる。

「『フレイム・ロゼット』……」




 マコトリの頭上から、小さな火種が放たれた。それは“中核ハード・コア”に向かって、弱々しく漂っていった。

 わずかな風でも吹けば消えてしまいそうなくらい頼りない火の粉だったが、何かにいざなわれるように正確に、“中核ハード・コア”を目指して飛んでいった。

 そしてそのまま“中核ハード・コア”の表面にたどり着くと、火は少しずつ輝きを増して、やがて星のようにまたたき始めた。

 輝く音でも聞こえてきそうなほど力のある光が、漆黒の“中核ハード・コア”すらその中に包みこんで、白く塗りつぶした。

 またたきはどんどんと光量を増し、トレログ中に下り注ぐ太陽光を一点に集めたかのような、見つめれば死んでしまうのではないかと思うほどの、極めて強力な光に育つ。しかしその光はあくまでも静かで、しなやかで、美しかった。


 輝きが覆うと、周辺は光と影、白と黒の二極だけが存在する、二次元の世界になる。


 マコトリの目はその光の世界の中でも、なお開かれたままでいた。どんな強烈な光の中でも視界を失うことのないマコトリの両眼が、光の膜の奥深く、胸部“中核ハード・コア”を見つめる。

 そこでは無用な破壊を伴わない絞り込まれた光点が、“中核ハード・コア”の表面を少しずつ灼き尽くしていた。やがて黒い表面に微小なさざなみが立ちはじめ、先程まで堅牢な固体であったものが次第にほぐれ、波打ち、振動して、液体化していく。


 やがて“中核ハード・コア”の方から、聞いたことのない音が聞こえてきた。無数の大蛇が威嚇しているような、しゅうしゅうと鋭く風を切る音。

 その時、強烈な光の中に沈む“中核ハード・コア”がゆっくり融けていく姿が、マコトリの眼に写されていた。



「融けた…………」


 マコトリは思わず、そうつぶやいた。

 


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