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テスト用  作者: 愛餓え男
11/35

57わ


 小雨の降る夜。しっとりとした薄闇の中を、エコとタークが歩いていた。【ミッグ・フォイル】の影響が抜けつつあるトレログの夜の気温は、少し肌寒いくらいまで冷え込んでいる。


『エコちゃんの快復祝い』なる会は、『森殿』の近くに建てられたゴーレム協会所有の研修所で行われているそうだ。

 二人は談笑しながら、そこに向かっていた。


「そうか、じゃあ杖はもう必要なものじゃないんだな」

「うん。旅に出る前は、杖がなきゃ『フレイム・ロゼット』は使えなかったけど」


 話題は、“山”で落としてしまったエコの杖についてだ。あれほど大切にしていたはずの師匠の杖なのに、タークが思ったよりエコには執着がないらしかった。今日タークが杖のことを聞くまで、話題にも上がらなかったほどだ。


「ここに来る前の雪山で杖を落とした時に気がついたんだ。雪溜まりに杖を落としてわざわざ拾いに行ったけど、よくよく考えたら杖がなくてもそんなに困んないなあ、って。いやぁ……、あまりにも言いにくくて言いだせなかったんだけど」


 エコが眉をひそめて言う。雪溜まりに落ちた杖をわざわざ拾いに行ったおかげで、エコもタークも凍死しかけたのだ。そういう意味では確かに言いにくい話ではあった。しかしタークは微塵も気にする様子を見せず、

「でも貴重なものなんだろ?」

 と坦々と尋ねた。

「んん~、でも聞いてみたら、杖ってそこらへんにも売ってるらしいし。魔法が上達するまでの補助器具っていう面もあるらしいよ? 魔法を失敗しないためのね。持っていた方が狙いはつけやすくなる」

「転ばぬ先の杖っていうもんな。そういうことか」

 タークが納得した様子で答える。



 やがて、会場であるゴーレム協会の研修所が見えてきた。暗闇の中煌々と明かりがついたその建物は、数十レーン先からも笑い声が聞こえるほど騒々しい。賑やかさに誘われ、自然とエコの足が早くなる。


「あっはははははは!」

「のめのめーーーっ!!、おらあ~~!!」

「きゃあああーっ! しんじゃうううぅ~」

「ビンでどうするーー! 樽でもってこい、酒は、たくさん飲むから」

「げろげろーーー、げろげろーーー、これでまだ呑めるぜ」


 

 ……中はすでにこんな状態であったから、エコとタークが会場に着いた時も、入り口で数分間気づかれずに待たされた。


「おおおおおおおーーー!!!! エコちゃん登場!! みんなちゅうもーーく!!」

「主役登場ーーーッッ!! フォーーーウ!!!」

「待ってました! よっ、お大名!」

「怪我治ったか!?? ほれ、これ、酒だよ! あ、カラじゃん!」

「タークの分もとってあるぞ~~!! ほりゃあすこにっ! 20樽はあるぜえがっははははがっははは」

「ぐびっぐびっ、げぼーげっぼおおおおおおろろろろううん」


 数十人の酔っぱらいが、一斉にエコとタークのもとへ駆け寄ってきた。赤い笑顔と鼻をつくニオイが、エコとタークの五感を侵略してくる。囲まれているだけで、酔っ払ってしまいそうだ。


(うるっせえなあ)

「うるさいなー」


 タークは頭で考え、エコは率直に口に出す。


「エコちゃんきたぞーーっ、料理をだせーー!」

「料理どこだーー」

「そうだそうだーー!!」

「お料理もあるの?」

「のめー!」


 料理がまだ出ていないところを見ると、まだ始まって間もないらしい。二人は酒飲みたちにもみくちゃにされながら、会場の真ん中に案内された。椅子に座らされて待つと、やがて会議机6基にこれでもかと料理を盛った皿が載せられた。それぞれ、手招きするかのようにゆらゆらと湯気をたてている。


 厨房から調理服を着た一人の女性が現れ、エコとタークに親しげに話しかける。


 「エコちゃん、タークくん。代表的なトレログ料理はわかる? これはナッツと豚肉をお米で炊き込んだ『ガルナハン』、こっちは『メソメリアン』っていうお肉の唐辛子トマト煮込みでしょ。これは豚のアリアテ酒煮。その白いドレッシングがかけてあるのがトレログと牛肉の冷菜で、これは栗ともち米の薄焼き。これが、挽きぐるみの入ったゴサテクッキー」


 女性が皿を一枚ずつ指さして説明してくれる。それに合わせて、やじ馬たちがやれこれはうまいだのまずいだの、酸っぱいだの辛いだの臭いだの固いだのと囃し立てた。女性が一喝する。


「うるさいね! 今説明してんだから静かにしな」

 怒られた酔っ払いたちは、酒のテーブルにすごすごと退散していった。それからも数十品目の料理の説明が続き、エコはそれを口に運びつつ、質問を交えてそれを興味深く聞く。


 最後に、女性は深皿に盛られた油で光っている白い塊を指さした。白い塊は白く濁ったお湯に半分浸かり、これまた美味しそうに湯気をたてている。


「あとは、あれがうちの店でもやってる『ダモ・サッチプルケ』だよ。食べたことあるかい?」

「ないけど、サッチプルケって名前は聞いたことある! 『ダモ』っていうのは、どういう意味?」

 エコが不思議そうに聞く。

「ああ、サッチプルケには細く伸ばしてスープで食べるセゴ系と、生地で具を包んで茹でるダモ系っていうふたつの種類があって、食べ方が違うんだよ。こういうパーティだとセゴ系サッチプルケは食べにくいし、スープを吸って伸びちゃうからさ。でも、本来あたしの店でやってるのはセゴ系の方なんだよ」


 女性はそう言いつつ、取り皿に『ダモ・サッチプルケ』を取り分けると、エコたちに差し出した。

「これをこうかけてっと、ほれ。ほれ」

 エコとタークが順に受け取る。あからさまに熱そうなその料理を、エコはためらいなく口に運んだ。

「あつっ、ムゴッ、モゴ」

 案の定、エコは辛味と熱さの相乗効果で苦しむ羽目になった。そんなエコを横目で心配しつつ、タークは『ダモ・サッチプルケ』を慎重に吹いてから口に運ぶ。ひとしきり噛み終わり、味わって飲み込んだ。額に汗がにじむ。

「うまい。この生地の、モチモチして、かつ歯切れのいい食感がいいなあ。タレもパンチのある辛味が効いてるのに、生地によく調和しているように感じる」

「水、みず」

「タレ、というか薬味はこれ、材料はなんなんだ? 赤いのはチリだよな?」

 タークは『ダモ・サッチプルケ』の表面にかけられた刻み野菜の入ったドロッとしたペーストについて質問する。

「それは“グセ”。ネギ、チリ、にんにく、ヒモットなんかのスパイスをすりつぶして作る、まあソースみたいなもんだね」と、待ってましたとばかりに説明する女性。


「長々と食事邪魔してごめんね。トレログに来て、あんたたちも伝統料理さらってる時間はないだろうと思って調子乗っちゃった! 片付けもあるからこの辺で」

 そう言うと、女性は奥にある厨房へと戻っていった。


 エコが苦心してアツアツのサッチプルケを食べ終わる頃、エコのもとへ二人の魔導士が近づいてきた。そしてそのまま、エコに声をかける。

「やあ、エコえこちゃん。怪我けがなおったんだねぇ! かった!」

「久しぶりだねエコ。お祝いに来たよ」


 横太りした男性は、ギザヴェー・タカモゥ。もうひとりの男勝りな女性は、フリズンバイナ・ニップタールという。先のゴーレム狩りにエコたちとくつわを並べて参加した魔導士だ。



「わっ、ふたりとも久しぶり!」

 エコが驚きつつも笑顔になる。サッチプルケのせいで、顔は真っ赤で汗まみれだ。

「エコ、あんたは本当によくやったね。あの“山”を一人で崩しちまうとはさ」

「あれ? いや、一人じゃないよ?」

 エコが不思議そうな顔で言う。フリズンバイナが驚いた。


「んん? いや、エコが一人で【中核ハード・コア】をやったんだろ? あたしは、エコ以外の魔導士は参加してなかったって聞いたよ?」


「そんなのわたし一人じゃ無理だよ。わたしはタークと一緒に“山”に登ったんだよ。わたし、一人じゃあんなものに登れないもん」


 エコがそう言いつつ、手のひらを向けてタークを示した。タークはまだものを食べていたので、口は開かず頭だけ下げた。


 フリズンバイナが少しムッとした顔つきになる。

「違う違う、そうじゃないよ。タークくんは魔導士じゃないだろ? 結局、【中核ハード・コア】を破壊して“山”を崩したのは、エコの力じゃないか! あたしが言ってんのは、そういうことさね」

「まあま~あ、エコえこちゃんもタークたーくさんしじゃあ、その【中核ハード・コア】までたどりくことが出来できなかったってゆうことでしょ~? そんなにっかからなくても、いいんじゃないのかな?」


 熱く興奮しかかるフリズンバイナを、ギザヴェーがやんわりとなだめる。フリズンバイナは手で首の後ろを掻き、苛立ちを隠せない様子だ。

「うっせえ、ンなことぐらい分かってる。いちいちうっとおしいよギザヴェー。ふん」


 フリズンバイナはそう言い捨てると、二人のもとを離れて酒テーブルへ向かう。ギザヴェーはそれを見送ると、エコに向き直った。

「ごめんね。フリズンバイナふりずんばいなさんは魔導士至上主義者まどうしじょうしゅぎしゃだから。魔法まほう使つかえない人を見下みくだしてて、かずかぞえないだけなんだ。タークたーくさんにはとっても失礼しつれいでした。ぼくわりにあやまるよ」


「いやあ、大丈夫だよ。タークだって別に気にしてないし」

「ああ」

 エコがそう言い、タークもうなずく。本当は少なからずムカついていたタークだが、エコとギザヴェーに免じて許すことにした。


「ありがとう、本当ほんとうにごめんね。ところで、エコえこちゃん。……きみ、怪我けがなおってなくない? なにこのかい?」

 ギザヴェーが至極真面目な顔をして言った。眉をひそめ、目線で周囲を伺う。主役であるはずのエコたちを差し置いて、会場はただの酒場と化していた。次々と空の酒樽が積み上げられ、たくさんあった料理は食い散らかされ、人々はただただ騒ぎ、笑いながら床を転がっていた。


「うん。確かにまだ完治じゃないけど、これでもだいぶ良くなったんだよ! だから、みんなでお祝いしてくれてるの。だよね多分」

 エコが天真爛漫に答えると、ギザヴェーとタークが呆れた。


「いや、快復祝かいふくいわいって、そういうものじゃなくない?『快復祝かいふくいわい』っていてきたから、ぼくたちこんなものまでってきたのに。これはしまったなあ」

 そう言って一本の酒瓶を取り出したギザヴェーは、ため息をつきながらそれを机に置く。ごとり、と硬い音がする。

 トレログでは、完治の祝いに強い酒を送る習慣がある。病がぶり返さないように、酒気で祓うのだという。だが、「病人の酒は病が呑む」と言って、体調の悪い人に送るとますます病魔が強くなるとされ、逆に大変失礼な行為になってしまう。

 ギザヴェーがエコに謝った。習慣を知らないエコは、まるで気にせず平然として返した。

「いいよ、わざわざありがとう。タークもまだ飲まない方がいいから、じゃあさ。そのお酒は、あっちの酒テーブルにあげちゃおうよ」

「お~、それは名案めいあんだねぇ! っていこうっていこう」

 ギザヴェーは嬉しそうにエコの案に乗り、酒が積まれたテーブルに歩いていった。



 …………そして、帰っては来ないのだった。




「……さあて、どうしようかターク?」

「そうだなあ」


 エコが言い、酒テーブルで沸き起こる喧騒に、二人同時に目をくれる。現場ではけたたましい笑い声が止まることなく起こり、ときどき竜巻のように渦を巻いて沸き返る。それは、とてもシラフで入っていけるような状況ではなかった。


「帰るか。……」

 タークのつぶやきにエコが無言で従うと、二人で入り口の方へ向かった。

「じゃあ、わたしたち先帰るね! さようなら~」

 群衆に向かってわりと大声でエコが言ったが、なんと誰も気が付かない。何故かものすごく虚しい気持ちになったエコは、タークと同感の視線を交わした。もはやこの場にいる必要はない。ギザヴェーとフリズンバイナも、とっくに酔っぱらいの一部と化していた。


 エコは外に出るため、入り口のドアノブを掴んだ。右回しにひねれば開くはずのドアが、なぜか固くて動かない。

「あれ?」

 いぶかしんでドアノブを離すと、ドアノブが一気に回り、勢いよくドアが開かれた。

「うわわぁっ!!」

 エコがびっくりして後ずさる。タークにぶつかった。

「うお」

「エコちゃん! ……コトホギ来てねえか?」


 ドアを開けて現れたのは、カララニニア鉱掘業の社長だった。

「え、コトホギ? は、まだ来てないみたいだけど……、え、コトホギがどうかしたの……?」

 社長の様子にただならぬものを感じたエコは、真剣な表情で聞き返した。

「いや……、どこ探してもいねえんだ。会社にも出てこねえし、かといって家にもいねえ」

「え、それって……」

 エコが頭をめぐらし、ある単語に行き着く。最近トレログで流行っているという、不可解な怪奇現象。ある日突然、掻き失せるかのように人が居なくなる、原因不明の……

 観念したかのように、社長がこう漏らした。


「『神隠し』にあっちまったんだ…………」 




――――




 雨はやんでいた。

「凄い霧だ」

 エコがつぶやく。


 暗闇が白濁している。視界は、わずか2レーン程しか効かない。水の中かと思うほど濃密な霧の中、社長とエコとタークが歩いてゆく。


「コトホギはふつうだった。いつもどおり仕事をしていたんだ。それがおとといから急に会社に来なくなって、それからあちこち探したがどこにもいねえ」

「『神隠し』ってのは、原因はわからないって聞いたけど。でも、なんでも魔導士が絡んでるとか」

 エコが尋ねると、社長は下を向いてため息をついた。

「そんなもん、もしマジだったらお手上げだけどな。……実はコトホギだけじゃなくて、他にも社員が何人か出てこなくなっててよ。まあ、他の奴はまだ時々そういうことある奴らだったから気にしなかったんだが、コトホギが消えるなんてのは、予想外でなぁ」


 社長は意気消沈した。ふだんの彼の姿からは想像もつかないほど気落ちした様子を見て、タークはなんとなくそれを見ていたくない気持ちに駆られ、せめて慰めようと言葉を探す。だが、こんなことしか言えない。

「神隠し以外の可能性を疑ってみては? いい予想ではないが、ふつうの誘拐とか。居なくなって数日経ってるんだよな?」

 社長はタークに目を向けたが、やれやれ……といった様子だった。

「この【内市】でそういう事件はほとんどないぜタークよ。まだ神隠しの方が有力だな。……いや、悪かった。ふたりとも本調子じゃないってのに、込み入った話してな。……」

 社長が二人を気遣って、今更そんなことを言う。しかし、エコもタークも社長の口からそんな言葉が飛び出すとは思ってもみなかった。

「らしくないな~」

「………………」

 思わず口を滑らせたエコの言葉にも、社長は返答することなく黙ってしまう。エコは今の発言を後悔した。だが、謝る気持ちにはならない。そう思ったことは本当だったし、タークすらそう思っていると信じていたからだ。


 霧の夜の、重苦しくしっとりとした沈黙の時間。歩くしかない三人の耳には、例の音が聞こえていた。


 ぼおおおおぉぉぉぉーーーーー……ん、ぼおおおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉおおおんんん……


 ぼおおおおおぉぉん、ぼおおおぉぉぉぉ~~~~ん……



「――俺、もう帰るわ。明日も仕事があるし。二人とも、辛気臭い話して悪かったな。ゆっくり休んでくれよ。カラダ大事にな」


 社長は最後にまたらしくないことをいって、とぼとぼと歩いてゆく。

 エコたちは無言で手を振り、社長のうなだれた背中を見送ってから、病院に戻る道を歩き出した。

 

「……しかし、あのまじめなコトホギが無断で居なくなるなんて変だよね。時間もルールも、コトホギは人一倍守る人なのに」

「うん。そうだな。俺もそう思うよ……社長が心配するのも仕方がない。どうしたんだろうな」


 二人でその問題について話合いながら、病院まであと少しのところまで来た、その時。


 森の端の茂みから、音もなく一人の男が立ち上がった。男は滑るように移動し、二人の背後につくと、二人にだけ聞こえる程度の音量で「エコ、ターク。ちょっと話をしたい。こちらへ来てくれないか」と声をかけた。エコとタークが、驚いて振り返る。

「えっ!? ああ……! えっと、そっち?」

 エコにも顔はよく見えなかったが、聞き覚えのある声と特徴的なシルエットで、すぐに誰かわかった。タークは驚きの余り声も出ない。しかし瞬間、彼にまつわる様々な事情を察した二人は、手招きに誘われるまま暗がりへついて行った。



「……トア、どうしてここにいるの? どうやって入ったの?」

「エコ、会いたかったよ。タークも」


 その男――『人間もどき』トアのことを、二人が見紛うはずもない。額に長い一本角を生やした男性など、トレログには一人もいないからだ。トアはエコの質問に答える前に、タークと再会を祝う握手を交わした。そして、エコに手を差し伸べる。エコもそれに応じた。

 二人の手が固く結ばれる。ただし、エコよりトアの方が握る力が強い。

「久しぶりだね」

 エコが笑顔でそう言うと、トアも笑顔になって「そうだな」と言った。

「私が町に入ったのは、多分エコやタークより少しあとだな。難民の群れに紛れて、町の観察に来たのだ。ついでに、物資も欲しかったしな」

 そのまま、先程の質問に答えていく。

「それだけ?」

 エコの眼差しが、まっすぐトアの眼に向けられた。トアが、とっさに目線をずらす。

「……。隠せないな。違う。それだけじゃない」

「じゃあなんで?」

「言えないな」

「そっか」


 エコが結んだ手を開いた。だがトアはまだエコの手を握り、離そうとしない。それどころか、もう一方の手で更にその手を握りしめる。

「エコ。君が我々の仲間になってくれたら、とてもいいと思う。前にも言った通り、私は『人間もどき』と呼ばれる者たちを救いたいと思っているんだ」

 一度はそらした視線。トアは、それをもう一度エコに向け直した。そのトアの目の奥に、あの幻の炎が燃える。

「エコ。そうすれば、私は――君に何もかも打ち明けることが出来るんだ。頼む。私と一緒に来てくれないか?」

 トアの熱い思いは、エコの心に届かない。

「ううん、だめ。わたし、他にすることがあるの。師匠を探さなきゃ」

 エコはあっさり断った。


「……師匠は君を捨てたんだよ」

 吐き捨てるように、トアがそう言い放った。エコの眼がかっと開かれ、眉根は寄せられ息が詰まる。


「トア。俺達の目的を、そう簡単に切り捨てて貰いたくないな」

 タークがたしなめるようにそう言った。トアの眼光は鋭いままで、タークを見つめた。


「事情に察しはつくさ。魔導士は、あっさり我々を捨てる。そして捨てられた我々は、いつまでもそれを信じることが出来ないのさ。みんな言うよ、「捨てられたんじゃない、はぐれただけだ」とな。エコ、お前も本当はわかっているんじゃないのか。お前は捨てられたんだ。造物主に。だから我々は、力を合わせて生き抜く方法を自ら考え、協力して作らなければならない! どうだ、エコ」

 トアは再びエコを見る。


 言い返せなかった。


 エコも、意識のどこか深いところで、その可能性を案じていたのだ。


『信じたくない』――。その一念で、必死に封じ込めていた気持ち。


 師匠が自分を捨てるという事。それだけは、二度と考えたくなかった。どんなにその可能性が高くても、師匠から直に確かめるまでは……。


「だからどうした?」

 タークの声。


 エコも、トアも驚いた。二人がタークを見る。


「捨てられようがはぐれようが、そんなことはどっちでもいい。俺とエコは、師匠を探すための旅をしている。師匠を見つけて会うことが、俺たちの今の目的。師匠がエコをどうしたかはその先のこと。今の俺たちにとって、そんなことは考える価値が無い」

 タークが毅然とした態度で言う。しかし、トアも負けじと言い返す。

「だが、捨てられたのなら、師匠と会うこと自体、意味のないことだ……寿命の短い我々に、そんな空虚な旅路で貴重な時間を浪費する余裕はない」


「ううん」

 エコが否定する。


「空虚なんかじゃない。……とても楽しいもん。タークと一緒に旅をするのは」

 エコとタークの気持ちが揃い、同時にトアを見据えた。トアの息が詰まる。

「トア。お前がエコと一緒に居たい気持ち、俺にも分かる。だが、そのために旅を辞めるわけには、どうしてもいかん。お前もやらなきゃいけないことがあるんだから、この気持ちは分かるはずだ」


 少しの間が空く。トアは苦しそうに呼吸すると、胸を握りしめて言った。

「……そうだ。決して、私にはお前達と旅出来ない理由がある。今の役割を降りることだけは、絶対出来ないんだよ。ああ、私は哀しい。エコ、君さえこちらに来てくれたら、どんなにいいかと思っていた。……身勝手だったな。君と私なら、きっと何かができると思っていた、だが――」

 トアがゆっくりと後ずさっていく。白濁した闇が、トアの姿をゆっくりと隠していった。

「……それも今では分からない……確信が持てないんだ……」


 トアの姿が闇に消えた。同時に、あの音が周囲に響き渡る。


 ぼおおおおおぉぉぉ……ん

 ぼおおおおおおーーーーんんんん……



「私はエコを見守るだけにするよ。またいつか会おう」



 ぼおおおん、ぼおおおおおおぉぉーーーん…………



 二人はトアの居た辺りの闇を、しばらく見つめて過ごした。


 そしてタークの耳には、その音がやけに、



 懐かしく聞こえていた……。






 翌日。エコが目を覚ますと、





 傍らのベッドに、タークの姿はなかった。

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