Operation#1:イロカネ起動(8)
対地ミサイルとは、地上の目標を破壊するための誘導兵器である。目標とはつまり、軍事関連施設や、それに準ずるものを指す。
しかし、今現在も和仁達の上空を飛んでいるミサイルは、半分近くがそれらとは関係ない場所に無秩序に落ちていた。つまりは欠陥品なのだ。
その飛来するミサイルの内、八割近くは港に停泊する護衛艦によって迎撃されている。迎撃用の高出力レーザーが照射されたミサイルは次々と空中で爆散し、海上に水柱を上げる。
だが、優先目標は護衛艦に向かってくる標的である。街に落ちてくるミサイルまでは、全てカバーしきれない。
「落ち着いて、パニックを起こさずに! ですが、できるだけ急いでください!」
主要道路は避けて、複数の自衛官が脇道に立って誘導している。その声の一番近い場所に向かって、和仁達は走っていた。
「ねーちゃん、大丈夫?」
「ちょっと、きついけど、はぁ、はぁ、大丈夫」
紗千はまだ大丈夫そうだが、郁奈の方は限界が近い。夏の厳しい暑さとミサイルにより発生した火災によって、容赦なく体力が奪われてゆく。
和仁自身も、ジャージの色が変わるほどの汗をかいていた。額から垂れてくる汗をぬぐい、和仁は郁奈の手を取って懸命に走る。
「でも、どうやってミサイルで攻撃してるんだよ」
「たぶん、潜水艦。近くには、水上艦の反応も、航空機の反応もない」
「ったく、海自は何やってたんだ。潜水艦キラーとか言われてるくせに!」
「考えられるのは、米国企業の解放派から供与された、最新鋭のステルス潜水艦」
「またあいつらかよ。ろくな事しねぇな、ホントに」
解放派というのは、日米安全保障条約の事実上の崩壊を招いた思想の持ち主達の事だ。自らは宇宙太陽光発電の莫大な恩恵を得ておきながら、そうではない国々を過剰に助けようとする傲慢な博愛主義達のことである。
そんな存在そのものが矛盾している迷惑千万な思想集団が、なんとアメリカ全体の半分にものぼっている。その中には当然ながら、軍需産業関連企業も含まれている。
一昔前ならば議会の反対でどうにでもなったのだが、現状の日米安保の惨状から見てもわかるように現在ではろくに機能していない。
「陸連の製造できる潜水艦なら、領海に入る前から察知できる」
そう言っている間に、迎撃を逃れたミサイルが付近に着弾した。
爆風が頭上を通り過ぎ、地震のような震動が避難する人々の足を止める。
「郁奈ねぇ、私達って、どこまで逃げればいいの?」
「とりあえず、は、市街地の、外で、いいと思う」
iリンクを通じて、和仁と紗千の視界に避難経路を記したミニマップが表示された。
「防衛省から提供されてる避難マップ。ついさっき送られてきた。二人にも、もうすぐ届くと思う」
その直後、二人の視界に新着メールを知らせるアイコンが点滅した。
差出人は、郁奈の云った通り防衛省。本文はなく、iリンクで郁奈が見せてくれているのと同じ地図画像が添付されていた。よく見れば、自分の現在地も点滅する赤点で表示されている。
避難経路は、もう半分を過ぎている。ミサイル攻撃の目標となっている市街地の脱出まで、もうすぐだ。
しかしそこで、和仁はある事に気付いた。
「あれ、ミサイルが飛んでない?」
先ほどまで絶え間なく響いていたミサイルの爆裂音は、もうどこにもない。
「え?」
「あ、ホントだ」
見上げた郁奈と紗千も、口々にこぼす。これで流れ弾が落ちてくる事はないと、和仁と紗千はほっとした。
しかし、郁奈の顔色は映えない。それどころか、より深刻なものへとなってゆく。
「ねーちゃん?」
「郁奈ねぇ?」
「二人とも、急いで。次が来る」
切羽詰まった郁奈の台詞と呼応するかのように、これまでのミサイルよりも圧倒的に巨大なミサイルが打ち上げられた。
今までのサイズですら、普通の家が数件まとめて消し飛ぶくらいの威力があるのだ。その十倍以上のサイズともなれば、どれほどの威力になるか想像もつかない。
たが、事態は和仁達の想像よりもはるか上をいくものであった。肉眼でも鮮明に見えるほどに巨大なそれは海上から少し飛翔したと思うと、なんと内側から分解したのだ。
そして、その腹の内に収めていた物体を吐き出す。迷彩色に彩られた武骨な物体が、いくつものパラシュートに吊られて降下してきた。
「和仁くん、あれって……」
ずんぐりむっくりで角張ってはいるが、人をそのまま巨大化させたようなフォルムは、人機を思い起こさせる。
しかし、その重厚感と重量感は比較にならない。基礎フレームに、薄いファイバーパネルを貼り付けたような人機とはまるで違う。
あらゆる携行兵器を弾き返す装甲を纏い、巨大な銃火器を携える、鋼鉄よりも固くて軽い炭素複合材で出来たの巨人。
「あぁ。戦人機、だよな。でも、いったいどこの……」
正式名称を人型戦闘機甲。一般には、戦うための人機──戦人機と呼ばれる兵器が、地上へと銃口を向けていた。
しかし、現在戦人機を自主開発できる国は、日本を含めても全世界でわずか六ヶ国しか存在しない。その中にはもちろん、日本が戦争中のアジア大陸連盟の国々は含まれていない。そのはずなのだが……。
「陸連の戦人機。たぶん、中華製。でも、あれはただのデッドコピー。性能的には、第一世代未満のレベル」
まるで汚いものでも見るように、郁奈は吐き捨てた。
しかし、和仁や紗千にはそんな郁奈の表情よりも、発せられた言葉の方がよほど衝撃的だった。デッドコピーではあっても、戦人機の製造はごく限られた国家にしかできない。その前提が覆されたのだ。
戦人機の圧倒的なポテンシャルは、奇しくも九州占領時に証明されてしまった。
最終的に九州へと上陸したアジア大陸連盟の勢力は、戦車数万両とも言われている。歴史上最大と言っても差し支えないほどの圧倒的な物量だ。
そんな戦車の大部隊を相手に、陸上自衛隊の戦人機は三〇〇機にも満たない数で対等以上に戦い続けたのである。
そのために戦人機の存在は、アジア大陸連盟の中でトラウマになっているのだ。あるいはそれが、模造品とはいえ戦人機の生産に踏み切らせたのかもしれない。
ただそうなると、一つだけわからない事がある。
「でも、なんで戦人機なんて。どっか占領する気なのかよ」
答えが欲しかったわけではないが、和仁は陸連の戦人機を見ながら言った。
ただ単に設備を破壊するだけなら、さっきみたいなミサイル攻撃で事足りる。戦人機を投入してきたという事は、何かを破壊する以外の目的があるのだ。
つまり戦人機の登場は、この戦闘がまだ終わらない事を意味していた。
「もしかして……」
「ねーちゃん?」
「郁奈ねぇ、あれ!」
不意に、紗千が声を上げてある方向を指差す。考え込んでいた郁奈も、思わずその方向を見た。そこには、降下してきた戦人機とはまた違う戦人機の姿があった。
こちらの戦人機は、和仁達も見た事がある。
「確か、鉄、だったっけ」
「そう。正式名称は、71式人型戦闘機甲。陸上自衛隊の、第一世代戦人機。もう旧式」
やや丸みを帯びたボディを見ながら、郁奈が口ずさむ。中華製のデッドコピーに劣らず、迷彩色のずんぐりむっくりとしたボディにはどこか古ぼけた印象を抱く。
そんな古ぼけた戦人機である鉄は、右手に持ったアサルトライフル──71式自動大銃──を構えると、陸連の戦人機に向けて引き金を引いた。
鼓膜が破れそうになるほどの爆音に、避難民は耳をふさぎ地面へと倒れ込む。その直後、向こうの発砲した弾丸も付近に着弾した。
人の大きさほどもあるアスファルトがめくれ上がり、土埃が全ての視界を奪い去る。木造家屋に至っては、まるで削られた鰹節のように粉々に消し飛んだ。
「こんな場所で、銃撃戦なんて……」
両耳を押さえながら、和仁は立ち上がった。こんな目と鼻の先で戦闘なんて、冗談ではない。
だがそれは同時に、陸連の侵攻速度の速さも物語っていた。紗千と郁奈にも手を貸し立ち上がらせると、三人は懸命に足を動かす。
その矢先だった。和仁達の近くに、陸連の戦人機の放った弾丸が着弾したのは。
「うわぁぁぁああああああああっ!?」
爆風にあおられ、上下の感覚すらなくなる。全身が激しくアスファルトに打ちつけれれ、和仁は苦悶の表情を浮かべた。あまりの痛みに、声すら出せない。
背中の熱さ、突き刺さるような手足の痛み。それらに少しずつ慣れてきてようやく体を動かせるようになった頃、和仁は片方にしか手を握っている感触がない事に気付いた。
「……かず、大丈夫?」
すぐ隣にいたのは、すり傷と砂ぼこりにまみれた郁奈の姿だった。衣服のあちこちに滲む、血の赤が痛々しい。恐らく、自身も同じような状態になっているのだろう。
「紗千、紗千ぃぃいいいっ!」
いなくなった幼馴染の名前を、和仁は大声で呼んだ。しかし声は銃撃戦の爆音にかき消され、無情にも土煙りの中へと消えてゆく。
周囲を見回しても、どこにも紗千の姿はない。電話をかけようとメニューを操作しようとしたその手が郁奈に掴まれ鷹と思うと、いきなり建物の陰に引き込まれた。
「ねーちゃん!」
邪魔をした郁奈への怒りに、語気を荒げる和仁。しかしその脇を、音の暴力が通り過ぎていった。撃ち込まれた弾丸が通過したその衝撃にあおられて、和仁と郁奈の体は絡まって通路の奥へと叩きつけられる。くそ、もう何もかもがメチャクチャだ。
「だめ、かず! 今出て行ったら……」
「でも、紗千が、紗千がっ!」
「今のでわかったでしょ! 今出て行ったら、かず死んじゃう! そんなの、絶対だめ!」
そんな事くらい、和仁にもわかっている。それでも、何もせずにいられるわけがない。大事な幼馴染を見捨てる事なんて。和仁はもう一度紗千に電話をかけようと、アークスのメニューを操作す。だがしかし、電話は一向につながる気配がなかった。
郁奈も自らのスキルを駆使して、紗千の無事を確かめようとする。
「少なくとも、アークスは壊れてないみたい」
だがこのままでは、紗千がどうなっているかわからない。
脳裏をよぎるのは、最悪のシナリオ。数十分もあれば増援が到着するだろうが、陸連の目的がアレだとしたら、全てが遅すぎる。
戦人機の性能は五分としても、数が違いすぎる。せめて、第二世代機の92式さえあれば。陸自側の全滅は、もはや時間の問題だった。
郁奈は、今にも飛び出しそうな和仁へと視線を向ける。
この状況を打開できるかもしれない方法が、たった一つだけある。だがそれは同時に、大事な弟を危険な世界へ引きずり込むという意味だ。
ここをくぐり抜ければ、これまで通り平穏な生活ができるかもしれない。
しかしそれは、郁奈がこれまで費やしてきた五年以上の歳月を、これから先の未来の可能性を全て捨てる事に直結する。
「かず」
あまりに無責任かもしれない。そんな重い選択を、ただの高校生の弟に選ばせるのは。
「どうかした?」
「かずは、さちを助けたい?」
だが、今日郁奈はずっと見てきた。
自分で考えて、自分で決めて、自分で動くだけの力を和仁は持っている。
ならばむしろ、和仁自らが選び取るべきではなかろうか。自分の生き方を、生き様を。
「当たり前だろ! そんなもん!」
ならば託そう。郁奈の自慢の弟が、どのような未来を選び取るのか。
郁奈は、答えを出した。自分は和仁の思いを実現させるため、全力で助けよう。
「かずにあげる。そのための力。さちを助けられる、守るための力」
それが和仁の姉たる、自分の役目なのだろうから。
「ここに向かって。早く」
郁奈はiリンク経由で、和仁に地図データを送信した。
そこに、和仁の望みを、願いを実現させるための力がある。郁奈が五年以上の歳月を費やして作り上げた、血と汗の結晶が。