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Operation#1:イロカネ起動(5)

 しばらくの間、和仁は紗千に目隠しをされたまま部屋の隅で正座させられていた。悪いのは全部郁奈で和仁は悪くないはずなのに、なぜなのだろうか。女の子ってこういう時ずるい。

 だが、一言だけ弁解させて欲しい。バスタオルがはだけてしまったのは事故だし、見たくて見たわけではないのだと(見たくなかったかと言われれば否定はしないけど)。ただ、そう言うとまた郁奈が変な意地を張りかねないので、和仁は反論する事もできない。どうすりゃいいんだもう。

 とはいえ、これで郁奈の事は紗千が何とかしてくれる。紗千の注意もあって、郁奈もさすがに調子に乗りすぎたと反省してくれているようだ。

 郁奈は不満たらたらだが、紗千に手伝わせて今は着替えの真っ最中。冷静に考えれば、トイレにいるか外で待っていれば良かったのだろうが、それを言うとまた紗千に怒られそうなので、ここは黙っておくしかない。口は災いの元って、マジだったんだな、本当に。今日身をもって体験したぜ……。

「そ、それにしても、郁奈ねぇ、来てたんだね。綺麗すぎて全然気付かなかった」

「さちも、おっきくなったねぇ。前はあんなにちっちゃかったのに」

 少しくぐもった声が、浴室の方から聞こえてくる。郁奈はまたシャワーを浴びている。たぶん、エアコンでちょっと冷えすぎた体を温めているのだろう。

「も、もう、何年前の話ですかそれ」

 紗千は和仁が目隠しを外さないか監視しながら、郁奈のキャリーバッグを開けた。

 中には空気圧縮のビニールに入れられた衣類の他に、分厚いファイルが何冊も詰め込まれている。仕事関連だろうから、こちらには触らない方がいいだろう。

 ビニールを開け、紗千は下着とスーツ一式を用意した。

 ──……まだ、大丈夫よね?

 紗千は和仁以上にバスルームの方を警戒しつつ、ビニールから出したばかりのブラを目の前に掲げてみた。それから、下の方を向く。

「…………………………」

 勝者、郁奈。まさに、圧倒的戦力差である。本人不在の中、紗千は勝手に打ちひしがれ、愕然とするのであった。

 自分とそこまで歳は離れていないはずなのに、何なのよこの差って。こんな数年の違いで、ここまでの差がつくものなの? 毎日しっかり牛乳を飲んで、マッサージもして、早寝早起きの健康な生活を心がけているのに!

 紗千の心の中は、超大型の台風並みに大荒れなのであった。

「あ、服準備してくれたんだぁ。ありがとぅ」

「あっ!? いっ、いえ!!」

 背中を向けていたから、ブラを持っていたのなんてバレていないはず。超スピードの早技でブラを着替えの上に置き、紗千は一式を持ってくるりと半回転。再びバスタオル一枚で出てきた郁奈はゴシゴシとタオルで頭をふいて残った水気を切り、渡された服を着始める。

「郁奈ねぇ、ドライヤーかけたりとかしないの?」

「めんどくさぃ」

「で、でも、髪痛むし」

「別に気にしない」

「ほ、ほら、職場にも男の人って居るだろうし」

「芋ならポテチで間に合ってる」

 ダメだ、このダウナー。しばらく見ない間にダメ人間スキルが下限を振り切っている。

 女子力も皆無どころか、生活力すらなさそう。放っておいたらそのまま干からびるんじゃなかろうか。

 それにしても、職場の同僚を芋と同じ扱いなんてさすがに不憫(ふびん)だ。

「で、でも綺麗だと、かずくんに褒めても…」

「ぜひ教えて、さち」

 さっきまでドライヤーに無関心だった郁奈が、紗千の両手を握って羨望の眼差しを向けてくる。対処法は当時のままで大丈夫だったみたいで安心です。

 あぁ、それにしても、なんて気持ちいいんだろう。そうだよ、大人の女性になったんだから服装や身だしなみくらいは最低限身につけてもらわないと。

 やっぱり私が教えなきゃね、なんて幻想に浸っていたのもつかの間。圧倒的戦力差(悲しい現実)が紗千の目に飛び込んできた。

 即ち、たわわに実った二つの膨らみが。

「さ、さち?」

 再び打ちひしがれた紗千は、和仁とは別の部屋の端でしくしくしく。意味のわからない郁奈はスーツを着ながら、ただただ首を傾げるのだった。




 紗千が回復するまでに、それから五分くらいかかった。

 で、回復した時にはと言うと、

「なんでかずくん、目隠し外してるの」

「わたしが外した。もういいかなぁって、思ってぇ」

 正座は継続していたが和仁の目隠しは外されていて、背後から郁奈がよりかかっていた。紗千の詰問に挙手して答える郁奈は、むふふと口元を緩めながら和仁の頬をすりすりしている。

「はぁぁ。久しぶりのかず成分。今の内に、いっぱい補給しとかないとぉ~」

 かず成分なる謎の存在は脇に置いておくとして、紗千も郁奈の邪魔をするほど野暮でもない。だいたい、十年ぶりくらいだろうか。

 それだけ長い間、離れ離れだった二人が再会できたのだ。むしろ、こちらから祝ってあげたいほどである。和仁本人も、口では否定していてもどことなく嬉しそうだ。

 和仁ほどでないにしても、幼馴染みである紗千も同じ気持ちである。まるで昔に戻ったみたいで、懐かしさが胸一杯にこみ上げてきた。

 でもさすがに、姉弟でこのスキンシップにはいささか以上に疑問を覚えます。

「そういえば郁奈ねぇ、どうして和仁くんの部屋に?」

「えぇーっとねぇ、シャワーを借りにぃ」

「それは汗流したかっただけだろ。何か、仕事で来たんだってさ」

 ったくシャワールームに案内したのに、と和仁は背中の郁奈に愚痴をこぼす。ただ、絶賛天国まで昇天中らしい郁奈には、聞こえていない。

 よだれまで垂らしかねないほど緩みきった表情で、今度は首筋に顔をうずめている。

 だから姉弟でそのスキンシップはだいぶ頭おかしいんじゃないかと。

「スーツだから、もしや……とは思ったけど。郁奈ねぇ、よく就職できたね」

「さち、何気に酷ぃ。わたし、これでも優秀」

「ご、ごめんなさぃ」

 眉を逆ハの字にして、郁奈はジト目で紗千を見返す。これはちょっと言い過ぎたかもと、紗千は苦笑いを浮かべて謝った。

 とても静かなのに、すごい迫力である。これならまだ、先生に怒られてる方が胃に優しい。

 あとどうでもいいからそろそろ離れてくれませんかねぇ?

「まぁまぁ、ねーちゃんもそれくらいにして。紗千だって悪気があったわけじゃないんだから。だいたい、俺達の中のねーちゃんって、基本怠けてたイメージしかないんだし」

「あれはぁ、だらけてたんじゃなぃ。無駄な力を使わないようにしてただけぇ」

 との郁奈の発言を聞いて、和仁と紗千は互いに顔を見合わせた。

「和仁くん。あれ、『力抜いてた』ってレベルだと思う?」

「いや、誰がどう見てもだらけてただろあれは」

「宿題、一回もした事なかったんでしょ?」

「なのにテストの点数はいつも満点だったから、母さんもそんなに怒れなくて困ってた」

 ようやっと姉をひっぺがして(よしよし)、和仁は紗千とひそひそ話。どこからどう考えても、あれは『力を抜いていた』なんて生易しいレベルではなかったと思う。

 しかも、郁奈がやっていなかったのは宿題だけではない。授業はノートを取るどころか聞いてすらいなく、体育の時間も常にぼぉーっとしていたらしい。そんな事を先生が、郁奈本人にではなく弟の和仁に愚痴ってしまうほどなのだから、相当酷かったに違いない。

 そんな風に二人がこそこそ話をしていると、それを見ている郁奈の目がジト目からツリ目に変化していく。

 これは……………………ヤバい。

「もしかして、かずまでわたしを裏切る?」

「裏切らないから、だからそんな怖い顔しないで」

「うん、わかった」

 ギリギリのところで、最悪の事態だけは避けられたようだ。

 大泣きされるのも、癇癪(かんしゃく)を起こされるのも、口を聞いてくれなくなるのも困る。特に前二つは、隣の部屋から誰かが殴り込んでくる可能性も否めない。くそ、面倒くさい部分は全然成長してねぇじゃねぇか。このダメ姉……。

「それでねーちゃん。結局、学校には何しに来たわけ?」

 だいぶ脱線してしまった話を、和仁は元に戻した。実は駅で会った時からずっと気になっている。研究職に就いている郁奈が、学校に何の用事があるのだろう。

 郁奈は腕を組んでしばらく考え込む仕草をしてから、

「えぇ~っとぉ、企業秘密ぅ」

 唇に人差し指を添えて、にゃははと柔らかい笑みを浮かべて言った。

 そして着替えを用意するのに開いたキャリーバッグへ、衣類やその他諸々を詰め込んでいく。ただし、分厚いファイルの山から比較的薄い一冊は抜いて別のハンドバッグにしまった。

「それじゃあぁ~、ちょぉ~っと校長先生に会ってくるねぇ」

「か、郁奈ねぇ、それってすぐ終わるの? 終わったら、学校とか街とか案内したいんだけど!」

 のそのそと靴を履く郁奈に、紗千はやや緊張気味に聞いた。

 先ほど言い過ぎてしまったお詫びも入っているので、できれば良い返事をもらいたい。う~んと上を見て考える郁奈に、紗千はどぎまぎしながら返事を待つ。

「じゃあぁ~、学校の中だけでぇ。外、もう行きたくなぃ。暑いの、こりごり」

「わかった。じゃあ、校長室前まで案内するから!」

「ありがとぅ、さち」

 郁奈に笑みを見せる紗千は、同時に和仁も視線で急かす。和仁も同伴するのは、既に確定事項らしい。

 紗千だけでなく、郁奈もまた和仁が来るのをじぃぃっと待っていた。

「かずぅ」

「かずくんも、早く」

「だから、かずくん止めろって言ってんだろうが、紗千」

 また暑い中外に出なければならないのか。だが、校内だけならさっきまでよりずっとましかと、和仁は小さくため息をつく。

 それはそうと、まだ七月も上旬だというのに、この調子で郁奈は夏を越せるのだろうか。

 純粋な心配と疑問が、ふと和仁の中で浮かび上がったのであった。

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