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Operation#1:イロカネ起動(4)

 しばらくの間コンビニで涼んだ二人は、アイスを買って再び歩き出した。

 郁奈の目的地は和仁の通っている学校──呉先端技術高等専門学校らしい。名目上の理由は道案内だそうだが、本当は一緒に話したかったからなんだろうな。アークスにもナビ機能はあるし、それこそタクシーだって呼ぶことができるのだから。

 学校側から許可も下りているようで、通常なら校門前で開くはずの来客用のページは反応なし。それどころか、事務室を通して発行されるはずの入校許可証すら郁奈は受け取らず、完全に素通り状態で学内へと入った。

 また最初に訪れたのは、学校の事務室でも職員室でもない。

「シャワーなら、運動部の使ってるもっといいのがあったのに」

 精も根も尽き果てた郁奈は、なぜか和仁の部屋までやって来ていたのだった。もちろん、シャワーを浴びるためだけに。

 念のために言っておくが、和仁は先に生徒に解放されているシャワールームを案内したのだ。

 しかし、

「他の人が来るかもしれないの、いや」

 と郁奈に却下され、本人の希望もあって和仁は自室に案内したのである。

 靴が一足、キャリーバッグが一つ増えただけなのだが、元の部屋が小さいせいもあってかなり狭くなったように感じる。

「はぁぁ……。ほんと、ちっちゃい事に関してはワガママなまんまなんだから」

 なぜに好きこのんで、こんな狭いバスルームなんかで……。

 それに、壁越しに聞こえる水音も気になる。既に冷房をガンガンにかけているのだが、普段なら聞く事のないシャワーの音のせいでソワソワする。まるで、他人の部屋にでも来たようだ。

 しかし、現在進行形でバスルームを占拠している郁奈は和仁の事など一切気にせず、のんきに鼻歌まで歌っている。そうだ、今の内に部屋の片付けでもしておこう。あと、たまった洗濯物も。

 だが、その時だった。

「かずぅ」

「ん?」

「着替え、持ってきてぇ」

 なんだか今、ものすごい事を頼まれた気がするのだが、気のせいだろうか。

「な、なにって?」

「着替え持ってきてぇ。キャリーバッグの中に入ってる」

 そうか、着替えか。着替え、着替え、着替え、着替え…………。

 ………………………………………………………………………………………………着替え?

「ってちょっ!?」

 いくらなんでも、これは予想外だ。姉弟とはいえ、郁奈はもう立派な大人の女性。そんな人の着替えを用意するなんて、いくら本人に許可をもらったからといってできるわけがない。というより、恥ずかしいので勘弁してください。

 ファッションに無頓着な郁奈がどんな下着を愛用しているのかはという命題については、非常に興味がわくのだが。いや、間違っても姉の下着に興奮するとかいう性癖はない。断じてない。絶対にない…………はずである。

「もぅ、かず遅ぃ」

 和仁が悶々としている間に、事態は次のステップに移行してしまったていた。

 なんと郁奈がびしょびしょのままバスタオルを一枚体に巻いただけの恰好で、バスルームから出てきてしまったのだ。普段ならフローリングが痛むので強制的に浴室へリターンしていただくところなのだが、そんな考えはこれっぽっちも浮かばなかった。

 自然と和仁の視線は、バスタオル一枚では隠し切れていない豊満なバストに吸い込まれてしまうわけで……。

「かず、どこ見てるの?」

「いっ、いや、別にどこも……」

 郁奈の冷たい視線が心に痛い。顔が猛烈に熱くなっていくのを感じながら、和仁は郁奈から目をそらした。それから、仕方ないんですこれが男のサガってやつなんです、と必死こいて心の中で弁明する。

 しかし、それが逆に仇となってしまった。和仁の胸の内を察した郁奈は、にたにたと悪い笑顔を浮かべ出したのだ。越後屋お主も悪よのう、いえいえお代官様こそ、みたいな。

「それにしてもかずぅ、この部屋ぁ、あっついねぇ」

「ま、まぁ。まだエアコンつけたばっかりだしぃっ!?」

 バスタオル一枚で出てきたと思ったら、今度は胸の部分を引っ張ってぱたぱたし始めたのだ。そらしていた目がその映像を捉えた瞬間、和仁は思わず噴き出しそうになってしまう。なんつう事をしているんだこの姉は、実の弟に向かって。

 下を向きそうになるのを必死にこらえて郁奈の表情を見ると、すご~~く楽しそうな、イヤらしい笑みを浮かべていた。ちょっとばかし冷静になれない和仁でも、郁奈が明らかに楽しんでいるのがわかる。

 昔はこんな悪乗りするようなところはなかったのに。嫌なところばかり変わりやがって。

「こーら、なぜ逃げる」

「か、勘弁してください!」

 でもって恥ずかしがる和仁に、郁奈はずぃずぃずぃぃと近寄ってきた。

 座ったまま後ずさる和仁を追って、郁奈も雌豹のポーズ近付く。まるで、はちきれんばかりのバストを和仁に見せつけるように。

「どうしたのぉ、かず? 顔まっぁか」

「ね、ねーちゃん、わざとやってるだろ」

「わざとぉ? なんの事か、お姉ちゃん全然わかんなぁ~い」

「あ~の~な~」

 反撃しようにも、この場合どうすればいいのだろうか。劣勢のまま後退を続けていた和仁であるが、狭い室内に逃げ場などない。あっという間に壁際まで追い詰められてしまった。

 郁奈は覆いかぶさるように、和仁の上に陣取る。まるで、イタズラ好きの猫みたい。これが本物の猫だったら、どんなによかった事か。

 すぐ目の前にある柔らかそうな二つの巨大な球体に、和仁はごくりと生唾を飲み込んだ。

「ねぇねぇ、わざとって何のことぉ?」

「もうわかったから! よくわからないけど俺が悪かったから、もういいだろ!」

 最大出力でエアコンを吹かしているのに、全然涼しくならない。寮長に修理を要求した……ではなくて、湯上がりの湯気に混じって郁奈の匂いが鼻腔の奥をくすぐってきた。

 艶のある甘い香りに、頭の中がくらくらする。この次はいったい、何をやらかすつもりなのだろう。郁奈の考えの全く読めない。

 視線は姉の目とバストを行ったり来たりで深く考えるだけの余裕もなく、和仁は頭がこんがらがってきた。

 そしてついに、強力な戦略兵器(バスト)が目の前まで迫ったところで、

「ねぇ、かずぅ」

「な、なんでしょうか?」

「この後って、どうすればいいんだろぅ?」

 わずかに視線を上に向けると、たれ気味の目は何かを思い出すみたいに上を見ていた。こんな大胆な行動に出ておきながら、この後の事は知らないってどういう偏った知識だそれは。とはいえ、和仁の貞操の危機はすんでのところで回避されたようだ。

 相変わらず鼻には郁奈の甘い体臭が流れ込んでくるが、さっきまでの顔に戻った事で和仁の思考も正常に戻っていく。よし、まずはこの姉を目の前からどかせる方法を考えよう。

 とりあえず、バスタオルがはだけないように押し返せば大丈夫なはず。即座に結論を出した和仁は、まるで人機を操縦する時のように優しく、しかし素早く郁奈の肩に手をやった。

「ん? かずぅ?」

 だが、神様とやらは困った人にこそ、さらなる試練を与えるような嗜虐趣味の持ち主らしい。

「か、かかかか、かか……」

 ガチャリと開いた扉の向こうには、ちょっと前に寮まで送った紗千の姿が。

「かずくん! その人誰っ!!」

 まさか、和仁の十七年の人生で一番恥ずかしい事件ランキングが、たった一日で塗り替えられる事になろうとは。そんな和仁に追い打ちをかけるように、郁奈の体を包み込んでいた熱く湿ったバスタオルが、重力に負けてぱらりとはだけるのであった。

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