Operation#3:コード・ヴェルメリア(12)
紅金はその後しばらくして、合流した白銀によって回収された。
「カズヒト、大丈夫?」
外部からコックピットを強制的に開けられ、そこからほっそりとした手が伸ばされる。和仁はその手を掴むと、ゆったりとした動作で外まで這い出した。
「大丈夫って言えば、大丈夫かも、な。そっちは?」
「ちょっとキツかったけど、まだまだ余裕」
コックピットの外には、自衛隊の救護の人や整備士の人達が何人も貼り付いていた。その中心にいたのは、今回一緒に戦ったフェリルであった。
和仁は思わず、握ったままのフェリルの手を見やる。なんかこう、妙な気恥ずかしさが湧いてきた。
「ナイスファイト」
「あ、ありがと」
そんな和仁の気恥ずかしさなど気にもとめず、フェリルは賞賛の言葉を送る。それに続き、他の隊員の人達からも賞賛の言葉が浴びせられた。
恥ずかしいが、これはこれで悪くない。
「ったくもう、機体をこんなボロボロにしやがって。一週間は眠れねぇじゃねぇか……」
「馬っ鹿野郎が。中の人間の代わりにこうなっちまったと思や、安いもんだぜ。それに、初陣でちゃんと帰ってこれたんだ。今度は俺らの方が頑張る番だろ」
整備士組のやりとりに、ドッと笑いが噴き出す。
そうか…………生き残ったのか。
実感はないが、その事実が疲労となって今頃のしかかってきた。
「うん、特に怪我もないな。駐屯地に帰ったら詳しくメディカルチェックをするから、今の内に休んでおきなさい」
「わかりました」
和仁の無事を確認した隊員達は、それぞれの持ち場に帰って行った。コックピットハッチの上には、和仁とフェリルだけが残される。
「ゴメンね。途中で通信切れちゃって。不安にさせちゃったでしょ」
「いや、まぁ……なぁ。撃破されたのは、絶対にないって思ってたけど」
「あら、ありがと。お世辞でも嬉しいわ」
下からのぞき込むようにして、フェリルが見上げてくる。ついさっきまで戦ってたというのに、相変わらず図太い神経をしていらっしゃる。
紅金を乗せたトレーラーは、ゆっくりと前進を始めた。バランスを崩したフェリルが、コトンと和仁の方に倒れてくる。いや、これはちょっとわざとっぽいな。
朝の冷たい空気が、火照った頬を乱暴に撫でる。数時間ぶりの外の空気を、和仁は肺一杯に吸い込んだ。
前の方を見ると、傷ついた白銀の姿が見えた。
途中で通信が切れたのは、通信系を被弾したかららしい。頭部や背中のアンテナ類が、激しく破損している。
紅金ほどではないにしても、白銀もそれなりのダメージを負ったようだった。
「そうだ。初陣の生還記念に、何かご褒美でもあげようか?」
「何だよ、生還記念って! あの作戦そんなヤバかったのかよ!」
「え? カズヒトの方にも来たでしょ? 増援が三機くらい。相当な腕で、けっこう焦った」
これはつまりあれか、フェリルは最初の二機にプラスして、三機以上の編隊から奇襲を受けた、という意味で合っているのだろうか。
「あの……、こっちはその、一機だったんですけど……」
しかも一機を中破させた直後なので、実質的には一対一だ。
ほんのわずかに微笑んでいたフェリルが、無表情に戻っていく。いや、無表情を通り越して冷たいくらいだ。
「へー、増援、一機だけだったんだぁー。ふぅーん。よかったねぇー、敵が少なくてぇー」
「いやでも、そいつスゴい強くて…」
「なーんて」
必死で言い訳をつくろおうとしていた矢先、フェリルはフッと人の悪そうな笑みを浮かべた。
「冗談よ。冗談」
ぽかーんとしている和仁に、フェリルはくすくすと微笑む。
なんだ、からかわれただけか。責められていたわくではないとわかり、和仁はほっとひと息つく。
「ちゃんと生きて帰ってきたんだから、それだけでいい。もし死なせちゃったりしたら、カナに会わせる顔がなかったし」
「あー、うん。それはそうだな」
再開してから数日間の溺愛ぶりを見るに、無茶苦茶泣きそうだ。
和仁としても、郁奈を泣かせるような事はゴメンである。
「もっと、上手くなるしかないよなぁ……」
戦人機の操縦技術を高める事しか、郁奈を安心させる術はない、か。
「じゃあ、ご褒美はそれでいいわね」
「え?」
俺今さっき何て言ったっけ? 一瞬前の自分の言葉を思い返して、悪寒が背中にぞわぞわぁっと這い上がってきて……。
「心配しなくても大丈夫。メニューは段階を踏んで厳しくしていくから」
「ちょっと待て! 今のでもキツ過ぎんのに、これ以上……」
「じゃあ、コックピット借りるわね。ちょっと寝る」
「って、おいっ!!」
嫌な予感は見事に的中してしまったようだ。今朝のランニングすら満足にできないのに、これ以上どうしろと言うのだろう。
ついさっき強くなろうと決意したばかりなのに、いきなり先行き不安になってきた。
そんな和仁の心中を想像して鼻で笑ったフェリルは、ハッチから一段下がった座席にかけて寝息を立て始める。
規則正しい息遣いは、和仁の耳元までよく届く。その穏やかな寝顔は年相応の女の子そのもので、とても地上最強の兵器を操る人物とは思えない。
「まぁ、それは俺も一緒か」
東の空から、薄赤色の太陽が顔をのぞかせる。戦闘が終わってから回収されるまでに、かなりの時間が経っていたらしい。
これからの事がどうなるかは、まだまだわからない。
だが、するべき事は決まっている。郁奈を悲しませる事がないよう、全力を尽くす。まずは戦人機の操縦技術を磨く事。そうしていれば、なるようになるはずだ。
和仁の決意を祝福するかのように、海に反射した陽光は艶やかに紅金を照らし出していた。




