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Operation#1:イロカネ起動(2)

 紗千を寮に送り届けてから、和仁も自分の寮の部屋に戻った。

 蒸し風呂のような格納庫に長時間いたせいで、全身が汗でベタベタだ。部屋の冷房を全開にし、着替えを用意してバスルームに入った。

 上半身の服を洗濯篭に放り込むと、鏡に映る自分を見て不意に首筋に触れる。それは、サイボーグと揶揄(やゆ)される元凶となっているモノ。グレーカラーの薄い板状の機械が、首元を覆うように巻き付いていた。

 その機械のスイッチを押すと、首に固定されているアームがカシャッと開く。そしておもむろに、和仁はその機械をジャックから引き抜いた。

「いつっ……!?」

 まるで首の神経を内側から引き千切られるような、気持ちの悪い痛みが走る。脳と通信していた回線が、に切断された証拠だ。何度経験しても、これだけは慣れる事ができない。

 怪我をしたわけではないのに、ついつい手が伸びて首の付け根の後ろをさする。

 首筋と掌に広がる、人工物の感触。なんでこんなものがあるのかと、もやもやとした物が心の中を(うごめ)いた。

 こんな物さえなければ、自分も紗千も、こんな目には遭わなかったはずなのに。

 しかし、それはいくら言っても仕方のない事。和仁は首元の人工物をさすりながら、申し訳程度に(しつら)えられた浴室へ入った。




 現在先進国を中心に広く普及している次世代の装着型電脳通信端末、アークス。それが先ほどまで、和仁の首に巻き付いていた機械の名称だ。

 脳とコンピュータ間で直接データのやりとりが可能なアークスは、電子データを従来にないほど簡単に素早く脳や他の端末と共有できるとあって、瞬く間に生活へと浸透していったのである。

 その結果、今やアークスの国内普及率はほぼ百パーセントに至っている。故に、それ自体は大して珍しいものではない。

 ではなぜ、和仁はサイボーグなどと呼ばれているのか。その理由こそが、この首筋の人工物に他ならない。

「なんでなんだろうなぁ……」

 ぬるめのシャワーを頭からかぶりながら、和仁は再び己の首筋に触れた。何度も重ねてきた問いを、鏡の中の自身に尋ねる。無論、答えなど最初からわかっている。

 サイボーグなどと呼ばれるようになったのは、今に始まった事ではない。それこそ、和仁がまだ小学生になる前から。和仁のアークスは、一般的に普及しているアークスとは接続方法が異なる。それが全ての原因となっているのだ。

 一般的なアークスは耳を包み込む円弧状をしており、無線接続によって脳と通信を行っている。それに対して、和仁のアークスは首筋にある接続口に直接端子を差し込むことで、ダイレクトに脳と通信できるようになっているのだ。

 無線で通信ができるにも関わらずわざわざ有線で接続するための処置を体に施すのは、自分の体を大切にしていない証拠。どうやら、そんな事をうそぶいている集団があるらしい。

 まったく、迷惑な話だ。そのせいで直結型アークスを用いている人が、どれだけの罵声を浴びせられている事か。

 和仁とて、好きで直結型アークスを使っているのではない。外すたびに激痛を伴うような機械など、誰が好きこのんで使いたいものか。

 直結型アークスの使用用途は、その大多数を医療目的が占める。患者の経過状況を確認するために用いられるので、万が一にもノイズやラグが入らないよう直結型アークスが使われているのだ。

 母親の話によると和仁も過去に大きな病気を経験したらしいので、現在も経過を観察中なのだそうな。もちろん、通常の無線型にしようと思った事は何度もあった。しかし母親から、万が一の事があってはいけないと反対され、今に至っている。。

 とはいえ、決して仲が悪いわけではない。職業柄なかなか合う事はできないが、その分いっぱいの愛情を注いでくれた。それに、こうして学校にも通わせてくれている。

 ただ一つ不満があるとすれば、離婚した父親と、その父に連れて行かれた姉と全く会えていない事くらいだ。メールや電話の連絡はたまにしているが、やっぱり直接会って色々な事を話したい。

 そして伝えたい。別れてからの間、自分が何を頑張っていたのか。

 今は人機の操縦資格を得ようと、専門の高校にも通っているのだと。

 昔交わした約束を、まだ守り続けているのだと。

『わたしが、かずののるせんじんきをつくるから、かずはわたしのつくったせんじんきのらんなーになること。やくそく』

 まだ本当に幼い頃に交わした約束だが、一言一句違わず思い出せる。

「ねーちゃん、どうしてっかなぁ」

 不意に、姉に会いたくなってきた。

 そうだ、夏休みを利用して会いに行くのなんてどうだろう。

 紗千も和仁の姉とは幼馴染みの関係だ。きっと喜んでくれるに違いない。

 和仁はシャワーの蛇口を閉め、バスルームを出た。




 バスルームから出た和仁はアークスを装着すると、程よく冷えた部屋のベッドに寝転んだ。

 アークス装着時には、首筋を錆釘でぐさぐさ刺されるような痛みに顔をしかめる。こればっかりは、この先もずっと慣れる事はないだろう。

 するとアークスを装着した直後、いきなり電話がかかって来た。

 そして視界の右上に、発信先の電話番号とアドレス帳に登録されている名前が表示される。

「ったく、いっつもタイミングいいんだからなぁ……。繋いで」

 和仁がベッドの上で飛び起きると、がたっと回線が繋がり『Sound Only』のダイアログが名前の下に追加された。

 そして、

『もしもしぃ。かず、久しぶりぃ』

 懐かしい姉の声が、頭の中にじぃんと響いた。

 まるで自分の心を見透かしているような姉に、和仁は思わず笑みを浮かべる。昔からちょっと不思議な人だったから、これくらいでは驚かない。

 はやる気持ちを押さえられず、和仁はすぐさま返事をした。

「ねーちゃんじゃん。久しぶり。前電話したのって、いつだったっけ?」

『う~~~んとぉ……。一年生の終わりくらぃ。かず、元気してたぁ?』

「少なくとも、ねーちゃんよりは元気だよ。そっちは相変わらず、だるそうだな」

『ぶぅ。だるくないもん。こういうしゃべり方なの、かず、知ってるくせにぃ』

 自分で言うのもなんだが、色々と可愛い人だ。おっとりとしたしゃべり方は、昔と全然変わっていない。そのクセ声だけは無駄に色っぽくなっていて、たまにかかってくる電話のたびに戸惑いを覚える。

「それで、何か用事でもあるの?」

『用がなきゃ電話しちゃだめなんて法律はありませ~ん』

「別に、しちゃダメなんて言ってないだろ」

『大丈夫ぅ。わたしも言ってみただけぇ』

 電話の向こうで、くすくすと笑う姉。その姿を想像して、和仁もクスリと笑った。

 一つや二つ言葉をかわしただけなのに、格納庫でのやり取りなど、どうでもよくなってきた。まさか、声を聞くだけでここまで安らげるなんて。

 ここ最近声を聞いていなかったから、余計にそう感じるのかもしれない。

『それでねぇ、呉駅まで迎えに来て欲しぃ。あとちょっとで着きそぉ』

「唐突だな。それで俺に電話してきたわけか」

 結局のところ、用事があったから電話をよこしたようだ。

『そういうことぉ。よろしくねぇ、かず』

「わかったから、電車着く時間教えて」

『えっとねぇ、あと三〇分くらいぃ』

「了解。今から寮出ればたぶん間に合うから、駅前で待ってる」

『らじゃー』

 ぷつっと、こっちの返事も待たずに電話が途切れた。別れの挨拶くらいとも思ったが、これから会うのだから必要ないか。

 それはそうと、このクソ暑い中外出する用事ができてしまった。これは帰りの途中で、アイスなりジュースなり奢ってもらわなければ割に合わない。今年はただでさえ、例年より暑いというのに。

 今晩、もう一度シャワーを浴び直すはめになりそうだ。

「でもまぁ、金くらいは持ってようか。万が一に備えて」

 アークスに入っている電子マネーを確認したが、アイスやジュースくらいなら二人分は十分にある。

 和仁は外出前に水道水をコップ一杯飲みこむと、炎天下の中外へと繰り出した。

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