Operation#3:コード・ヴェルメリア(4)
たどり着いた場所は、海岸の一部を埋め立てて作られた演習場であった。周囲からの視界を遮るように高い壁が築かれ、外部からは内部の様子が見えないようになっている。
演習場の中には既に紅金が待機してあり、周囲には新型兵装と思しき兵器を積んだトレーラーも止まっていた。その横には、仮駐屯地から運搬してきた白銀も並んでいる。
もしまた襲撃があったとしてもすぐに対応できるようにとの事らしい。前回のミサイル攻撃が相当堪えているようだ。
車から降りた四人は、郁奈を先頭にして止まっている車の中でも最も小さな車両に向かう。もっとも、紗千は少し遠慮して車の近くで待っているが。
すると、つなぎ姿にヘルメットをした二人の年配男性が四人を出迎えてくれた。
「こちら、こんかいの新型兵装の開発の担当、木更澤重工業の唐沢さん」
「唐沢です。本日はよろしくお願いします」
「それと、こっちは三笠マテリアルの及川さん。粒子兵器の粒子精製を担当してくれてるぅ」
「初めまして、及川と申します」
郁奈に紹介されて、唐沢と及川は深々と頭を垂れた。どちらも五〇代後半くらいであろうか。白髪がよく目立つ。
「それで、紅金のランナーというのは?」
待ちきれないといった風に、唐沢は両手をすり合わせつつ前に出た。
「ほら、カズヒト」
「ん、あぁ」
フェリルに小突かれて、和仁も一歩前に出る。
「天城和仁、です」
「三曹」
「あ、天城和仁三曹です。よ、よろしくお願いします」
階級を言い忘れていたのをフェリルに指摘され、慌てて言い直す。
それだけで、唐沢と及川は表情を曇らせた。
「西野さん、当初聞いていたランナーとは、違う方のようですが?」
今度は及川が郁奈に問いかける。そこで和仁は、ようやくその事に思い至った。
よくよく考えれば、紅金の機体は既に稼働できる状態にあるのだから、白銀同様にランナーが決まっていたはずなのだ。
本来決まっていた紅金のランナーと会ったらどうしよう。またしても、頭痛の種が増えてしまった。ただでさえ、フェリルとの共同生活でいっぱいいっぱいだというのに。
「彼なら大丈夫ですよ」
その時、両者の間にフェリルが割って入る。二人の開発者は、フェリルを見た瞬間に顔をしかめた。
フェリルの見た目が明らかに日本人ではないからだろう。それに加えて、こんな若造が何を? という雰囲気も感じ取れる。蔑みにも似たその視線には、和仁も覚えがあった。
「失礼ですが、あなたは?」
「XLF―19、白銀のテストランナー、雪野フェリルニーナ二曹であります」
唐沢の問いかけに、フェリルは見事な敬礼をして答えた。まるで、そんな目で見られたくらいで私が怯むとでも? と挑発するかのように。
ただし、フェリルが白銀のテストランナーだとわかったとたん、研究者二人は背筋を伸ばす。侮蔑から警戒へ。まるで親の仇と相対したかのように、フェリルを見る目が厳しくなる。
「彼、初陣でいきなり、陸連の戦人機を二機撃破、三機を中破させたほどの腕前ですから。それも、ろくな兵装もなく、シミュレーションの経験もない状態で」
そして今度は目を見開き、二人の研究者は和仁の方を向き直る。
今度は、こんな子供が!! とか、シミュレーション経験もなく!? とでも思っているのだろうか。脳の電気信号で操縦するのだから、むしろそこまで驚くような事でもないだろう。あるいは、インターフェースについては無関心なのかもしれない。
ともあれ、戦績を聞いて安心したのだろう。研究者二人は、途端にニヤニヤと嬉しそうな表情を浮かべた。
データさえ取れればランナーなど誰でもいいに違いない。まったく、現金な話だ。
「それじゃぁ、始めましょうかぁ」
フェリルと和仁から不穏な気配を感じ取った郁奈は、ぱんっと手を打って場を仕切り直した。研究員達もそれに頷くと、それぞれの持ち場へと戻っていく。
和仁とフェリルは二人の研究員の後ろ姿を冷めた目で見つめていた。
「かず、そんなにふてくされなぃ。ふぇりるも」
「でも、あんなあからさまに嫌な顔しなくてもいいだろ?」
「ワタシは別に、ふてくされてなんかないし」
郁奈はそんな二人の肩に、そっと手を乗せる。郁奈とて、先の二人の視線──唐沢と及川の視線──には気付いていた。
普段から直結型アークスに対する偏見の目に晒されているだけに、嫌でもわかってしまうのだ。ああいう、人を見下したような視線には。
口では違うと言っているフェリルも、言葉がやや刺々しくなっている印象を受ける。
「でも、紅金を守ったのはフェリルなんだから、あんな目で見なくてもいいだろ」
そう、あんな、汚いものでも見るような目で。
フェリルが駆けつけてくれなければ、紅金は間違いなく破壊されていたのだ。それを寸前で阻止したフェリルに対して、これはあまりに無礼であろう。
「言いたいなら、言わせておけばいい」
しかし、当のフェリルが和仁の言葉を遮った。
「それで実害があるわけでもない。ちゃんと仕事してくれるなら、ワタシからは文句ない」
「でもなぁ……」
「ワタシがいいって言ってるんだから、それでいいの」
「わかったよ、ったく」
「ふふふふ」
すると突然、二人のやりとりを見ていた郁奈が笑い出す。
「かず、ふぇりるに優しいね。お姉ちゃん嬉しぃ」
「違うって! これはそういうのじゃなくてその……」
「へぇぇ、違うんだ。それって、ワタシには優しくしないって意味?」
「それも違うっつうの!! 俺はただ、あいつらの態度に腹が立っただけだって。てか、お前ってほんと俺には嫌味ばっかだな!」
「仕方ないでしょ。こんな性格なんだから」
「かずとふぇりるが上手くいってるみたいでぇ、お姉ちゃん嬉しぃ」
これは、どのように判断すればよいものか。空気を読んだと言うべきか、むしろ天然だからできた技なのか。とにかく、郁奈の一言で和仁もフェリルも、完全に毒気を抜かれてしまった。
「どこをどう見たら、上手くいってるように見えるんだか」
「まあ、カナだし。それくらい普通」
「えへへへ、そんな褒めなくてもぉ」
そろって肩をすくめる和仁とフェリル。誰も褒めてないっての。とはいえ、嬉しそうにしている郁奈の機嫌を、わざわざ損ねる必要もないか。
それがこの人の可愛いところでもあるのだし。
「じゃあ二人とも、早く準備してね」
郁奈もそう言い残すと、離れた場所で待っていた紗千を伴って自分の持ち場に戻った。
その場に残された和仁とフェリルは、
「じゃあ、まずは着替えよっか?」
「あの、着替えるって?」
とりあえず、紅金に乗る準備から始める事にした。




