Operation#3:コード・ヴェルメリア(3)
外と比べて建物に直接的な被害が少なかったのもあって、駐屯地内はほぼ元通りになっていた。それでも、戦闘の痕跡というものはありありと感じ取る事ができる。
すれ違う隊員の人は誰も彼もが大きな怪我を負っていた。精密検査のために以前もここを訪れた和仁であるが、何度見ても慣れるという事はない。そんな体にも関わらず、復旧活動は続けられているのだ。
仮駐屯地に残っているのは、本当に傷が酷くて作業に参加できなかった隊員達なのだろう。フェリルの話によれば、周辺の部隊も応援に駆けつけてくれているらしい。旧式の鉄ではあるが、別の部隊証の描かれた戦人機の姿もある。
幸いにも、海自の基地の方は護衛艦のミサイル迎撃システムのお陰でほぼ無傷であるとの事。潜水艦哨戒を含む最低限の人員を残して、海自の隊員の人達も瓦礫の撤去作業を手伝ってくれているそうだ。
和仁はすれ違う人達に挨拶をしつつ、ある場所の前で迎えが来るのを待っていた。見覚えのあるその場所は、紅金の格納されていた第三格納庫である。
もっとも、壁面は攻撃を受けた影響で大穴が開いているので格納庫と言えるかどうかは微妙なところだ。
ただ、今ここに格納されているのは紅金だけではない。あの時上空から強襲をかけてきた、純白の戦人機。フェリルの搭乗機であると同時に、紅金と次期量産機の座を争っている機体も鎮座していた。
紅金よりやや大型のボディだが、全体的に似通ったフォルムでスマートな印象を受ける。
「本当に、フェリルがこれのパイロットなのか?」
「戦人機乗りの呼称はランナー。パイロットは航空機乗りの呼称」
怒られてしまった。
「こ、これのランナーなのか?」
和仁はえへんと咳払いし、もう一度聞いてみる。
「そう。XLF―19、白銀。テストランナーやってるの」
「シロガネって言うのか、この機体」
和仁は半壊した格納庫に入り、白銀を見上げた。
アジア大陸連盟の戦人機にあわや撃破されかけたその瞬間、上空から駆けつけてくれた救世主。あと一秒でも来るのが遅れていたらと思うと、全身が総毛立つ。
──そういえば、まだお礼言ってなかったな。
和仁はちらりと、格納庫前で待機するフェリルを盗み見る。初対面から振り回されっぱなしで、完全に忘れていた。
郁奈に白銀のランナーを探してもらったのも、元はお礼が言いたかったからだ。それがまさか同年代のそれも女の子だったなんて、夢にも思わなかったが。
お礼を言うのなら思い出した今しかない。和仁は息を整えると、回れ右してフェリルの方に向き直る。つまらなそうに空中を見ているようだが、よく見れば目だけはせわしなく動いていた。たぶん、視界に書類でも映し出して眺めているのだろう。
和仁も視界の半分がマニュアルに覆われているので、なんとなくわかる。
「あの、フェリル」
「ん?」
そのマニュアルを閉じて、和仁は姿勢を正した。意識すればするだけ、緊張感が跳ね上がってゆくのがわかる。しかも超が付くほど可愛い顔でのぞき込んでくるものだから、その度合いもマシマシだ。
まったく、こっちの気も知らないで。いくら深呼吸しても緊張は収まらず、むしろ鼓動は早くなってゆばかり。言え、言うんだ、ここで言わずにどうする。
「その、前に陸連に襲われてた時の事、なんだけどさぁ」
「うん」
と、和仁がようやく口を開いたその瞬間、
「かず~、ふぇりる~、お待たせぇ~」
フェリルは声のしてきた別の方を向いてしまった。
この妙に気の抜けた声といい、呼び方と言い、あの人しかいない。
──ねーちゃん、マジで勘弁してくれよ……。
スーツをびしっと着こなした郁奈が、建物の向こう側から手を振りながらやって来た。なんというタイミングの悪さか、完全にお礼を言うチャンスを逃してしまった。
次に言えるのはいつになるのやら。それはそうと、びしっとスーツを着こなしている姿はこの前見たばかりなので、別に驚くような事ではないのだが、
「カナ、メガネなんてしてたっけ?」
「あぁ、これぇ? うん、仕事が長引きそうな時は、だいたいメガネェ。コンタクトだと疲れるぅ」
フェリルもあれ? と思ったらしい。アークスに合わせた青縁のメガネをした郁奈は、本人の言うようにずっと仕事だったよう。目の下にはくっきりと隅ができていた。
なかなかお疲れ気味のご様子である。
「それでふぇりる、学校はどぅ?」
「暇すぎて眠い。転校は失敗だったかも」
「でもふぇりる、一応高校くらいは出ておいた方が……」
「義務教育って中学校までなんだから、別に行かなくてもいいでしょ? 居たって退屈なだけなんだし」
フェリル的には、高校は今すぐにでも辞めたいようだ。まだ登校二日目なのに。郁奈が説得するもまるで取り付く島もない。
それはそれとして、フェリルは郁奈とけっこう仲が良いらしい。呼び方も『ふぇりる』『カナ』と呼び合っているほどであるし、それなりに交流もあるのだろう。
もっとも郁奈は紅金の開発スタッフ兼管理運用主任で、フェリルは白銀のランナーでライバル的な立ち位置になるのだが。
「それで、うちのかずとは上手くいきそう?」
「さぁ。カズヒトしだいだと思うけど」
そこんとこどうなのよ、とフェリルが流し目で見てくる。
「お手柔らかにお願いします」
さすがに吐くまで走らされるのだけは勘弁して欲しい和仁であった。
すると三人の目の前で、一台の車が停車する。窓にはスモークが入っていて、中に誰が乗っているのかはわからないようになっている。
「それじゃあ、二人とも乗って」
そう言いながらドアに手をかけた郁奈は、不意に和仁の方を振り返った。
「それとぉ、今日は可愛いお客さんも一緒だからぁ」
「……それってどういう」
意味? と和仁が聞こうとする前に、ガチャリとドアが開く。するとその中にいた人物に、思わず目が丸くなってしまった。
「え、えっとぉ……。こんにちはぁ、かずくん」
なぜならその車の中には、今学校で授業を受けているはずの紗千がいたのだから。
「実は今朝、フェリルニーナさんに『付いて来たかったら付いてくれば?』ってチャットで言われちゃってぇ……」
三人が車に乗り込んですぐ、紗千は今朝のことを話し始めた。紗千の話を聞いた和仁は、あの時かと思い出したくもない数時間前の出来事を思い返す。やっぱりiリンクのチャット使って必要以上に煽っていたようだ。和仁はフェリルのことをジロっと見るも、反省している様子は欠片も見受けられない。まったく……。
「にしても、お前よく学校抜けて来たな。俺はそっちのがびっくりだよ」
「い、いやぁぁ。かずくんがねぇ、何かいかがわしい事してるんじゃないかってぇ、心配になっちゃってぇ…………」
お前は俺の母ちゃんか、と言いそうになったのをぐっとこらえる。ここ最近、心配をかけるような事ばかりやっている身としては文句を言える立場にない。
「でも、びっくりしたよ? だってかずくんとフェリルニーナさん、自衛隊の基地に入ってくんだもん。そしたら、いきなり隊員の人に声かけられて、郁奈ねぇのとこに連れて行かれて」
「さちが元気そうで、わたしも嬉しぃ。ありがと、ふぇりる。さち、連れてきてくれてぇ」
「別に、カナのためじゃない。カズヒト、嘘つくの下手そうだし、そのうちサチにもバレそうだったから。だったら、最初から知らせとこうと思っただけ。昨日の尾行にも気付かなかったくらいだし」
「だから、お前は俺に何を求めてんだよ……」
尾行の件は置いておくとして、紅金のランナーになった事を隠し通せるかと言われれば、全然そんな自信もなかったりするわけで。
そういう意味では、フェリルの洞察力はなかなかのものだ。
「サチの早退手続きもやってあるから、そっちは心配しなくても大丈夫」
「あ、ありがとう、フェリルニーナ……さん」
「別に。呼んだのワタシだし」
こっちの方も、大変手回しがよろしいようで。紗千の方も、完全にいつもの調子が崩されていた。
和仁はそんな女の子達の話に耳を傾けながら、窓の外の景色を見やる。新型兵装のマニュアルの存在は、もうなかった事にしよう。フェリルに聞かれたら、間違いなく怒ら…………ツンドラの奥地よりも冷たい目で見られるだろうけど。
──あれ、もしかして俺って、もう調教されちゃってる?
これからの自分に不安を抱える和仁をよそに、車は海岸線を音も立てずに走っていた。




