Operation#2:タイラント・プリンセス(9)
郁奈は視界一杯にウィンドウを開き、膨大な量の資料を整理していた。各省庁や研究機関への書類提出も慣れたものだ。
「それにしても、ようやくここまでこぎつけたなぁ」
運転をしている中年男性が、郁奈に話しかける。男性は郁奈と同じく《XLF―20開発計画》、通称 《イロカネプロジェクト》に参加している研究員だ。
「個別の研究はぁ、開発前にほぼ済んでましたからぁ」
「その研究を、一つにすり合わせるのが大変なんだがなぁ。これも、西野くん達のお陰だよ」
「わたし達はぁ、わたし達にできる事をしてるだけぇ、です」
提出書類の確認と送信、そして明日使う資料の確認も終え、郁奈は広げていたウィンドウを閉じた。
そして、後ろの座席で寝息をたてている二人を見やる。その光景に、郁奈は胸がチクリと痛んだ。
「弟さんだっけ」
「はぃ。弟。わたしの、大切な」
「まだ高校生、だよね? その、なんて言うか……」
「『かわいそう』ですよねぇ。気を使っていただかなくても、大丈夫ですょ。かずを、弟を紅金に乗せちゃったのは、わたし……ですから」
一言一句、言葉を刻む度に胸が締め付けられる。まるで、体に一本一本ナイフを突きこまれるよう。自分のしてしまった過ちの大きさに、今更ながらに気付いた。
巻き込んでしまった。和仁を、大切なはずの弟を。和仁を戦争に巻き込みたくなくて、自分は戦人機の開発をしてきたはずなのに。
「でも、あの場合は仕方がないって。直結型アークス使ってる隊員なんて、都合よくいるわけないんだし。陸連の連中に紅金が奪われなかったのは、不幸中の幸いだよ」
「でもぉ……」
「弟さんのお陰で、紅金は無事だった。そういう事にしておきなさい」
「……わかりました」
男性の強い語気に押されて、郁奈は頷いた。無理矢理にでも自分を納得させねばならない時もある。男性はそれを伝えようとしていた。
ふと、郁奈は男性の目がどこか遠くを見つめているのに気付いた。目の前に広がる道路の、そのまた先にそびえる山よりも、もっと遠くに居る誰か(、、)を。
この人は、そうやって納得できない事を飲み込んで生きてきたのだろう。
郁奈が隣の男性について知っているのは、彼が九州の出身者という事だけ。
しかし、そのたった数文字がどれだけの意味と重さを持っているか、郁奈はよく知っていた。
「そういえば、先日の戦闘記録だが、見せてもらったよ。君たちの開発した、脳からの電気信号で操縦を可能にしたインターフェースもすごいが、弟さんの適性が凄まじいな。これまでの接続記録と比較しても、群を抜いている。そのおかげで大事な機体も守れたし、大戦果だ」
「素直に喜べないですけど、ありがとうございます」
郁奈達が開発した、脳からの電気信号で操縦を可能にしたインターフェース──直結型脳神経誘導方式、通称DiCIシステム。それは考えるだけで機体の制御が可能な、まさしく夢のようなシステムだ。
例え和仁がDiCIシステムに高い適性があったとしても、ろくな戦闘訓練も受けていないほぼ丸腰の状態で、多数の敵機を撃破したという事実は衝撃的であった。
この戦果は恐らく、陸上自衛隊の次期主力人型戦闘機甲導入計画のトライアルに、大きな影響を及ぼすだろう。
「関節周りやアクチュエータへの負荷は、思ったより出ていなかったな」
「そのために、新材料を何年もかけて研究してましたから。ソフトだけじゃなくて、ハードの性能も部品や材料のレベルまで、究極を追求してます」
「対人型戦闘機甲戦を想定した、第三世代型人型戦闘機甲、か……。まさか、こんなに早く見られる事になるなんて、子供の頃には夢にも思わなかったよ」
もしも平和な時代だったら、こんなにぽんぽん新型機開発なんてされなかったであろう。まさしく、戦時だからこそあり得る事だ。
戦争を早く終わらせるために、より強力な兵器を開発する。惜しみなく最先端の技術を用いる。誰かを守るために、誰かを傷つける物を、自分達は作っている。
ああ、なんて矛盾なんだろう。本当に。
「ごめんね、かず」
しかし、いつまでも、後ろを向いたままではいけない。選ばなければいけないのだ。
自分達を守るために敵を打ち倒すか、倒す事を恐れてただ見ているだけなのか。
そして郁奈は、前者を選びとった。自分にしかできない、自分なりのやり方で。
「わたし、がんばるから」
その選択を後悔するのは、後になっていくらでもできる。
今しなければならないのは、紅金を他のどんな戦人機にも負けない、最強の機体に仕上げる事。それは郁奈達以外には、他の誰にも真似できない事だ。
巻き込んでしまったからには、全身全霊をかけて守ってみせる。これ以上、あとから後悔する事がないように。
郁奈はアークスのメモリに保存されているデータの中から、紅金に関わるデータを開いた。




