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Operation#2:タイラント・プリンセス(8)

「お前が、あんな場所に連れ込むから……」

「…………………………ワタシは悪くない」

「知ってるか、悪い事した自覚のあるやつは、みんなそう言うんだぜ」

 買い物を済ませた和仁とフェリルは、両手に荷物を下げて路面電車の停留所まで歩いていた。ちょうど雲が照りつける太陽を遮ってくれて多少過ごしやすくはなったものの、二人の心のなかまですっかり曇天となっている。

「なにが『試着目的以外での使用はご控えください』よ。こっちは試着しかしてないっての」

 衣服の購入前と比べて荷物の量が倍くらいになっているのは、店員さんに勧められたら物を全部買ってしまったからである。

 さすがのフェリルも後ろめたさがあったらしく、断れなかったらしい。ちなみに支払いはアークスにチャージしてあった電子マネーでなくクレジットである。たぶん、足りなかったのだろう。

「どこがだよ。紗千達から隠れてただけだろうが。てか、場所をわきまえろって、場所を。店の人とか絶対勘違いしてたぞ」

「かっ、勘ちっ!?」

 何かを想像してしまったフェリルの顔が、ぼっと赤くなった。

 人に下着姿見せびらかしたり多少くっついても平気そうにしている割に、自分が弄られるのには耐性がないのか。不思議なやつだ。

「カズヒトのヘンタイ」

「下着だけで試着室から出てきたやつに言われたくねぇ」

 お陰でどれだけ恥ずかしい目に遭った事か。原因を作った本人にだけは言われたくない。

 まあ、ついフェリルをそういう目で見てしまった事に関しては、弁解の余地はないのだが。今も視界のスクリーンショット撮ってたらよかったとか、アークスのメモリにデータ残ってないかなーとか、うっすら思ってしまうくらいであるし。

「カズヒト、鼻の下伸びてる」

「っ!?」

 フェリルの蔑みを込めた目が、じと~っと和仁を見上げていた。

「ヘンタイ」

「あのなぁ、元をと言えばお前が…」

「あ」

 と、和仁の反論を華麗にスルーして、フェリルはその場に立ち止まる。和仁もフェリルの視線の先を追って、道路の反対側に目をやった。

 まさに夏場のオアシスとでも言うべきか、アイスクリームの専門店があった。

「ワタシ、キャラメル味がいいなー」

「さっき昼飯の後に食ったばっかだろ」

 完全にたかるつもりである。和仁よりお金持ってるくせして。

「あら、せっかく名誉挽回の機会をあげようと思ったのに。ね? ヘンタイさん」

「はぁぁ……。わかったよ、買ってやるから」

「わぁー、カズヒトくんったら、やっさしー」

 そんな感情のこもってない棒読みで言われても、全然嬉しかないわ。

 だが、アイスクリーム一つで『ヘンタイ』呼ばわりされなくなるならば……。これで機嫌が直ってくれたらいいなぁと願いながら、和仁は横断歩道の前で青信号を待った。




「うん、おいしい」

 フェリルは片手で荷物をまとめて持ちながら、もう片方の手に持ったアイスクリームをペロリと舐める。

 おいしいと言っている割には、無表情なので本当にそう思っているのか全然わからない。ただ『ヘンタイ』と言わなくなったので、たぶん機嫌は直っているのであろう。

 ちなみにフェリルの舐めているアイスクリームであるが、コーンに乗っているフレーバーは一種類ではない。

「何が『キャラメル味がいいなー』だよ。勝手にバニラも追加しやがって」

「過ぎた事ぐちぐち言うの、男らしくない。そんなんだからモテナイ。あ、私のアイスはあげないから」

「男ばっかの人機科なんかでモテたくねぇし、そもそも自分の奢ったもんにたかったりもしねぇっての」

 フェリルを横目で睨みながら、和仁は自分のチョコチップのアイスクリームを頬張った。

 そもそも、これくらいなら元々奢るつもりだったっての。たかが数百円ぽっちでも、ちょっとくらいカッコをつけたいのだ。女の子をエスコートしている(はず)の男の子的には。

「でも、さすがにこれじゃ落ち着かねぇな」

 これなら店内で食べ終わってから出てくればよかった。しかし、出てきちゃったものは仕方がない。和仁はどこか座れる場所がないか、周囲をキョロキョロと見回した。同時にアークスでも検索をかける。

 すぐ近くの橋を渡ったところに、平和記念公園がある。公園なら木陰にベンチの一つや二つはあるだろう。まだ時間も早いし、多少ゆっくりしていても夕方までには寮に帰れる。

「ちょっと歩いたら公園あるっぽいし、少し休んでくか?」

「ワタシは別に疲れてないけど?」

「荷物持ちながら食うの、落ち着かないだろ」

「あぁ、なるほど」

 どうやらフェリル、数キロある荷物を持ちながらでもヘッチャラらしい。その辺り、さすがと言うべきか。実際、額に汗は浮かべているものの表情は涼しそうである。

 それに引きかえ和仁はと言えば、正直ちょっと疲れてきた。もちろん、和仁の方が荷物は重いのであるが、女の子よりも先にへばってきている事実に男子高校生のプライドが割りとぐさりと傷付く。

 ほどなくして、二人は近くの公園にたどり着いた。

 だが、とてもじゃないが、そこはベンチを探せるような状況ではなかった。

「これ、どうなってんだ」

「避難してきた人達でしょ」

 フェリルのつぶやきに、和仁はハッとなる。寮や学校の校舎はほぼ無傷で済んだが、先日のアジア大陸連盟の奇襲攻撃で街は半壊してしまったのだ。

 和仁が今まで通りの生活ができているのは、たまたま運が良かっただけ。無数の仮設住宅と、包帯だらけの人々。これが、あの襲撃のもたらした本当の姿なのだ。

 正確な被害はまだ発表されていないが、少なくない死者が出たはずである。もしミサイル攻撃の地点がもう少しずれていたならば、和仁も此処(ここ)にいたかもしれない。

 いや、下手をすれば此処にすら……。そう思うと、背筋がぞっとした。

「こういう人達をこれ以上増やさないよう、ワタシ達も頑張らないといけない。カズヒトにも、その覚悟をしてもらう必要がある」

「覚悟、か……」

「カナがカズヒトに悪い事したって言ってた。そういう覚悟を、無理やり背負わせちゃったって」

「『無理やり』って言うのとは、ちょっと違うんだけど。甘かったとは思うよ。実際に見ちまうと」

 確かに、郁奈ならそんな事を言いそうだ。勝手に思い込んで、そうだと勘違いして。

 紅金(イロカネ)に乗り込んだのは誰に言われたからでもない、自分の意思で望んだ結果である。

 決して、不本意に選ばされたものではない。少なくとも、和仁自身はそう思っている。

 しかしそれとは別に、少なくない迷いもあった。そして実際にこうして、自分の目で今どれだけの人が苦しんでいるかを見てしまった。

 正直に言って、自信がない。今目の前に映っている人達以上の人々を、守る覚悟を持てるのだろうか。紅金(イロカネ)がなければ何の役にも立たない、自分なんかに。

「さすがに、ここじゃ食べられないわね」

「そうだな」

 ここは、決して浮かれていいような場所ではない。少なくともこの場にいる人達にとって、和仁達は不誠実に映ってしまうだろう。

 入り口付近で立ち止まっていた和仁とフェリルは向きを変え、再び歩き出す。残念ながら、アイスクリームは歩きながら食べるしかなさそうだ。

 後ろ目に、だんだんと遠ざかってゆく即席の住処。

 成り行きとはいえ、覚悟を持たなければならない。

 背負いきれるかもわからない重責を。

 紅金(イロカネ)操縦者(ランナー)になるというのは、そう言う意味なのだ。

「誰か!」

 その時だった。立ち去ろうとしていた公園から、怒号が聞こえたのは。

「そいつを捕まえてくれ!」

 二人が振り返ると、一人の青年が走ってくるのが見えた。手にはぱんぱんに膨れたビニール袋を持っていて、カッチャカッチャとくぐもった金属音を立てている。

 それを見た瞬間、フェリルは持っていた荷物を全て投げ捨てた。

 そして制服のスカート、その内側へと手を伸ばす。太ももにくくり付けられた黒革のホルスター、その内側にしまい込まれた漆黒の凶器へと。

「止まりなさい!」

 フェリルの小さな両手に握られるのは、可愛らしい彼女とは正反対の物騒な拳銃であった。その銃口は一寸もぶれることなく、ぴたりと青年に向けられる。

 戦慄を露わにする青年。しかしそれも一瞬の事。銃口を向けられたせいか、自棄(やけ)になった青年はフェリルの方に突っ込んできたのだ。

「よせっ!!」

 和仁はとっさにフェリルの腕をつかんだ。フェリルはキッと、和仁の事を睨み返す。邪魔をするな、とっととその手を離せと、強烈な眼力が和仁を射抜く。

 しかし、だからこそ和仁は手を離すわけにはいかなかった。ここで手を離してしまったら、フェリルは本当に撃ってしまいそうだったから。

 その間にも、青年は近付いてくる。和仁とフェリルの様子に逃げられそうだと一縷の望みが湧き上がったのか、にっと口角が釣り上がった。

 だがそれは、二人の背後から現れた別の人物によって、あっさりに打ち壊されてしまった。

「ッ!!」

「うぉっ!?」

 和仁やフェリルが反応するよりも早く、二人の背後から現れた人物は青年を組み伏せていたのだ。

 そして、和仁達にしか聞こえない声量でぼそっとつぶやく。

『早くその拳銃(9ミリ)をしまえ』

 口の動きにやや遅れて、滑らかな日本語が頭の中に直接聞こえてくる。アークスにインストールされている、即時翻訳アプリが起動しているようだ。

「……」

 フェリルは無言で頷くと、拳銃をホルスターにしまった。それを確認した和仁は、ようやくフェリルの腕から手を離す。

 それにしても、一体何をしたのだろう。和仁は青年の投げ出したビニール袋に目を向けた。入っていたのは、山のように押し込まれた缶詰であった。

「救援物資の非常食をくすねたみたい。そんな事をしなくても、支給品は充分にあるはずなんだけど」

 フェリルの冷ややかな視線が、青年を貫いた。バツが悪く、目を合わせようとはしない。

 一応は、悪い事をした自覚はあるらしい。青年は仮設住宅の方から追いかけてきた人に、缶詰めのつまったビニール袋と一緒に引き渡される。

「ありがとうございます」

『それより、他には何か無くなった物はありませんか?』

「はい、盗られたものは、これだけですから」

 追いかけてきた人に連れられて、青年は仮設住宅の方に向かった。

 この後、青年には一体どのような処遇が待っているのか。できれば、あまり酷い目にはあって欲しくないものであるが。

「ありがとう。助かったわ」

『君に礼を言われるような事をした覚えはない』

 青年を取り押さえた人物は、やはり外国人であった。それも日本人の思い描く、金髪碧眼を絵に描いたような人物である。

 年頃は和仁やフェリルより一回り上くらい。なかなか精悍な顔付きだ。少なくとも、見ただけで和仁がたじろぐほどの気迫がある。

 その外国人は二人の横を通り過ぎ、雑踏の中へと消えていった。ようやく見えないプレッシャーから解放された和仁は、大きくため息をついた。

「帰化した人かなぁ……」

「じゃないかしらね。開戦以降は、外国人の風当たり強いし」

「それは、自分の経験からか?」

「……カズヒトの想像に任せる」

 一瞬だけ、フェリルは言葉につまった。つまりは、それが答えという意味である。

 それに加えて、フェリルは直結型アークスも装着している。偏見の目は、それだけ強くなるだろう。和仁よりも、もっと、ずっと酷く。

 そんな素振りを欠片も見せず、フェリルは自分の投げ出した荷物を拾い始めた。

「あ……」

 するとフェリルの口から、拍子抜けするような間の抜けた声が漏れる。

「どうした?」

「…………アイス」

「…………あ」

 フェリルが見下ろすその先には、ちょっと前までアイスだった物の残骸が地面に広がっていた。せっかく料金割増で買ってやったものが、もったいない。

 フェリルの横顔も、少し残念そうな感じになっている。

 すると和仁は、まだ手に持ったままの自分のアイスに目がとまった。そして偶然かどうかわからないが、フェリルも同じように和仁のアイスを見ている。

 これはもしかして、欲しいのではなかろうか、このアイスが。

 しかし、少しとはいえ食べてしまっている。いくらなんでも、男の食べかけのアイスは欲しくない…………とは思うのだが。

「もしかして、欲しいのか? これ」

「くれるの?」

 どうやら、本当に欲しかったらしい。

 和仁の妄想とかではなく。

「俺の食べかけだけど、いいのか?」

「別に、死んだりしないし」

 和仁は念には念を入れてもう一度聞き直してみるのだが、本当に食べたいご様子である。

 恥ずかしさと困惑の入り混じった感情のまま、和仁はアイスを手渡した。そのアイスを、フェリルが一舐めする。

 さっきまで自分が食べてたのをフェリルの舌がと思うと、ぼわっと恥ずかしさがこみ上げてきた。やっぱり、渡すべきじゃなかった。

 すると、

『ピィィィィィ! ピィィィィィ!』

「うぉっ!?」

 悶々としている和仁を狙いすましたかのように、電話がかかってきた。

 視界の右上には、『西野郁奈』の四文字が記されている。

「繋いで」

『やっほー、かずぅ』

 音声承認と同時に、やや上機嫌な郁奈の声が頭の中に響いてきた。

『なんかぁ、近くにいるっぽいから電話してみたぁ』

「近くって、ねーちゃん今どこいんの」

『もうすぐぅ、かず達の半径一キロ圏内。GPSって便利だねぇ。人探し、すごく簡単』

 これまた、わかりやすいようでわかりにくい答えを。

 それ以前に、GPSって。またアークスのセキュリティーを破って、和仁の位置情報を無断で入手しているらしい。

 アークスのセキュリティは、突破不可能とか言われているはずなのに。あれ誇大広告じゃねぇかしかも今、『達』って言っていた。

『で、ふぇりると何してた?』

「買い物に付き合わされてた。制服と教科書以外は、着替えの服も用意してなかったから」

 やっぱり、フェリルの位置情報もハックしているようだ。

 それ犯罪だからな、と一度言ってやった方がいいのではなかろうか。弟の責任として、姉を犯罪者にさせないためにも。

『ちゃんとぉ、ふぇりるに優しくしてるぅ?』

「コキ使われてるって」

『あっちゃあぁ。さっそく、お尻に敷かれちゃったかぁ』

「うぐ……」

 ぐうの音も出ないというのは、まさにこの時のために用意された言葉だろう。

 実際は尻に敷かれるどころか、お嬢様と小間使いの関係の方が妥当な気さえする。

『でもぉ、ふぇりるだってか弱い女の子なんだからぁ、丁寧に扱ってあげることぉ。わかった?』

「それくらい、わかってるって」

 もっとも、『か弱い』という点に関しては大いに反論を述べたいところであるが。

 なにせ、腕っ節は和仁より圧倒的に上で、しかもいざ組み合えば簡単に丸め込まれてしまうくらいなのだから。和仁よりも一回り以上小さいくせして。

 食べかけアイスをペロペロしていたフェリルは、和仁の視線に気付いてひょいと振り返った。

「カナから?」

「あぁ。なんか、今近くまで来てるんだってさ」

「あぁ、なら明日のやつか」

「明日のやつ?」

 和仁がフェリルに聞こうとしたその時、二人の歩いているすぐ隣に一台の車が停車した。

 そしと助手席の窓から、ビシッとスーツを着こなした郁奈が顔を出す。

「じゃあまずはぁ、ふぇりるをエスコォトしてみよぉ」

 郁奈に言われるがまま、和仁は後部座席のドアを開いた。

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