Operation#2:タイラント・プリンセス(7)
「お前、なんちゅう恰好で出て来てんだよ!」
「いいから黙って!」
試着室に和仁を引っ張り込んだフェリルは、人差し指を立てて静かにするよう促す。もう、何がどうなっているのか。
とりあえずは、指示に従って口をつむぐ。すると、途端にフェリルの顔の近さに気付いた。狭い試着室の中。二人の人間がゆったり入れるような空間はない。
なかば抱き合うような形で、和仁は試着室の中に収まっているのだ。身長は和仁の目線くらい。シャンプーの香りがダイレクトに鼻腔へとなだれ込んでくる。ミント系のすっとするような香りに、頭がくらくらしそうだ。
うなじから伸びる超薄型アークスと肌のコントラストも、目がくらむほど色っぽい。
さらにさらに、ちょっと見下ろせば形のいい眉、落ち着きのある青い瞳、淡いピンク色をした肉付きの薄い唇が見える。体温は和仁より少し低いらしく、フェリルに触れている部分はちょっぴり冷たい。
和仁の意思に反して、心臓がドクンと跳ね上がった。いやむしろ、この状況で平然としていられる奴がいれば、ソイツには精神科の受診をお勧めする。それくらい、このフェリルミーナという女の子は可愛いのだから。
「あの、フェリルさん」
「何? 天城三曹」
「そろそろ、なんで俺がここにいるのか、そのぉ……教えて頂きたいんですが」
和仁は冷静には程遠い頭から、どうにかして思考力を捻りだした。
どうでもいい理由ならすぐにでも出ていく。そうでないと和仁の理性が持たない。
するとフェリルは、無言で自分のアークスから伸ばしたジャックを和仁のアークスに差し込んだのだ。
「おぃっ!?」
これは無線通信の発達した今では使われなくなった、有線での接続方法だ。強制的にiリンクが起動し、様々な警告ダイアログが表示される。
フェリルはその警告ダイアログを消し去ると、複数の動画データを再生させた。
『あぁもう! さっきの人、こっちの方に居たって言ってたのに』
『もういいってぇ。見つからないんだし』
『さっちーは、あんな泥棒猫に天城くん取られてもいいわけ? なによ、ハーフで? 美少女で? ミステリアスで? しかも天城くんと同じ直結型アークス付けてて、学校公認で同じ部屋なんでしょ? こっちからアプローチかけないでどうすんのよ! 絶対に見つけてやるんだから。ほら、ちゃっちゃと歩く!』
『もぅぅ! りっちゃんったらぁ……』
その動画データには、和仁のよぉぉぉく、知ってる人物が映っていた。これに映っているのは、間違いなく紗千である。
もう片方の少女にも、うっすら見覚えがある。確か、紗千と同じ情報科の生徒だ。
「こんなの、いつ撮影したんだよ」
フェリルは昨日人機科を訪れてからずっと、和仁と一緒にいたはず。それとも、和仁の知らないところで怪しげな活動でもしていたのであろうか。
見た目だけなら深窓の令嬢と言っても通用するフェリルであるが、その正体は厳しい戦闘訓練を積んでいる自衛官である。誰にも言えない、秘密の任務を命じられていないとも限らない。
「ううん。これリアルタイム」
「……え?」
と想像を膨らませていた矢先、フェリルはもっとびっくりな事を和仁に言い放った。
「監視カメラの電波を受信してるの。暗号化はしてるけど、所詮は民生品ね。セキュリティー甘過ぎ。それとも、カナの作ったアプリが高性能すぎるのかな?」
なんとフェリル、店内の監視カメラの映像を傍受していたのである。
アークスにも無線通信用のアンテナは内蔵されているので、理論的には不可能ではないかもしれないのだが……。
それ以前に、郁奈はいったいなんちゅうもんを作った上に配布してるんだ。それを使うフェリルもフェリルであるが。
「それ、犯罪じゃないのか?」
「バレなきゃしてないのと一緒。大丈夫、誰にも迷惑かけてないから」
現在進行形で和仁にかけているはずなのだが、それは迷惑には入らないらしい。
つまり、有線で情報共有モードにしたのは、万が一にも自分の無線を受信されないようにする配慮なのだろう。
そんな配慮ができるのならば、はなから電波傍受なんかするなと言いたい。
「ふふふふ。そんなので、このワタシが見つかるわけないじゃない」
「楽しそうだな、お前」
「だってほら、楽しいでしょ? こういうの。あぁー、残念。そんなとこにはいないわよ」
「いい性格してるな」
「それに、この状況で見つかったらって思うと、なかなかスリルもあるし」
「やめてくれ。見つかったら紗千に殺される……」
下着姿の美少女に、野郎が一人という状況だ。
誰がどう見ても、全員が誤解してくれるだろう。俺はただ巻き込まれただけなんだけど、と言い訳したところで取り合ってくれる人はいない。
それに加えて、紗千に見つかった時の事を思うと…………今は隠れて見つからない事を祈るしかない。こんな場所で、第二次フェリル・紗千大戦をさせるわけにもいかないのだから。お店に迷惑をかけないためにも。
和仁とフェリルの見守る中、紗千達はすぐ近くまでやってきた。試着室の中からでも、二人の声が聞こえる。
「なんかワタシ、ちょっとドキドキしてきたかも」
「俺はヒヤヒヤしてるよ」
フェリルが何かしゃべる度に、胸の辺りに吐息が当たってくすぐったい。
その事をフェリルは理解しているのだろうか。紗千がこの場にいた驚きも次第に薄れてきて、またフェリルの事で頭が一杯になってきた。
しかも今は珍しいくらいに楽しそうに笑っているものだから、和仁の心拍数も急上昇である。黙ってれば可愛いが、笑ってたらもっと可愛いな、ちくしょう。
部屋にいる間もずっとそんな風に笑っていてくれたら、もう少しは過ごしやすくなるのに。
いかんいかん。今は少しでも、フェリルから意識をそらさなければ。和仁はフェリルの顔から、紗千達の映っている映像に目をやった。
「ここにはいないみたいだし、別のとこ探すよ!」
「りっちゃん、もういいってばぁ。私疲れた」
「何よ! 普段からあんたの愚痴聞いてる私の身にもなってみなさいよ! 見てなさい、意地でもあんた達くっつけてあげるから」
「あぁ、もぉ!」
この辺りの捜索は打ち切りにして、別の場所に向かうらしい。壁越しに聞こえていた声も、だんだんと小さくなっていく。
「……行ったな」
「行ったわね」
フェリルが電波を傍受していた監視カメラの映像からも、紗千達の姿はなくなった。
これで、とりあえずは一安心である。もっとも、それもこれも全てフェリルが悪いのであるが。試着室に引っ張り込まれなければ、隠れるような真似をしなくてよかったものを。
「てか、なんで俺らの事探してたんだ?」
「気付いてなかった? 呉の駅に着いた時にはもういたけど」
「……そんな前からいたのかよ。知ってたなら、なんで教えてくれなかったんだ?」
「てっきり気付いてると思ってて」
「どこ基準で考えてんだよ。普通気付かねぇって」
なぜ尾行に気付けなかっただけで小馬鹿にされにゃならん。
紅金の操縦者を任されてはいるが、スペック的には和仁はただの高校生なのだ。色々と訓練を受けているであろうフェリルと一緒にされても困る。
するとその時、
「あのぉ、お客様」
試着室の外から、やや冷めた口調で店員が呼びかけてきた。
その時のフェリルは、これ以上ないくらい顔面蒼白で冷や汗をかいていた。




