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Operation#2:タイラント・プリンセス(6)

 中に足を踏み入れた瞬間、和仁はもう逃げ出したくなった。

 だってなんか、もう色々と違うんだもん。よくわからないけど甘くていい匂いがするし、フリフリとかスカートとか明らかに男性物とは素材の違う商品が三六〇度展示されているし、同年代っぽい女の子がいっぱいいるし。

 何回か紗千の部屋に行った事はあるけど、それを一万倍くらいに濃縮したようなイメージだ。

「ね、ねぇ、どんなのが似合うと……思う?」

「そんな顔ひきつるくらいなら、最初から来るなっての」

「うるさい、黙れ、口答えしない。こうなったのも全部カズヒトが悪い。ヘタレ、意気地なし、童貞」

「おいこら……」

 自分で連れてきておきながら、フェリルは既に絶賛後悔中らしい。額からすごい脂汗出てるし、首まで赤くなってるのはいっこうにおさまりそうにないし。どんだけ意地っ張りで負けず嫌いなんだなんだ。まったく、巻き込まれる方の身にもなれっての……。

 周囲を見回すと、和仁と同じように無理やり連れ込まれたらしき男性を発見した。互いに顔を見合わせて、苦笑いを浮かべる。

 あっちの方も、ここの空気はなかなかキツいらしい。男はやっぱなんか気恥ずかしいよな、周りが女の子ばっかりだと。

 もっとも中には、

「ねぇ、これなんてどう?」

「イヤ、僕はこれがいいと思う!」

 なんてゆう、勇者なのかバカなのか、とにかく心から楽しんでる猛者もいるわけであるが。

 さすがに和仁は、あそこまで開き直る事はできない。店内を一周した視線が、再びフェリルに戻る。で、どんなにがいいのか早く言いなさいよ、と恥ずかしさに耐えつつ無言で和仁に促してきた。

「せめて、落ち着いたのでお願いします」

 フェリルに負けず劣らず恥ずかしい和仁は、なんとかそれだけを絞り出した。

 くそ、なんなんだ、この全身をくすぐられるようなむずがゆい感覚は。

「う、うん。わ、わかった」

 というわけで、フリフリの可愛らしい凝ったデザインの多いコーナーから、シンプルなデザインのコーナーに移動。その間にも、全方位から注目の視線が注がれる。

 ただし、それは直結型アークスに対する偏見ではなく、見ている方が恥ずかしくなってくるほど初々しい和仁とフェリルを見守る、生温かぁい視線だ。

 くそ、なんてとこに連れ込みやがったんだ、フェリルのやつめ。

「入る場所間、違えたかも……」

「なら出りゃいいだろうに、ったく。で、試着すんのか? それ」

 赤味がさっきより二割増しで汗がだらだらになってるフェリルが持っているのは、自身の体より一回り大きいサイズのティーシャツと、よく伸びそうな素材でできたハーフパンツである。

「迷彩柄、好きなのか?」

「いや、よく着てるから、つい目に止まって」

 ただ、真っ黒なハーフパンツはまだしも、ティーシャツはこんなの和仁達の年代の女の子が着るのかという、驚きの青い迷彩柄──俗に言う海洋迷彩である。

 しかもこんなん誰も買わねぇだろうという予想は当たっているようで、表示価格より五割引の札がかけられていた。

「なるほど、職業病か」

「うるさい、しゃべるな。とりあえず着る」

 そう言うとフェリルは片手に服を、もう片方で和仁を引っ張って試着室に向かう。

 やめるつもりはないらしい。致命的被害を受ける前に戦術的撤退をするのも勇気なのではなかろうか。

 そのへんどうなんだ、専門家。無駄な意地ばっかりはってると、タイミングを逃すぞ。

「別に、無理しなくていいからな」

「いいから、ちょっとそこで待つ。上官命令。わかった? 天城三曹」

「職権濫用してんじゃねぇよ……」

「返事は? 『イエス』か『はい』で答えなさい」

 それって選択肢ねぇじゃねぇかこら。

「リョウカイシマシタ、ユキノニソウドノ」

 今回は、理性よりも意地の方が勝ったらしい。和仁にしてみれば、まったくいい迷惑である。フェリルは和仁を試着室の前に立たせ、勢いよくカーテンを閉めた。

 やっぱり、むちゃくちゃ恥ずかしいんだろうな。クールに見えて、実はとんでもない意地っ張りというフェリルの新しい一面を見つけられたのはいいのだが、

「お願いだから、早くでてきてくれ……」

 向けられる周囲の視線が、とてつもなくキツかった。

 だってそうだろう。想像してみて欲しい。女性物の衣類の専門店で、男が一人立ちすくんでいる姿を。

 不自然だろう。いや、不自然通り越して不審者だろ。お巡りさんに通報されちゃったりしても文句は言えないであろう。あまりの気まずさに、頭だけでなく腹まで痛くなってきそうだ。周囲からも、ひそひそと話す声が聞こえてくる。

 そりゃ目立ちますよね、こんな場所に男が一人突っ立ってりゃ。しかもそれに追撃をかけるように、カーテン越に生々しい衣擦れ音もしてくる。

 この薄っぺらい布を一枚隔てた向こう側で、フェリルが今まさしく試着をしていると考えると…………イケナイ妄想して余計恥ずかしくなってしまった。

「カズヒト」

「はっ、はぃっ!?」

 妄想中だったフェリルがいきなり目の前に現れて、動揺する和仁。もしかして、下着姿のフェリルとか、もっとすごいの以下略を妄想していたのがバレてしまったのだろうか。

「早く、こっち来て!」

 生唾ゴクリの冷や汗ダラリで身構える和仁に、フェリルは小さな声で手招きしてきた。それも、かなり焦っている様子で。

 もしかして、先日のアジア大陸連盟の戦人機でも現れたのだろうか。郁奈の話によれば、何機か取り逃がしたという話であったが。

「もしかして、また陸連の機体が出たのか?」

 不安に駆られる和仁は、カーテンから顔だけ出したフェリルに問いかける。

「いやえっと、そうじゃないん、だけど……」

 だが、どうにも歯切れが悪い。

 それによく見れば、焦ってはいてもそういう、すぐそこまで危険が迫っている! 的な雰囲気でもないような感じで。

「あの、りっちゃん、やっぱりもう帰ろうよ」

 すると遠くの方から、雑踏に混じってものすんごぉぉぉく、聞き覚えのある声が聞こえきたような。

「あぁ、もうっ!?」

「フェッ、フェリッ!!」

 突然試着室から身を乗り出したフェリルは、なんと和仁の手をつかんで中へ引っ張り込んだのだ。

 しかし、まだ着替えは途中だったのだろう。一歩だけ外に踏み出してきたフェリルは、昨日和仁がコンビニで買ってきた下着姿なのであった。

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