Operation#2:タイラント・プリンセス(5)
電車に揺られること三〇分。和仁とフェリルは中四国一の都市、広島市の広島駅へと到着した。もちろんながら、地元の呉駅とは比べちゃいけないくらい大きい。
構内には大規模な商業施設が展開されていて、ついつい目移りしてしまう。が、今回の目的は観光ではない。
「で、何買うんだ?」
「食器、歯ブラシ、服とか靴に、あと生理用品。タンスは、半分使わせてくれるんでしょ?」
「俺はいいけどさぁ、フェリルはいいのかよ。その、男なんかと一緒で」
「狭い部屋なんだから、大きな家具置いて余計に狭くする必要もないでしょ」
「まぁ、それはそうなんだけど……」
今回はフェリルが和仁と同じ部屋で生活するに当たり、必要な物を買い揃えに来たのだ。ただ、フェリルの場合は買い揃えると言うより、和仁の部屋に足りない物を買い足すといった感じである。それならそうと最初から言ってくれれば、別に反対などしなかったのに。
二人は自動運転の路面電車に十分ほど揺られたところで下車した。アークスにチャージされた電子マネーから、自動で運賃が精算される。
雲一つない快晴の空、真夏の太陽が容赦なく照りつける。広島地方気象台からの発表によると、現在の気温は三七度。最高気温は四〇度まで上がるらしく熱中症の注意報喚起もされている。
「それで、目的地ってここなの?」
「あぁ。とりあえず、フェリルの買いたいもんなら全部ここで足りるだろ」
「ふーん」
二人がやってきたのは、旧中区のエリアにある巨大な複合商業施設だ。県内では最大級の規模なので、ここならば一ヶ所だけで全て買いそろえる事ができる。
和仁も入寮時にお世話になったのだがそれ以来きた事がなかったので、実はこれが二回目だったりする。
「早く入ろうぜ。外にいたら頭の中まで焼けちまう」
「それもそうね。肌も焼けるし」
信号が赤から青に変わった途端、二人は一目散に横断歩道を渡っていった。特にフェリルの足が速い。男の和仁でも付いて行くのがやっととである。
その二人の姿がだいぶ遠くなってから、人混みから二人の少女が飛び出した。
「二人とも、行ったみたいね。ウチらにはまだ気付いてないっぽいわ」
片方の少女はアークスの機能で遠くの映像を拡大し、和仁とフェリルの後ろ姿を視界に投影する。大丈夫、まだ見失ってはいない。
だが、こうしてこの場に立ち止まっているだけの余裕もない。
「あのぉ、りっちゃん。やっぱり私……」
「何言ってるの! あんなぽっとでのハーフに、天城くん取られちゃってもいいわけ!? あの泥棒猫から、天城くんを取り返すんでしょ!! ぼーっとしてないで、早く行くわよ」
「ままま、待って!! まだ心の準備が……」
「問答無用!」
強気な少女は、もう片方の少女を引きずって和仁達の後を追いかけ始める。
今日も強烈な夏の日差しが、路上に陽炎を作り出していた。
女性の買い物とは長いものである。創作物・現実を問わず、それは世の中の真理である。
和仁も紗千の買い物に何度か付き合わされた事があるが、女の子というのは買いもしない物をなぜかずっと眺める習性がある。
紗千はあれを楽しいと言っていたが、和仁がその感覚を理解する日は永遠に来ないであろう。そんな展開を今回も和仁は覚悟していたわけであるが、
「これで、服以外は終わりでいいんだよな」
「うん。布団はカズヒトのがあるからいい。シャンプーとボディーソープは買った?」
「おぉ、その袋。フェリルの事だから、何でもいいのかと思ってたけど」
「カズヒトのガサツな肌と違って、ワタシの肌はデリケートにできてるの」
これが特に悩みもせず一通りちらっと見ただけで商品を買ってゆくものだから、思っていた以上に早く進んでいた。しかもフェリルは事前に作成しておいたチェックリストと電子マネーの履歴とを照らし合わせ、その結果を和仁に送信する。
おぉ、本当に衣類以外は全部終わったみたいだ。見た目以上に、けっこうまめな性格らしい。
昼食を早めに済ませたところで、フェリルの買い物も後半戦に突入。残るは衣類だけなので、二人は衣料品の密集するエリアに向かった。
ちなみにその時に早食いの勝負をやったのだが、結果はタッチの差でフェリルに軍配が上がった。
その景品、というわけでもないのだが、フェリルは和仁に奢らせたソフトクリームを味わっている。上品なバニラの香りとひんやりとした感触が、なんとも舌に心地良い。
「カズヒト」
「ん?」
「カズヒトは、どんなの着て欲しい?」
「えちょっ、フェッ、えぇッ!?」
フェリルの唐突な質問に、和仁の首から上が一気に茹で上がった。念のために言っておくと、店内の冷房は適正温度に保たれている。
「そんなに赤くなって、どうかしたの?」
「な、何もねぇって! 好きなの買えばいいだろ!」
「ワタシ、服の好みとかないし。それなら、カズヒトの好みに合わせた方が良いでしょ。せっかく一緒の部屋なんだからさぁ。カズヒトも、その方が嬉しいだろうしぃ?」
嬉しいかどうかの二択で言えば、嬉しくないわけがない。
だって、だってだぞ? 口は悪いけど、フェリルってものすごい可愛いんだぞ。むちゃくちゃ可愛いんだぞ。ものごっつい可愛いんだぞ。自分で美少女って言ってもみんな納得しちゃうくらい超絶可愛いんだぞ。
そんな美少女が、自分好みの服を着てくれるわけだ。それも同じ部屋で。ダメだ、理性を保てる自信が湧いてこない。
「ふふふふ。カズヒトったら、かっわいぃ」
「そっちがからかうからだろ!」
お陰で、目を合わせる事すらこっぱずかしくなってしまったじゃないか。しかも気付けば衣料品のエリアに入っていた。次々と視界に入ってくる女性物の衣服に、ついついフェリル(笑顔)のイメージを重ねてしまう。悔しいけど、どれを着てもとても似合うと思います。
するとその時、唐突にランジェリーのゾーンが入ってきてしまった。上下セットの可愛らしい下着を付けたマネキンに、ついついフェリルの姿を重ねてしまって、
──やっぱフェリルには、青が似合うなぁ。
なんて妄想が。
「何? そんなに今朝ワタシの下着姿を見られなかったのが悔しかったの?」
「っ!?」
「……図星だったんだ」
フェリルの冷たい視線が痛い。それはもう汚いものでも見るような、一部の特殊な人なら泣いて喜びそうなアレだ。
でも、しょうがないじゃないか。だって男の子なんだもの! 可愛い女の子の下着姿を妄想して何が悪い! って開き直りたいけど、口に出せるわけもない。できる事があるとすれば、フェリルと下着から目を背ける事くらいである。
すると偶然、隣で買い物をしていた人と目が合った。
「………………」
その人は手に持っていた商品を置くと、不快そうな顔をして足早にその場を去っていった。
「あらら。カズヒト、きっらわれてるぅ」
「いや、違うだろ。それにあの人、お前の事も見てたし」
より詳細に言えば、和仁とフェリルの直結型アークスを、だが。
「知ってる。いつもの事だし、もう慣れた。だから…」
「『気にする事ない』って? それこそ聞き飽きたっての。これで五回目だし」
おかげで、フェリルに抱いていた気恥ずかしさも一気に消え失せていた。
それはそれで今の和仁にはありがたいが、やっぱりいい気はしない。もっとも、学校の連中と違って口に出さないだけまだマシな方だが。
「でもまぁ、気にしてなくてもキツいのは変わんないんだけどな」
「もしかしてカズヒト、案内とかしたくなかったのって、それのせい?」
「いい気はしないけど、別にそれは関係ない。単に人の多いトコが苦手なだけだ」
「……なんか、ごめん。ちょっと軽く考えてた、かも」
「あ、あぁ。いいって別に」
謝った? 謝ったのか? あのフェリルが?
これにはちょっとばかし、和仁も驚いた。女子なのに男子寮への入寮許可を持って、和仁の部屋に無理やり同居してきて独裁政権まで敷いているあのフェリルが、である。
そんな和仁の心情を察したフェリルは、ツンと眉をつり上げた。
「な、何? ワタシが謝るの、そんなに変なわけ?」
「いやぁ、まぁ……」
「ワタシだって、悪いと思ったら謝るわよ」
口は悪いが、根はけっこう素直ないい子なのかもしれない。自分で言ってて照れくさくなったらしく、頬を赤らめていた。元の肌が色白いだけに、よく目立つ。
和仁に赤くなったところを見られたくなくてそっぽを向いているのだが、首まで赤くなっているので全然意味がない。
「だ、だったら……」
だが今度は仕返しの妙案が浮かんだとばかりに、赤くなったままにやにやと嫌な笑顔を向けてきた。どうやら、和仁の事も徹底的に恥ずかしがらせるつもりらしい。
今度はどんなイラン事を考えてるんだ、お前は。
そう思っているといきなり、まるでカップルのようにフェリルは和仁の腕に抱きついた。
「フェフェフェ、フェリルッ!?」
あ、当たってます! なにか! とっても柔らかくて温かいものが!
「お詫びに、ワタシの下着姿見せたげようか?」
「あの、待って! 心の準備が!」
「…………本気で見る気だったんだ」
「その気がないなら言うなよ! 俺だって恥ずかしいんだから!」
下着売場に入るのは避けられたものの、想像以上に力の強かったフェリルに引っ張られて、和仁は女性用衣料品売り場に引き込まれてしまう。
こんな場所に連れ込まれるなんて、ご褒美なのか罰ゲームなのかわからなくなってくる。だがお陰で、さっきまでの嫌な気分は綺麗さっぱり消え去っていた。




