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Operation#2:タイラント・プリンセス(3)

 気まずい、非常に気まずい。何が気まずいかって、この状況が全て気まずい。

 右を向けばむすっとした表情の幼馴染み。

 左を向けば澄まし顔でコンビニで買ったパンを食べる話題の美少女転校生。

 和仁は冷や汗をだらだら流して、状況を見守っている。ちなみに、強制されたわけでもないのになぜか正座である。

「……かずくん」

「は、はひ」

 紗千に名前を呼ばれて、和仁はおっかなびっくり答えた。思わず声が裏返っちゃったけど、気にしている余裕すらない。

「これっていったい、どういう事なのかなぁ~?」

 と、紗千は満面の笑みを向けてくる。

 だが、騙されてはいけない。だって、目が全っ然笑ってないんだもの。

 可愛いどころか、これでは恐ろしさ一億万倍だ。

「ど、どうと、言われても……」

 和仁は、気付いてお願い助けて、と祈りながらちらりとフェリルの方を見る。が、美少女転校生フェリルニーナ様は一瞬目が合ったかと思うと、ふっと笑って再びパンを食べ始めてしまわれるのでした。

 いや、たぶんこうなるだろうなぁとは薄々思っていたのだが、

 ──切ねぇ……。

 先日の戦闘の時とは違い、援護無しの孤立無援状態である。

「ど う い う こ と な の か なぁ~?」

 その間にも、ぐぃぐぃっと超怖い紗千の顔が間近に迫ってきた。

 あ、こめかみの辺りに青筋が……。

「知るか! 俺だってさっき聞いたばっかりなんだから!」

「へ~。ふ~ん。そ~なんだ~」

 開き直って言い返そうとしたところまではよかったのだが、もう言い返しちゃった事を後悔し始めている。

 でも、だって仕方ないじゃないか。紗千のやつ、今まで見た事もないくらい怖い顔してんだから。目とかこんな、すごい釣り上がってきて。 てか、全然信じてなさそう。そりゃそうだよな、俺だって信じられねぇんだから。

「……ほ、本当だから。詳細はフェリルニーナさんから聞いてください」

 と、和仁はフェリルに視線を向けた。それに倣って、紗千もフェリルの方を見やる。

 グサグサと肌に突き刺さっていた視線がなくなって、和仁はようやく一息ついた。深呼吸して、買ってきたお茶を一気にあおる。

「フェリルニーナさん、ねぇ。外国の人?」

「雪野フェリルニーナ。日本人よ。戸籍も持ってる。なんなら、パスポートか戸籍証明書でも見せようか?」

「別にそれはいいけど、本当に日本人?」

「父親が新欧州連合(EEU)出身」

「じゃあ、ハーフなんだ」

「そうなるわね」

 二人の間で、淡々とした会話が続けられる。とりあえず、触らぬ神に祟り無しの精神で和仁は静観する事にした。紗千にしては、珍しく剣呑とした口調だ。基本的に、誰に対しても人当たりはいいはずなのだが。

 もっとも紗千に言わせれば、仲の良い幼馴染みの部屋に転校したての女子生徒がいきなりやってきて一緒に住むとか言い出しているのだから、正気でいられるわけがない。

「それで、その雪野さんは…」

「フェリルでいぃ。上の名前で呼ばれるの、嫌いなの」

 和仁の時と同様に、フェリルは紗千にも同じ事を言った。

 雪野の名前に特別な思いがあるようだが、今はそんな事はどうでもいい。紗千はコホンと咳払いすると、再びフェリルに問いかけた。

「……で、フェリルニーナさんは、何でかずくんと一緒の部屋なんですか?」

「…………」

 そこでようやく初めて、フェリルは紗千の方を見た。見ながらタマゴサンドを、はむはむ、ぱくり、ごくん。

 で、しばらく紗千の事を見つめた後、

「カズヒト」

「は、はぃ」

 目線は紗千に向けたまま、和仁に声をかける。

「誰? この人」

「えぇっとですねぇ、わたくしめの幼馴染みの…」

南條(なんじょう)紗千(さち)です! 目の前に本人がいるんだから、聞けばいいでしょ! き! け! ば!」

 和仁の紹介を遮るように、紗千はフェリルに向かって怒鳴った。

「あの、紗千さん? 何もそんな叫ばなくても」

「かずくんは黙ってて!!」

「……はぃ、すいませんでした」

 この部屋そんなに防音よくないから、そんな声で叫んだらたぶん隣近所に全部丸聞こえになっちゃうんですけどぉ。とは思っているのだが、今の紗千を止めるのはどうやったって無理なわけで。

 和仁にできるのは、隣近所の方々が乗り込んで来ないよう祈る事だけだ。

「フェリルニーナさん、ここが男子寮って事は知ってますよね」

「うん」

 あっけからんとしたフェリルの態度に、紗千のこめかみ付近にまた新たな青筋が一つ追加される。

「なら何で、女子が男子寮で男子と相部屋になるのかな~?」

「女子寮は部屋いっぱいだって」

「私の知り合いに、相部屋なのに一人の子がいるんだけど?」

「……じゃあ、相部屋断られたからで」

 和仁の耳に、紗千の堪忍袋の緒が切れた音が聞こえた。ような気がした。

「『じゃあ』って、絶対今考えたでしょそれ!」

「……別に、サチには関係ない」

「しかもいきなり呼び捨て!!」

「大丈夫。学校から許可はもらってある」

 と、フェリルは和仁と紗千にiリンクの許可申請をしてきた。半信半疑といった感じで申請を許可すると、続けてテキストファイルのホログラムが手渡される。

 入寮手続きについて。その下の方をずっと見ていくと、最後の方に……。

『雪野フェリルニーナ、以上の者に男子寮412号室への居住を許可する。』

 なんか、最後の方に我が目を疑いたくなるような文面が。和仁はいったんテキストファイルから目を離して、眉間(みけん)を強く押さえる。

 いやいやいや、ここ最近色々と大変な目に遭ったから疲れているんだ、きっと。常識的に考えて、女子が男子寮で男子と相部屋なんて有り得ないだろう。不祥事だって多発しかねないし。

 野生の狼の群の中に、人に育てられた小ウサギ放り込むようなものだ。

 充分にリラックスしたところで、和仁はもう一度テキストファイルを見てみる。

『雪野フェリルニーナ、以上の者に男子寮412号室への居住を許可する。』

 ついさっき見た時と変わらない文面が、そこにはありました。

「カズヒト、もしかして老眼?」

「んなわけあるか! ってそうじゃなくて!」

 うわ、若いのに可哀想、って本気で気の毒そうな表情のフェリルについつい語気が荒くなる。

「マジかよ!?」

 更にもう一度舐めるように見回すも、一字一句読み間違いはない。

 フェリルが勝手に言っているだけかと思ったら、まさかの学校公認である。

 和仁の視線は、テキストファイルとフェリルを行ったり来たり。にやっと、今朝の挨拶みたくフェリルは嫌味ったらしい笑みを浮かべて見せた。

「うん、おおマジ」

 大真面目なフェリルの目に、和仁は開いた口がふさがらない。一体誰だ、こんな馬鹿げた内容の許可証に判を押したのは。

 それはともかく、だ。つまり、つまりは……これからこの部屋で、フェリルとの共同生活(多分に妄想を含む)が始まるわけである。

 口数は少ない上に皮肉屋なところはあるが、ハーフのために日本人離れしたポテンシャルの美貌を持った美少女には違いない。

 そうするとだ、

『カズヒト、来てぇ』

『でも、本当に俺でいいのか?』

『カズヒトがいいの。だから、早く』

『あぁ、わかった。フェリル』

『あぁっ!! カズヒト、カズヒトォォオオオオオッ!!』

 こんな妄想がはかどっちゃっても、誰が文句を言えようか。いや、言えまい(反語)。

「ねぇ、かずくん」

「は、はひぃっ!!」

 テキストファイルを渡されてからずっと、魂が抜けたみたいにほけ~ってしていた紗千の口から、薄ら寒い声がもれた。

 だから、和仁がたった二文字の単語を噛んじゃっても仕方がないのである。

「この女追い出して! 今すぐ! じゃないと、かずくんが汚されちゃう!」

「さ、紗千、さん?」

 この場合、普通に考えれば汚されるのは和仁(野郎)の方ではなくフェリル(女の子)の方なのでは……。

「いいから! は~や~く~!」

 紗千は和仁の両肩をつかむと、ぐいぐいと揺さぶってくる。

 頭がぐわんぐわんして、胃の奥からさっき食べた物が…………逆流するのだけは根性でなんとか防いで、和仁は紗千をいったん引き離した。

 脳みそまで揺れちゃったのか、頭のてっぺん辺りがじぃぃんと痛む。

 ようやく肩をつかまれてぐわんぐわんから解放された和仁は、ため息をつきつつ改めて紗千の顔を見た。なんか目がうるうるで、今にも泣いちゃいそうな感じ。何も悪い事をしてないのになぜかこっちが悪者っぽい空気になっているのは、気のせいではないのだろう、きっと。

 あまりの気まずさに耐えきれず、和仁はダメ元でフェリルの方をちらりと見やる。自分でこんな状況を作っておきながら、今度は呑気(のんき)にチューチューアイスなんかを食べていた。というか、よくそんな前時代的なアイスなんて見つけてきたな。どこにあったんだよそれ。

 和仁の視線に気付いたフェリルはチューっと音を立ててアイスを一吸いしてから、おもむろに立ち上がってすたすたと和仁の隣にやってくる。

 これはもしかして、助けてくれるのでは。そんな淡い期待を抱いた直後であった。

「これからよろしくね、カズヒト」

 紗千に見せつけるように、フェリルは満面の笑みで和仁にしなだれかかって見せたのである。

 うわぁ、肩になんかよくわからんけど絶妙に柔らかい感触ぐわぁ!! とかそんな場合ではなく、

「か、か……かずくんなんて、かずくんなんてぇ………………」

 不意に立ち上がる紗千。

 そして、

「かずくんなんてぇ、だいっ嫌ぁぁあああああああああああああああああああああああいッ!」

 フェリルの決行した超高性能爆弾並みの破壊力を伴った行為に、紗千は泣き叫びながら部屋から飛び出していったのであった。

 ちなみに、

「紗千! ちょっと待っ、痛っ!?」

 即座に追いかけようとした和仁であったが、長時間の正座で痺れた足は言う事を聞かず、そのまま顔面から床にダイブしていた。どっちみち、ダイブしなくても追いかけるのは無理だったであろう。

 それはそうと、今のは絶対に聞かれたろうな。隣近所はおろか、下手したら男子寮の全員に。

 あぁ、明日からが憂鬱だ。

「さて、邪魔者もいなくなった事だし。お風呂借りるわね」

 部屋主の許可も得ずに、フェリルはかばんを持って浴室へと入っていく。

 それと同時に繋ぎっぱなしだったiリンク経由で、テキストファイルが一つ送られてきた。

『のぞいてもいいけど、見つけた場合は容赦なく殺すから♡』

 文末に添えられたハートマークに殺意さえ覚えたものの、今日はもう限界だ。精も根も尽き果てて真っ白になった和仁は、来客用も兼ねた予備の布団の準備を始める。

 波乱とついでに混沌に満ち溢れた和仁の新生活は、初日からいきなり修羅場という強烈なスタートから始まったのであった。

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