Operation#2:タイラント・プリンセス(1)
四方八方を最新鋭の電子機器に囲まれた中、和仁は緊張した面持ちで両手のスティックを握りしめていた。前方、左右、そして上部と継ぎ目のない一体型ディスプレイには、廃墟と化したビル群が映し出されている。だが、これもすぐに切り替わる。
和仁は深呼吸し、意識を集中させる。すると、視界が一気に開けた。
辺り一面を埋め尽くしていた電子機器は影も形もなく、視線を下げれば白を基調とした腕が目に入る。生身の腕ではない。見覚えのある機械の腕──紅金の腕である。
ただし前に乗った時とは違い、腕の先には物騒な代物が圧倒的な存在感を放っていた。右手には黒光りするライフル状の武器、左腕には六角形のプロテクター状の物体が装着されている。
索敵情報を示すマップには、自機の反応のみ。敵機は合計三機なので反応は四つないといけないはずなのだが、各種センサーには反応がない。建物の中にでも隠れているのだろう。
人型戦闘機甲には多種多様な索敵装置やセンサーが積まれているが、特に使用頻度が高いものが音響センサー、熱紋センサー、動体センサーの三種類であるが、このどれにも反応がない。つまり相手は遮蔽物の向こう側にいて、一切の身動きをしていないというわけだ。
ならばこちらもと和仁は息を殺し、ゆっくりと歩みを進める。
どこだ? どこに隠れている? 道の角を曲がる度に、引き金にかけた指に力が入る。
だがそんな和仁を嘲笑うかのように、敵機は思わぬ方向から出てきた。
「今度は上かよ!?」
頭の中でようやく警告アラームが鳴り始めた。バックステップした直後、さっきまで紅金のいた場所に大口径の弾丸が立て続けに撃ち込まれる。
そして弾丸に続き、ワイヤーに吊られて見覚えのある戦人機が降下してきた。先日の戦闘で陸連が用いていた戦人機、暴竜である。
着地の瞬間には紅金へと狙いを定め、躊躇なくトリガーを引いてきた。
だが、距離は十分。視界や紅金の操作はそのままに、今度は現実の体を意識して左手のボタンを一つ押し込む。すると左腕に装備された六角形の装置が各辺をガシャリと展開し、内側の機構を吐き出した。それを正面に向けると、なんと空中で弾丸が跳弾したのである。
相手の一斉射が終わったところで、今度は右手に持つ銃の引き金を引く。直後、紅金の持つ銃からオレンジの閃光が迸った。閃光が暴竜に当たる事はなかったが、隣にあった鉄筋コンクリートのビルにオレンジ色の大穴を開ける。
次弾充填まで五秒。和仁は再び左腕を正面に掲げ、敵の銃弾を防ぎつつ一気に距離をつめる。
弾倉を再装填して引き金を引く暴竜だが、放たれる弾丸は無情にも紅金に当たる直前にあらぬ方向へと飛んでいってしまう。そう、まるで壁にでも阻まれているかのように。
和仁は銃弾を弾きつつ接近し、見えない壁を暴竜に押し付けるように体当たりした。次弾充填も完了し、和仁は建物の瓦礫に埋もれる敵機へと銃口を向ける。
その瞬間、またも警告アラームが頭の中でがんがんと鳴り響いた。
「くそッ!?」
丁字の交差点の左右から、二機の暴竜が挟撃をかけてきたのだ。
反撃の余地はほんのわずかもなく、紅金は左右からの一斉射で蜂の巣になった。
「いってぇぇええええええッ!?」
飛び上がった和仁は、あまりの痛みに体のあちこちを押さえてのたうち回った。
その拍子にアークスに刺さっていたケーブルがすっぽ抜け、客人の頭にペシッとヒットしてしまう。もっとも、その人物を客人と言ってもいいものか怪しいのだが。
「おめでとう。今日だけで、十九回も戦死したわね。それだけ戦死すれば、将官にもなれるわよ」
涙目で見上げる先には、ベッドの上で壁に背中を預けている客人の女の子がいた。
プラチナロンドの髪と青色の瞳に、日本人離れした美貌を備えた絶世の美少女。しかも、和仁や郁奈と同じく直結型アークスを首に付けている。
そんな女の子を部屋に連れ込んでいるとなれば、普通なら隣近所の生徒が鉄拳制裁のために殴り込んで来るような羨まけしからん状態なわけであるのだが、当の和仁は全然嬉しくない。むしろ、誰かに押し付けたいくらいの状態であった。
「あのぉ、雪野さん?」
「フェリルニーナ。長いからフェリルでいい。上の名前で呼ばれるの、嫌いなの」
雪野フェリルニーナ。それが編入初日の放課後から、いきなり和仁の部屋に入り込んできた少女の名前である。
そのフェリルニーナは直撃したジャックがよほど痛かったのか、おでこを押さえて皮肉たっぷりの評価を下す。
「じゃあ、フェリル……さん」
「『さん』もいらない。同級生だし」
「……フェ、フェリル」
「何? カズヒト」
なんで呼び捨てで名前を呼んだり呼ばれたりするだけでこんなに緊張してんだよ、と自問自答する和仁は、ひとまずばくばくと大暴走中の心臓をなだめるべく大きく深呼吸。
すると今度は、今朝まではなかったやや甘いミント系の香りが……。しかも夏の暑さでフェリルのブラウスも肌にべったり。
和仁の頭の中は、暑さとは別の意味でショート寸前まで追い込まれていた。
「あ、あのぉ、シュミレーションなんですけどぉ」
「シミュレーションね」
「そのシミュレーションなんですけど、ちょっと難しすぎませんか?」
恥ずかしさを必死で堪えて、和仁はようやくそれだけを口にした。
そう、ついさっきまで行っていたのは携行型のシミュレーターを使った紅金の戦闘訓練だったのである。フェリルのもってきた、一昔前のパソコンのような外見をしている箱がそれだ。大きさはフェリルがどうにか抱きかかえられるほどで、なかなかに場所をとる。
その箱にアークスのジャックを繋ぐ事で、脳と直接通信をして様々な感覚情報を脳へと送り込んでいるというわけだ。
「下手くそなのが悪い」
和仁の苦情は、たったの一言で切り捨てられた。
「いやだってさ、いきなりあれは無茶だろ! 普通の人機の実習だって、最初は動かすだけだったぞ!?」
「初陣でいきなり戦人機を二機撃破、三機を中破させた期待の超大型新人なのに?」
「あ、あれは偶然だって。……フェ、フェリルが助けてくれなかったら、結局はやられてたわけだし」
後になって考えてみて、よくもまあ生きていたものだと思う。もし普通の操縦系統だったなら、間違いなくやられていた。いや、やられていた以前にせいぜい的になるのが関の山である。
「確か五機撃破でエースって昔の本とかに書いてあったから、あと三機ね」
「だから無理だって言ってるだろ」
だがそれよりも驚くべきは、残りの敵機をほぼ全てフェリルが一人で撃破してしまった事だ。郁奈に聞いた話では、白銀という機体らしい。
開発チームが違うので詳細は不明であるが、紅金と同じ第三世代型の人型戦闘機甲で、陸上自衛隊の次期主力機の座を争っているライバル同士なのだとか。
あれが、第三世代機の本来の力なのだろう。おこがましいのは十分承知しているが、それでも悔しさがこみ上げてくる。だからこそ、延々と紅金の戦闘シミュレーションをこなしていたわけであるが……。
「しっかりして。天城三曹。暫定的とはいえ、今の紅金の搭乗者はあなたなんだから」
「それは、わかってるけど……」
「とりあえず。今日の訓練はここまで。夕食行こ。あ、さっき渡した紅金のマニュアルも、ちゃんと読んでおく事」
「りょ、了解しました」
フェリルは手早くシミュレーターを部屋の隅に片付けると、足早に玄関へと向かった。扉を開けて振り返ると、視線で早く来るよう和仁に促す。
──俺、これからどうなるんだろう……。
痛む体を無理やり引き起こしながら、和仁は靴を履いた。




