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Operation#1:イロカネ起動(11)

 暴竜(バオロン)達は再び動き出した紅金(イロカネ)に向けて引き金を引くが、和仁の反応はそれよりもなお早かった。そもそもスティックによる操作で、脳信号で直接動く紅金(イロカネ)の反応速度にかなうわけがないのである。

 先頭の突出した機体に向かって、和仁は機体を走らせた。腰にマウントされた武器に手をやり、反応しない固定具を無視して無理やり引き千切る。

 人間サイズに直せば、割と大ぶりな包丁くらいの大きさだろうか。視界端には【蜻蛉型(カゲロウがた)噴粒刀(ふんりゅうとう)】の文字が表示され、電源供給を知らせるマークが点灯した。

「はぁぁああああああああああああああああああッ!!」

 荒々しい咆哮に共鳴するかの如く、ナイフ──噴粒刀の刃の部分が赤色に染まる。

 その噴粒刀を、和仁は肉薄した暴竜(バオロン)に突き刺した。あっけないほど抵抗なく突き刺さった噴粒刀は、まるで豆腐でも斬るかのように敵機の装甲を喰い破る。内部構造にすら滑らかな傷跡を残して、暴竜(バオロン)を脇腹から股関にかけて両断したのだ。

 その凄まじい破壊力に、敵だけでなく和仁自身も驚愕した。まさか、これほどまでとは。

 だが、敵機はまだ七機。しかも全機銃を装備している。二機目を狙って疾駆しようとするも、既に暴竜(バオロン)達は距離をとりつつ紅金(イロカネ)に向かって引き金を引いていた。




 ドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドッッ!!




 爆発にも似た音が、間近ではぜる。とっさに先ほど撃破した暴竜(バオロン)を盾にして、和仁は前進した。こちらの武器は噴粒刀のみ。一度距離を開けられてしまっては、もう打つ手がない。

 紅金(イロカネ)の大きさは、暴竜(バオロン)に比べて二回りほども小さい。にも関わらず紅金(イロカネ)暴竜(バオロン)を持ち上げ、後退する敵群へと追いすがる。

 そして後退の遅れていた一機に向かって、手元の機体を投げ飛ばした。見た目のサイズに見合わない、凄まじい出力。投げ飛ばされた機体を受け止めた暴竜(バオロン)は、その重量によって両肘から先が銃ごと押し潰された。

 それがいったいどれほどの重量なのか、立ち昇るコンクリート紛が物語る。

 和仁はさらにもう一機を狙い、噴粒刀を投擲(とうてき)した。一機の腹部を貫通した刃はそれだけでは飽き足らず、そのまま後方にいた機体の肩まで根元から斬り落とす。

 これで、残り六機。しかも一機は片腕を、もう一機は両腕を全損している。

 もしかしたら、勝てるかもしれない。淡い希望が、和仁の中でふっと湧き上がった。

 腰にはもう一本、絶大な破壊力を見せつけたナイフ──噴粒刀──がある。駆け出しつつ、和仁は腰にマウントされたもう一本の噴粒刀を無理やり引き剥がした。

 暴竜(バオロン)の動きは遅く、紅金(イロカネ)の動きを全く追従できていない。

 これが、超える事のできない世代の差。郁奈に託された守るための力だ。

「いっっけぇえええええええええええええええええええええッ!!」

 一際低くかがみ込み、脚部に力を蓄える。紅金(イロカネ)の脚力ならば、多少の間合いは一瞬にしてつめられる。搭乗者の決意を糧に、雄叫びを力に変え、紅金(イロカネ)は大地を踏み砕き、暴竜(バオロン)へと飛びかかった。

 しかし、奇跡はそう何度も起きなかった。ロックオンを知らせる警告アラームが、脳内で盛大にわめき散らしたのだ。それも、反応は前からではない。

「後ろからっ!? あぐぅぅッ!!」

 気付いた時にはもう遅い。後方から飛来した弾が、脚部に突き刺さる。

 痛みのフィードバックに、全身が強張った。痛みは声さえ満足に出せないほどに鋭く、そして容赦がない。

 空中でバランスを崩した紅金(イロカネ)は、派手に火花を散らしながら何度も地面を跳ねた。付近の建物にめり込み、無残にも瓦礫の中に埋もれる。

 チャカッと、さっきまで斬り裂かれようとしていた暴竜(バオロン)達が、紅金(イロカネ)狙いを定めた。それも同じ轍を踏まぬよう、十分に距離を取っている。

 この状況は、さすがにナイフ一本ではどうにもならない。

 それに、今の攻撃で関節系が一部破損してしまったようだ。右下に浮かび上がった紅金(イロカネ)のシルエット。背面装甲のあちこちにダメージを知らせる赤点が浮かぶ中、右膝の部分が特に際立って赤くなっていた。

 いけるなんて思ったのは、やはり蛮勇であったのか。この数を目の前にして善戦したかもしれないが、撃破されたという結果は変わらない。

 そもそも、この場所に来るべきではなかったのかもしれない。そんな思いすら浮かび上がってくる。自らが守るための力を欲しておきながら、本当に情けない。

 何が守るためだ。

 何がいけるかもしれないだ。

 やられてしまっては、何の意味も有りはしないではないか。

 ぼろぼろの機体を引きずって、瓦礫から這い出る紅金(イロカネ)。その視界には、和仁の守りたい少女の姿があった。

 よかった。見た限りでは、怪我はしていない。避難中の数十人の人達と一緒に、紅金(イロカネ)を見上げている。さっき攻撃を受けた時に、紗千達の(そば)まで飛ばされてしまったか。いつの間にか遠ざかっていた赤い点が、ゆっくりと近付いて来る。

 このままではこの人達が──紗千達が戦闘に巻き込まれてしまう。その先に待っているのは、人の尊厳などまるで無視された殺戮だけ。人としての原型すら残らないであろう。

 後方のカメラが捉えた映像が、視界中央に拡大表示される。和仁はカメラを通して、その光景をはっきりと見た。暴竜(バオロン)達が、ゆっくりと引き金を引き絞る様を。

 守れないのか。紗千を、この街の人達を、自分の姉さえも……。郁奈の無茶な提案なんかに乗らず、あの場に残って探していればよかったのかもしれない。

 そうすれば少なくとも今のような(みじ)めな気持にも、こんな残酷な結果にもならなかっただろう。こんな目の前で、紗千と一緒に殺されるような結果には。

 最高潮に達した恐怖に、和仁は思わず目を閉じた。謝罪と後悔の念が溢れ出し、唇をかみしめる。そして、次に来る痛みと衝撃に備えた。

 だが、それはいつまで経ってもやってこなかった。

 代わりにやって来たのは、圧倒的な暴力を孕んだ光の束。それは暴竜(バオロン)のすぐ近くに着弾し、バチバチと危険な火花を散らしていた。

「これ……って」

 状況が飲み込めず、呆然とする和仁。すると今度は無線を通じて、脳内に無機質な女性の声が再生された。

『こちら、第612小隊、雪野二曹』

 その直後、ほとんど真上から降ってきた機体がパラシュートを切り離し、暴竜(バオロン)を一機踏み潰す。

紅金(イロカネ)のランナー、援護する。自分の機体くらいは、自分で守って』

 それは、純白と言っていいほどに白い戦人機だった。

 左肩の雪の結晶をモチーフにしたエンブレムが鮮やかな、優美なフォルムの機体。XLF―19、白銀(シロガネ)。即座に視界に重ねられる機体情報が、友軍機だと語っていた。

 一方的に通告すると、白い戦人機は二丁の銃を構え、光線を連射する。直撃を受けた機体は、あっさりとその場でくず折れた。さらに踏み潰した戦人機を踏み台にして、高々と跳躍。真上からも、光線の嵐をお見舞いする。着地の瞬間には足払いで根元から敵機の脚部を蹴り千切り、振り返りざまに噴粒刀を一閃させてコックピットを切り裂く。

 恐れ(おのの)いた暴竜(バオロン)達は、まるで蜘蛛の子を散らしたように逃げ出した。白い戦人機は、それを追って走駆する。

 遠ざかってゆく爆音の中で、和仁はようやく自分が助かった事を自覚した。

 するといきなり、感覚が元の自分の体に戻った。前方のディスプレイには、視界の邪魔にならない範囲で機体ダメージを知らせる警告メッセージが示されている。脚部右膝関節に甚大な損傷有り、と。

 それでも、助かったのだ。ギリギリのところで、紗千を守り切れたのである。

 視界に映る紗千や避難中の人々も、皆一様に安堵の表情を浮かべていた。

「ん、ねーちゃん?」

 ようやく一息つけた和仁が姉の姿を探す。すると、

「ねーちゃん!!」

 額から血を流す姉が、すがるようにシートにもたれかかっていた。呼びかける度に、にへらぁと笑っているだけに、案外何ともないのかもしれないが。

 また海岸の方からも、一際高い水柱が数本立ち昇った。敵の潜水艦隊も、無事制圧できたのかもしれない。

 それよりまず、郁奈を医者に見せなければ。再びあの感覚になろうとしたができず、和仁は慎重にスティックを動かす。こっちの操縦系統は、ちゃんと動いてくれるようだ。

 ──あの戦人機のパイロットの人に、お礼言わなきゃな。

 操縦に集中するさなか、呑気にそんな事を考える。

 わかっているのは無線越しに向こうが名乗った、『雪野二曹』という、名前と階級。そして、紅金(イロカネ)のディスプレイに表示された、機体情報の三つだけ。郁奈に聞けば、どうにかしてくれるだろう。

 和仁は機体を歩かせながら、白銀の戦人機の後ろ姿を思い描いていた。

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