Operation#1:イロカネ起動(10)
驚きはしたが、和仁に呆けている時間はない。
すぐさま頭の中で警告アラームが鳴り響き、脅威対象のいる向きに矢印が表示される。
『紅金は、脳から発せられる微弱な電気信号を、アークス経由で機体に出力して、動かす。だから……』
「自分の体を動かすつもりで動かせば、機体の方が動くってか!」
左側を振り向くと、仮駐屯地に侵入してきた陸連の戦人機が二機、銃を構えていた。
『かわして!』
「わかってるッ!」
鈍く光る銃口を確認した瞬間、和仁は素早く屈んだ。その頭上を、敵機の放った弾丸が通り過ぎる。とてつもない反応速度に、和仁は震え上がった。
──これなら、いける!!
低い体勢から手前の機体の胸めがけて、和仁は全力でタックルする。
瞬間、とてつもない加速度が和仁を押し潰そうと襲いかかってきた。
「うぉぉっ!?」
『かず、ちょっと押さえてぇ!』
「ご、ごめん」
紅金のパワーは、和仁の想像を絶していた。つきすぎた勢いのままに敵戦人機ともみくちゃになり、格納庫の壁を突き破ったところでようやく止まる。
この機体には自分だけでなく、郁奈も乗っているのだ。少しは加減しなければならない。
しかし、今ので陸連の戦人機は腰の部分で上下にわかれ、完全に動かなくなっていた。これでまず、一機撃破だ。だがそんな余韻にひたる間もなく、響く警告アラームに和仁はその場を飛び退いた。
格納庫の中まで侵入してきたもう一機が、味方を誤射するのも構わず撃ってきたのである。
敵の銃口から逃れるように、和仁はサイドステップ。敵の懐に潜り込むべく、再びダッシュした。
空になったマガジンを取り替えようとするも、もう遅い。
「くらえぇぇええええええッ!!」
今度は、狙いを違わなかった。肩のアーマーがぐしゃりと、敵戦人機の腹部にめり込んだ。
だが、向こうも黙ってやられてくれない。銃を真上に振りかぶり、紅金に叩きつけようとしている。
素早く横にそれると、相手の頭部も紅金を追ってぐるりと動いた。容赦なく振り下ろされる銃を後ろに跳んでかわす。鈍器と化した銃は地面を叩くと同時に、バラバラに砕け散った。
「武器、武器は何か」
『自動大銃! さっき撃破した戦人機の!』
郁奈は和仁の視界に、ガイドカーソルを重ねる。
腰に装着したもう一丁の銃を取り出し、紅金に狙いを定める敵の戦人機。和仁は飛びつくようにして転がりながら弾丸をかわし、自分の撃破した戦人機の銃を拾い上げ、
『撃って!』
「うわぁああああああああああああああああああああああああああああああああッ!!」
ドドドドドドドドドドドドドドドドッ!
ろくに狙いも定めず、和仁は引き金を引いた。
それでも、相手は全長が六メートル以上ある巨大な塊。適当な狙いを付けていれば当たる。マガジン内の弾丸を全て使い切った時には、敵戦人機はあちこちから油を垂れ流して倒れていた。
『かず、よく頑張った』
「はぁ、はぁ、こ……これで、終わり」
全身からがくっと力が抜け、それに合わせて紅金もその場にへたりこむ。
いや、わかっている。まだ終わっていない。まだ、紗千を助けていない。
『みつけた。さちのアークスの反応』
視界左上に周辺マップが表示され、『紗千』と書かれた黄色いアイコンがぽつんと表示される。それに加え、紅金のセンサーが収集した索敵結果も一緒に表示された。
『索敵完了。付近の自衛隊機を青点、アジア大陸連盟機、以降陸連機を赤点で表示した。自衛隊機、残存二。、陸連機、確認できるだけでも十機』
最悪だ。まるで紗千のいる場所を囲い込むように、敵戦人機が展開している。
冷や汗がたらりと、背中を伝う。これでは、いつ巻き込まれてもおかしくはない。
「ねーちゃん。この一機だけで、助けられるかなぁ……?」
『カタログスペック上は、可能』
「うわぁ、すんげぇ頼りないな」
『でも、もう二機も撃破してる』
和仁は視線を落とし、地面に突く手を、腰を、足を見やった。
その全ては生身のそれでなく、軽量にして堅牢な炭素複合素材の装甲に覆われている。
郁奈の言っていた、守るための力。紗千達を敵から守るための。
直結型アークスを用いる関係上、この機体を動かせる人間はごく限られる。
今の状況に置いては、自分以外にはいないのだ。そう、自分以外には。
『同調率、六一パーセント。感覚とのタイムラグ、どう?』
「わかんないって。さっきは、それどころじゃなかったから」
それよりも、今はどうにかして紗千の元に行かなくてはならない。郁奈にガイドカーソルを表示してもらい、和仁はカーソルの示す方向に向かって走り始める。
しかし、敵もそれを許してはくれない。
『陸連の戦人機。照合完了。暴竜が三機向かってきて……さらに三機追加。計六機が接近中』
警告アラームに続いて視界に別窓が開き、向かってくる六機の戦人機──暴竜の姿が映し出された。
「くそっ、あんなに相手できるか!!」
和仁は速力を上げ、暴竜を引き剥がしにかかる。
だが、またしても警告アラームが脳内に鳴り響いた。
「ちっ、今度は前かよ!」
反応は、真っ正面から二機。完全に挟み込まれてしまった形だ。
付近にいる十機の内、八機もの機体が紅金に向かっているのか。
どうすればいい? どうすれば、紗千の元までたどり着ける? 和仁は自問自答する。
その間にも、紅金の目の前まできた二機の暴竜が銃を構えた。同じく後方からやって来た六機も、紅金に狙いを定めようとしている。
「ねーちゃん、何とかできるもんってないの?」
『だめ。ほとんどがトレーラーと一緒に、倉庫の中。使えるのは、これくらい』
視界右下に紅金のシルエットが表示され、腰の左右が赤く点滅した。視線を下げてみると、中型サイズのナイフがマウントされているのが見える。
銃の相手をするには、貧相すぎる装備だ。できれば、このまま投降してしまいたくなる。
しかし、相手も考える時間を与えてはくれない。ロックオンを知らせる警告アラームが、脳内で騒ぎ立てていた。
「くそったれがぁああああああッ!」
後方の六機より、前方の二機の方がまだマシだ。そう思って駆けだした直後、銃弾の嵐が紅金へと牙を剥く。
弾に当たらないよう祈りながら、和仁は懸命に紅金を走らせた。必死で遮蔽物になるものを探し、倉庫間の通路へと機体を滑り込ませる。
だが、暴竜達も一切手加減がない。放たれた銃弾は、紙屑同然に倉庫の壁を穴だらけにしてゆく。立ち止まる時間さえなく、和仁は隠れられる場所がないか視線をさまよわせた。
しかし、そんな場所はどこにもない。近くで砲弾が炸裂し、爆風にあおられた紅金はボディを激しく地面に打ち付けた。
近付いてくる赤い点──暴竜の反応である。八つの反応は紅金を囲い込もうと、左右に大きく広がってゆく。
地面に手を突き、立ちあがる紅金。その高性能カメラが、すぐ近くの区画の映像を映し出した。
「紗千!」
和仁は思わず叫んだ。怪我人に手を貸して一緒に避難する、紗千の姿が見えたのだ。
それも、戦人機が戦闘を繰り広げている区域の、わずか二ブロック先。直線距離に換算すれば、五〇メートルもない。
食い止め化ければ。ここで、この場所で。そうしなければ、紗千を戦闘に巻き込んでしまう。
「力を貸してくれ、紅金……」
和仁は、覚悟を決めた。これ以上後ろには、絶対に下がらない。
紗千を助けるんだ。何があろうと、絶対に。これまで沈黙を保っていた機械仕掛けの戦士は、搭乗者の意思に応じてようやくその力を解き放とうとしていた。




