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Operation#0:九州占領

『我らアジア大陸連盟の加盟国一同は、ここに宣言す。アジアを真に解放するため、我々は東洋の富を独占せんとする日本国に宣戦す』

 二一一九年、八月二一日。膨大な軌道衛星による宇宙太陽光発電によって得られた電力の分配率を理由に、アジア大陸連盟の国々は電力の高い配分率を有する日本とその盟友たる西太平洋諸国連合の国々へと宣戦布告した。

 日本が一七〇年以上に渡って保ってきた平和は、文字通り砂上の楼閣でしかなかったのだ。日米安全保障条約によって辛うじて保たれていた平和は、米国の国内事情によって機能不全に陥っていたのである。

 東シナ海と南太平洋の二方面より進軍するアジア大陸連盟の大艦隊は、堅牢な日本の防衛網を食い破り、激戦の末に九州へと上陸、侵攻を開始した。

 圧倒的性能差をものともしない物量のごり押しを前に、気力だけで辛うじて戦線を維持していた自衛隊。しかし、彼等にはもう時間さえも残されてはいなかった。

「くそっ! オペレーター、本州からの支援はまだか!」

『今問い合わせています。もう少し待ってください、西野二尉!』

 九州の防衛に当たっていた海空自衛隊の姿は、既にない。双方とも弾薬を使い尽くし、燃料が切れる前に本州へと撤退してしまったのだ。

 いや、撃墜、あるいは撃沈されてしまった者達も少なくない。もはや残っているのは、未だ住民の避難誘導と海岸線付近で遅滞戦を繰り広げている陸上自衛隊だけであった。

『……西野二尉、ただちに撤退してください』

「なんだと!? もう一度言ってみろ! 周りが騒がしくて聞こえやしねぇ!」

『撤退です! 残存している部隊はただちに撤退、関門橋(かんもんきょう)より本州に離脱してください!』

 西野二尉と呼ばれた男は、無線機に向かって叫んだ。

 冗談ではない。まだ何万もの国民が、この地に残っているのだ。

 このまま自分達の部隊だけ逃げてしまっては、先に散っていった仲間達に合わせる顔がないではないか。

 散りたくて散っていった者など、一人たりともいない。

 誰もが生にしがみついていた。必死に生きようとしていた。

 だが、そのすぐにでも逃げ出してしまいたい恐怖と必死で戦い、目の前の敵に銃口を向けていたのだ。この地に住まう人々を守るために。

 それなのに、自分だけがおめおめと逃げられるわけがないではないか。一人、また一人と散っていった仲間の姿が、西野二尉の脳裏をよぎる。

 自分が生き残っているのは、単に運が良かっただけ。ならば、それを今生かさないでどうしろと言うのだ。

「バカ言ってんじゃねぇ! まだ住民が残ってるだろうが!」

響灘(ひびきなだ)の防衛に当たっている艦隊が、今にも突破されそうなんです! このままだと、九州に取り残されてしまいますよ!』

「何のための特殊機甲師団(俺達)だと思ってんだ! 機体の動く限り、俺達はやってやる!」

『西部方面軍特殊機甲師団、第514小隊隊長、西野衛司二尉、ただちに撤退してください! これは命令です!』

 オペレーターは一言、力強く言い放つ。

 何度でも言い返してやろうと思っていた西野二尉であるが、もう次の言葉は出てこなかった。無線機の向こう側ですすり泣くオペレーターの声に、胸を締め付けられたのである。

 泣いていた。

 無力な自分に。

 何もできないでいる自分に。

 撤退という二文字の命令を、ただ伝える事しかできない自分に。

 そうだ、誰だって最後まで踏みとどまっていたいはずなのだ。死という恐怖を目の前にしながら、使命感という薪を燃やして戦い続けている、自分と同じように。

 しかし、現実はそれを許してくれない。

 事実、アジア大陸連盟の揚陸部隊は、すぐそこまで迫って来ている。今は一時的に退却したものの、再び数百両の戦車を引き連れて戻ってくるだろう。そうなってしまえば、今の自分達にそれを押し戻すだけの力はない。

『隊長、周辺にいた戦車部隊は、撤退していきました』

『ただ、武器がもう限界です。砲身が変形して使い物になりません』

『隊長、やはり撤退するのですか』

『隊長、どうなのですか』

 西野二尉は部下からの通信を聞きながら、自らを取り囲むように配置されたディスプレイを見た。そこには、武士を連想する無骨なフォルムをした人間型の機械が映し出されている。装甲表面には茶色と緑の迷彩塗装が施されているため、ぱっと見ただけでは山林の景色に溶け込んでしまう。

 全長、約六メートル、炭素複合材の肉体を持つ巨人──人型戦闘機甲ひとがたせんとうきこう。戦車に変わる新世代の兵器として先進国各国で開発が進められている、複座の戦闘兵器である。

 そして現在日本の陸上自衛隊で採用されているのは──92式人型戦闘機甲、護鋼(ゴコウ)。日本の持てる全ての技術を注ぎこまれた機体は、世界の最先端を行く文字通り最強の陸上兵器だ。

 とは言うものの、最強という言葉とは裏腹に、機体は既にボロボロの状態だ。どれもこれも損傷が酷く、まともな状態のものは一機たりとも存在しない。

 腕はもげ、車輪は脱輪し、センサー類は半壊。装甲にはあちこちに穴が開き、あるいは剥げ落ちており、内部機関が剥き出しになっている。

 世界最強の陸上兵器にしては、なんともだらしない体たらくだ。

「ったく。こんな状態になっても動くっつうのに、撤退しろってんだからな」

「隊長、かなり遠くだが、やっこさんらがこっちに向かってきている。数は…………多すぎてわからん」

 西野二尉は自嘲しながらも、音響センサーに耳を傾ける同乗者の報告に意識を向けた。そこから状況を正確に読み取り、どのような命令を下すべきか思考する。部下の命を無駄に失わせる事だけは、絶対に避けなければならない。

 だが思う。今ここで奴らを迎え撃ち、機体が壊れるまで破壊の限りを尽くせたならば、どれほど楽であろうかと。

 既に散っていった友たちへの、それがせめてものけではないのかと。

 だが、それはできない。

 まだ、その時ではないのだ。

「これより……撤退を開始する。ただし、途中で避難中の住民を発見した場合は、必ず救助するぞ。いいな!」

『はい!』

 自らの気持ちを押し殺し、西野二尉は命令する。無線機の向こう側から、悔しさに打ち震える隊員達の声が聞こえた。

 今日この日の無念を、決して忘れはしない。必ずこの地に舞い戻り、取り戻して見せる。日本の地を、俺達の大地を。

 西野二尉は、自らの胸に誓いを立てた。

 願わくば、全ての隊員が自分と、この戦いで無念にも散っていった仲間達と、同じ気持ちでありますように────────。


 二一一九年、八月二八日、一週間に渡る激戦を制したアジア大陸連盟は、九州を占領した。

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