安堵
アドラーは胸のペンダントを指でいじりながら、先ほどの情景を思い出す。
白く大きな体に頭を二つ持った怪物。
家にあった絵本の中に出てくるトロールという怪物に似ていた。
絵本の中では人間や動物を襲って食べていた。
なら、さっきもし僕がつかまっていたなら、食べられてしまったのだろうか?
本当に危ないところだった。
助かった。
今思い出してもぞっとする。
アドラーが1人あれこれ考えているうちにバルドが調子を取り戻した。
「久しぶりに走ると、きついな。ふう、それにしても……こんなところでトロールに会うとは……この大陸にはいないとばかり思っていたが……」
「!……やっぱり、あれはトロールだったんですね!」
「ああ、俺もここよりも海を渡った、ずっと北にあるデンマーク領(現在のノルウェー)の森で一度見た以来だったが、あれは間違いなくトロールだ。頭が二つあったしな。おそらく最近この森で出没する謎の怪物の正体はあいつだったんだろうな。夜行性の奴が動き回ることによって夜中に木が折れるようなバキバキという音が聞こえていたんだろう」
なるほど、バキバキの森の音の正体はあのトロールが木をへし折る音だったのか。
「やっぱり……捕まったら食べられていたかな?」
「ああ、あいつらは動くものは何でも捕まえ、引きちぎり食べてしまう。さっきは危なかったな」
アドラーは身震いをした。
「トロールの手が僕の髪に触れたときは本当に心臓が止まるかと思ったけど……。おじさんのおかげで助かったよ。ありがとう」
「礼なら、ブルーノにも言うんだな。あいつが吠えなけりゃ、トロールがよそ見して俺たち二人を掴み損ねることはなかった」
アドラーはあの時の情景を思い出しハッとした。
ブルーノの咆哮が頭の中で再生される。
確かに、トロールが僕たちをつかもうとした瞬間、ブルーノがトロールに向かって吠えていた。
アドラーはブルーノを見つめた。
ブルーノは“それくらい何でもない”といった澄ました様子で座っている。
「こいつは、俺のピンチを何度も救ってくれた命の恩人でもあるんだ」
バルドはしゃがみこみ、誇らしげにブルーノの背中をなでる。
「そして僕の命の恩人にもなった……」
アドラーはバルドの言葉に続けるように呟く。
「……そういうこった」
バルドはニッと笑うと、再び立ち上がる。
アドラーはブルーノの首筋をなでた。
ブルーノの柔らかい毛がアドラーの手のひらを伝わる。
アドラーは心から感謝をこめ、ブルーノをなでた。