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うわさの正体

バルドとアドラーは半刻ほど歩き続けた。

完全に日は沈み、森の中はほとんどに闇に包まれ、先ほどより一層不気味さを増している。

森の中の明かりといえば、空に浮かぶ月ぐらいなものだ。

ほぼ円形の月の輝きのおかげで何とか足元が見えるほどだ。

明日は満月だろう。

「さて、暗くなってきたな。灯を付けるついでに少しここで休もう」

バルドはそういって、背負っていたカバンの中から、ランプとパンとソーセージを取り出す。

ランプの明かりをつけると、バルド達の周囲があたたかな光で包まれる。

アドラーはランプの灯を見て、恐怖で固まった心がほっと緩んだ。

ランプを発明した人は偉大だと、この時初めて感動する。

たかが照明で泣きそうになったのは初めてである。

バルドはソーセージを持った手を差し出す。

お腹がすいていたアドラーは喜んで受け取ろうと手を伸ばす。

もう少しでお目当てのソーセージにアドラーの手が届くという所で、不意にバルドの持っていたソーセージが消えた。

消えたソーセージの行方をアドラーは探す。

するとすぐそばのブルーノがしゃがんで、もぞもぞ動いている。

なんとソーセージをうまそうにむしゃむしゃ食べているではないか。

この犬め。

しかし、愛犬家のバルドの前では、この怒りの感情も出せない

それにこの大きな犬とまともにやり合ったら、こっちが怪我するに違いない。

「そう落ち込むな。まだソーセージはある」

行き場を失った悲しみを抱え、しょんぼりしているとバルドが笑いながらパンとソーセージを差し出してくれた。

アドラーは、今度こそブルーノに横取りされないように素早く受け取り、すぐに口の中に押し込む。

「それにしても、お前さんの家族は全然見当たらないな。俺たちが慎重に行動しているとはいえ、そろそろ追いついてもいいはずなんだが……」

パンとソーセージをリスのように口いっぱいにほおばりながら、アドラーは考えた。

たしかに、みんな元気ですばしっこい子も多いけど、こんなに早く歩けるだろうか?

「こうして周りを見ても人が通った後がないな。別のルートか?今のところブルーノも匂いに反応してないようだし」

“針山の谷底”へ行くルートは複数ある。

いずれも森を通らなければ行きつくことはできない。

アドラーたちが通ってきたのは一番道幅が広いルート。

ここなら荷車もこども129人も通りやすいと考え、このルートを通ってきたのだった。

しかし、肝心な子どもたちの姿おろか、通った後すらないとなると、いささか不安になる。

「見つからないのかな……」

アドラーは小さな声で独り言を言う。

沈み込んだ気持ちを汲んでか、ブルーノはアドラーの足元に来て、身を横たえる。

アドラーは自分を慰めてくれているような姿のブルーノを眺めた。

少しブルーノのことがかわいく思えてきた。

ブルーノは物欲しそうな顔でアドラーの顔を上目づかいで見てくる。

試しにソーセージを持っている手を動かしてみる。

ブルーノの目はソーセージの動きと同じだ。

食べかけのソーセージをねだりに来ただけだった。

「……もう一度聞くが、お前さんの父親は普段、どこに行っているか他の場所に心当たりはないか?」

「ほかの場所……うーん」

アドラーは考えてみる。

ブルーノにはソーセージはあげなかった。

毎朝、針山の谷底につながる“バキバキの森”の入り口に立つ父親の後ろ姿。

背が高く、すらっとした僕と同じ金色の髪と青い目を持ったかっこよくて、優しい父親の姿を思い浮かべた。

しかし、父親は普段から無口で、僕たちには何も言わず、フラッと出て行っては、フラッと帰ってくる。

森の入り口に立っていること以外の情報は何もなかった。

「……やっぱり、針山の谷底に続くこの森の入り口に立ったパパの姿しか思い出せないよ」

「そうか、じゃあ仕方ない、針山の谷底に行くしかないな……ん?静かに!」

バルドは何かの物音を聞きつけたのか、身を屈める。

ブルーノも何かの存在に気がついたのか、耳をぴんと立てて、警戒する体勢をとった。

バルドはアドラーに注意を促し、ランプの灯を消す。

再び周囲は暗くなった。

「少し移動する。こっちへ来るんだ」

バルドはアドラーの手をひき、暗い森の中を移動する。

2人はゆっくりと慎重に移動し、少し離れた小屋ほどの大きさの岩陰に隠れた。

「いいか。この岩陰から動くんじゃないぞ」

「バルドおじさん、いったいどうしたんですか?」

アドラーは小声でバルドに尋ねる。

「おおきな足音が聞こえた。しかも、だんだん近づいてくる」

バルドは考え込むような面持ちで質問にこたえる。

「足音……パパたちだ!」

アドラーはバルドの返事を聞いて、脳裏にパパたちの姿が浮かぶ。

こんな場所をいま歩いているのは、パパたちに違いない。

アドラーは、会いたい一心であわてて飛び出そうとした。

しかし、バルドの太い腕がアドラーの華奢な腕をつかんだ。

「まて!あれはお前の親父達じゃない。……あの足音は大人数が歩いているというより、巨大な何かが歩いている足音だ」

「巨大な何かって?」

バルドはこの森に出てくる謎の怪物のことを思い浮かべていた。

最近、この森にすみ着いたといわれる怪物。

夜にしか行動せず、姿を見た物はいない。

夜のこの森に入った者は、生きて帰ってこないからだという噂だ。

木の幹すら折ってしまうほどの怪力の持ち主。

未知の生物との接触は避けなければならない。

「わからない。だがお前の家族じゃないことは確かだ」

その時、アドラーも近づいてくる動物の正体を考えた。

バルドさんが言う大きな足音。

このあたりに住む動物は大きくても鹿ぐらいなものだ。

しかし、シカの足音はそれほど大きくない気がする。

それ以上に大きい動物と言えば、絵本で見たことのあるクマだが、この森で見たという人はいないはずだ。

アドラーの心に好奇心が芽生えた。

いったい何の動物だろう?

もしかしたらクマかもしれない。

クマだったらみんなに自慢できるぞ。

アドラーは絵本の中に出てくるかわいらしいクマのイメージを思い浮かべた。

アドラーはうきうきした気持ちで、苔が生した巨大な岩の陰から先程まで自分たちがいた地点を見てみる。

“いた”

アドラーは恐怖と好奇心が入り交じった気持ちを抱きながら、謎の足音の正体を観察する。

暗くてあまりはっきりと見えないが、漆黒の森に何やら白く大きな塊が、月に照らされ、うごめいている。

周囲の臭いを嗅いでいるのか、鼻をスンスンとならす音がする。

あれはクマかな?

いや、クマにしては白い。

それに体の表面に毛があまり生えていないように見える。

それにしてもずいぶん大きい。

バルドおじさんの2倍くらいは身長がありそうだ。

アドラーの心の好奇心は奥へ潜み、代わりに恐怖が心を全体を覆い始めた。

もし、あんな生き物に襲われたら……。

「おい、勝手な真似をするな」

耳元でバルドが小さな声で声をかける。

「うわあああ……もごっ」

胸をドキドキさせながら観察していた時に、後ろからバルドに肩に手をかけ、話しかけられ思わず声を上げてしまう。

バルドがすぐアドラーの口を塞いだが、手遅れだった。


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