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失踪

アドラーがバルドの家を出て少し経った頃。

「おや、ブルーノはどこに行ったんだ?」

バルドは部屋の中を見渡す。

いつもの定位置にも見当たらない。

「……さん!」

すると、どこからか声がきこえた。

「おじさん、バルドおじさん!」

少し遠くの方で少年が叫ぶ声が聞こえる。

その声には、焦りと恐怖が含まれている。

バルドは家の扉をあけ、外の様子をうかがう。

そこには先ほどの少年、アドラーがこちらに向かって走ってきている様子が見えた。

アドラーの顔はひどく興奮し、怯えているような様子だった。

先ほど、バルドの家を出ていってから、まだ30分ほどしか経っていない。

アドラーは息を切らし、バルドの家に飛び込んできた。

いったいどうしたというのだ?

先ほどの女の子の身に何か起きたのだろうか?

「バルドおじさん!大変なんだ。アンネが!アンネがいなくなったんだ!」

アドラーはバルドの服の袖をつかみ、必死にすがるような目で訴える。

「家に帰ったら、アンネがいなくて。森に行ったんだ……そしてパパを大声で呼んだんだ。けど。それで……」

アドラーは興奮した様子で話し始めるが、支離滅裂で、状況がつかめない。

「落ち着け。冷静に状況を伝えるんだ」

バルドはコップに水をついでアドラーに差し出した。

アドラーはコップを受け取ると、慌ててそれを口に運ぶ。

水の半分は口の端から流れ落ち、アドラーの服や、靴を濡らす。

アドラーは慌てて飲んだせいで、むせてしまった。

興奮状態のアドラーをなだめるように背中をさする。

アドラーが落ち着いたところで、バルドは再び状況を聞いた。

「あのお嬢ちゃんがどうにかしたのかい?」

バルドはゆっくりと低い声でアドラーに話しかける。

「あのね、バルドおじさんと話した後、森に集めた小枝を置いてきたのを思い出して、まず森に取りに行ったんだ。それでアンネの分の枝も担いで、家に帰ったんだ。

そしたら、アンネの姿がどこにもいないんだ。いや、アンネだけじゃなくて、パパや子供たちがみんなどこか行っちゃった」

「みんなで、近くの平原までいっているんじゃないのか?いつもあそこには子供の姿を見かけるが?」

バルドは思いついた可能性を口にした。

バルドも近くの平原に子供たちが遊んでいる様子をよく見ていたからだ。

「あそこは、まだ見てないけど……それでも変なんだ。家の中の大きい家財道具だけ残して、全部なくなっているんだ。まるで、あわてて引っ越ししたみたいに……」

バルドは眉をひそめ、この奇妙な現象について思案した。

家財道具までもっていくとは、ただの散歩ではあるまい。

この子らがうちに来て、話をしたのは2時間ぐらい。

その間に皆が、持ち物を持って家を出ていったというわけか。

いや、アンネってお嬢ちゃんが出ていったのが30分ぐらい前だから、家を出ていったのはそれ以降ってことになる。

まだそんなに遠くまで行ってないはずだ。

「アレク、いや、アドルフだっけ?一緒に探しに行こう。まだ遠くまで行ってないはずだ」

「アドラーです。バルドおじさん。お願いします」

バルドは急いで出かける準備にかかった。

時刻はもう夕暮れで、すぐに日が沈んでいくだろう。

大きなリュックに食料と水、方位磁石を入れ、手には大きな斧を手にした。

バルドはまず、アドラーの家に向かうことにした。

もしかしたら、アドラーの勘違いの可能性もある。

それにもしどこか行ったなら、アドラーたちが住んでいる家に手掛かりがつかめると考えたからだ。

バルドの家からアドラーの家まで、歩いて10分くらいの場所にある。

二人は速足で、アドラーの家に向かった。

アドラーの家にいく道中、アドラーのパパや兄弟の話をざっと聞いた。

アドラーの話では、兄弟の人数は130人。

年齢は8歳から12歳まで。

「それにしても、孤児を引き取ったとしても、子供の数はいくらなんでも多すぎるんじゃないか?それに、年齢が偏り過ぎている気がする……」

バルドは独り言をつぶやく。

数分、速足で歩いたのち、アドラーの家に着く。

2人はアドラーの家の中を見て回った。

さすがに130人も住んでいるだけあって、家は大きい。

家の構造は、広い部屋がいくつかあるだけのシンプルな造りだ。

アドラーが言った通り、広い部屋の中はがらんとしていて、人の気配が感じられない。

落書きだらけの壁。

薄汚れたクマのぬいぐるみ。

ボロボロになった絵本数冊。

木や草、布切れで作った人形。

食事の食べ残しだと思われる干からびた肉がついた動物の骨。

肉をさばくための刃こぼれしたナイフ。

動物の毛皮。

無数に吊るされたハンモック。

水が入った大きなツボ。

特に変わった物は置いていないように思える。

バルドは部屋に残った道具を手に取り、眺めた後、静に元の位置に戻す。

手掛かりは見つからなかったようだ。

「ところで、お前さんたちの親父が行きそうな場所に心当たりはないのか?」

「うーん。それが、パパはいつも僕たちを置いて、行先も告げずにどこかに出かけちゃうんだ。1人1人に家事の指示を出して。そして夕方ぐらいになると、森の動物たちを生け捕りして帰ってくるんだ」

「……動物を生け捕り?」

バルドは首をかしげる。

獲物を生け捕りする理由がわからない。

森で仕留めて持って帰る方が、抵抗されずに済み、断然楽だからだ。

肉の鮮度にこだわっているわけでもないだろう。

まあ、今はそんなことはどうでもいい。

首を横に振り、疑問を振り払う。

今はアドラーたちの兄弟の捜索に集中しよう。

「いつもどの方向に向かって出ていているのかっていうのも分からないか?」

「えーっと。確か、“針山の谷底”ってところに向かって出かけているって誰かが言っていたと思うんだけど……」

「針山の谷底か……」

バルドは1人呟く。

あそこは、食人植物、毒蛇や毒虫、肉食獣などの危険な生き物がうじゃうじゃいるところだ。

それに最近では、針山の谷底へ向かう途中の“バキバキの森”は恐ろしい怪物もいるという噂だ。

そんな谷にいったい何の用があっていくのだろう?

そんな時、バルドは壁の落書きに目立たないように文字が書いてあるのを見つけた。

“バキバキの森を通って、針山の谷底へ”

周りの落書きと違ってしっかりとした文字だ。

子供の文字の書き方ではない気がする。

誰の書置きだろう?

「わかった。とにかく針山の方向に向かって進んでみよう」

バルドとアドラーは消えた笛吹一家の捜索のためバキバキの森に向かった。

この時、バルドは気づいていなかった。

バルドが家に入ってきたとき、静かに背中にくっ付いたクモの存在に。


アドラーとバルドは“バキバキの森”の入り口に立った。

夜のこの辺りは、オオカミがよく出るので、この周辺の住民は、夕刻以降は外出を控える。

よって、この時間にはアドラーとバルド以外の人影は見えない。

また気を付けるのはオオカミだけでない。

“バキバキの森”という名は最近ついた名前で、夜になると森の中で木が折れるような音がよく聞こえることから、地元住民がこの名を呼ぶようになった。

実際、夜が明け森の中に入ってみると、木の“幹”がへし折られていることがあるらしい。

枝ではなく幹からへし折る動物など、この森では……どんな森でも見たことがない。

夜の森には木の幹を折るほどの巨大な化け物の出現。

いったいこの森ではどんな不可解な現象が起きているのか、バルドもわからなかった。

ただ1ついえることは、夜にこの森に入るのは命がけだということだけだった。

アドラーは目の前に広がる森を眺める。

夕刻時の森の奥には闇が広がり、一度入ると出てこられないような、何とも言えない恐怖を感じる。

「おい、アレクサンドル。足元を見てみろ」

バルドは下を向いたまま、アドラーに声をかける。

名前を間違えている。

「アドラーです。……これは足跡?」

地面に草が生えている部分から土の茶色がのぞかせている。

そして、地面に凹凸が微妙に出来ているのがわかる。

それはヒトが踏みつけた後のようにも見える。

「それと……これは、荷車の車輪の後だな」

よく見てみれば、確かに地面には大勢の足跡の他にも車輪上の物が通ったと思われる痕跡もうかがえた。

「やっぱり、この森の中をとおったのかな?」

「可能性は高いな。見てみろ。まだむき出しになった土が乾いてない」

「つまり、この跡ができたのは、ついさっきってこと?」

「そういうことになるな」

みんなは危険に満ちた夜の森へ入った。

アドラーはペンダントをお守りのように握りしめ、心の中で無事を祈った。

見るからに不気味な森の中を入っていくのは勇気がいるが、父親や兄弟たちが入っていったのなら自分も行くしかない。

アドラーはそう決意して夜の森の中へと一歩を踏み出した。


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