月の光
バルドが地上についた時、外は日が落ち、代わりに月明かりが周囲を照らしていた。
満月が煌々とあたりを照らしているおかげで、視界は確保できている。
すると少し離れたところで、閃光が瞬いた。
魔女のビアンカだ。
魔法で応戦しているのだろう。
閃光が走った一瞬、すでに、ピンク色の数匹の大蛇に囲まれていているのが見えた。
ピンクの大蛇は10メートルを余裕で超すほどの大きな蛇だ。
大蛇の表面は粘液を出しているのか、月明かりによって、照り輝いている。
ビアンカが言っていた、毒性の粘液だろう。
再びビアンカがいるあたりから閃光がほとばしる
ビアンカは杖から火炎を吹きだし戦っていた。
しかし、杖から噴き出す火炎は数メートル先にいる巨大な大蛇を覆うほどの火力はない。
近づけないようにするのがやっとといった様子だ。
7匹の大蛇は獲物との距離をじりじりと詰め寄る。
口からは長い舌をちろちろと出している。
まるで、今にも獲物を丸のみにしようと舌なめずりしているかのようだった。
魔女に勝ち目はうすいように思われた。
「バルド。もう無理だ。」
バルドの肩に乗ったトトはバルドに忠告するが、バルドは聞こえていないかのように黙っている。
バルドからだが震えているのを感じる。
恐怖によるふるえなのだろうか。
それとも・・・・・。
「ウガァー」
突然、バルドは言葉にならないうなり声をあげ、肩に乗ったトトと荷物を乱暴に振り落とし、斧を手にビアンカのもとに走って行った。
一足で数メートル跳んで進んでいく。ものすごいスピードだ。
トトはお尻から地面にたたきつけられた。
「痛てて……いったいなんなんだ……あいつは」
トトは身を起こしながら走って行ったバルドの方を見る。
するとトトは異変を感じた。
バルドの様子が変だ。
それによく見るとバルドの体つきが違う。
トトはバルドの肩に乗っていたせいで気付かなかったが、もとより大きかった体はさらに二回りほど大きくなり、腕や顔が、全て毛でおおわれ、口から牙が見えた。それにトロールから逃げるときのような、のろまだったバルドからは考えられないほどのスピードでビアンカの元に走っていく。
「あれは……バルドか?」
トトは茫然とその様子を見ていた。
駆けながら斧を振り上げると同時に肩の筋肉が隆起している。
ビアンカのもとにたどり着いたバルドは、斧をものすごいスピードで大蛇に振り下ろす。
あまりの速さにトトはバルドの持つ斧が見えなかった。
風を切る音とともに、目にもとまらぬ速さでくりだされた一振りで、ピンク色の大蛇の頭と胴体が切り裂かれ、あたりには鮮血がほとばしる。
満月の月夜に血の雨があたりに降り注ぐ。
頭を失った大蛇の胴体は、少しもだえたかと思うと、血しぶきをまき散らしながら、ばったりとその場で崩れ落ち痙攣する。
一瞬の出来事だった。
バルドの身体能力が異様に発達しているのがみてとれる。
ほかの大蛇も一斉にバルドの方を向く。
その様子を見ていた他の6匹の大蛇は、ターゲットをビアンカではなく、バルドに変えた。
大きな体をうねらせながら、バルドの周りを取り囲むようにして、ぐるぐると円を描き攻撃するチャンスをうかがっている。
ピンク色の肌は色が濃ゆくなり、警戒音を発している。
バルドの凶暴性に警戒を示したのだろう。
バルドの背後にいた大蛇の一匹が、矢のごとくバルドに向かって飛びかかる。
むき出した鋭いナイフのような太い牙からは毒液が出ている。
牙の大きさ、毒の量を考えれば、普通の人間であればひとたび噛まれれば、間違いなく死に至るだろう。
月明かりだけが照らす暗闇の中、バルドは背後から矢のように飛びかかってきた大蛇を見ることなく、振り向きざまに斧で横一文字に切り裂く。
バルドの斧は大蛇の上顎と下顎を切り離し、勢いを保ったまま、胴体にある心臓まで刃をくいこませた。
すぐさま斧を蛇の胴から引き抜くと、バルドはビアンカの方向に斧を投げつける。
バルドが投げた斧は“ブン”と空を切る音をだし、目にもとまらぬ速さでビアンカのわきを通り過ぎ、ビアンカの後ろにいた大蛇の頭に命中した。
大蛇の頭は強力な斧の勢いで、粉々に吹き飛んだ。
武器を手放したバルドは、四つん這いになった。
さらにバルドの体のかたちを変えていく。
完全に四足歩行になったバルドは大蛇に向かって突進する。
トトが月明かりに照らされたバルドの姿を再びとらえた時、見たのは、人間の姿ではなく、月明かりに照らされ銀色に輝く巨大なオオカミの姿だった。
「あれは……シルバーファング」
伝説のオオカミの姿だった。
トトはただ茫然とその姿を見ていた。
オオカミとなったバルドは吠えた。
その遠吠えは、死を連想させるような、心の底から恐怖を感じる声だった。
大蛇たちは遠吠えと、その猛々しい姿にたじろぐ。
自分たちが生態系のトップであるという認識が崩れた瞬間でもあった。
吠え終わるとバルドの目が一瞬光る。
その瞬間、オオカミとなったバルド姿が消え、再び姿を捕らえた時には一匹の大蛇の体をバラバラに引き裂いていた。
血しぶきが飛び散り、他の大蛇に降りかかる。
引き裂かれた大蛇はオオカミとなったバルドの攻撃に何も反応できないまま、肉片となり果てた。
バルドは研ぎ澄まされた刀のように鋭く伸びた爪と強靭な顎に生える大きな牙で大蛇を引き裂いていく。
オオカミとなったバルドの動きは目で追えないほどのスピードで、大蛇たちを翻弄し、次々と仕留めていく。
一足踏み出すごとに、あたりにはつむじ風が起こり、大蛇の血の雨があたりに振りそそぐ。
大蛇たちもこの乱入者を仕留めようと激しく戦った。
複数で同時に襲い掛かる。
バルドが一匹を仕留める間に、ほかの大蛇が巻きつく。
バルドの動きを封じるため両手両足に巻きつき、バルドの体中をかみつく。
毒付きの太く、鋭い牙がバルドの身体に食い込む。
バルドは怒りと悲痛のこもったうなり声をあげた。
それに負けじと、バルドは長く太い牙で、巻きついている蛇にかみついた。
蛇は締め付ける力を一層強くする。
バキッゴキッ。
バルドの前足の骨が折れる音が聞こえた。
バルドは唸りながら再び大蛇にかみつき、その胴体を噛み千切る。
前足の骨が折れ、足は大蛇に絡みつかれ身動きが取れない。
残りは一匹。
足に絡みついていた最後の一匹が首元に這い上がり、バルドの首を締め上げ、骨を折ろうとする。バルドは折れていない前足を絞められないように蛇と首の間にねじ込む。
かなり危険な状態だ。
「バルド!」
トトはバルドに向かって叫ぶ。
「目をつぶりな!」
ビアンカの声が鳴り響いた。
狼となったバルドとトトは目をつぶる。
ピカッ。
あたり一帯が太陽のように明るい光で照らされた。
その明るさはまぶたをぎゅっと閉めても、まぶしく感じるほどだった。
トトは目を開けると、大蛇は石にでもなったかのように固まったまま動かない。
バルドの体からボトリと崩れ落ちる。
それと同時にオオカミのバルドも崩れ落ちる。
徐々に体は小さくなり、体中の毛や牙は消えていく。
バルドは通常の人間の姿に戻った。




