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バルド

薪拾いを終え、2人は薪を森において、そのままバルドおじさんの家に向かった。

ぽかぽかと日差しが降り注ぐ中、2人は並んで散歩を楽しんだ。

自然が豊かな場所で、いろんな野花が咲いている。

イノシシやシカなどの野生動物も見かけた。

人が少ないこの地は動物たちにとって楽園なのだろう。

他の子供たちは今日の家の手伝いは終わったので、家のすぐそばにある平原に遊びに出かけた。

家には夕方までに帰れば大丈夫だった。

バルドおじさんの家に着く手前で、畑の中に大きな動物がごそごそ動いているのが見えた。イノシシか?

ギョッとして二人は身を固めた。

しかし、イノシシにしては大きい。

それに二足で立っている。

クマだろか?

いや、動物ではない。

バルドおじさんだ。

「こ、こんにちは、バルドおじさん」

クマのような大きな体をしたバルドおじさんはぎょろっとした大きな目を2人に向けた。

身体が大きいだけに、それだけでも凄みを感じさせる。

もじゃもじゃとした髪は肩まで伸び、顔は半分ほど眉毛やひげで覆われている。

大きな体で動物の毛皮を着ているせいもあって、森の中であったなら、本当にクマと間違えるかもしれない。

「なんだ、お前ら?あの笛吹のとこの子供か?」

アドラーたちを一瞥し、再びクワで畑を耕しながら話し始めた。

こちらにあまり興味を示してないらしい。

「そうです。僕はアドラー。この子がアンネです」

「ふん。自己紹介されたところで、あんなに子供が多いと、いちいち覚えきれんわ」

鼻を鳴らし、ぶっきらぼうに答えた。

下唇を前にだし、眉間にしわを寄せ、うるさいハエに付きまとわれているかのような表情だった。

唯一の近所の子供に関心はないのだろうか。

アドラーとアンネをはじめとする我が家の兄弟は、このバルドのことは、はなしにくいおじさんだという共通の認識を持っていた。

子供たちは他の村人のことは知らないが、バルドだけは、有名人だった。

特にアンナは、アドラーの裏に身を隠し、すでに帰りたがっている。

「……ところで、今は何してらっしゃるんですか?」

「見ての通り、畑を耕しておる。……で、何かわしに用か?」

取りつく島のない返事だったが、アドラーには作戦があった。

「ええ、バルドおじさんが世界中を旅したと聞いたから、お話を聞きに来たんです」

「!!!」

バルドは振り上げたクワの動きをピタリととめた。

その反応で、アドラーは作戦が成功したことを悟る。

一瞬の静寂が生まれた後、バルドはこちらを振り返った。

すると、先程までの迷惑そうな顔が一変し、振り返った時にはにこやかになっている。

その変貌ぶりに気味が悪く思ったほどだ。

二人は苦笑した。

きっと今までその話を誰かに話したくて仕方なかったに違いない。

「……作戦成功!」

アドラーは小さな声でアンネに声をかける。

「ほう、そうかそうか。世界情勢に関心を持つなんてなかなか感心な子達じゃないか。アレク……アドルフ、まあ名前は何でもいい。今お茶ぐらい出してやるから、家に上がれ」

バルドおじさんは畑作業を中断し、持っていたクワを切り株の上に置き、2人を家へと招いた。

「アドラーです。こっちの女の子はアンナ。ありがとうございます」

2人は顔を見合わせ、にっこり笑った。

二人はクマのようなバルドの後をついていく。

アンネは相変わらず、アドラーの後ろに隠れるようについていった。

バルドの家は煉瓦でできた、おおきな家だった。

その横にある物置小屋はもっと大きかった。

一見どっちが本当の家だかわからない。

「大きな小屋ですね」

「ああ、世界中から集めた珍品が置いてあるんだ」

バルドは鼻高々に二人に自慢した。

「アドラー、“珍品”って何?」

アンネは珍品の意味が分からず、小声でアドラーに尋ねる。

「小屋には世界中から集めた“ガラクタ”が置いているんだって」

アドラーはバルドには聞こえないくらいの小さな声でアンネに教えてやった。

「お邪魔します~」

二人はバルドの家の中に入っていく。

バルドおじさんの家の中は、地図や地球儀やら、望遠鏡、その他さまざまな紙や器具であふれかえっていた。

コレクションの中には、お日様の光を当てるときらきら光る大きな石や金とシルクの糸で織られた豪華絢爛な異国の服が飾られている。

アドラーとアンネはバルドおじさんの家に置いてある品々の物珍しさに目を奪われた。

隣の小屋の中にもこんなものがたくさんはいっているのだろうか。

2人が部屋の中をきょろきょろしている間、バルドおじさんはいい香りのする飲み物を入れてくれた。

紅茶より色が濃く、少し香ばしい香りがする。きっと異国のハーブティーに違いない。

「これは明という国のウーロン茶という飲み物だ。この辺じゃ、なかなかお目にかかれない代物だぜ。さあ、飲んでみろ。」

飲み慣れた紅茶とは違う匂いにとまどいながらも、恐る恐る飲んでみる。

苦みが少なく、すっきりとしていて飲みやすかった。

アドラーが謎の液体を何事もなく飲んだことを確認すると、アンネも続いて飲む。

こういうところは、アンネはずる賢い。

「おいしいですね」

アドラーとアンネは笑顔で感想を伝える。

「だろ?」

バルドは満足そうだ。

「明の国ってどこにあるんですか?」

アドラーはさらに追い打ちをかける。

「ちょっと待っていろ」

バルドは待っていましたといわんばかりに、素早く地球儀を取り出すと、指をさして教えてくれた。

「これが俺たちが住んでいる地球。そして俺たちはこの辺。明はこの辺りだ……」

自分達がいる国から、とても遠い場所だと思った。

「この地図でいったら、この国のお城ってどこにあるんですか?」

アンネが尋ねる。

「うむ、この地図じゃ、お城は小さすぎて場所を説明できないな」

バルドは困り顔で頬を掻いた。

「お城ってものすごく大きいって聞いたんだけど、本当は小さいのね」

「いや、お城は大きいぞ。でも世界はお城と比べ物にならないくらい大きなものなんだ」

「バルドおじさんはこの近くのお城にはいったことあるの?針山の向こうの城とか……?」

アンネは珍しくバルドに話しかける。

針山の向こうに城があるとはアドラーには初耳だった。

何故、アンネはそんなことを聞くのだろう?

「針山の城?いや、俺は行ったことないな……。第一そんなところに城があるなんて聞いたことない」

バルドは怪訝な顔してアンネの顔を見つめた。

「え、あ、そうなんだ……。私の勘違いかも……近隣の村に行ったときそんな話を聞いた気がしたから……忘れて」

アンネの反応にはどこか引っかかるものがあったが、気を取り直し、アドラーは話をもとに戻す。

「バルドおじさんは、どこを旅したことがあるんですか?」

「俺は船でいろんな所へ行ったぞ。陸路だと、この辺のシルクロードを歩いたり、ラクダと共に数十日もかけてこの辺りの砂漠を渡ったりしこともある」

バルドは地球儀で指さしながら説明してくれた。

「へえ、世界って大きいんだね……」

アドラーとアンネはしきりに感心した風を装った。アドラーにはバルドの話の意半分くらい理解できてなかった。教育というものをまともに受けたこともなかったアドラーには仕方のない事だった。

ただ、理解できたのは、何十日、何年も歩き、船に乗り続けなければ世界を回ることができないほどこの世界は広大であるということだった。

アドラーは少し不安も覚えた。

そんな広い世界で自分の故郷を見つけることができるかという不安だった。

「では、俺の見た世界を教えてやろう」

バルドおじさんは手を揉んでうきうきした様子で話し始めた。


それから2時間、こちらが口を出す暇もなく話し続けている。

「……それでな、ひたすら東に向かっていったところにジパングという黄金でできた国があるんだけどな、そこに……」

バルドおじさんの話は意外と面白かった。

砂漠の国のランプの中にいる魔神とそのランプを拾って王様になった人の話や、雲に乗ったサルと豚と水に住む怪物の三匹と僧侶が遠い場所へ書物を求め旅に出た話など、手に汗握る話をバルドおじさんはよく知っていた。

しかし、こんなに一方的に話されたのでは、アンネのいう“故郷“について聞きたいことが聞き出せない。

アドラーはアンネの様子を横目でうかがう。

アンネは魂が向けたかのように口を開けたまま窓の外を凝視している。

話に飽きてしまったのだろうか?

いや、アンネは話に飽きた時はうつむき、寝たふりをするはずだ。

アンネがいったい何を考えているのか、アドラーにもわからなかった。

「……黄金だと思っていたのは、実は金色に輝く稲穂だったというわけだよ。……おや、お嬢ちゃんどうしたんだ?」

バルドおじさんは、ようやくアンネの異変に気付いた。

するとアンネはすっと立ち上がり、何も言わずに玄関へと向かった。

アドラーはさすがにアンネの行動が異常だと感じ、あとに追いすがる。

「アンネ、ちょっと待て」

アンネはいまだに何も言葉を発せず、アドラーをものすごい力で押しのけ外に出て行った。アンネにこんな乱暴をされるのは初めてだった。

アドラーはアンネに跳ね飛ばされ、部屋の壁に体をぶつけた。

アドラーがぶつかった衝撃で壁に掛けてある絵が傍に落ちる。

アドラーはその絵が入った額を手に取る。

オレンジ色の屋根の建物が密集し、大きな城と大聖堂が描かれている。

その絵はアンネが言っていた故郷の特徴によく似ている気がする……。

「なんだっていうんだ?あの女の子は……もう家に帰る時間なのか?」

アドラーは押し倒された痛みと、アンネに乱暴されたショックで呆然とし、立ち上がれずにいた。

自分はアンネに何かひどいことをしてしまっただろうかと自問するも、この2時間バルドおじさんの話をひたすら聞いていただけだ。

アンネに何かしたとは考えにくい。

バルドはアンネの後姿を眺めながら、床に取り残されたアドラーに手を差し出す。

「痛てて……う~ん、確かにそろそろ家に帰る時間には違いないのだけど、そんなに急ぐ理由なんてないのだけどな……」

アドラーはバルドの手を借りて立ち上がる。

「わしの話がつまらなかったか……?ん、静かに!!笛の音が聞こえる」

バルドは口に人差し指をたてて、耳をひそめている。

アドラーも同じように耳をそばだたせてみる。

確かに笛の音が聞こえてくる。

「あの笛の音はお前さんたちの家から聞こえているんじゃないのか?」

バルドは横に立つアドラーを見下ろし、音の正体を確認する。

このウキウキするような陽気なメロディーはパパの笛の音だろう。

「そうみたい。パパが帰ってきたみたいだね。今日はいつもより早いな……」

パパはいつも日が暮れてから獲物を捕まえかえってくる。

「笛が聞こえたら家に帰る約束とか?」

「いや、そんな決まりはないよ。けど……」

「けど?」

「あんなアンネを見たのは初めてだ。まるで……笛の音に引き寄せられているような」

アドラーは感じたままの印象をつぶやく。

「……笛の音に?そんなバカな話があってたまるか。おまえさんたちは調教された動物ではあるまいし」

アドラーの脳裏には、ほかの兄弟がパパの笛の音で我を失ったかのように引き寄せられる光景がよぎる。

つい最近の光景だったような気もする。しかし、はっきりとした記憶がない。

夢の中で見た光景だったような感じもする。

アドラーは顎に手をあて考え込んだ。

「勘違いじゃないか。確かに、音楽に疎い俺でもきれいな音色だとは感じるが、あんなに身も心も失うようになったりはしないぜ。それにお前さんだって、あの女の子みたいになってないじゃないか」

「それは、僕にも分からないけど……」

時々、気がつけば家の中にいたことがあった。

もしかして……。

アドラーが思考を巡らしていると、バルドがアドラーに質問する。

「そもそも……お前たちは誰なんだ?どうしてここに住むようになったんだ?」

「それは……うーん……あれ?」

アドラーは頭の中の記憶を隅々まで意識を巡らせてみるも、はっきりとした記憶がない。

ここに来たのはいつからだっけ?

昔の記憶がない。

「覚えてないのか?全然?」

「うん、どうやら……そうみたい。なんか記憶にモヤがかかっている感じ」

「うーむ、お前さんはそう頭は悪くないこのよう見えるし……。なんかこれには事情がありそうだな」

バルドおじさんは、もじゃもじゃしたひげをなでつけながら思案していた。

「あ、いけない!アンネはもう家に帰っちゃったかな?バルドおじさん、ごめんなさい。ちょっとアンネの様子見てくるよ。お茶ごちそうさまでした」

アドラーは慌てて、アンネの後を追おうと身支度を整える。

「そうか……また後であのお嬢ちゃんの様子を教えに来ておくれ」

「はい。わかりました。じゃ、また後で」

アドラーはバルドにお礼を言うとバタバタしながらバルドの家から出てった。

1人、自分の家にいたバルドは、あの子供たちと笛吹きの存在を初めて知った時期を思い出そうとした。

しかし、驚いたことにバルドもあの笛吹きと子供がいつ引っ越してきたのか正確な時期が思い出せない。

「年のせいかな……?」

バルドは首を傾げた。

首を傾げた拍子に、バルドの記憶の棚から落ちてきたある昔話を思い出していた。

この周辺の村に伝わる言い伝えだ。

「笛の音……身元の分からない百人以上の子供……ハーメルンの笛吹男じゃないよな……いや、あれは100年以上も前の昔話だ。ありえない……」


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