歩く
「ゼイゼイ……ト、トロール……ゼイ。い、いなくなった……ゼイ、ヒューヒュー、ゼイ」
バルドが絞り出すように声を出した。
アドラーは改めて周りを見渡すが、どこにもトロールの姿は見えない。
あの巨体でかくれんぼしているわけではないだろう。
第一、あの巨体で、隠れる場所などない。
「あ……パパの笛の音も消えている」
「ゼイゼイ……あれはお前の父親の笛の音か?あの状況で笛を吹くなんてどうかしてる」
バルドは顔をしかめる。
「みんなは?どこ行ったの?」
しかし、周囲には人の気配も笛の音も何も感じない。
「ウ、ウウ……ふう!抜けた!」
スポンッと音を立てて小人のトトはカバンから上半身を引き抜いた。
どこかに挟まって必死に抜け出そうとしていたのか、顔が真っ赤になっている。
トトはトトで大変だったみたいだ。
「その音なら、俺も聞いたぜ。ぞくぞくするような笛の音だった。その笛の音が鳴りだしたころかな?トロールの足音が消えたんだ」
「やっぱり、あれはパパの笛の音だよ」
アドラーは笛の音色を思い出しながら、興奮気味に主張した。
きっと近くに父親たちがいるのだと確信していた。
「笛の音とトロールがどう関係があるんだろうな?」
バルドは額から流れ落ちる汗を拭きながら、首を傾げた。
「僕、その辺を探してきていい?」
「待て、アドラー!」
冷静さを失っているアドラーをバルドはたしなめる。
「早くしないと、またパパたちを見失っちゃうよ」
「まだトロールが近くにいるかもしれない。それにこの森を1人で行くのは危険だ。ブルーノは早速お前の父親の痕跡を探しているが、どういうわけか、何にも痕跡が残っていないんだ」
急ぐアドラーをバルドは制止した。
むやみに動けば、森で迷い力尽きる危険があるためだ。
「お前の親父の姿も、トロールの姿も半径500メートルにはいないみたいだぜ」
トトはアドラーに伝えた。
この薄暗く、木々が視界を遮る森で500メートル先が見えるのだろうか?
バルドとアドラーは疑問に思う。
「おいおい、信じてないな。小人は目がいいんだよ」
疑われ、トトはむきになる。
「元の位置より遠くに来てしまったな……ところで、俺たちは今どのあたりにいるんだ?」
バルドは背負っているカバンの上にいるトト尋ねた。
「こ、ここは…あそこだ……。えーっと……あそこだよ」
トトはしどろもどろに答える。
「……もしかして……道に迷ったの?」
アドラーはすかさず問いかける。アドラーの顔には焦燥感が出ている。
すぐにでも父親に会いたいのだろう。
「う、うるさい!さっきトロールに襲われたから、疲れて、ど忘れしているんだ!」
「お前はカバンに挟まっていただけだろう。走って逃げていたのは俺だ。で、どの方角に行けば、アドラーの父親と兄弟がいるんだ?」
「うッ。……たぶん……あっちだと思う!」
トトは自信なさそうに指さした。
「たぶん?」
アドラーは鋭い指摘をする。
「いや、あっちだ!あっちに違いない。そうだとも!おれが言うんだから間違いない!」
アドラーに言葉尻を取られたことにトトはむきになり反論した。
「本当だろうね?」
アドラーは確認する。
アドラーも焦るあまり、心に余裕がない。
「アドラー、この森のことはトトが一番知っているんだ。ここはトトを信じるしかないよ」
バルドはアドラーの心中を悟って、優しく諭した。
消えたトロールの謎を残しながらも、一行はトトが示した方向に歩を進めた。