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VALENZ TAXI  作者: 孤独
転職編
98/100

引越し作業は色々と多くて、完了するまで時間がかかる。


ぎゃあああぁぁ



「ああああーーーー!!」

「わーーーーー!」


部屋の中で絶叫を……。言われることは当然、



「叫ばない。ウルサイわ」

「あっ」

「え?」

「着きましたわ」


日野っち、美癒ぴー。2人が同時に叫んでいたのは、間違いなく隕石に押し潰されてしまう光景から。いや、確かに潰されていたと。体がグチャグチャにぶっ飛んで、焼けたという記憶というか、憶測というか。

あまりに信じられない死に方を体験した気がした。そんな予感か



「ほ、ホントにテレポートなんだよな!?死んだ気がしたぞ!」

「踏み潰された気がしたんですけど!熱で体が焼かれて気がしたんですけど!?」

「お静かに。ここはもうあなた方が選んだ家ですわよ」



指を口に当てて、お黙りの顔は怖かった。



「私達、宇宙にいたものですから。管理者に話しを通してませんのよ。見つかったら面倒だわ」

「いや、先にしろよ!」

「大丈夫なんですか!?ホントに!?家、借りられるんですか!?」

「心配要らないわ。家なんていくつも空いているもの。なにかあったら、隕石落としたり太陽作って、管理者や居住者を脅してあげるから」

「日本が無くなるような事言わんでくれ!」


恐喝のレベルが災害に及んでいるんですけど……



「それよりご覧ください」

「あ。そうですね」


ララチェール。混乱と動揺をしている2人を誘導する声で、窓をご案内。心中で抱いたことは、


「部屋までテレポートしていますわよ」

「お、おぉ」

「どうですか、内装はとても綺麗です。部屋も一つ一つお広いですわ」

「ホントだー。でも、まだ何もないからだよね?」

「お風呂場、トイレはこちらですね……」



ただの人間と思っていましたが、かなり魔法の出来事を体験してきたようですわね。あなた方、2回死んでいるのですが、その違和感を2回目でしっかりと気付いたとは大したものですわ。

私のテレポートは、星という超常の存在を動力としている故。抑え込む場所は限られており、テレポートの能力を起動させる以上の被害が生まれるのですわ。



殺害 → 移動 → 蘇生



知ってしまったら大変でしょうし。言わないことも良いでしょう。

アッシの奴に体を再生するアイテムを作らせてくれたからこそ、できるテレポートなのですわ。


『私の"実用化"した物を、星を作るパワーで使わないでください。電気や水道も、非常識な方法で使う事は想定外なんですよ』



「あら?何か聞こえたような」

「へ?」

「いえいえ、こちらの事ですわ」



死んだという違和感。

人はどこかしら、そーいう得体の知れない恐怖を考える事もある。その時は話を逸らしたり、はたまた驚かしたりして、考えていた事を忘れさせる。その程度の事であると。

今、生きていると教えて、今、家を探していると教えてやれば。先ほどの奇術のネタは思い起こさないだろう。



「広いなぁ。メッチャ良いんじゃね?」

「階段降りてドア。こーいうタイプのアパート、初めてかも」

「ご希望通り、リビングもお広いですわ。手料理するのも最適です」

「洗濯機は中に入れられるのか。風呂場の隣。これ、地味に良いかもしれない」

「日野っちのは洗濯機が外なの?」

「ああ。外干しの時は構わないが、天気悪い時とか風呂上がって、ベランダ出るのも面倒でさ」

「元々、このアパートは新婚さんや同棲などを成される方をターゲットとしたところですわ。家賃が少々値を張りますが」

「いやいや!俺は家をケチらねぇ。こんなに良ければな」



日野っちは想像以上の良物件に興奮し、



「外も見てくるな!」


物件の周囲も確認していく。物件の近くが大きい工場なり、小学校や幼稚園などの人が集まりやすいところでは騒音の問題もある。

一方、美癒ぴーはリビングばかり注視する。やっぱりであるが、実家のマンションよりも狭い。特にリビングは結構狭く感じる。美癒ぴーと日野っちの差だ。



「うーん……」

「狭いですか?」

「今は広く見えますけど」

「あなたのご自宅がどーいうものか分かりませんが、さすがに3LDKや4LDKのマンションと比べたら狭いものですよ」

「ですねー。冷蔵庫と戸棚、食器……電子レンジ、オーブン……」

「そうやって家を考えて使ってくれる方にこそ、家を提供したいものですわ」


人によるものである。ララチェールのそれが正しいわけじゃないから


「困った事に自分の家と勘違いし、衛生的にも不潔な方や我が物顔で暮らす人には家を紹介したくないのですわ」

「私達は絶対、そんなことしませんよ!」

「あくまで私はです。不動産にも色々ありますが。どんな人だとしても、家を貸し与えたりする者もいます……ま、私の話でしたわね」


ララチェールのように、趣味がてらやっている仕事というのは少ないだろう。それを不動産でできるのだろうか、疑問符が付けられるものだが。


「紹介した物件を気に入って頂き、お互いに感謝を述べる。正しく清きにある人間社会であれば、どれほど……」

「え?」

「いえ。ただそれだけの事ですわ。リビングもそうですが、残りの2部屋もご覧になってください」


ここの普通や常識という位置にある美癒ぴーや日野っちからすれば、ちょっと変わった人であった。とんでもなく、危険な存在であるのはよく分かるのであるが、そんな人でも良識的な生活を求めていて、していこうとする一面を見た。

不思議にホッとしている。


日野っちも戻ってきて、また少し家を見回ってから


「それではどうしましょう?ここでご契約なさいますか?」


ララチェールから仮の契約書を渡された。これは他のお客様にとられないようにするための、予約的なアレである。

売り文句を言おうとしたが、二人の気持ちはすぐにOKを出していた。


「します!ちょっと、交通が悪くてオートロックでもないし、2Fだけれど!他は文句なしに良い!」

「だよね!こんなに良い物件はそんなにないし、すぐに取られちゃうかも!」

「左様ですか。それはこちらとしても嬉しいですわ。では、サインを宜しいでしょうか?」



家は人と違い、拡張などされることはまずない。そこをどう工夫してより良くして、生活に繋げるかは住む人に関わることであろう。




◇       ◇




『あとの契約や料金は俺に任せてくれ。先に俺の家にある物を引越しさせたり、整理してから、美癒ぴーの物を運ぶ感じにしてくれ』


「えへへへへへ」


『ほとんどの家電は新調しないといけないから、今度の休みに買い物を行こう』


「楽しみだなぁー」



新しい家。美癒ぴーが入居するのは1ヵ月後であるが、それでも家の鍵をもらい、まっさらな部屋とリビングに思い描く、家電の配置や棚の数々。妄想や計画がホントに実行される。子供の頃に一度は思っても、忘れたりしたものだったのがきたのだ。

白馬の王子様なんか少女チックな夢より、明るい家作りは現実的なロマンだよねぇ。



「ニヤけてるけど、良い事あったの?」

「へ?」

「美癒。タクシーのバイトしてから、随分笑顔になってるね」

「彼氏できたとか言ってたけど、その先までいっちゃったわけ?」



いつものならタクシー会社がメインであるが、今は美癒ぴーの大学であった。

友達に囲まれ、調子良く幸せな笑顔を振り撒く美癒ぴー。


「実は、私。彼氏と同棲生活になったわけですよ」

「え!?」

「マジ!おめでたいじゃん!」

「なになに、もう結婚とか考えてるわけ?幸せ街道歩くわけ?学生なのにー」


リア厨爆ぜろなんて、声一つもない。健全な友達付き合い。


「結婚も前提、かな。両親との挨拶もしちゃったし」

「えーーーー!?」

「あんた、意外とグイグイ行けるんだね!!」

「ラブラブなの!?もうラブラブなの!?できるとかまで!?」

「声でか過ぎだよ。まったくー。ただの同棲だしー、一緒に家借りてー、家具揃えてー、手料理振舞ってー」


彼氏彼女ができるかできないの話である大学や高校で、そんなところに行けるのはあんまりいないか。お泊りや数日の居候はともかく、同棲や結婚というのは相当絞られるか。


「美癒。騙されたとかないでしょ!?」

「そんなわけないじゃん。なにその嫌なドッキリ」

「同棲って事は合コンに誘えないね」

「まー、美癒は合コンとかじゃ奥手だもんね」

「好みの男性がいないからですよ!合コンはその場のノリですし、私達はそーいう関係じゃないんで」

「ひゅーひゅー!おあつーい。できるだけ幸せにねー。若い恋も愛も枯れやすいわよ」

「茶化されるのは気分悪い……わけじゃないか。気が合うから枯れませんよ、きっと」


友達にも遅れて、彼氏と交際&同棲の報告。結婚式もできるのなら、呼んでしまおうか。その時には幸せに罵倒されても良いや。



ブロロロロロロ



美癒が通う大学を通り過ぎたのは偶然。

たまたま通り道だったに過ぎず、お互い意識はしていなかった。

一台のバイクは爆走して向かうは、とあるアパート。



ピンポーン


ガシャンッ   ガチャ


「入るぞー」

「お前!ドアに鍵してたはずだろ!?」

「うるせーな不法侵入するのはダチの証拠だろ」



日野っちの自室に入り込んだのは山口兵多であった。


「ったく、引越し代削りたいとかで俺を呼ぶなよな」

「実際は『VALENZ TAXI』のタクシーを借りてんだ!借りられる男の手が、兵多ぐらいしかいなかったんだよ!」

「あの使用人。N_MHはダメなのか?」

「馬鹿野郎!男には色々あるだろ!女にもあるだろ!同棲するからな。大切な物はバレないよう保管したい!」

「そこで俺かよ。やれやれ、困ったダチだ」



笑った溜め息をついて、1人の男の幸せに協力する。金なんてやってこないが、人のお宅を探るのは随分と楽しい。へそくりでもあればコッソリ没収しておこう。だが、



「お?このAV、俺に貸せよ」

「それはTSUTAYAに返すもんだよ!余裕で見つけるな!お前には夏目いんじゃん!」


ドンチャン騒ぎの男の引越しをする。

要る物の移動、要らない物の処分。引越しの準備は色々と忙しい。地味に厄介なのは要らない物の処分。粗大ゴミの処分は重い上に手続きも面倒である。シールを貼る、あれである。

アッシ社長に収納に便利そうな魔法のアイテムを借りており、


「これ買い取れないかな」

「本?」

「"ツリーBOOKS"って奴。本の中に本を入れられるんだよ。紙でもオッケーだからな」

「なるほど。俺の分も頼んでくれ!」



男心に思うことであるが、製作者は性別が男だとしても、製作者という生物だ。



『私、そーいう目的で作ったのではないんですが。売ったりはしませんよ』


使用目的が意図と反していたら、売ったり貸したりもしないだろう。アッシ社長、チョイ甘ではあるが……。


兵多の協力もあって、早期に引越しを完了させた日野っち。それから翌日にはアパートの解約手続きに、住民票の変更や運転免許の住所変更。TSUTAYAの配達箇所の変更。様々な方面への手続きに奔走する。

新居の自分の部屋に持ってきた棚、布団、TV。その他、色々を物を自分なりに綺麗にまとめる。



「ふぃー」



よく考えると、俺の1人暮らしの終わりなんだな。

もっと良い生活を祝して、


「祝杯!」



ゴキュゴキュゴキュ


コンビニで買ってきた缶ビールで、最後になるだろう1人暮らしにサヨナラをする。



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