子は親から離れたくない。親も子から離れたくない。
日曜日。それでも働いている者達がいる曜日だ。
休む者達のため、働く者がいるのも忘れてはいけない。大抵の企業は、人数を休日仕様で人数を控え目にしているだろう。あるいは、学生さん達が休みを返上して働いているか。
ブロロロロロ
一台のタクシーに4人が乗っている光景。それが業務であれば、まぁあり得る。行楽地とかの接客ならよくやる。
運転手は日野っちであり、助手席には美癒ぴー。後部座席にアッシ社長とトーコ様の2人。
「緊張してるのに運転させるとは……」
「それくらいしなさい。むしろ、そーした方が落ち着けるでしょうに。無理矢理」
「アッシ社長、キツイってば」
これから美癒ぴーの自宅である、マンションに行くのである。
一度、行った事ある一同だ。そして、思ったことは
「こうして一台に4人が乗ったのは初めてですか?」
「そだね~。美癒ぴーが免許の取得を頑張って取る以来かな~。あれはそれぞれ車だったけど~」
随分、遠いことだったように感じてしまう美癒ぴー。しかし、月日で辿ればあんまり経っていない。一年も経っていないこと。学生時代は随分濃いものだって、姉の美法が言っていたが、それはそうだって頷ける。
自分もそうだし、日野っちも、アッシ社長も、トーコ様だって、自分が歩んできた道というのを正しいか正しくないにも関わらず、基盤として生きている。
今日という日が、上手くいったら良いなぁ。そー思える一日。日野っちと一緒に……
「お客様だと思えば気楽じゃん」
「簡単に言ってくれるな。分かっているけどよ」
こーいう緊張が走る日に車は使うもんじゃない。普段と違って1回多く安全確認をしてしまい、動きが固くなってしまう。周りをイライラさせる運転をしてしまう。
挨拶からぶっ飛んでしまいそうだ。
キキーーッ
「着いた」
ホッとした溜め息がかなり大きい。
「美癒ぴーのご家族と会うのに事故を起こしたら大変ですしね」
「あー、まったくだ」
家族に走る激震。地震などの災害を除けば、交通事故といったものが身近だろう。
加害者、被害者共に。人生を狂わせるのが、交通事故というものだ。
「私共はひとまず、待機してますので」
「頑張ってね~」
「ありがとうございます」
「空気が乱れたら、和ませてくれ。魔法かなんかで」
「残念ながらありませんよ」
アッシ社長とトーコ様は車内で待機。まずは、日野っちと美癒ぴーの2人がマンション内に入っていく。こうして並んで歩くこと、いつにも増して、……服を始めとした身嗜みを整えたのだから、緊張がヤバイ。手を握っていた。
美癒ぴーは緊張のない顔というか、……親だからという意識もあるんだろう。表情は落ち着いている。けど、緊張してるのが手の震えで分かる。やっぱりだよな。それとも、移ってしまったか。
ガチャァッ
普段なら『ただいま』の一声であったが、
「お母さん、お父さん、お姉ちゃーん。日野っちを連れて来たよー」
「お、お邪魔します」
初めて、美癒ぴーの家に入る日野っち。娘さんが2人の女性家庭だけあってか、メチャクチャ白く輝く家。お客様来るからお掃除しました、なんて事はなかった。常にその意識が整った環境。
「いらっしゃい。そして、おかえり」
「日野っちー。久しぶりー。美法のこと憶えてる?」
出迎えるのは、美癒ぴーの母親と姉の美法の2人。日野っちが来る事もあって、お2人共。ちゃんとした服装。かしこまったものじゃないが、爽やかな女性という印象の軽くて明るい配色の服。
化粧もしていて、綺麗なお二人である。そんな明るさに雷を落とすかのように
「そうか、君だったか。日野っちというのは」
遅れて現れたのは、美癒ぴーの父親。日野っちと被せるように、サラリーマン御用達のスーツで出迎えた。一度会ったことのある日野っちは、少し引いた。そして、美癒ぴーの手も離した。自然だったので抵抗はなかったが、
「じゃ、中に入ろうか」
「あ、ああ」
美癒ぴーの言葉で気持ちを落ち着かせる。靴をだらしなく脱がない。1人暮らしだと、靴を戻さない癖が染み付いてしまっている。今日だけはやれって言い聞かせて動いた。
奥に入ってリビングへ。4人家族のため、4人用のテーブルに4つの椅子。
「父さんはカーペットで胡坐ね」
「えっ!?」
「当然でしょ。日野っちくんを床に座らせるつもり?お茶をご用意するわね」
いきなり、この家族の仕打ちが分かった気がした日野っち。父親は怖い人だと思ったが、母親の方がたぶん怖いわ。
美癒ぴーの母親がお茶なり菓子のご用意し、最初に話しをしたのは姉の美法だった。
「2人、付き合うって聞いたけど。家は日野っちの家にするの?」
場を作る人。日野っちとは二回目の出会いであるから、こーいうノリがいけるのだろう。すっごく軽い。
「俺のアパートは1人暮らし用だし、狭いし」
「お掃除しなきゃダメだもんね。新しい家を捜すの!」
「そう!パーッと、始めから生活を楽しみたい!美癒ぴーが一緒だし」
「あー!分かる!私も2回、住居代えてるから気持ち分かる!新しい町で色々店を周るの楽しいし!家は行く行くは一軒家?」
「そーっすね!お互い、上手く続いていけば」
話が最初から上がってくる。そこに出されたお茶とお菓子と共に、ノリノリで続ける。
「美癒!あなたはここにずーっと居たから分からないけど、新居はとっても面白いわよ!まっさらなノートを買った気分の×10000!」
「その例え分かる!何を書こうか、物凄く楽しみになるよね!」
「人生設計図は、描いている時が超楽しい!」
こーいう時の姉、兄は超強い。可哀想な話であるが、まったく知らない状態で兄なり姉は弟や妹より世間を知らなければならない。それが良い事にも繫がる時もある。
ある一例では、兄や姉という反面教師を知って育つもの。ある一例では、アホな弟や妹を停める兄や姉。逆もあるかもしれない。
子供は2人以上、養える家庭であればいいんじゃないか?
ドンッ
「床ドンは下の人に迷惑でしょ」
「いや、そうだけど!テーブルにドンしたいんだけど、母さん!壁ドンだって良くないよ!」
盛り上がる会話の中、沈黙して、日野っちという男を観察していた父親。ついに拳と共に言葉を発した。
「美癒と同棲するというか」
「は、はい」
「君達は若い。若い者達が急ぎに、"過ち"を冒すのなら承知せんが……」
「実際どうなのよ、美癒。ヤッた?デキた?」
父親が言葉を続けているところ、美法。踏み込んだ発言。会社で一緒というわけだが
「ソ、ソレハデスネ……」
「マダデスガ……」
緊張という赤面した表情で向かい合って、応える2人。カタコトである。
「こらーー!美法!早すぎるだろ、その質問!」
「いいじゃない。結果、ヤッてたら大変じゃん」
「いかんぞ!そんな身勝手な!」
「めでたいんじゃない?」
「ま、ま、ま、まだパパでいるつもりだったがな!ホント急にお爺ちゃんですよーって、娘から言われたらひっくり返るものだ!」
日野っちと美癒ぴーが緊張と喜びを持てば、その父親と母親だって、当然のように緊張と喜びを持つ。一段と綺麗にした母親と、自分がとるべき行動と送る言葉を考えてはいた父親。
まぁ、チャラついた男だったら、ビシッと言ってやるつもりであったが。少しは安心した。
「言う事がある!男としてだが、日野っちくん!!」
「は、はい!」
「社内恋愛が許される会社だったんだろうな!勤め先によっては、お客様との個人的な連絡などは違法、処罰の対象とされているんだからな!!無論、仕事仲間との交際もだ!」
個人情報がどうこう言うこの時代。
お客様への情報を守ることは社会人の務めでもあります。情報の重要性はそれぞれ異なります。美癒の父親が言うように、お客様の情報を悪用するのは社会的な犯罪なので気をつけましょう。
そーいった禁則事項を破ったリアルの恋愛を自分は知っているので、なんとも言えないですが。最終的に双方が納得したら、社会的な罪というのはないのでは?と思います。
「間違いだってあろう。タクシーで言うなら、道をちょっと間違えたとかね。近道を知らないとか(まぁ、地域に詳しくない運転手さんだと、なるよね)」
誰にだってミスはあります。
仕事というのは、そのミスをいかに少なくしていくか。また、ミスをした際のリカバリーを安定して行なえるかどうか。
勝ちや成功という仕事ではない仕事がまだまだ多い。
それを寛容となるも、ならないのもお客様次第なのが、少々辛いところ。
「ともかく、二人の恋愛は間違ってないんだろうな!父さんは信じて二人を応援していいんだよな!」
紆余曲折経て、ともかく伝えたい。二人は将来、死ぬまで付き合っていけるかどうか。初めて出会った、新たな家族にそこまで分かるわけがないが、父親が先にお爺ちゃんになるのだ。
「言っておくが、美癒を悲しませることしたら承知しないぞ!美癒は美法よりも健気で真面目で、よく出来た娘なんだ!」
「私がいる前で言うのね……」
父親からの確認。すぐに美法が微妙な表情をして呟いたが、
「当然です!俺は美癒を、幸せにします!」
宣言だけではなんともならねぇ世の中さ。それでも、まずは。なんともならねぇ世の中を生き抜く、気持ちがないと護れる者を持つ資格はないだろう。
根性主義は古臭いというか、暑苦しいとか。毛嫌いするかもしれないけど、心や気持ちってのは技量を左右する重要なもの。それが左右されるというのが、人だ。
「……そうか」
父親は立ち上がり、美癒の後ろを通ってから、日野っちの耳元で囁く。
『自分の服くらい洗濯、乾燥、畳む、収納ぐらいできないとダメだぞ』
『は、はぁ。どうして?』
『美癒も美法も、……母さんもだが、男の衣類と女の衣類を一緒に洗濯したがらないからだ。俺のパンツと家族のパンツは同時に洗われる事はない』
ウイウイしいかもしれんが、そうかと思う。生活ってそんなところから始まるか
「ま、慣れたらなんでもないがな。可愛い間は」
「……想像力掻きたてますね」
どんな内緒話なのか、娘の2人には分からなかった。しかし、地獄耳なのか。勘が良いのか。付き合いが一番長いからか、母親は見抜く。
「私って可愛くないかしら?お父さん……」
「あ。ち、違うよ!母さんは綺麗だよ!いや、美癒にばっかり負担をかけるようなら、承知しないと日野っちくんに言っただけさ!」
「は、はい!そうです!」
「ふーん……」
「?何を言ったの、お父さん……。日野っち、後で教えてよ」
ちょっと、美癒ぴー。今更ながら母親と父親が羨ましくなった。さすが、家族。そして、夫婦。こーいう風に分かり合える関係だといい。浮気対策にもなる。
厳格そうな父親に思えたが、日野っちについては、娘が度々家で語っていた人物の1人だ。認めてはいたんだろう。しかし、思わぬ伏兵というか、隠しボス的に立ち塞がったのは母親だった。
「私からはそうですわね。いずれ、日野っちくんのご家族とご対面したいですわ」
「!!」
「!」
「そちらがどのように美癒を思っているか、知らなければ進めない事もあります」
何気なく言っている事だろう。
「こちらもご挨拶をしたいでしょう、お父さん」
「おお、そうだな。日野っちくんのご家族は美癒の事をどう思っているか。失礼がなければ良かったが」
アカンッ。
来てしまったか。できる事なら……
「そ、そうですか」
それを回避して付き合ってしまおうだなんて、上手い事は思わなかった。自分にそれはできないから、
「ちょっと待ってもらっていいですか?美癒ぴー、席外して、呼んできてくれないか?」
「うん。ごめんね、お父さん。お母さん」
事情は色々とある。美癒ぴーに席を外してもらい、アッシ社長とトーコ様を呼んで来てもらう。こーいう時、家族が実質いない自分が辛い。
だから、家族のある家庭を夢描き、そーいう生活を夢にした。希望にした。
真剣な顔をして、マジな空気を作って、美癒ぴーがいない時。
「俺の家族の事なのですが。いや、まず俺について話さなければなりませんね。こんな短い時間、こんな場所で全部は言えませんが」
色々、人にはある事だって、この場にいる人は分かってくれるだろう。誰も誰かを経験しないから、その人を知れない。しかし、分かり合えるのも人。
日野っちは両の手、その指を全部、椅子の下で揃えていた。
「俺は、……俺は」
昔、振り返ると喉を切りたくなったりする。でも、それを振り払うなり、乗り越えるなり、人生には付き物だろう。
「バスケをやっている家族で、……バスケ一筋に打ち込んでいましたが、」
なんつーか、入社試験の面接だよな。この場合、その面接内容なんざどうでも良くしてくれないわけだから、嘘も、誤魔化しも、何もかも悪くなる。
自然に応えた方がいい。面接マニュアルを読んでも、この、美癒ぴーの家族のマニュアルじゃない。
「やっぱり、この背でして。大きい兄は一流バスケットマンですが。俺は、高校から色んなバイトして、学費稼いで、タクシー運転手になって、美癒と出会いました。それから一緒に働いて」
おいおい、俺のストーリーを話してどうする。
いや、いいのか?いいのか?緊張していて、どもった声かもしれねぇ。どんな顔して、どんな面で、俺は美癒の家族に顔を向けているんだ?
「あ、……俺の家族の事ですよね。それは、今も永続的に喧嘩別れしたままで、俺のことを知る人はそんなにいないですね。美癒ぴーは知ってくれてますが」
色々な複雑で辛い事も、胸中感じたから。ちゃんとは伝えられなかっただろう。
その人がどんな人かを、自分が語っても意味はあまりない。
「そう。家族は色々あるものね。ウチって平和な方よね」
「母さんが支えて、俺が金を稼いでいるからね(平和だけど、ちょっと違う気がする)」
怒られるような人が、そういう風に言っていた気がした。別にそーいうつもりはなかった。知らなかったから、仕方ないでしょって少しの反省を。でも、
「私は、1人の母としてですが。あなたを知っている人を紹介して欲しい」
家族の誰かがいない。子供の時、誰かの子の親がそうなった事もある。珍しく不幸な事もあるけれど、生きている今に不幸だと喚く、情けない人には思えない。良き人であることは、母親にも伝わっている。多少の不運はあれど、娘と共に前を向いて行く人であって欲しい。
「美癒には知らない事、教えていない事。秘密にしていてはダメでしょ?」
「それは、もちろん」
「そう。そうして欲しいの」
「……………」
さすがにお母さん。私や美癒に1人暮らしを勧めるけれど、一生を共にするパートナーはホントにしっかりと見るね。日野っちくん、ピンチね。
今のお母さん、同棲を許さない。秘密にやってもいいけれど、結婚となれば反対。
男によっては借金してる男とか、二股している奴とか、仕事ねぇのを黙っている奴がいるしね(美法などの実体験……)。
「……………」
母さん、ノリノリに見えたけれど、違うのか。美癒が好きというのだから、外野がどうこう言う事ではないと、大人の言葉を彼と対面するまでは言っていたのに。こーいう母さんだから、ウチは良い娘達になったんだろう。
まったくそうだ。そうだった。もし、この日野っちという男がロクでもない奴だということもある、美癒のなんらかしらの弱みを握っていたり……。それはそれで、教えて欲しいものだ。
最後の最後、もう一押しってところで、やってきたのは
「日野っちは高校時代から1人暮らしで、学費と生活費を稼いでいたんですよ」
「ごめんね、お母さん。あと2人分の飲み物とお菓子を」
「ここが美癒ぴーの実家か~」
アッシ社長とトーコ様であった。一瞬、この2人が日野っちの両親に思えたが、……いや、全然違うな。思い出した、美癒と日野っちの2人が勤めるタクシー会社の人。
「偶然、私のタクシーに乗車した事を機に、タクシー運転手に。そーいう偶然で美癒ぴーと出会ったわけです。彼等の社長と、その先輩の話で収められないでしょうか?せっかくの、カップル誕生を水に差すのは気分が良くありません」
「社長さん。それと、トーコ様でしたか……」
「は、は~い!」
今度、出会った時。いつになく、トーコ様が緊張していた。一方で、周囲はトーコ様の背の大きさに驚いていた。
「座ってどうぞ」
「宜しいですね、日野っち。トーコ様も隣でどうぞ」
「はい!」
裏返った声。
紹介や仲介を成す人間も、この世にはいる。そーいう仕事だってある。そーいう人にならなきゃいけない事もある。
さっそく、
「社長の目から見て、お2人はどうでした?」
「凄く良好な関係でしたよ。出会いがどうにもロマンチック過ぎましたが……お互い、一緒に仕事をしている事もありました。日野っちは美癒ぴーの先輩として、凄くよくしていたと思います。もちろん、美癒ぴーも真面目で、こちらまで幾度も助けてもらいました」
終始、アッシ社長のペースで美癒の母親と話す。トーコ様は相槌なり、賛成したりの言葉ばかり。母さんが色々聞いていて、美法がとっても仕方なく動いた。
「しょうがない。私がお茶を出すわ」
「え?」
「美癒は座ってなさい。お姉ちゃんが給仕に回って構わないでしょう?」
「日野っちくん、君から美癒のことを聞きたいんだが……」
「はい!」
一方で日野っちと美癒の父親
『娘の良いところはなんだい?エロいところでいい。顔?胸?もしかして、尻?』
『な、何を聞いているんです』
『真面目な男の話だよ。社長や先輩自ら、2人を推薦するのだから、特に不安に思うところはないさ。美癒が言っていた通りの、良い人なのも伝わるよ』
『……ありがとうございます。照れます』
『で、どこ?』
日野っちは今の美癒ぴーを見てから、小声で
『その全て』
『良く言った!』
ガッチリと握手した。全部、同意。
「獣の視線を感じたけど、日野っち、お父さん」
「なー。いいんだよ!母さんに似ている美癒だ。彼も俺と同じことを、今思っていたと。日野っちとは仲良くできるだろう」
「……むー、マジで何を言ったの」
「それはまた言うさ。近くてすぐに」
ともあれ、アッシ社長とトーコ様の仲介によって、日野っちと美癒ぴーの交際と同棲は、無事に許可されたのであった。家族が心配する、見えないところはやや見える形で収まった。




