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VALENZ TAXI  作者: 孤独
転職編
95/100

気持ちよく退職や転職をさせてあげることを、共に働いた者達ができるように


会う日取りは日曜日である。その前日、美癒ぴーの言葉をきっかけに勤務中でありながら、日野っちと一緒にお出かけである。

内緒ってわけではないし、時間もない。アッシ社長には色々なわがままをお願いして叶ったこと。


タクシーを"変型交代"で一般車両に見せて、とあるお店に駐車。その隣も同じだ。


いつもならスーツ姿で業務をしている2人であるが、今日は私服姿であった。

握られたお財布。その手の持ち主は美癒ぴーのであった。


「いいのかよ?」

「服の一着、二着。私に選ばせてもらってよ!明日、大事なことなんだから」

「それはそうだけど」

「そんなに奢らなくていいから」


明日、美癒ぴーの家族と会う約束となっているわけだが、美癒ぴーから直々。


『日野っちには、人に会うための服がないよ!』


意欲を感じられない、辛辣な一言からの、


『だから、買い物というデートをしよ!』


右ストレート一閃。見事なワンツーによる、デートの約束。今度は美癒ぴーからのお誘い。

2人共揃って働く日だというのに、こんなことをしちゃう。

ちょっと、周りに悪戯が飛び火する程度にロマンもある。


抜け駆けって奴をちょっと味わう。


ちょっとオシャレな洋服店に入って、良い感じのスーツを新調しよう。


「美癒ぴーって服、買うタイプ?」

「服は女性の体だよ。当然、清潔な物に……そうだね」


裁縫だってやっちゃう美癒ぴーだ。服は買うこともするが、


「自作派!マフラーと手袋は手編み!」

「だろうと思った」

「お姉ちゃんと比べたら収集癖はないかな。タンスやクローゼットの中、お姉ちゃんの御下がりだし」

「美癒ぴーってホントに行動力が優れるな」

「行動は善だよ!」


ウキウキの笑顔。それは自分よりも感じてしまう日野っち。幸せだなーって渦中を実感する。

こんな日が自分に訪れるとは、……ホントに訪れてくるべきだって、嬉しく思う。


「御下がりって、それで良かったのか?」

「お安くしてくれるし、お姉ちゃんの選びは良いよ。変に色や形でてらったオシャレより、在り来たりなところに咲く花や光が綺麗でしょ」

「親しみやすさ」

「私はそう思うよ」


日野っちのスーツを買いに来たわけだが、どーいうわけか足取りは女性用の洋服コーナー。時間は一杯あるとはしゃいで、美癒ぴーは着せ替えタイムだった。


「じゃーん!どー?」


色々な服を手にとって、着替えて日野っちに見せて、その反応を楽しんでいた。


「何を着ても似合うな、美癒ぴー」

「えへへへ」

「それは気に入ったから、俺が買おう」

「え!」

「スーツ姿ばっか目に慣れてるからさ。そーいう美癒ぴーも好きだから」

「……恥ずかしいなー」



完全に周りにカップルと思われていると、嫉妬の視線がいくつかあった。感じている2人でもある。リア厨爆発しろと、マジで言われている気がする。

さっき、奇抜なオシャレで目立つのは好まないと言っていた理由が、今分かった気がする。こーいう在り来たりなとこが嫉妬心と、同情や祝福を呼び込みそうだ。


「なかなかいい関係ですよ」

「そうだね。あ、これ、可愛いー」


2人のデート。及び、勤務中の違反行動を監視していた2人がいた。

変装は完璧だと思われているだろう。他所から見れば普通の、可愛い一般人だ。2人が特別なんて気付かれやしない。


「マジメはアッシ社長ともあーいうデートがしたいです」

「結構上手くいっていて良いですね」

「羨ましいとかないの、NM_H」

「私にはまだないですね、マジメちゃん。そーいう人と出会ってませんし」


マジメちゃんとNM_Hであった。

2人は『VALENZ TAXI』に勤務している身であるが、こっそりと抜け出す。人の監視が届いていないところは、美癒ぴー達と同じ。

正しく会社に勤めてらっしゃる、社蓄の皆様はこのような抜け駆けは決して、やらないようにしましょう。一発で始末書、場合によっては首がトビます。え?ブラック企業なら辞めたい?裏を返したらそれですね!!


「は~、抜け駆けして様子見に来たけど、なんか辛いなぁ」

「そうですね」

「別に日野っちは好みじゃないけど。人間関係がちょっと先に行くと、羨ましいの」

「マジメちゃんにもあるんですね。じゃあ、私にもそーいうのがあるのかな?」

「きっとあるよ!うん!」


ただ生きていれば、そーいうことはないけれどさ。


「まったく、ムカつくよな。リア厨の風景」

「ムカ……って言い方じゃないですよ!このマジメは!」

「え?」


声を掛けられて、振り向こうとした。その一手は遅かった。背後から大胆に2人のお尻を触るスケベ馬鹿。


「ひゃっ!」

「やっ!」

「覗きをする者。背後を甘くする。二重尾行しやすかったぞ」

「や、山口兵多……さん」

「破廉恥ですね」


別に頼まれたわけじゃねぇけど。人の幸せをこんな風に水を差しちゃいけぇねぇだろ。ここは男という立場から、ちょっとした手助けをしてやる。


「報酬はお2人のお尻で満足してやる。俺って優しいなー、おい」

「な!?まさか、日野っちに頼まれて!」

「なんでも良いだろ。とにかく、マジメちゃんとやら」

「は、はい!」

「お前、結構出し抜かれたぞ」

「へ?」

「いずれ分かるけどな」


その言葉は結構真実であって、かなり深いショックを受ける、後のマジメちゃんである。


「ところで兵多さんがどうしてここに?私達の尾行?趣味なんですか?」

「うーん、まぁ色々とな。久しぶりの休日だし、家でポケモンとも思ったが……今日の夜は夏目に優しくしてもらおうと、体力と性欲を蓄えなきゃな」

「……なんか怖い」

「そー言うな。お前等、飯でもどうだ。帰ってもしょうがないだろ?」

「怪しい匂いがするんですけど……」


かなり山口兵多のことを警戒する2人であった。しかし、それに気持ちを悪くすることなく、誘っていく兵多。


「おいおい。俺をあの野郎以上の下種と見てるのか?これでも夏目一筋だ。だけど、気分転換に他所の女も味わう程度のことはする。金の心配はいらねぇよ」

「なんか犯罪者の台詞ですよ!」

「……マジメちゃんとやらは、絶対モテないな。機会を自分の秩序やルールなんかで潰してしまう」

「!わ、分かりましたよ!ただ、変なことしたら!ぶっ飛ばしますから!私、あなたぐらい倒しますから!」

「決まりだな」

「………」


マジメちゃんって凄く単純。挑発に乗りやすいタイプ。

そーいう意味で危ないから付いていった方が良いかな。日野っちや、美癒ぴーの邪魔をしちゃ、悪いかも。


「良いですね。兵多さんが奢ってくれるなら、服とか本とか欲しいですよ」

「ちょ、俺は昼飯だけだぞ」

「え~?お昼まで時間あるのに、女性2人を前にただブラブラしろって~?」

「演技が上手いな!ダダっになるとは!」


隠してたこと言えないな。

けど、私にだって日野っちみたいな人と出会えますよね。美癒ぴー。あなたの夢の先にも、あなたの気持ちに合った、そんな人が。私にだって……。


ふふ、比べるなんて。明日にはそれだけを忘れたいよ。



◇       ◇



「ふみゅ~~」



その頃。『VALENZ TAXI』では、兵多が言っていた通り。珍しい事が起こっていた。

普段なら寝巻き姿やスーツ姿で一日中過ごしている、あのトーコ様がオシャレに目覚めたのか、服装選びを始めていたのであった。

せめて、NM_Hがいれば相談していたのだが……なぜか不在。妹のマジメちゃんに相談するには億劫でもあった。

自分の体が女性からしたら、とても大柄であるため(男性基準でも大きいけど)。服に限りがある。


「うみゅ~~」


綺麗な服なり、可愛い服なりを着たいのだが、自分の体に合う服がそもそも少なすぎる。アッシ社長と比べれば、かなり交友関係も少ない。魔法の会社であるここが自宅であるため、近所への買い物ぐらい。


まさか、自分の人生でちゃんとした服で、どこかに行く事になるとは……



「お困りですね、トーコ様」

「はぅ!アッシ社長~!」

「トーコ様はあまり自分磨きをしてませんでしたからね」

「うぅ~」


指摘されてグサッ。そー思う心を思えたのは、成長というか変化というか。

恥ずかしがりながら、服を握るトーコ様。


「私はマジメみたいなスレンダーじゃないので~」

「それ本人聞いたら大激怒ですが」

「サイズの合うお洋服なんて、そう見かけませんし~」


190cmは超えてますからね。トーコ様、姿勢が悪いからちょっと小さめに見えますが。


「……………」


生まれつきのどーしようもなさもあろう。それはアッシ社長もしかりである。


「買い物に行きましょう」

「は、はい!お昼ですね~」

「何を言ってるんです?トーコ様に合う服を買いに行くんですよ。ついでに、どこかで食べましょう」

「え!?宜しいんですか~!?」

「でなければ、日野っちと美癒ぴーに申し訳ないでしょう。それにトーコ様も少しはオシャレをしてください。送迎などの依頼はないですし」


そんなわけでアッシ社長とトーコ様もお出かけ。

この日、誰も働いていないという珍事が発生。


美癒ぴーも日野っちも私服だし、マジメちゃんやNM_Hも私服なのだが。アッシ社長とトーコ様は、タクシー業務の時と変わらずにスーツである。この2人にとってはスーツが私服かもしれない。

アッシ社長が運転し、トーコ様が助手席に


「トーコ様。内々の話ですが」

「はい?」

「美癒ぴーはまだ知らないみたいなのですが、日野っちがここを辞めるんです」

「へ!?」

「本人から辞職願いを受け取ってます」


会社内で最初に伝えたのはトーコ様にだった。

やはりというか、一番長い付き合いがあるから。相談相手というよりは聞き手という感じ方。鈍感と天然が合わさるトーコ様は、無論動揺していた。


「え~~、だって!ガンモ助さんが抜けてから、そんなに日が経ってないですよ~!」

「大分前からなんですよね。実は言うと、ガンモ助さんよりも前なんです」

「う~」

「元々彼は、流れ者。致し方ないこと、こうして彼に協力するのも最後ですよ」


去る者には、快く去って欲しいのが、経営者やそのポストにいる人間の仕事だろう。嫌になって辞めてもらうのはお互いの心が痛い。

一代決心して転職するのだ。そりゃ中には裏切り者だと罵る人もいるだろうが、そーいう環境となっている職場にも問題がある。とはいえ、日野っちの場合は夢とか、そーいうものですかね。労働環境を変えたいのは分かります。


「じゃあじゃあ、美癒ぴーはどうなんです~。この間、デートって言ってましたよ~」

「さー。本人の口から、大学を卒業しても勤めたいと言っておりましたが……日野っちがいなくなったら、辞めますかね?」

「それは困りますよ~!私、美癒ぴーのこと、好きなんですよ~!アッシ社長~!」

「分かりました。分かりました」


トーコ様に相談して良かったです。私も同じ気持ちなんですよ。

日野っちはともかくですが。

その辺の事、さすがに日野っちがしてくれますよね?というか、話をこじらせて欲しくないですよ。


「ですから、私達は日野っちのためにやりましょう」

「!そ、それが最良なんです~?」

「ええ、そうですよ。日野っちの転職は、ただただ平穏のため。ある意味、美癒ぴーのために思ってのことですよ」


そーでなければ、悲しいことです。

転職したその先までは知りませんが、私としては気持ちよく。タクシーを利用する人のように、見送ってあげたいものです。



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