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VALENZ TAXI  作者: 孤独
転職編
94/100

娘馬鹿の父親に挨拶をしよう


まだ言っていないことが色々とある。日野っちは黙っている。しかし、それは聞かれてないからという他ならないこと。

連れ回される感じに、逃げ切った感じになって、歩き出して、ゆっくりと手を離した。


「はぁ……はぁ……」

「ふぅ……ふぅ……」


今のが、たぶん、日野っちの家族と最後の挨拶。名前だけ言って、逃亡。向こうの混乱が極まりない……。でも、会って分かったが、父親から嫌われているようだった。お兄さんは意外と変な人だった。


「急に引っ張って、いや。色々、今日に詰め込み過ぎて悪かった」

「え。ううん!いいよ!うん!形にはなってないけど、分かったから」


しかし、そんなことよりその先のことが不安よりも楽しみばかり。

見えない、やったことない、初めてのが嬉しく思えるのが、生活の一つかもしれない。


日野っちの家族に一緒に住みますって……マジで言ったしね。しないとね!これでもう……


「…………」

「俺の方はこれくらいで良いと思う。別に仲良くねぇから、好き勝手やっても問題ねぇさ」

「……あ、あの……」

「そ、そーだな。今度は、美癒ぴーのこと、……ご両親に報せないとな」


私の方が、ヤバそうな感じがする!!

家族はなんて言うかな!?



◇      ◇



「美癒ぴーと同棲ですか」

「お前がそこまでやるとはな」

「俺だって頑張ったんだよ!」


日野っちのご家族と対面した翌日のこと


「勝手にすればいいんじゃないか?」

「私も同じ意見ですね」

「まぁ、そうだよな。それで良いと思うもんな」

「俺と夏目は、同棲して、結婚してから家族に報せたぞ」

「それはお前だけだ。兵多」


日野っちは、『VALENZ TAXI』にて、報告をしていた。そのついでに、ご家族との対面についてのアドバイスなり、相談なりを男性達にしていた。


「ガンモ助さんがいないのが辛いですね。経験者でしょうし」

「………まぁ、そうだが。その代わりといってなんだが、兵多に来てもらったんだが」

「立派なリア厨の相談なんか、腹が立つだけだ。お前よく、美癒ぴーとやらと同棲にこぎつけたな。すげー勝ち組だよ」


アッシ社長と山口兵多。

日野っちが相談できる人として、その2人を挙げた。さすがに畦総一郎には相談しない。

美癒ぴーは家事ができ、性格もいい、容姿もいいとくればサイコーだ。


「ま、夏目の胸の方がデカイけどな」

「自分の嫁の悲しい自慢ですかね?私は2人いるので、自慢も生まれませんが」

「アッシ社長もそーいうこと言うんだな」

「男のノリですよ。私だってね」


男のノリとは、とにかく楽しむことであり、冗談って書いて本音だったりもする。

とにもかくにも、男というのはそーいった相談なり、挨拶というのはガサツな面が多いだろう?人にもよるかもしれないか。

とはいえ、日野っちの家庭は破門という形であり、バラバラでもあった。なので挨拶が粗雑であった方が良いのは懸命であろう。しかし、美癒ぴーは違う。ちゃんとした家庭で育っている。その家庭に合わせた挨拶や報告をしなければいけないだろう。

仲を悪くしたままの、家庭なんてコリゴリ。それは日野っちがよく分かっている事だろう。それに、美癒ぴーが自分についてどのようにご家族に伝えているのだろうか。


気になる……。



「何度か会ってますけど、日野っちにとっては、美癒ぴーの父親は厄介な感じですね」

「やっぱりか」

「あれはお子さん大事にしてるタイプです。結婚式で絶対に泣く父親」

「ふーん、そーいうのいるんだな。俺の親父は……俺にもっと働いて、死ねと言い。夏目には、子供を産むことによる生産性と教育による質の向上を説く、社会に生きる人間だった」

「男女差別してるのか、平等なのかわかんねぇな。女を生産機扱いか?」

「…………母親も変わりものでしたしね。あなたの父親も父親ですが」



人に色々あれば家族にも色々ある。この3人の中で、真っ当なのが山口兵多という有様。

いや、そもそも。真っ当なんて言葉はないだろう。一番、愛情というのを持っていたガンモ助さんですら、少々歪んでいた。


「既成事実を作ったらどうだ?後戻りできないようによ」

「それは一時だけだろ!一時だけだぞ!!」

「まぁまぁ。そーいうのは健全とは言えませんよ」



日野っちの、理想的な家庭も含めれば、そーいうのはご遠慮と。何べんも聞いている。


「で?私達になにができるのでしょうかね」

「だな」

「…………」


兵多にはあんまり期待はしてないが


「俺は家族と勘当状態だ。そーいう意味では、俺は流れ者イメージが拭えない」

「でしょうね」

「それで……アッシ社長にだが……」

「はい?」



◇       ◇



「私、日野っちと同棲するの」

「……へー、ようやく」


その頃、美癒ぴーは美癒ぴーで。勤務時間中ながら、とある家を訪れていた。というか


「先に姉に報告する?そーいうの」

「お姉ちゃんが一番緩いじゃん。どー思うってこと」


スーツ姿の美癒ぴー。反して、家で過ごすために楽なジャージ姿でいる美法。美癒ぴーが言う緩さというのを、しっかりと現してくれている。しかし、


「そーね。私からすると、1人暮らししている人間に、同棲するけどなんて話されると、姉妹でも亀裂が生まれそう」

「ええ!?」

「妹より長く生きてるのが、姉よ。双子じゃない限り」



なんかそれ、日野っちのお兄さんと同じような反応。



結婚や彼氏、彼女の誕生を家族間で話すと大半はおめでとうと喜びの声があがる一方で、兄弟間にはビミョーな空気が流れる。特に年下の、弟や妹が結婚などと聞いた独身の兄や姉というのは、イヤな気分になる。世間体がなんだかんだでだ。


温かい飲み物を出して、卓で向かい合って続ける姉妹。


「経験がないわけじゃないよ。挨拶だってしたし」

「破局したっけ?」

「抉るわね。でも、人というのは本質を知れるのには長い時間というのが必要なの」


甘い言葉を使って一緒に生活しよって、なったはいいけど、お互いに利用し合って育む家庭もある。実は妙な趣味趣向があったり、仕事で嘘をついていたり……。


「お互い、疑うことって多いものよ」

「…………」

「まー、私の場合。合コンとか、向こうから言い寄られたり。私も、美癒みたいに純真な時があったわー」


人間関係の多くを経験すると、人は汚れていく。人間は隠しても、悪意を拭えない。


「今でもお姉ちゃんは良い人だと思うけど」

「本人が分かるの。表面は変わってきている。でもね、そーいう揺れってか、刺激ってのが必要なわけでさ」


妹の幸せにビクつく時はくるものだ。

それが今だって分かっていて、その反動分だけ妹が幸せってのなら、喜んであげるのが精一杯の姉の行動だろう。それは逆だった時もそう


「ところで、あの子のどこらへんが好きなわけ?」

「その手の質問する人って、共感する気がないよね」

「そー言わないの」


日野っちの兄と違い、美法は日野っちの第一印象は好みではなかった。出会いがナンパであるから、チャラ男的なインパクト。その場のノリで、そう、スーパーで売っている新製品を買ってくる程度の男であった。


「やっぱり助けられた出会いだったし。日野っちって優しいし、協力してくれることも多いし。色々、2人で死線も潜ったし!」

「美癒。あなた、タクシー会社に勤めて大分変わったわね……」

「うん!色々とね(泣)!!」


学生という中にも嵐は来る。その嵐はもっと強く、社会にもやってくる。

人に嵐は当たり前……


「肝の据わった人だし。2人ならどーいう苦境も乗り越えられそう、そう思える人。っていうか、好きな人を好きでいいの!」


まー。儲けが良い人とか、なんかの御曹司だとかより、よっぽど気楽かもね。

利害の一致なんて言葉の汚いことだけど、分かり合える仲であるのなら良いわ。


「挨拶があるのなら私も行こうかな。最近、帰ったばっかだけど」

「うん!ちゃんと話さないとね!」

「母さんは嬉しいニュースと言うけど、お父さんはなんて言うかね。必死に汗流して、私達を養って、こう離れると決まったら……私の1人暮らしよりヤバそう」

「お姉ちゃんが彼氏連れて来たとき、超泣いてたの思い出してさ」

「うーん……」


強敵は大体お父さんである。

もう一度言う、家族の強敵はなんだかんだでお父さんである。あの薄汚れた服を同じ洗濯機に入れるという、酷い諸行。料理中に野球中継ORサッカー中継を、ラジオ扱いにし、ソファーに座って新聞を読んでるお父さん。

バラエティかドラマみたいと思ってチャンネル変えたら『えー!?観てたのにー!?』は、大体お決まりであり、自室にテレビを用意させて納得させる始末。

ちなみに、画面が小さいからブー垂れる。ちゃんと観ないのにデカイ画面が良いとか言ってくる。


最近、麻雀や将棋を覚えたというが、あくまでそれはパソコンなりスマホなりのゲームオンリー。テレビ流しながらしてるな。あと、リモコンの位置や食器棚に皿を戻す等々、細かいところに気が向かず、粗雑に置いているお父さん。

ハッキリと、生活態度からちゃんとしてください。

疑っちゃいます。駅や車内で必死に、化粧をしている女性みたいに、淡々した顔で歪んでしまう通勤スーツが崩れているのが。


「お姉ちゃん、細かいよね」

「勤め先でも言われるわ。でも、繊細な技術とは繊細な生活から養われるの。繊細な職人技術から生まれた物って、愛でるの」

「でも、分かるなぁ」

「同棲って事はアパートを借りるわけでしょ?美癒が引っ張ってやりなさいよ!ルール作りってホントに重要だから」


身近な先輩の言葉はとても重い……。ともあれ


「そこは大丈夫だと思う!私に合わせてくれると思うし、お金も良いって」

「あんた、学生だもんね。学生なのに働いているよねー」

「あのタクシーに乗ったからね。でも、大学って自由なところで、自分のしたいことをしているんじゃない?」

「人生そうよ。人生そうじゃなきゃ」


そーいう自由まで、ほんの少し……


「じゃあ、今度の休み。日野っちを家に連れて来るから!フォローを、お願いします!」

「分かったわ。その代わり、日野っちくんをちゃんと紹介する家族なり、友達なりを用意するのよ。そんなに社会人は暇じゃないから」

「!………」


美癒ぴー、その難関に


「も、も、もちろんですよ!」


ちょっと自信なさげ。さすがにご家族の対面なくして、深い話はし辛いかもしれない。

しかし、一つ。日野っちと自分の事をよく知っている人がいる。そこにお願いをする。



◇       ◇



ウィィィーーーンッ



「邪魔」


家で寛ぐ日の中にいる天敵。それは、図らずも愛した妻であることだ。

掃除機の音の五月蝿さ以上に、妻を大人しくさせる機械を開発して欲しいと研究者にお願いしたい。


「君からもらったコーヒータイムを邪魔するのは、頂けないな」

「あなたのお部屋は汚いですからね」


かなり整頓しているんだが。君と初めて出会い、必死に身なりを整え、部屋を片付けて招待したにも関わらず、清掃ばっかで終わったあの一日を思い出してしまう。

潔癖にならなければと、思い知らされる。しかし、綺麗であることは心が清らかであることだ。


「もー、棚の裏側は埃だらけ」

「一つしかないじゃないかー!」


マンションの一室だけれど、白く眩しい家だ。妻と、妻の性格に似た2人の娘があって、この生活はできている。

景色が良いと心は清らかだ。背景が良いから、いる人々も美しい。


「ところでどうして、俺の部屋まで掃除を?いつも、共通のリビングや娘や自分の部屋とかだろ?」

「!」

「母さんが掃除をするのは何かの前触れか、隠し事かな?」

「お付き合い、長いですものね。それくらい見抜きますか」

「まーね。母さんの知り合いかい?俺は席を外した方が良いか?」

「いないと困りますわ。恥ずかしい父親と思われるでしょう」

「ふーん」


いても立ってもいられない。行動理念を持ち合わせる彼女が素敵だ。時間があれば整理整頓。掃除の常時。考えている時でも、掃除をしてて……。若かったなー、俺達。


「……美癒がですね」

「うん」

「彼氏を連れて来るそうです。失礼があったら大変でしょう?」

「それは大変だな。そっかー。美癒にも彼氏ができたかー……美法はどうなんだ?」

「さー?あの子は理想高いですし、お父さんぐらいじゃ満足しませんわ」

「実の娘の1人に、厳しいこと言われたー。結婚した時、別の意味で泣きそうだ」


まぁ、まだ。美法は良い男と出会えていないようだな。あいつはちょっと、理想を持ちすぎだし。母さん以上の潔癖癖だった。洗濯が別々になったのも、美法のせいだし……。付き合う男もノイローゼ気味になったしな。私も妨害したが。

その点、美癒はバランス良く考えている。人の気持ちを考え、優しい選択をとる。そんな美癒にも、彼氏ができたということは……将来明るいなぁ。


「……?……ごめん、母さん」

「なによ」

「美法じゃなくて、美癒が……彼氏を連れてくる……と?」

「そうよ。美法じゃなくて、美癒が」


おいちょっと待て、まったく聞いてないぞ!なんだよ、急に彼氏を連れて来るって!どんな奴だ!?どんな男だ!?私達家族の娘だぞ!!

待て、落ち着け!心の俺!彼氏だ!別に、結婚したわけじゃない!早い!学生気分の恋愛なんて、荒れ狂う社会においては脆いぞ!

止めてやる……


「どこの男だ……美癒の、美癒の、彼氏と名乗る奴は」

「……美法の時もそうだけど、ホントに親馬鹿ね」

「それはだな」


母さんに対抗できる唯一の存在が子供なんだよ!子供の声、言葉には、母さんの財布も行動も、緩くなる!厳しい休日は辛いんだよ、ホント!胃がキリキリする日って辛い!

家族がいない時の、……子がいなくなった時の静寂と、家庭音ってのが夫にズギズキ来るんだ。働いてないのにだよ!むしろ、プレッシャー?みたいな!母さんに『パートの日、増やそうかな』って、ぼやかれたら余計に来るわ!母さんは、娘達の前ではそんなこと言わないんだ!

いなくなったら、凄いプレッシャー来る!


「会ってやろう!美癒に相応しい男かどうか、父さん確かめてやる!」

「………そーいう過保護な父さん。美癒の父親としてどうなのかしら、コーヒー、零してるわ」



もうすぐ、美癒と日野っちはご家族と対面する。



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