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VALENZ TAXI  作者: 孤独
転職編
90/100

ロクでもない企業には転職を


付き添いという形であったが、自分は何も発言しなかった。全ては美癒ぴーに任せておけという感じではあったのだが……


「良い家族だったんだな」



1人暮らしのアパート、見慣れた天井を向きながらぼやく日野っちがいた。

自分には、とても縁のない家庭だった。アッシ社長と似ているわけで、家族の大切さというのは極めて薄い。こんな1人暮らしでも満足に思えるくらい、心にゆとりがある。

周りが変わっていくこと、唐突に変わることを見て来た時間だった。それは自分自身も、例外ではない。



ピンポーン



「…………」


なんだ、また勧誘か?

身に覚えがない場合は居留守だ。



ピンポーン


「お届け物でーす!」



という声が。なんか頼んだっけ?記憶を振り返っている間に……



ドガアアァッッ



「出てこい、この野郎!!メーター回ってるから、居留守なのはバレてんだよ!!」


ドアをなんらかの道具で吹っ飛ばして、中に入ってくる者。驚き飛び上がって、そいつの名を叫んだ。


山口兵多やまぐちへいた!?」

「お前が捜していた"チケット"、よーやく獲れたぞ。代引だ、2万8000円!!」


作者と同じ宅配業者として、兵多の行動はどうかと思うが、居留守がバレバレな奴は結構嫌いです。2,3年もやってれば居留守かどうかの判断はつきます。面倒に感じる方が多いんですよね。

稀にインターホンが鳴らないところもありまして……そこらへんの話はまたなんかの時に書きましょう。個人情報が多々入るわけで




◇      ◇



ブロロロロロ


「いってらっしゃい、トーコ様」

「いってきま~す、アッシ社長~」



ガンモ助さんが亡くなって、2週間以上は経過した。『VALENZ TAXI』は相変わらず、のほほんとした空気の中、営業をしていた。

トーコ様と美癒ぴーは営業に出向き、マジメちゃんとN_MHは新車製作のお手伝い。


「やれやれ」


アッシ社長は雑務をこなす日々。日野っちはお休みで、どこかへ向かっているとか、いないとか。

別れもあれば、出会いもある。そんな日々であるとアッシ社長は思っている。


「おや」


出て行ったトーコ様と入れ替わるように、戻ってきたのは美癒ぴーであった。そして、後部座席にもう1人。


「アッシ社長ー」

「美癒ぴー、どうしました?」

「お願いがあるんですけれど」



そのお願いとやら。実は、アッシ社長もいつかはやろうと思っていた事である。大切な後処理の一つであり、手助けをしてあげたかった。あれから気にかけてくれる美癒ぴーはとても良い人である。

後部座席に乗っていた人と一緒に、事務所に入る。


「お久しぶりですね、知与ちゃん」

「は、はい!ここが、父が働いていた会社なのですね」

「ええ。ちょっと変わったとこですが」


ガンモ助さんの娘。漆木知与であった。


「用件は分かります。免許の取得に来たのでしょう」

「は、はい!ここなら手短に獲れると、美癒ちゃんに誘われたので」

「大丈夫ですか?アッシ社長。私じゃ指導できないんですけど」

「退院したらお声を掛けるつもりでした。免許だけの人もいれば、本格的に運転する方もいます。運転できた方がいいですよ」


漆木知与の6年間は凍結していた生活に近い。その解凍から動いたのは、資格の取得。とりあえず、あればいい奴と、とりあえず働いてみようで行く。

友達としての付き合いでいる美癒ぴー。それが自分にできることだし、誰かに言われてやる事でもない。


「そうそう、ここではニックネームでの呼び合いとさせてもらいます」

「ニックネーム、ですか」

「それは別にいいんじゃ?アッシ社長」

「個人情報保護って事ですよ、美癒ぴー」

「私のニックネーム、全然保護してねぇーです!バレバレ!!」



ぷんすか気味で、意味が分からない取り決めを指摘する美癒ぴー。アッシ社長の単なる遊びなんじゃないかと、最近思っている。全員の名前を知ってしまうと……


「そーですね。漆木土宗さんから、ガンモ助さんですし」

「…………」


アッシ社長は気付かない。ニックネームを考える事に集中している。


「最近の鍋料理は簡単な、キューブ状の物があるとか……。よし、キュー子にしましょう!知与ちゃんは、ここではキュー子と名乗ってください!」

「キュー子……キュー子ですか。それがニックネームですか」


なんにして、そうなったという気持ちがあるが、その程度のルールで良いのなら、受け入れる知与こと、キュー子。そんな始まりのところで……


「日野っちの本名だけ分かってなーーーい!!」


今更過ぎる事を美癒ぴーは、事務所内で叫ぶのであった。確かに唯一、日野っちだけは分かっていない。



コポポポポポポ


コーヒーを淹れて、アッシ社長と向かい合って話す美癒ぴー。外ではキュー子が車を運転している。6年間の記憶の中には、車を運転していた形跡があるらしく、順応しやすい模様。

そっちの事は後回しにして、美癒ぴーは思い切っての相談があった。

改めて、であるが……


「まだしばらく、務めていてもいいですか?」


壊してしまったタクシー代はキッチリ返済。さらには、タクシーが修復するまでキッチリと働いた。もう、美癒ぴーがここにいる理由は無くなったわけだが……


「構いませんよ。私としてはトーコ様達のモチベーションや知与ちゃんのお世話、人員不足などを不安に思ってますから」

「良かったー」


というか、美癒ぴーのおかげで会社がよく回ってますし、必要な戦力です。辞める辞めないの尊重は、本人に託したいものですしね。


「しかし、務めたい会社があったと思いましたが?」

「あーその、……色々とですね」


ちょっと正面を向いて話せない顔して、


「特別なことしてますし。タクシー自体、人に必要な仕事であるわけじゃないですか、危ないのは知ってますよ!色々と!」


なりたい仕事は決めていても、それになれない事もあるし。また、別の一面を持つことだってある。夢なんて、志なんて、コロコロと変わるものだし、どの仕事も一概に酷いや醜いもないのではないか?その行動でお金もらって、喜んでもらえたら、いいものだ。


「実は大学を卒業したら、アイドルになろうかと」

「冗談ですよね?」

「冗談ですよ!さすがに!!可愛い私でもね!」

「……本音は?なんの職に就きたかったのです?」

「看護師になろうと思っていました」


それは美癒ぴーにピッタリと思いますね。話もできて、容姿も良い、極度な潔癖を持ちますが……。


「私、この仕事だって人の助けになっていると、勤めてよく分かりました」

「ほぉ」


実際のところ、働いて気付ける発見というものがある。机上の空論や噂話や想像で生み出した程度と、実際の仕事内容とは違うことが多い。お客様から見えないところに人がいる、そーいうことはよくあること。


「病気などで困る方を助けるのも一つですが、いつもある日常を大切にする仕事も、大事だと思いました。ガンモ助さんのツテで病院からの依頼も多いですし、運送もまた人助けです!」

「ふんふん」

「ないと困ることは多い世の中!はい!タクシー運転手って良いと思いました!」


自分の夢や目標が、とあることで変わること。それに笑われることもあるけれど、まぁ、悪いと言う奴はどんな奴かと思う。まぁ、ロクでもないだろう。アッシ社長はその言葉を真実と受け取って


「良かったです。日野っちがいるからとかではなく」

「い、い、いや!それがないと言ったら嘘ですけど……」


ちょっと照れて、多少の考慮があると思って頷く美癒ぴー。


「運転代行をメインにしたいわけですか?」

「ですね。大学卒業しても、ここに来ます」

「女性らしい仕事ではないですが、そんなこと言っている社会じゃなくなって来てますからね。良いと思いますよ。私は特に言うことはないです」


変わってゆくわけですか。人はそうやって過ごしてしまうわけかと、美味しいコーヒーを飲みながら思うアッシ社長であった。

優しい美癒ぴーらしい仕事、それを潰してしまった後悔はなく、タクシー運転手として、人を助けて生きるのなら良かったと前向きに捉える。どの業界も人手不足に悩まされているわけであるし。


「嬉しいです。私も、美癒ぴーの人柄を高く買っていますから」

「あ、ありがとうございます」


そんな相談ごとで美癒ぴーの件は終わって、良かったと思う。ガンモ助さんの穴なんて早々埋まらないのに……


「休憩が終わったら、業務に出てくださいね?」

「はい!アッシ社長は?」

「知与ちゃんの教習係にいきますよ」


確定したわけではないが、アッシ社長にはある予感があった。

美癒ぴーがそれを知ったらどう思うか。落ち着く運転席に乗って、ちょっと呟く。



「日野っち、もうすぐ転職するんですよね~」


その始末もアッシ社長がやるべき手腕の見せ所である。


プルルルルルル


「おや?」


そして、一本の連絡が入って来た時、アッシ社長は驚愕するのであった。


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