家族の形はそれぞれだから
アメリカで起こった囚人、看守の殺害事件はニュースとなった。犯人は不明。
「上手いことやるもんだ」
その犯人。山寺光一は自室でのんきに缶ビールを飲んでニュースを見ていた。ラブ・スプリングのおかげというか、仕事柄。罰なき殺人はよくやっている。汚れ役がメインで慣れている。
自室と言ったが、彼を心配と警戒をしている者がいた。
「光一、漆木土宗の件ですが。事故死というものに切り替えました。他言無用で」
「別にしねぇよ、ギーニ。ま、それぐらいだな。あの運転手がよくやったよ」
死体となって戻ってきた漆木と再会した、アッシ社長と日野っち。涙を流しながらも、黙祷。死ぬなって叫んでも、
「一般人だった奴が人を殺しちゃな。罪人とはいえ、素直に言えねぇ」
「でしょうね。ご家族だって、そのような形で死んでしまうなんて……結局は悲しむだけ。日本の戦国時代とは違うのです」
「だな。もっと、こう、違う道を選ぶべきだ。向き合って生きるとか、あえて別に生きてみるとかな。上手くいくかはそいつ次第だが」
ぐびぐびビールを飲んで
「追加」
「お前が買って来い。私はお前の使いぱしりではないのです」
ドンッと大きくも無い胸を張って
「ラブ・スプリング様の側近ですわ!」
「側近が主のところいなくてどーすんだ?」
◇ ◇
銃弾の傷はラブ・スプリングによって再生。その後に車で綺麗に死んだという感じに編集。
遺体はそうして変わり、全てが灰となればもう手遅れであろう。
「…………」
「…………」
漆木土宗の告別式やお通夜は行なわれた。当然、『VALENZ TAXI』の一同はもちろん、漆木が以前務めていた銀行からも、人はやってきていた。
ちょっと変わった人ではあったが、人望はやっぱりある人なのだ。日野っちはそれをかなり感じた。自分が葬式開いた時、家族が来るのか。分からないくらいの状況だと思っていた。
「ねぇ、日野っち」
「ん?」
美癒ぴーはここで言うのはなんだと思ったけれど、知っていそうと思い訊いた。
「ホントに。その。……ガンモ助さんが事故を起こしたの?」
「……そうだ。そーいう風に新聞やニュースに出てただろ」
「そうなんだけど」
美癒ぴーは知与の事を知っていたが故、なにかがあったんじゃないかと思っていた。不安な事が的中してしまい、それを止められなかった。気付けなかった。どうすればいいか。答えはアッシ社長から
「終わった事は仕方ありません」
「アッシ社長」
「生きている者は前を向く。それが人の在り方の一つです。なんであれ、辞めた人間ばかりを頼ってしまえば、失った時の大切さにも気付けます」
それ故に。日々の努力や成長が重要なのです。何かに縋った体制など、いつかは崩れ去る。
「私共は生きています。頑張っていきましょう」
「そう、ですね」
身近な人が死んでしまうって、そーいう風に前を向いていくしかないのかな。
悲しいんだよね。もういないって事が分かって。
知与ちゃんはやっぱり、父親のお通夜といっても、人前には来れないんだね。奥さんの由海さんだけみたい。
「お経が眠かったよ~」
「お姉ちゃん、頑張って起きてたね。マジメは驚きました」
ブレてないなぁ、トーコ様は……。
そーして、『VALENZ TAXI』の者達も去る。漆木土宗とはここでお別れである。だが、
「すみませんが、みんなは先に戻ってください」
「アッシ社長は?」
「社長として、奥様に挨拶をね」
とある事実をラブ・スプリングから知らされ、それを伝えなくてはならないと。アッシ社長は決心していた。この騒動の発端というか、根源はマッカソンにあるが。それ以外の黒幕がいることをお伝えするために……。
「あ、あなたは……父の」
「本日はお悔やみ申し上げます。由海様」
「ええ。生前の父が、大変お世話になりまして」
「こちらこそ。土宗さんのおかげでどれだけ助けられたか。奥様の事はよく、土宗さんから自慢の妻であると語っており、この度の訃報は心中お察しします」
社交辞令的な挨拶はここまで。
「この後、お時間を宜しいでしょうか?できれば、人目を避けたいのですが」
何かと思って、由海は分からなかったが、了承はした。挨拶回りなどの全てを終わらせてからでも、アッシ社長は彼女を待っていた。頼み込んでから1時間20分後に、ようやく。2人きりでお話ができるようになった。
「お待たせして申し訳ございません」
「いえ。今日しかできない事ですから、私は構いませんでした」
深々とお互いに頭を下げてから、アッシ社長は本題に入る。
「実はですね」
「はい」
その話になる事を由海はまったく予想していなかった。
「あなたの娘。知与さんが抱える、精神病の件ですが」
「え?」
故に驚きの表情は死を知った事並みで
「由海さん、そして、土宗さん。あなた方が真の元凶だったのですね」
「!?」
汗が流れ、動揺が走った。悲しみの目が一気に虚ろに変わってしまった。そして、彼女らしい正気に戻る。夫が死んで数日経っての、告別式の場で。周囲には一切、そんなことないと思われていたはず。会社でそんなことを口走るなんてあり得ないと思ってるし、
「な、な、な、何を、言うの?」
「……カマをかける必要はないようですね。その反応」
少し怒り気味の口調でアッシ社長は奥さんに言葉を発した。
不自然であったのは分かっていたが、そーいう事情ならば納得がいった。それを死んでから気付く自分が情けなく、止められたという後悔もあった。
「美癒ぴーが証言してくれました。知与さんが読んでいた雑誌には、男性写真の全てが切り抜かれていたと。それをしていたのが、土宗さんであったことも」
「!……な、なんで。それがなにに?」
「本来、精神病は治療されるべきものであるにも関わらず、あなた方は治療を"させていなかった"。より恐怖心を与え、彼女を病室に隔離していた」
責める。強く責める。
精神が不安定でない時に、責め続けることで人は本性を曝け出す。アッシ社長はそれを知っている。
「あなた方は娘をなんだと思っている!?人をなんだと思っている!?」
「あ。え」
パニックに陥るのも当然。だが、由海にとって、それは"当然の処置"であると考えてしまっていた。故に間違いであるなんて、これっぽちも、今の今まで思っていなかった。
怒りを選択したアッシ社長は正しい。
伝えたいこと。伝えるべきことはした。
「なんで……」
由海は一瞬にして、床に崩れ落ちた。しかし、
「だって娘が二度も襲われて!!不安で不安で!!可哀想なのよ!!あの子をこれ以上、辛い目に遭わせたくないじゃない!」
不安定から来た本心の声は強かった。
「あの子の幸せは私達といる事にしたいの!あの子の幸せは私達といる事にして欲しいの!あの子の幸せは私達といる事であるべきなの!あの子の幸せは私達といる事でならなければならないの!あの子の幸せは私達といる事が必然なの!!」
連続した言葉が思想。
「家族は一緒にいるべきなのよ!例え、病室であっても!近くにいるというだけで幸せなのよ!私は、一緒に娘と寝れないのが苦しいの!!でも、近くにいるから我慢してるの!愛してるから!ずっとずっと、大切な娘だからぁぁっ!!」
恐ろしく、傷を、深く、黒くなる。被害を訴えるべき人は、本当にそこにいた人だけではない。事件や災害の後で起こる、心境の変化だ。
「娘を1人にできないの!あの子がいなくなるのが、怖いの!!」
それが増長し、平然として、作られてしまった。
娘の知与だけでなく、心配という檻に入っているのは両親も同じだった。
由海はグシャグシャと泣き。突きつけられた真実に、慈愛のある声で
「あなたは私の娘のなんですか……。もう、私だけの娘なんです……。もう、家族が、いなくて」
手放す事ができないと伝えていた。
空の巣症候群と呼ばれる精神病がある。由海はそれに分類される精神病と、アッシ社長は察した。この事件のきっかけこそは、マッカソンであるが。その事件を引き摺り、そのままにしてしまったのは育てた両親にある。愛情を注ぎ、大切にしてきたモノほど、離したくないものは分かる。でも、
「子育てに尽くした親ほど、子の気持ちを知らない事もあります」
胸ポケットからハンカチを取り出し、
「土宗さんは大切な者を護ってきた。それは由海様も同じです」
涙を拭かせてあげた。もう、終わったのは
「しかし、もう。いいのでは?もう、終わったのです。土宗さんは終わらせたのです」
「…………死んだのです?夫は、やっぱり。そこへ行き、戦ったのですか。そして、終わったと……ご報告ですか」
「ええ。それは確かにやり遂げたのです」
しかし、そんなこと娘さんに伝えたところで意味もないでしょう。本当に娘さんを思うのなら、傍にいて、自分で歩けるところまで、自分で生き抜けること繋げることでは?
別れるまでにどれだけの時間と覚悟、成果が必要か。
零れる涙をまたハンカチで抑えて
「知与は、私をどう思いますか?私は……まだ、夫と違い、振り払えません」
「娘さんがあなたに思うのなら、お母様の一つでないでしょうか?」
自分の不安と焦燥を包んで接し続けてきた人を、頼りにしないなんてあり得ません。不安はお互い様かもしれませんし、
「そうそう。こうして、話をしかと伝えたいのは、土宗さんから伝言を授かっているからです」
「え……」
「『由海なら知与を本当に助けられる。心配しなくても、君は最高の妻だ。いつも元気の出る弁当をありがとう』……と」
今まで生きてきた6年間はもう終わり。これからはまた生き方を、
「『辞職願い』と一緒に、土宗さんの『遺書』を渡します。これをまた、知与さんに渡すことができるように、あなたへお願います」
これで全ての、土宗さんのための業務が終わった。
アッシ社長だってこうして、6年間一緒に働いた人と本当に別れることができた。
その、はずだった……。
◇ ◇
手荒なマネだけは避けたかった。すれ違うようにやってきたのは、ラブ・スプリング。
「やってみようか」
酉と宮野から貸し出された、人間用の人格移植装置。ヘッドフォンとVRゴーグルの形をした物、これは携帯用であると酉は言う。
『あくまでこれは、"人格"のみよ』
酉の言い方はこの程度の技術など、もう2世代、3世代は遅れている代物のような口ぶりだ。彼女達を調べて得ている情報の中、足りないものはいくつかあるし。用途も広くあるとラブ・スプリングは推察している。
ともあれ、その精度を実際に見たいのだ。人間がどうして生き抜くか。
それはロボットという別の代物で生きている、ラブ・スプリングが抱く。ロボットの感情。
「君は6年間も、この病室で過ごしていた。寂しいよね?」
深く眠った知与を見る目は、どこか古びた玩具を見る感じだ。あれを取り出す手間ともういいやという飽きの感じ。それを取っ払って、捨ててやった方がタメか?
知与に装置を取り付け始める。
眠っている彼女があと数時間で、どこか彼方へ消え、別の誰かが造られる。脳や心臓にある、まだ解析されていないとされる心を、数値化してズラす。
心を変える。記憶や考えを変えること。
生きていたその時間を失い、造られた生きていた証で生きていくこと。
「つくづく、宮野健太と松代宗司、……その2人が従っている酉麗子にも恐れ多いよ」
美癒ぴーの人格データは、"アンケート"形式による調査。それはその時の本人の、人格が交じり合っており、過去の記憶の投影はまだ少ない。過去と認識したものは非常に強く、それがしっかりと現在に反映されているのは生きている者達には分かることだろう。馬鹿である理由は、馬鹿だったからだという理由みたいなものだ。
しかし、今回の形式は、"ドリームス"形式と呼ばれるもの。
対象者の深層心理を調査し、それを元に人格を形成していく手段。
装置から五感の情報、心音、脳の記憶を解析。
ウィーーーーーンッ
自動で情報を解析しながら、VRゴーグルから送られる神経への情報。眠っていたり、意識を失った者であろうと調査可能。様々な状況が今、起こると体験したのなら、被験者がどのような行動を起こすか?
人は起きているか、起きていないかの、境を理解できない。今、生きている事すら夢かもしれない。それが証明される代物だ。
松代宗司と瀬戸博、酉麗子の生み出すリアルの世界は、人々の全てを現実と信じさせるリアルのもの。宮野健太と林崎苺の生み出す音源もまた、耳に残りは正常と判断されるべきもの。酉麗子と工藤友の世界の設計図。宮野健太、安西弥生、酉麗子のシステム構築。
バヂイィィッ
「せめての救いは。君には父親も母親もいたのだよ」
装置の起動によって、脳内に残る記憶や習性の数々が一時的にリセットされる。知与の脳内は今、作られた世界の中、時間概念など確立もされていない空想な現実世界の中、失われた6年間を体験している。
あの日の事件に巻き込まれず、父親と、母親、友達、その他の人間関係と一緒に過ごしていく6年間。
「あっ……あ……」
真の現実世界と齟齬が発生しないよう、知与が生み出す脳内の人間達を操る。知与が一体、何を選び、何に向かうか。同時に悲しい幻想とも出会う。今は確実に、1人を失っているから。人を殺す運命にしなければいけない。
シナリオも作られる。音も、画像も、感触も、匂いも。知与の脳内で生み出され、実際に体験する。
ただ怯えて、ベットにいる本当の6年間よりも、様々な出会いと体験に溢れた6年に匹敵する幻想は脳の中で強く焼きつき、記憶や感情を改めた。
ここにはもう漆木知与は死んだ。また別の、漆木知与に代わった。その判断とその実行までを、ラブ・スプリングの独断によって行なわれたもの。誰にも伝えず、勝手にやったこと。
「漆木土宗さん。あなたがやるべき事は復讐というものではなく、護り抜く事でもなく、娘さんと共に人生を向き合っていく事だよ」
家族への葛藤もあったんだろうけど、それを6年間。あなたは決めきれず、暴挙のままに進んだ。時間と決死の決断が、引き摺ってそうさせたのかな?それとも、あなた自身も娘さんと同じになっていたのかも。
今となっては分からないけれど、ただアッシ社長や僕も分かっている事で言うなら。
あなたのやった事は間違いだ。何も意味はなかった。
人は未来でこうすれば良いから
パタンッ
ラブ・スプリングは病室から去る。漆木知与の治療を終えて、……しかし、それは治療なのかどうかはもう分からない。彼女が普通に生活ができてしまったら、それが漆木夫妻が思っている幸せでもあるからだ。
ただ、知与がベットにいた6年間を知るのはもう、妻の由海だけになってしまった。
家族を失った悲しみをまた、由海は受け止めなくてはいけない。ただ、生きている事だけを感謝して、苦しく生きなければ。それもまた、由海が与えられるべき罰である。




