生きて働くことは、拷問のそれと変わらんこともある
古い記憶だった。
娘が誕生し、なれたばかりの父と母で喜び合い、祝う。
いくつもの記念日には家族が揃っていた。家族の中は良好、それはとても幸せな家族環境。
幸福の中にある、憎しみに似たリングが回っていたとは知らずに。
行ってしまう父はとてもカッコよく、頼りになり、ちょっとずつ小さくなっていく。見送って振る右手、そして、忘れてはならないお弁当を左手で。カバンに入れるところまで見ていた。
それは重なるよう自分にも、同じに振舞ってくれる。色々、詰め込まれた応援の言葉と支援。ちょっと、多めにおかずが増しているのを知っている。
私がいて幸せだったのだ。そして、それは私だって同じだったよ。
必死にしてくれた両親はいつまでも、いつまでも、私の自慢であり、誇りであり、ここに生まれたことを良かったといえる、素晴らしい両親でありました。
ありがとうをいつも言える2人です……。
◇ ◇
「あの2人に会うのは久しぶりだね」
ラブ・スプリングが赴いたのは
「松代と宮野は元気かな。世界祭典の時以来だ」
N_MHを製造し、日野っち達とも関わりを持つ、今泉ゲーム会社であった。
ここにやってきた理由は、漆木知与の情報を渡し、協力を求めるためだ。彼女のデータは興味深く、現在の研究状況を探るのに良かった。
それと時を同じくして、これから未来の先の鍵を持つ人間の1人。
ガハァッ……ゲホォッ……
「…………」
黒ずんだキーボードにわずか残る、濃赤色。汚れにも赤が混じった袖で必死に消し、目の前にある難題に平然として立ち向かう。
自らの異常に気付かぬほど、愚鈍ではない。しかし、異常を抱えてでも、自分の理由のために向き合い続ける。むしろ、そうしたままでいいと願う。ちょっと見せた、人間性を振り払いたかった。
イカれているのが自分にとっての正しさ。
「へへっ、べほぉっ……」
酉麗子への忠誠を。彼女と共にするという事は、俺しかいねぇと、意地というより使命と呼んで狂信が支える。
宮野健太は彼女の思想に取り組んでいく。目指す場所は遥か先、遥か未来。彼女は言う。
『私は魔王になりたい』
馬鹿げてやがると、そのくらいはあって面白い。根底はイカレているから、
『私とあなたで、世界を代えるゲームを作るのよ!』
それがハッタリじゃねぇ真の行動をするから、その期待に応えてなくてはならない。酉はやる女だ。自爆スイッチですら、何かのために必要なら押し、生き残ると信じれば生き残るような女。人に期待する時は決して、できないものを押し付けたりはしねぇ。必ず、できると推される。
そーいう、不思議なもんがある。
あいつが、世界を代える、そう言ったら俺は代えるところをその傍で見てみたいし、頭でその世界を捉えたい。
「………げほっ、……ぶふっ……」
はははは、まだその途中にしか来てねぇ。酉がせっかくよ、全てに力や技術、シナリオを提供してくれるというのに、体はそこまでもたねぇか。ギリギリ持って欲しいが、俺しかいねぇもんな。
宮野健太の死期は近い。それでもこの男の成長というか、進歩というか。持っている能力のタガが外れた状態で進み、構築を続けているのは酉が求めていた技術の一つ。それを宮野は人生の一つを捨てて、辿り着いた。
防音の部屋故に、会社内の異変に気付けたのは侵入者が入ってからだった。
「誰だ、あんた?子供」
「?」
会社内にいたのは三矢と弓長、松代の3人だけであった。その他の人間は用事などがあって、外出していたり休んでいた。それは良かったこと。
「鍵はしていたはずですが?誰でしょう、泥棒さんじゃなさそうです」
「ぶしつけゴメンネ。松代か宮野はいるかい?この会社で働いているのは調査済みなんだ」
ラブ・スプリングが現場に入って来た。ボロっぽいゲーム会社に入って来た連中は、どいつもこいつも奇怪な変人ばかり。それに慣れきっている三矢と弓長は、誰だか分からないが
「松代さん。お客様ですよ」
「あ?俺に知り合いなんかいるか?」
「相手してくれ」
トランクスとシャツを着た松代がラブ・スプリングの前に出向くと、
「!おおっ、お前。確か、世界祭典の時の……」
「ラブ・スプリングだよ。君の芸術は素晴らしかったねぇ。宮野の演奏も素晴らしかったし」
「なんだお前?何しにここに来たのか」
友達ってわけじゃないが、顔を知る者同士。出会った当初はただの祭の中で、出展者同士の出会い。ラブ・スプリングの創造技術には、この松代のデータが焼き付けられている。同時に宮野の実力もある。
様々な文化における貢献、達人や名人といった人間達を集結させて、データを取り入れてはラブ・スプリングに吸収させる。身体能力とは違い、感性的なものは徹底した数値化によって生み出せる。
松代はそれを知らないし、弓長も三矢も知らない。
ラブ・スプリングがロボットであるなど、3人は知らない。
「?なんだこいつ」
「どうしました、三矢さん」
しかし、勘付く者もいる。何かの違和感。"本音"が聞こえ、見えもしないラブ・スプリングの生体に
「どーいうこった。酉さんや宮野さんと同類か?」
「………ふむ」
三矢の違和感を察知し、弓長もラブ・スプリングに警戒した。
何者か。タダ者じゃないとだけ認識し、松代にこの場を任せた。しかし、終始ラブ・スプリングのペース。
「確かこの会社には色々な人の情報が必要なんだよね?人格形成とやらで」
「あー。宮野がやってる奴か。データ化してなんちゃらで、俺は人形を造る……ってこの前、お前がアレを造ったのか!」
松代や弓長はその奥深いことまで知らない。しかし、三矢は知っている。酉のやっている事と宮野が生み出しているもの。しかし、宮野と三矢も、まだ酉の根源に触れさえもしていない。
彼女が協力者を求め、
「宮野か。会っていい?」
「どーすんだ、三矢。宮野の機嫌を損ねるぞ」
「……酉さんがいねぇなら、俺が代理だ。構わないが、俺が部屋まで同行という形だぞ」
「ですね。私と松代さんは大人しくしていましょう」
成しえようとするところは広く、長く、遠く、限りなく果てで待つ。
ラブ・スプリングと共に三矢は宮野の部屋に入った。それと同時に、弓長は急いで酉に連絡を入れるのであった。様々な人間と付き合ったが、あれに触れれば、自分達がどれほどのことをと……。
隠されている事があるのでしたら、話しておかねばならないこと。
「やぁっ、宮野」
「なんだぁ?テメェ……」
部屋に入ったラブ・スプリングは気さくに話しかけたが、宮野はモニターから振り向きもしない。しかし、勝手に入った事を怒りはしなかった。珍しい事もあるものだと三矢は思ったし、何かを感じているのかもと思えたが……
「え?」
「あらら?これはなんていうか、とんでもない方がいらしたのね」
宮野の部屋の片隅で体育座りし、コーヒーを飲んでいるのは酉さんだった。
「酉さん、中国に行ったんじゃ?伊賀さんとの取引と……」
「すっぽかした。こっちの方が興味がワクワクなのよ」
「ふーん、君が酉麗子か。初めまして」
「………そーいう事か」
出かけた振りを安西や友、林崎にやらせて、この部屋に隠れたのはこのためか。こいつは確かにヤバイ奴だぜ、酉。
「知ってたか?ラブ・スプリングが来る事を……」
「ただの直感よ」
直感ではないけど、こちらの会社の情報を収集する経路を辿ったら、彼に行き着いただけ。彼がここから、伊賀が彼から。そうやって来たから止める事は難しかった。
「あー。彼って言葉は失礼ねぇ。最強ロボットくん、今日は何しに来たの?」
コーヒーを飲んでも体育座りのまま。酉は動かずに問いかける。この防音の部屋での会話。三矢は酉からの答えを聞き、本音を聞き取れなかった理由をすぐに理解できた。それじゃあ、確かにと。
「うーん。ビックリ。いないって聞いてたのに」
「いやぁ、だから何しに来たの?」
「人格データを募集してるんだろ?提供してきた、そのついでに。宮野くんと松代くんの成長を見て来たってところ……」
N_MHの人格を形成する実験。それはまだ研究段階と思われているが、
「もっと言えば、君達が生み出そうとしている。人間の進歩を確認したくてね」
「!」
「!!」
「………………」
彼等の到達している地点はさらに先。予想を超えるほどの先にいる。それを察知しての警戒であり、鑑賞であった。漆木知与を選んだのにも理由がある。その理由がここにある。
「今の僕は完全なロボットだ。関係ないかもしれないね」
「うん」
「ダーリヤが認めた進歩、成長、救い……考えるに、宮野が造れる人格データは僕や松代が造る人形と呼べる代物だけでなく」
生きた人間にまで適応させる事ができるんじゃないのかな?
「人格。いや、それだけに留まらず、肉体までも。生まれて決まる全ての事をカスタマイズできる。伊賀にはそーいうツテや設備も、手中に収めている。資金源と武力はダーリヤかな。技術は君達が造り上げる、クリエイター魂だねぇ」
ガャジャジャ
宮野のキーボードのみが熱く激しく揺れ動く。凄まじい速度で進む……。
三矢もその事実を知っており、動揺は少ない。
肝心となるのは、酉である。コーヒーを床に置き、立ち上がった。
「ふーん、宮野ならやるわよ。そのくらいわね」
「意外とアッサリだね」
「本題が読めないわねぇ、探りに来たならお土産ぐらいあるもんじゃない?実験台がいるって事で解釈して良いかしら?」
本題も何もそれだけなんだけど。なんだかこの人との会話はペースが掴め辛い。パッと見は人なんだろうけど、何かが大きく欠けている。宮野の狂信染みたそれとも、ダーリヤのような頑固さも違う。
決めているとか決まったとか。そーいう思想。
見下ろすほど、酉はラブ・スプリングに近づいた。当然であるが、ラブ・スプリングが暴れたらみんな死ぬ。全てが終わる。しかし、それに対する恐怖は一切、酉にはない。恐怖とかいうのはない。
「ダーリヤや伊賀との協力は続ける?僕も君達と似ているけど、認めたくないんだ」
「あなた方は開発ってやり方ですものね。私共は成長と呼べることだから」
ラブ・スプリングの人間と、ダーリヤの人間と、伊賀の人間と、酉の人間。この4人の考えは全て違っているが、妥協という地点での合意をしたダーリヤと伊賀。一方で完成を求めてのラブ・スプリングと酉。
「人間をサイボーグ化する事により延命技術及び、超技術の継承」
酉もまた様々な情報を元に、ラブ・スプリングの未来の計画を知ってはいた。
「人は誰であれ衰え、死ぬ。例外なし。あなたはその未来をどう読みます?それも一つでしょうが、いずれ、人類はそれ故に滅びます。というより、人ではなく機械が命となって支える社会。人を護るために造られたあなたが、その思想を持っていれば人は滅びます」
「うーん。機械が人と胸張ってもいいんじゃないか?」
「機械が言っても、人は認められません。宗教みたいなものですわ。心があって、人であると」
ムニムニと、ラブ・スプリングの人間らしい頬を触っても
「お前はロボットだ」
「うわぁ、キッツイ。事実だけど」
人でなければ、いけない理由は特別にないだろう。
ラブ・スプリングの思想には形や中身を考えたものではない。誰でもできること、それを良しとするためのサイボーグ技術の研究がある。
酉に直接言われ、やや凹んだみたいな表情をして
「君達はどうなんだい?随分と仲が良いじゃない」
「そうですわね。伊賀の馬鹿が言うには、人々がなるべき人になる、そのような社会の構築を求めています。平和しかり、戦争しかり。無論、そこに殺されるべき人、捨てられるべき人もいるわけですねぇ。あくまで土台は人にあるんですよ」
そして、ダーリヤは以前から。ずっと前から、人類の進歩を求めての思想と行動がある。
聞かなくても分かること。だから、2人は手を組んでいるのであろう。それ故に
「酉麗子はどうなんだい?あなたが伊賀やダーリヤと手を組んだのが、その程度には思えない」
言葉が2人よりも尊重して尋ねていたのは、この女の危険性を計るため。
やるのなら今やった方が良い。こいつが死ねば伊賀やダーリヤの計画が破綻する。しかし、それはそれで報復か、第二プランに移ることもある。
少なくとも、酉麗子に殺害というプランはなさそうである。
「どーでもいいでしょう。データ寄越しなさい。それがここの理由でしょう」
「はぐらかし?」
「それが答え」
酉は強請るというより、寄越せと、ガキを脅すように手を出した。突き詰めて
「あなた方はとっても短い時代しか考えていない。私はその先。変わらないもの」
イカれているというより、ついていけない顔になる。
「ずーっと、ずーっと、ね」
「……どーなるのかな?」
「別にね。私も、ダーリヤも、あなたも。伊賀だって。よく人を思っているから動いているの。人がそのままだったら、人は滅びる。人々が滅びちゃうと、世界は死んじゃうの。そーいう定義。別にあなただって良く思ってのことで、悪いと思ってないでしょ?私もだけど」
「君達のやり方は全てを救えないから見てられないの。なんていうか、平行線」
溜め息ついて、答えを出しているのか、出していないのか。
ボコボコボコボコ……
「?」
「あら」
酉の違和感が体に現れ、両足が震えてきた。その異変を見て、三矢は驚いたが。宮野は彼女のことをまったく気にせず、仕事をしていた。それが懸命であり、使命の方だから。
ラブ・スプリングが計りに来た。
「君が怖いのは分かった。さて、どれだけ怖いか。調べさせてもらうよ」
「ふふふ」
「な、何しやがったテメェ!酉さん!」
震える酉の両足と流れる汗、
「ぶふっ」
口から吐き出される血。
病院内で人々の意識を次々に断った手段の悪辣版。ラブ・スプリングが作り出したのは、
「酸素濃度を下げられると、人は貧血や立ち眩みが起こる。ヘモグロビンの低下だねぇ」
「えほぉっ」
「酉さん!血、出しすぎだぞ!!」
「体内の酸素を変えるというか、酸素を取り込む異物を挿入して、失神にさせるのが僕の遣り繰りだね。ま、そんな拷問であなたは済ませないけど」
「げほぉっ」
止まらぬ、酉の血。口から鼻から、耳から、目から溢れていく。
何が起きているかは分からない2人であったが、異変に見舞われている酉には実感している。
「熱いし、多いし。あなた、げおぉ、えほおぉっ」
ドロドロと血が流れ出ていく。自分の血が引き抜かれている。入れ替わっていく。自分が壊れていく気持ちを恐々するも、それでも生きている喜びに浸る。
「私の体内で血を造っているのね」
外からの攻撃で通じにくい相手を葬るための、体内からの攻撃。血液を用いて、体内の臓器を破壊していく。ダーリヤなどの"超人"にはできない、器用で残酷な拷問手段にして、殺害手段。
ブチブチと体内の悲鳴を聞き、それでもポーカーフェイスに近い、喜びに浸る顔。今、これでも死なずに、これでも折れぬ。意志という脆さを覆すものを持っている。
私の、やる事は誰にでも、止められてなるものか。
「えはははは」
1リットルの血は床が吐き出された。ゾクゾクとしているのは酉だけであろう。ゾッとしている三矢の反応が普通。
ビジャビジャ……
血の溜まり。
どこでこの女は死ぬかより、この女が死んで終わる気がしない。
ラブ・スプリングの警戒は強まるし、宮野は敬愛する酉がそんな状態になっても、助けられる事ではないと分かった上で自分のことを集中している。したら本人が怒るだろう。そして、死なないんだよなぁ。そーいうとこも好きだ。俺よりイカれているから
ビジャアァッ
「いひひひひひ」
5リットルは吐き出す。体内の多くはラブ・スプリングの製造した血に変わっているだろうし、臓器の数々が暴走状態となり、破壊されているものもあるはずだ。
激痛で済まない状態であっても、両膝が少し折れた程度で堪えている酉の、その姿が驚くべきものだ。それに加えて
「こんなドラマが、あったわねぇ」
「はい?」
「10リットルの涙だっけ?三矢くん」
「タイトルがちゃいます。1リットルの涙です。酉さん」
血の溢れ方は穴からだけでなく、皮膚からもにじんだり、噴出したりもする。見ている方でも痛い状況であるにも関わらず、
「げほぉっ、えほぉっ。私は10リットルの血で、感動ドラマでも見せようかしら」
「すでにグロ過ぎて涙が止まらねぇっす!!視聴者ドン引きでPTAから苦情のクレームが、今の流血並みに止まらねぇっす!」
「ふふふ、体を張ったボケにツッコミができる三矢くん。ホントに素敵だわ」
なんなんだよ、この人の余裕。血の池地獄に慣れたような表情でこっち向くな。もう顔も自慢のストレートヘアーも血でグシャグシャだ。
ガガガガガガガガ
宮野さんの作業スピードが上がっている。今、俺が褒められたからキレてんのか。あんたは酉さんの心配はしねぇのかよ!?松代とは違った愛の表現だよな。良い父親をすると思うぜ。
異常者同士の中で、三矢には分かる。ラブ・スプリングの方が結構まともだ。酉と宮野の異常さは人外と出会った時、マシだと分かってしまうものだ。
異常が平常であると。そして、それがそうであるべきと抱いているのだろう。
出来ぬ事が出来る事は、成長で知れる幸福である。幸福を知るとは成長だ。
酉がラブ・スプリングの思想を否定するのは、述べたとおり、成長と呼ばれるものではないし。人という種族の滅亡を危惧していた。それよりもダーリヤや伊賀のように、人が人の意思で変わっていくことに賛同というか、協力はできるのだろう。
無論、そーいう地点に酉はいない。もっと、もっと、先のこと。世界の仕組み、神の造りあげた神秘なる宇宙そのものを変えようとするくらいの、どでかい野望のこと。
バヂャアァッ
酉の血は、もう。ラブ・スプリングの足に浸かるほど吐かされた。それでもう死に至るレベル。何人の人生が終わるだろうかという、残虐の罰を与えられても
「あらら、ふふふ……終わった。いいのかしら?」
助かった。そして、この時の表情は死線を乗り越えた安堵感でなく、前を向く平常者らしきものだ。髪が血塗れで気になるわ、ってのくらいの、余裕があった。
追撃や緩急を使った手段では、これは折れない。砕けない。そして、分かった。
「君や宮野を殺したとしても」
「ん?」
「あなたはそこにいるのかな?その言う、先に」
余裕が見えるというか。
「気の長いこと。まるで、自分の意志を持った人が現れると自信があるのね」
「早いことに越した事ないけど、のらりくらりやるのも一興。ダラダラしていいわけではないけど。大切なのは真面目にやること、じゃない?」
「そりゃ、そうっすね……」
なにこの人。さっき自分を殺しに来た存在と平然と会話しているんだ。傷は大丈夫……なわけねぇよな?俺の推測通り、心と体が分離しているみたいな感じなのか?
「失礼ねぇ、三矢くん。私を、ラブ・スプリングみたいに化け物と同列にした目で見るなんて」
「あんたの血塗れ姿はどー考えても化け物より酷い!!」
「……ギャグマンガ世界の住人か何かかねぇ。ま、確かに君は普通の人っぽいよ。ただ何かが見えてこないだけ」
ラブ・スプリングは酉麗子という存在がどんなものか分かった。確かに危険であるが、重要な存在でもあると認識した。見過ごすわけにも、殺すわけにもいかない。彼女を動かすには
「伊賀はともかく。ダーリヤと戦うのは極力先延ばし。君達を殺したらどう考えても、ダーリヤは強攻策さ。戦争で人を選別する。それだけは避けたい」
「なるほど、懸命ですわね。私はあなたを高く評価してますけど、逆もあるのが競争」
「どうやら君は僕と違うけど、人を変えようとするやり方は僕と似ている。平和的かはまだ様子を見よう」
「そのための人格データの提供ね。当てていい?」
血を三矢の服で拭きながら、ラブ・スプリングを求める答えを先に
「今まで歩んできた人生、そのものを変えられるかを見たいんでしょ?」
「洞察力で済むのかな。君のそれは……」
まだまだ隠れたものがある。どこまでそれを造れるかは
「血の臭いが酷ぇ」
「あら~?宮野、私の血なんだけど?興奮してくれない?」
「作業の邪魔だ。テメェ等!とっとと家に帰って寝てろ!」
この宮野健太にかかっている。そして、知っていること
「そうね。あとで私が掃除してあげるから、好きにしてよ」
「邪魔しちゃ悪い。あんたも出てくれ。いや、出てください」
「だね。頑張ってねー、宮野。今日は引き下がるよ」
3人は退室する。その後で
ゴホォッ……ゲホォッ……
「悪ぃな、酉……ありがとよ」
宮野は、酉に助けられたところを知り。命を使い果たすところまで、付き合う事を改めて決めた。自分の残り時間がそう長くない事を、酉だけが知っていることで嬉しい。それが彼と彼女にとっての、恋っぽい秘密の共有だから。
ずーっと、振り向かず。ゆっくりと襲い掛かる苦しみが止まらない自分だったから。




