そいつは人としてどうかと思う
「何をしているんですか?ジェルニー・ギーニさん」
「!」
声をかけたのはアッシ社長。タクシーの中で待つジェルニー・ギーニは特に何もしていない。ガンモ助さんのタクシーだ。
「なんであなただけが乗っているんです?」
「駐車しているだけよ。あなた1人?」
「いえ、連れがもう1人。車の中で待機させてもらってます」
運転席が空いており、鍵も掛かっていない。特になんの仕掛けもないと、アッシ社長は判断して乗り込んで、発進した。
「……あなた、ずっと前から私達をつけていた?」
「ほぼ最初からですよ。男性の方は気付いていたようですが」
「!ぐっ……」
劣等感。ギーニは悔しさの褒美に何もアッシ社長に言わなかった。アッシ社長は運転し、日野っちのところへ行く。
「どうやら遅すぎたようです。結果次第では、許せませんが」
「光一からの報告次第よ」
「そうですか」
行く先など聞いていないギーニ。アッシ社長のタクシーにもう1人いたこと、という程度のこと。
お互いに窓を開けて、言葉を交わした。
「あんた!ガンモ助さんをどうしたんだ!?」
「は?」
「聞いてやったのか!?」
アッシ社長からガンモ助さんの家庭事情とその目的を知り、平然と頷けるわけがなく。そして、自分も知ってからでは遅すぎて、加担していたギーニにそれを八つ当たりのように伝えていた。
「そんな復讐なんかして、何になるってんだ!?ちゃんと罰になった人間に追い討ちかけて、失うもんもあるだろ!気付けることもあるだろって!」
とにかく、冷静ではないと日野っちの言葉から察せたギーニは、逆ギレした。
「男が愚痴愚痴言ってんじゃないわよ!」
「!!」
「あんた、カンケーないでしょ?」
すでに始まった事に一々口を挟んでも、遅すぎること。知らなかったことより、知る気がなかった方が問題だろって。しかし、日野っちには納得のいかない事だった。たぶん、このジェルニー・ギーニも。この間見て来た、山本灯や福道春香のような、人間寄りだと察する。ラブ・スプリングの部下と言われれば、余計に際立つ。
だからこそ、
「人なら、そんなこと!どー思う!?」
「!……」
「あんた。アッシ社長のような人間だろ!?確かにちょっと変わってるけど、人間じゃねぇか!」
「なんか私も貶されてます?」
アッシ社長。ちょっと深読みして凹む。
しかし、ギーニは人間であると同時に。ラブ・スプリングの腹心。
「ふっ」
少し笑ったのは、迷いを吹っ飛ばしたこと。自分自身、ラブ・スプリングの指示とはいえ、漫然とYESを実行したわけではない。それを持って答えては
「私もカンケーのない事。人の家族など、全くにね」
この答えは出せない。冷たい答えを言えない。
「むしろ、協力してしまっているのかも。人の気持ちに応えるなど、ラブ・スプリング様には無き言葉だと思います」
いえ、言葉は不要でしょう。その時の行動をきっと、私もラブ・スプリング様も望むべきこと。伝えられる、人としての言葉なら
「しかし、人らしいのでしょう」
「はぁっ?」
「気高く燃えなくては、生きてる気がしないでしょう?復讐に辿り着くことなど、今の人は現実の重さ故に忘却するもの。私にはあのお方がここに向かった時、とても人に、父に見えました」
「……限度と方法があるだろ!」
「正しさなど、周囲の常識が勝手に決めていること。ともかく、女々しいのはそちらですね。一々、五月蝿いです」
こいつ、ゼッテー嫌な女だ。付き合う人が大変だわ。
「終われば、光一が戻ってくれば分かることです」
ギーニは何も本当に知らない。しかし、これから先の結末を知っても深い失意はないだろう。彼女が見据える先は遥か遠く、横に転がる存在はラブ・スプリング以外はどーでも、なんでも良かった。
あの人こそ、人の行く先を見守る守護神のはずだから。
◇ ◇
それは漆木の死がまだなっていない程度の頃。病院に到着した2人。
「ありがとう、運転手さん」
「いえいえ~。またのご利用おねがしま~す」
「アッシ社長によろしくね、トーコ様。オヤスミねー」
タクシーは偶然ながら、空港で拾ったトーコ様のタクシーだった。まぁ、ラブ・スプリングが見かけたから、縁ということでトーコ様のタクシーにした感じだ。
「まったく、急いでいるのか。急いでないのか。分からないな」
「旅行が趣味なロペスなら分かるでしょ?その手間を楽しむものさ」
「タクシーに乗るだけで手間をかけるな」
ラブ・スプリングとリガー・ロペスがやってきた病院。そこにいるのは、漆木土宗の娘、漆木知与がいる病院である。
彼女の診察をロペスに頼み込んでいた。それは漆木からの依頼でも何もなく、ラブ・スプリングの興味であり、目的でもなかった。
「ロペスが助けられたら嬉しいなぁ」
「…………」
それは私では力になれないという事か?
ちょっとイラつくが、精神治療という長い療養かつ患者自身の問題もある。どれだけの症状かも詳しくは知らない。ラブ・スプリングの実力を持ってして、病院内のトラブルは一切起きなかった。
トタンッ
バタンッ
皆が病人となり、意識を失い、覚えてられないほどの気絶を味わう。
「何かをしたな。何を作った?」
「ふふっ、死にはしない程度だよ。20分程度の足止めだよ?体験する?」
「ふざけるな」
「冗談だよ」
ダーリヤや広嶋との戦いで見せた能力であろうが、使ってきた創造力とはまた違ったものであろう。リガー・ロペスは顔も広く、ラブ・スプリングの能力は知っている。しかし、知っていたところで対処などできない応用力を兼ね備えている。
さすがはアメリカの守護神と呼ばれる者か。ロボットとはいえ……。だからこそかもしれんが、
「さー、行こう」
「………まったく、ここは病院だぞ。患者を増やしてどうする」
恐ろしく強い。
ダーリヤや天草組長、光一さん、朱里咲さん、沙耶ちゃん、藤砂くん、灯ちゃん、ミムラちゃん……色々な強者を見てきたが、このラブ・スプリングの強さは単純なものではない。総合的に見れば、人である我々は勝てぬであろう。
「着いた」
「ここにいるのか」
知与のいる病室に着く2人。静かになった病院で、知与は大人しく雑誌を読んでいた。病院内の異変にはまったく気付いていなかった。
普段なら診察にくる人も女性で、ノックを必ずするのが通例であったが、
ギイイィィッ
「失礼~」
「!!ひやあぁっ!?」
突如開くドアに反応し、可愛い悲鳴をもらし、知与の体がハネた。
驚き、硬直。リガー・ロペスはこの時、知与から隠れていたところにいた。ラブ・スプリングだけが見えて、ずかずかと入っていく。
「え、あ……」
「漆木知与ちゃんだよね」
とっても可愛い声に言葉、そして、容姿だって可愛い少年だ。気を許せそうに思えるが、それはラブ・スプリングを知らない者だけ。知る者と、知与のような極度な男性恐怖症を抱えた者には極度な緊張が走る。
しかし、前者はそこまでだ。知与はここから顔が赤らめていく。惚れるとは違う、不吉という黒と赤が混じった変わりかた。歩く度に知与の体が震動する。
「僕ロボットだけど、男として反応するんだ」
「い、いや」
知与の目にはラブ・スプリングが映るも、耳は聞こえていない。病院の中というルールに、病室という狭く小さな人間関係という場所で、彼女の存在は確立されていた。ラブ・スプリングとリガー・ロペスの存在は、異星人レベルに抱く恐怖。
可愛いその姿を持つラブ・スプリングであろうと、彼の黒々とした裏側を見えるように目は情報を生み、脳に伝えていく。
「か、母さん、……父さん……」
震えて手で病院のコールボタンを掴もうとしたが、指で弾き損ね、あわあわとして、また掴む。
「助け」
「助けにきた方だけど?」
その時にはもう、ラブ・スプリングはベッドの傍。押したボタンが押せない。指に力を入れても、押せない。何か分からないけど、奥まで押せない。
言葉は全く聴こえず、やってきたラブ・スプリングから感じる事は恐怖しか分からなかった。
汗の流れか、声の震え、顔色。遠くからでもそれがハッキリと社会で生きていくには、無理と分かる挙動と状態。知らない人を見るだけで、悪い情報ばかりを取り入れてしまう思考状態。経緯は聞いており、合致する。
ロペスも様子見を止めて、中へと入ってくる。それに知与は得体の知れない2人を見て、あまりにも緊張をし、
「げほっ、えほっ」
嘔吐した。
なんの状況か、どんな状況か。
負の状況と認知したくないのに、そう予感させる。
「なるほど」
「どー、ロペス?」
男性恐怖症というのは確かにある。あるが……違和感を悟った。
それは今。会ったばかりの人物が口にしていい言葉ではないかもしれないが、
「どっちかが嘘をついている」
残酷に、何かを……
「治療を続けているにしては6年は長い」
ロペスが感じたのは知与の精神的なストップが長いということ。病院にこれだけの時間、いるのであれば回復傾向が少なくとも見られるはず。
ドタァッ
知与は突如倒れる。男性恐怖症の心理ではなく、ラブ・スプリングの何かの力によって。ここで話すのはどうかと思うが、ラブ・スプリングは感じた違和感が確かにロペスと同じであることだと察知した。
「具体的に」
「知与の情報を見るに、父親の漆木土宗のみに心を開いていた。だが、私や君では男性恐怖症の反応が出る。6年という時間が経っているのにだ。酷い状況がまったく変わっていない。不自然」
男性恐怖症の原因は、
失恋や性的被害、イジメなどもある。他者介入も大きく占めるのであるが、
「家族の影響で男性恐怖症に陥るデータもある。真っ当に暮らしているとなれば、なるほど、確かに。父親に心を開きかけるのは可能性として高い」
「うんうん」
「2つか3つか……。1つ目は病院側が知与を治すつもりがないか、2つ目は知与が嘘をつき、この全てが演技だということだ」
「えーー?2番目はあるかなぁ?それって酷くない?」
「見ただけでは私も分からない。詳しい検査が必要だ。本人にも、病院にも」
名医とはいえ、全てをクソみたいに伝える言葉だった。それでは漆木の頑張りはなんだという、そんな話になる。そして、気になるのが
「だが、……いや」
「?」
「おそらく、2つある。もし、その最後の可能性が知与にあるのだとしたら、彼女は一番の不幸だ。そして、漆木土宗の意思の全てが報われてない」
医者という見方ではなく、患者という立場を見ての推測があった。
秘密裏にした漆木然り、重大なもう1人も然り。冷たく黙り、笑い合っていた。ということになる。前向きに考えているのか、それとも自分だけしか考えていないのか。
それはとても、可能性にしたくはないものだが。長い経験からそれじゃないかとロペスは考えていた。
「で、治せるんだ」
「ああ。ちゃんとしたカウンセラーになれば必ず社会復帰できる。知り合いもいる。6年も経つがまだ間に合うだろう」
ロペスはそう考えていた。患者が可哀想だという気持ちを考えてのことであるが、
「あー、違う違う。診て欲しいってだけじゃん」
「は?」
「知与ちゃんを見てもらうところは決めているんだ。最終確認が事実だったらさ、ただの治療じゃダメじゃないか?」
何を言っているんだ?こいつは。
「わけが分からん」
「つまりさ。知与は」
パラパラパラパラ……
彼女の近くにあったラジコン雑誌の中身をロペスに見せつつ、意識を失った本人が近くにいる前で、ラブ・スプリングは"彼女"の真実をロペスに確認させた。自分とこの分野に自信を持てる存在の、合致があれば確信どころか絶対であると
「じゃない?」
「…………」
「人って分からないね。家族ってなんなんだろ、ホント」
「化け物め」
それを今、ここで言うか。じゃあ、間違いなくそれが真実なんだよ!ふざけんなっていう、真実なんだ!なんてことだよって、真実なんだ。
その後始末をどうつけるかは誰にもできない事だろう。しかし、その判断はもういい。この知与で
「ともかく、知与に何をするつもりだ。返答次第じゃ許さん」
「僕は何もしないけど、確かに男性恐怖症のはずだ。滅多になく、止まった人間だ」
「治療なんだろうな!?」
「治療なのかな?ふふふ、知らないな」
ラブ・スプリングは知与の体を触り、直にその真実をデータ化して確かめようとする。何をホントにする気かと、心配や怒りを交えて見るだけしかできないロペス。
「じゃ、帰ろう。僕は行くところがあるから」
「治療でなくば許さん」
「だから、僕は何もしない。提供をするだけ。何度も言わなくていいよ」
「提供……?……!」
その時、ロペスの耳にも届いていたとある技術を思い出した。ラブ・スプリングはそれをやる気だ。




