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VALENZ TAXI  作者: 孤独
家族編
84/100

自分が一番大事だから、家族を大切に


まだ間に合うでしょう。


「一日眠って、頭スッキリでしょう」

「俺はお前が無視すると思っていた。ちょっと、朝早いぞ」


それは仕方ないでしょう。時差ってもんがあるんで


「もう遅いでしょうが、急ぎましょう」

「?」

「今日、行くそうみたいです」


日野っちはまだ先のことだと思っていた。辞めるの一言や雰囲気を感じられると思うのは、自分がプラプラしていた事も起因する。事態が思ったより早かったことは予想できない。予想できるものではない。



ブロロロロロ



「飯と服、良いか?どっかに行くんだろ?」

「ええ。たぶん、長いとは思います」


察しの良い人だが、さすがに今の状況まで読めないだろう。

日野っちはまだ日常の中にいるような感じの態度で、"身嗜み貸付ますソーイングヘルパー"と"故郷味オリジン・ファスト"を使用する。そして、アッシ社長も"終着点エンドポイント"でガンモ助さんの位置を特定してから、バレない地点にワープする。

いきなり、景色が反転したような光に驚く日野っち。


「どこだよ、ここ」

「アメリカです」

「ここまで来る必要があるのか?」

「急ぎでしたいからです。もうガンモ助さんはここに来てしまっている。"幽霊車"で後ろにつけましょう」


以前から、アメリカとも繫がりがあるのは知っている日野っち。ラブ・スプリングに蹴りを入れて、足を痛めたのも良い思い出だ。それから美癒ぴーの胸が……というのはすぐに打ち消して!


「で、ガンモ助さんはどーいう経緯で『VALENZ TAXI』に入ったんだ?」

「単刀直入かつ適切で助かります」


"幽霊車"で姿をくらましてから、日野っちに語る。


「ガンモ助さんがここに入社した理由は、娘さんの復讐のためです」

「復讐?」

「彼には美癒ぴーと変わらない娘さんがいるんですが、彼女はある事件に巻き込まれ、重度の障害を抱えてしまった。それまで元気だった娘さんをあの人は唐突に失くしたんです」


んな事。いきなり言われて、


「信じられねぇぞ、そんな風には……」

「あの人からではそう見えませんが、知っているでしょう?お見舞いに行っていたのは、全部娘さんの事です」


確かにそーいう事情があったのは知っていた。その中身を今、聞いて。納得しろって言い方だ。


「復讐のため?そんなことするタイプか?」

「人は意外と分からないものですよ」

「娘さんの治療費じゃねぇのか」

「それも込みです。込みでも、治療は続いていくだけで根本の解決は見つかってないそうです」


ドライにガンモ助さんの現実を語っていく、アッシ社長。


「許せない現実があるのは、分かりますよね?あの人はそれに立ち向かったのです」


カッコイイ言い方をしても、復讐という後のない選択をしているのはガンモ助さんだ。なんになるってんだ。それは本人の問題なんだろう。あの人は止まらなかった、止められなかった。


「私はその場所まで、案内することを約束して、ガンモ助さんを採用しました」

「なっ……」

「私も日野っちと同じです。出会った当初、というより。娘さんが事件に巻き込まれてからの翌日に出会いました。日野っちとそう変わりませんね」



◇        ◇



スーツ姿に身を包んで、


【いらっしゃいませ。今日はどのようなご用件でしょうか】


挨拶をする。

漆木土宗の人生の根源は、幸福にあると思われる。


当たり前の事を当たり前にする。それが幸福だと知った教育と家庭の中で育った。銀行員を選んで学んでいったのは、お金という誰でも使うもので、幸せに導く仕事であると思ってのことだ。

就職してからも無気力になる事はなく、日々、勉強して何かを取り込んでいく。


人はある一点の幸福に辿り着くと、立ち止まってしまう。就職や受験活動のそれと同じことなんだろう。人生の単なる一日に過ぎないこと。されど、積み重ねた結果の成否が明確になる時なため、必要といえば必要か。

さぁ、これからだ。という気持ちもない。常にいつも楽しむ気持ちこそが幸せだから。



就職して数年で結婚もした。娘を1人授かった。


荒波のない海の上を、悠々と船が進むように漆木土宗の人生は幸せであった。仕事や人生が上手くいかない時があってもだ、上手く行ったというしてやったり感のある日が少しずつ続いていくと、嬉しきことさ。

成長を見てきて、家族と触れ合い、いつかは嫁に行ってしまう時に大粒の涙を流すんだろうって、思っていた。それほどに大きな事が家族の身に降りかかるなんて、まったく思わなかった。



【月末は込み合うねぇ】


その日もいつも通りであるが、忙しい日はよく決まったものだ。

銀行員という立場に関わらず、仕事をしている時に家族からの連絡は断つものだった。娘といっても、大人になっている。娘が子供の時、高熱を出してインフルエンザだと驚いて、家に帰ったのが一度きり。もう特にないことだろう。

仕事の忙しさを相まって、時間は仕事に縛られる。何度も鳴らされた連絡に目をやったのは帰宅できるその直前。自宅から、携帯から、そして、知らない番号まで入った時。何事かなと、とても軽い気持ちで自宅に電話をした。

事件とはそーいう予想外のことの続き。

自宅にかけるも、誰も出ない。仕方なく、妻の携帯に連絡。会社から出て駅に向かう途中だ。



【おー、由海。どうした?】

【アナタ!どうしていたの!?】

【いや、仕事だが。落ち着きがないぞ】

【知与が!……知与が!!】


焦りや不安の声が電話からでも十分に伝わること。悪い予感というのは、その言葉を知るまで分からないものだ。

真実かどうか、ここでは分からないもの。


【分かった!すぐに病院に行く!】


駅でタクシーを捕まえ、娘のいる病院に直行する。

娘はもう大学生で自由にさせていた。何をやるのも、自分の意志。しかし、事件とくれば話はまったく別だろう?

娘の元へ辿り着いた時、その傷よりも泣いた声を出して寝込んでいる事の方が堪えた。


友達の仲間と共に行動している時、車内で襲われ、金目の物を含めて様々なものを奪われた。


グッと、この時ほど強く手を握った事はなかった。怒りだったというのをよく覚えている。娘を苦しめた奴を許せなかった。なにを言えて、なにをするべきか、真っ当に動けなかった。


【傷口は縫合しました。数日、様子を見れば退院できるでしょう】


医者の言葉は決して悪くなるものではないと、言っていたそうだが。それは頭に入らなかった。ただただ憎みが増えていて、全てを返せと、強く思っていたところだ。

娘のことを妻に任せ、自分は帰路を選んだ。

その怒りは時を費やす度に、



【消えるものではないでしょうか?】


アッシ社長と出会ったのは、この時だった。


【困ったことがあれば、また相談に乗りましょうよ】


妻には帰路と言ったが、警察の方へと向かっていた。事件の詳細を知るためだった。警察の方はいたが、状況の方をあまり教えてくれなかったからだ。怒りのまま、警察に乗り込んで犯人の特定や逮捕を願った。

娘だけでなく、その友達も被害に遭ったため、特定するまでの時間はそう長くはなかった。逃げる犯人、複数いたが順々と捕まっていく中、ただ1人。その主犯格だけは捕まるも裁かれなかった。


【引渡し!?こちらでは裁かれないのですか!?】


アメリカからの留学生と聞いた。情報によれば、軍に入隊する予定の人間であり、身柄をアメリカに渡すよう外交からのやり取りであった。留学期間の期日が間近であり、警察の対応や国としての対応もこの事件を些細なこととし、情報を封鎖した。それ相応の処罰や罪状は与えられるも、外国であり、正しくなっているかなんて、日本にいる漆木達から分かるものではない。

被害者の全てに慰謝料と治療費を渡るものの、それ以降のことは特別としてなく。また、それで許すというのができるものではない。特に漆木はできなかった。まだ波乱の予感がしていたからだ。そして、それは主犯である、マッカソンも然り。



ふざけんなよ。



罪状は決まっていた。ただ処罰が思ってるより重かったからだ。そして、性格もまた反省より残忍さが増す彼は、帰国の前日に周囲が予想できなかった行動に出る。

彼を観察(監視)していた複数の人間をその場で倒し、自由を得て逃亡。退院したばかりの漆木知与を襲撃したのであった。警察側も知与に監視や警護を任せる人間を配置しなかったのも悪い。そして、マッカソンが行方を暗ました事実の報告を、漆木からの報告でようやく知るという遅すぎる対応。悪い情報を黙ったことで何もできなかった。潰すしかなかった。



【お前があの時に逃げるから、俺がこんなに目に遭ったんだろうが!】

【あ、あ、……ひぃ!!】

【だがそれでも、俺はお前に一目惚れした!アメリカで自由になったら、いつでも来てやる!どこからでも来てやる!!】

【や、やめて……】

【今度は攫って、誰にも守られない場所に連れていく!!それまで震えて待て!俺を忘れられないように、また思い出も作ってやるからな!】



知与にとっては退院したばかり、心の整理も終わっていない中で起きた二度目の襲撃。それはアルバイト先で起こった。幸い、怪我こそはなかったが、心が酷く歪んだのは事実であり、辛うじて支えていた常識がプツリと壊れた。その脅しは暴力されたというのも加味され、当たり前に恐怖した。

信用というものが知与から消えた……。

彼女にはマッカソンがいつどこでやってくるかが分からない。捕まっているという言葉も信じられなかった。異様に傾く……。心の問題ではないレベルにまで



変わり果てた精神は仕事や学校、生活に至るまで及ぶ。いつ、どこから、彼が来るのか分からない状態。外国人であるから分かるものもあっても、男性にもそーいう一面があるのではないかという、疑心暗鬼が根付き始めた。震える手、震える足、声を掛けられると途端に飛びのく。ほとんどは誰も気にしないにしろ、そう自然にできなくなっていた。

生活ができないのなら、働く場所も学ぶ場も失う。責任を感じる知与は自主的に辞めることを、早期に選んだのも納得せざるおえなかった。だが、それからは昇ることもない……。拒絶反応は拒絶のままで、治療も上手くいかないまま。生活ができないゆえ、病室にいるだけ。


なにかできる事があれば……



【ふざけんな!!なにをしているんだ貴様等!!知与が、どれだけ傷付いていると思っている!?なぜ主犯を逃がす!?なぜ知与を守らない!?】


知与が2度目の襲撃に遭った日。またしても守れなかったという、強い後悔が漆木にはあった。誰よりも許せなかったのが自分だからだ。人に任せて起きた、人災だ。

激しく許せなかった。

塞ぎこむ知与がとても可哀想であるのに、何も自分にできなかった。


マッカソンはすでにアメリカの留置所へ。しかし、知与から聞いた彼の言葉は本当にやりかねないと思えた。その時に自分がいるだろうか、自分が知与を守れるだろうか?答えは……分からない。分からない。

心が壊れたのは漆木も、同じであった。またその時、




【また会いましたね、漆木さん。病院で……】

【あなたはアッシ社長か。……そうだ、貴殿に尋ねたい事がある。信じはしないが】

【タクシーなので行き先をお願いしますよ】



2度目の邂逅。そして、漆木がいた理由も前回と変わらなかった。何のことかはアッシ社長は当時、分からなかった。仕方のないこと。



【人を殺す機会をくれ!!俺は一生、奴を許せない!!】



そんなこと、並のタクシー運転手に言われても……。しかし、彼は1回目で知っていた。テレポートを使ったのを漆木は知っていたから、アッシ社長に尋ねたのだ。

無論、アッシ社長がいいですよなんて、即答するわけもない。


【……まず、話を聞きましょう。ご自宅でも良いですか?】

【…………妻まで巻き込みたくはない。どこか、飲み屋でもいい】

【そうですね、屋台のおでん屋でも良いですか?美味しいところを知ってますので】


保留という形で漆木の事情を訊いた。確かにいくら警察に訴えようが、外国まで行こうがもう遅すぎること。聞いた話によれば、マッカソンは死刑にはなっていないという。



【なら、俺が殺す】

【…………】

【法律だなんだも言わせずに、俺が殺しに行く】


無謀も良いところ、心の整理が追いついていない。だが、確固たるものを感じてしまった。


【タクシーを貸してくれ!アッシ社長がいなければ、俺は復讐ができない!!】


危ない人。だが、それ以上に娘さんが危ないと感じての判断。アッシ社長は時間をかける選択をとった。ここで彼を見捨てるのも危険、他ならない。同時にラブ・スプリングとの繫がりもあった。漆木を救えるかもしれない。


【分かりました。全面協力とはいきますが、ギブ&テイクでどうです?】

【俺にできること?なんでもやろう!】

【……私の会社に勤めてくれませんか?魔法のタクシーはそこにまだ何台かあります。しばらく、私のところで働いてからでも遅くはないかと思いますよ】


アッシ社長は精一杯の条件を出し、時を待った。

そして、彼の意志は変わらず、確固たるものにしてしまったと後悔していた。


◇        ◇




「なんだなんだ!?」

「看守が暴れているらしい!」

「殺戮が起こってんだ!どうなってやがる!?」

「俺達を殺しに来る看守なんて聞いてねぇぞ!」


監獄とは部屋ではない。廊下を歩く事、トイレを行く事、食事もあること。バスケットコートもあること。罪人を閉じ込めるに辺り、人として扱うのはどうであると思われる。

少なくとも、漆木にはそう思えた。


光一が監獄内で暴れている。混乱と恐怖に包まれる中を漆木は奴が入っている牢屋を一直線した。看守という服装でほぼフリーパス。ほぼ迷わず辿り着くも、


「いないか」


場所は特定しても、この混乱の中。予想通り標的が動くとは限らない。しかし、ただいないだけではないし、性格に問題を持つと、ギーニからの情報と自分の仮想相手の思考がマッチし、行く場所を絞らせていた。

混乱の中、痛みじゃない快楽的な喘ぎが聞こえてくる場所。混乱が入っていない絶対領域は、女囚のトイレから。


「あっ、あっ……」

「んんーっ」


女囚との肉体的なやり取りも、監獄内では起こる。合法や法律などを無視した輩の巣窟、彼等にルールなど無意味なものだ。真っ当を外れた連中しかここにいないから、当然とも思える。

場の空気など、殺しに来た者達は読みも吸いもしない。


「あ?なんだ?」

「ちょ、ここは女囚トイレだし」


漆木が場所の特定だけでなく、人物の顔を見ただけで奴だと認識し、攻撃するまで


「誰だよ」

「騒がしいし」

「邪魔すんな」



相手が元軍人だとしても、戦う体勢にも、姿格好にもなっていない。イラつく、オラつく、その表情が漆木から感じる明確な、自分が持っている殺意と同種を感じて、シカめる表情に変わる。


「っ!!」


素っ裸な状態で2人がいるところ、それならば奇襲も入れて100%のクリティカルだ。



ゴオォォッ



女囚が唖然とし、男囚が血を吐き出しながら殴り飛ばされ、床に転がった。


「今の”だけ”は知与の分だ」


一つを除いて無心のまま、


「ここからは」


このウォーニー・マッカソンを殺す。


「一発一発」


漆木。悲願のその第一歩。


「俺の拳だ!!」


相手をぶっ殺す間合いに到達した!!



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