命を賭けた戦いはそうないけれど、みんなはいつも、人生賭けて生きてるんだぜ
能力、"旱魃"
異空間の海域で、この海域内にいる生物や食物を少しずつ消滅させていく。それは生物の生き死に関係なしに適応されていく。空間内はループ状態で繫がっており、脱出は不可能。生物が骸となったり、死亡すると食い物を狙う生物に変貌し、自我を失う。
一般人の肉体である日野っちと美癒ぴーには、かなり来ている。そして、戦いを続けている者達にも当然来る。
キュ~~
「なんだろ、カロリー減ったかなぁ」
"超人"だから、そのエネルギーの消費が激しかったら意味のない。省エネで戦い、行動するのも技術の一つである。勤務時間が12時間もあったら、力を抜く場面も必要である。
敵と思われる連中が想定より弱かったのは幸いだったろう。
どこも戦いにおける苦戦はなく、体調の不調の方が気になり始めた。
「ごめん、沙耶ちゃん……足手纏いで。こんなときなのになんか、お腹空いちゃった」
「気にすんな。少し休め(やっぱり彩もか)」
敵を圧倒してきたが、"旱魃"の真の能力が現れ始めたら、形勢が変わっていく。どうしようもない、戦うという状況にならない攻撃だ。
「なんだか疲れたー。お腹空いたー」
「鯉川!動きすぎ!」
「なんで私達が鯉川を助けなきゃいけないのよ!」
チームで行動していたのが幸い。肉体の異常より、内臓の異常といったものだろう。これは肉弾戦を得意としている者達も慣れていないだろう。省エネ戦ってなかった者、
バシャァァッ
「灯!?あんたが自ら、阿波野を連れて戻ってくるなんて……」
「阿波野が気分悪いってさ。船はかなり沈めた、阿波野の事を頼むわ。吉祥」
「な、なにか。食べる物を……」
「そーは言ってもねぇ。ヤバイのは阿波野だけじゃないんだけど」
連絡などお互いにしていなかったのに、灯は空腹気味の阿波野を連れてきて船に戻ってきた。
「丁度、みんなに伝えるとこだった」
「私、ちょっと休むわよ」
ふーっ、と息を吐いた灯。おそらく、阿波野と同様に空腹感に襲われているのだろう。あまり慣れていない攻撃を受けている。
パピィも同じだが、前線で戦っていないことで声の余力はあった。とっても大きな声で
「全員!!戻って来い!!!」
海に向かって吼え、海域全体に響き渡る。
「でけぇ声出すな。メスゴリラ」
「無事で良かった。ってわけね、清金」
当然、この異常に気付いている者達はパピィの声に従って戻り始める。
「吉祥に診てもらおう!頑張れ、彩!」
残りの連中もすぐに戻ってきた。敵意のある者や船などは8割以上、片付いたと言っていいだろう。しかし、この異常状態を止めなければ全員が死ぬことを理解している。
福道だって今、体に異常を感じている。
人は空腹でも、不思議な事に、数日は持つらしい。とはいえ、生き地獄といったものだ。兵糧攻めを調べると、死体などを食っている状況と、エグイものだ。
人は危機に陥ると必ず、内部崩壊を起こす。
「無事なのは私、灯、沙耶、パピィ、村木、清金だけみたいね」
ギリギリやり切れる頭数である。問題は時間だが、この異常状態は悪化する感じはしない。常に一定で来ると福道は読み、乗り切れる公算は高いと思っている。
「どーすりゃいい、福道」
灯の声がいつになく荒げている。苛立っている。これは随分とまだ、パワーを残していると思える。それは沙耶も同じだろう。福道はそれを理解していても、順々に説明する。これがもっとも重要。順番に、語ることは情報伝達の誤差に繫がる。
「この海域、どこ行こうがループしていて物理的に出られない」
それは
「なんとなくそれは分かってるわ!」
それじゃ打つ手なしって事でしょ!?
あんたが車椅子姿じゃなきゃ、私と沙耶に匹敵してる強さだったでしょ!冷静で機転も利くあんたが、動けなくなって落ちぶれたって!?
「だけど、一点!突破口があるわ!」
「!?」
「ホント!?」
「マジか!」
時間も考えれば希望はそこのみ。まさに文字通りのそこなのだ。
福道は自らの調査と推測を、核心として伝えた。
「この海域は四角い箱状態、お風呂って言うのがいいかしらね。側面全てはループする状態で、空は随分と高いわね。蓋がない状態って感じ」
図を示しながら、脱出できない箇所を伝えた。そして、そのタイミングで空に打ち上げたパチンコ球がポチャンと落ちてきた。どこまで打ち上げたんだ。
「だけど、底面は違う。ループしたり、メチャクチャ高いや蓋の無い状態としているのなら、"海域"としての性質ではないわ」
「海底か」
「つまり、そこをぶっ壊して出るってわけね」
「これなら脱出=破壊にもなるか」
なるほど。確かに言われて見れば、永久に出られない作りをするなら大地や海なんて、そもそもない方が良い。決して完全無欠はお互いに存在しない。しかし、
「僕、海中に潜っていたが、視界が悪いし、海底は見えなかった。相当、潜る必要があるぞ。そこから壊すとなると、いけるの?」
「冷静ね。沙耶ちゃん。確かにそう、体力も削られていく私達でも厳しい。海底の距離も読めないけど、分かるのは海底だけは無限ではないことぐらいよ。そ・こ・で」
船の形が変わっていく。"変型交代"で海上ではなく、海中を主体とする乗り物。
「俺も初めてだぞ……」
「男は度胸!日野っち!頑張って!!」
潜水艦!ここまでやるタクシー会社があるか!?こんな客もいるか!?海底まで運んでくれっていうお客様は、クレーマーは、今日が初めてだ!
「ヤケクソだ!やってやるよぉっ!空腹で死んでたまるか!!!」
「うん!!」
気合など一時的。だが、仕事を続けるのはとにかく、気合と根性だ。朝飯食わないで学校だって行った、昼食を遅らせてお客様に対応するサービスだってする。夜は眠いから先に寝たさ。
命を繋ぐ、生活を支える。その上で仕事はするもんだろ。
運転手は日野っち、その補佐に美癒ぴー。みんなの命が懸かった一般人2人。
「灯。あなたが底を砕くのよ」
「分かってる。私以外に誰がいるの」
潜水艦は当然ながら、水圧に耐えられる構造をしている。水底をぶっ飛ばすのは、この中でもっとも攻撃力が高い灯が。
「パピィ、沙耶」
「分かってる」
「私達しかいないね」
「ええ」
灯に全力の攻撃をサポートする。ちょっと不満が出るが、まぁ今回はそれで大目に見よう。
「一番手は私が行こう。穴は私以上に空けないと、灯が楽に通過できない。巨大なヒビを入れる」
「僕がぶっ飛ばし役で良いよねぇ、福道」
「ええ、私はこの身ですし。守りが精一杯です」
わずかでも灯の成功率を高めるには、ぶちこめる環境。深海で海中というハンデを取り除くのがこの3人の役目。そこに辿り着くまでも問題。絶対の戦闘力を持つ彼女達も、潜水艦の中から外敵を迎撃する術がない。
「私がやります」
「できる?その体で」
「私の先生は、木見潮講師ですから。戦場の起こりうる事全般、受け入れて返す所存です」
と、思いきや……
「私もやってみようかしら」
「壁の向こうにいる敵をぶっ潰す、あれでしょ。打震とかそんなの」
ガンガン
「接近してないと無理そうね、頑丈な分、壊せずに打てそうで何よりだけど」
福道、清金、村木が潜水艦の中から外敵を攻撃してみようと、名乗りをあげる。
「私はダメだ。絶対に潜水艦壊すしー、手加減してぶん殴るのは気が乗らない」
「僕は入ってきたらぶっ殺す派だ」
「とにかく、お腹減ったーー!元気ないとできない!」
「体力は削れない。ま、灯と意見は同じだからな。それと鯉川、元気じゃんか」
やろうと思えばできる。そーいう自信が奇跡を平然と起こす。人にできないと思われることを成すのが、名誉ある幸福である。
?、ん……?そういえばと思うが。こいつ等今、何かとんでもない事を日野っち達には内緒で話している気がするが、まぁいいか。
ゴーーーーーーッ
「早く海底に着かないか。潜水艦壊れたら、死ぬぞ!」
「う、うん!日野っち、頑張って!」
「美癒ぴー!迎撃してくれ!辛い仕事をやらせて済まないが、今はいない!」
会社にはそんな状況、いくらでもある。人生においてやらねばならない事はいくつもある。
潜水を全速で進める日野っち。
ここで『VALENZ TAXI』が保有する、潜水艦の性能について。
全長50m、全幅12m。ちょっと小太りな形で、潜行深度は1000mまで可能、最大水中速度は40キロ。エンジンは魔力で動く代物であり、静かな潜行を得意とする。
アッシ社長曰く、ラブ・スプリングとの共同製作の中で最も兵器としての乗り物なら、この潜水艦であると自負する。
魔力で動く潜水艦に、ぶっ壊すと搭載された科学兵器。戦争のため、武力のため、仕方なく搭載されている。(潜水艦が移動目的で使われることはまずないと、アッシ社長は思っていたから)
魚雷も当然だし、海面から上空を飛ぶ戦闘機にミサイル攻撃する設備も当然。
索敵する設備も充実で、美癒ぴーにもその使い方が分かった。マニュアル本付きだからである。読みながら、海底を進み、襲ってくる生物がいれば警告音が鳴り……
ビーーーッ
「わーー!わーー!何かきてますよ!」
海中の状況を把握するレーダー。漁船などでも、このような設備があり、魚などの生物の群れをマイクロ波や超音波などで探知するのである。自然に群れやその個体に照準を合わせるお手軽システムで……
ポチッ
「発射です!」
ボタン一つで魚雷をぶっ放す!標的に進んでいき、命中し、撃墜する。
こと戦争において、人を効率良く殺害する兵器は優れているが。より優れているとしたら、やはり情報収集に特化した兵器なのかと思う。正義や悪なんて、くだらん事は置いておきますが、お互いが分かり合い、知る事ができれば戦うまでもないです。戦ってはならないと悟れるのが、情報が持つ大きな力でしょう。
ここを疎かにしては判断を間違えるもの。
海中でどのように生命体が散っていったか分からないが、衝撃と音、生体反応がレーダーから消えることで美癒ぴーは知ってしまう。
「め、メチャクチャ恐いんですけど!」
ビーーーッビーーーッ
涙眼の美癒ぴーは、パニックな表情で日野っちに助けを求める。自分がやっている事、かなり不安になっている。生きるか死ぬかのやりとりなのは分かっている。けれど、やり過ぎなくらい、魚雷の威力が強い。
それを使ったという衝撃から、また使うための精神の休息がない内にこの潜水艦に襲い掛かる異種生物達。食料を追い求めた怪物達。
「撃つんだ!美癒ぴー!」
「わ、分かってますけど!連射はできないみたいですぅ!っていうか、無理!」
ハッキリと、覚悟といったものが凡人である2人だ。
恐いという事を良く分かっている。
ギュッと、魚雷ボタンを……
「もう俺も押す!」
操縦席から半分降りて、美癒ぴーの手と同時に日野っちは押していく。とにかく、連打した!もう使い切れと願っての、魚雷の連射。
「福道に言われて来たら、楽しそーね」
「嫉妬するなぁ、男女二人でお手手合わせるなんて」
「こんな殺伐とした手繋ぎがあるかぁ!!もう俺は避けない!死ぬ時はこーいうのでも良い!」
「村木さん!清金さん!……この、この状況のままで!」
潜水艦に搭載されている魚雷は当然だが、敵との着弾点が近すぎると爆風に巻き込まれる。生物の数は多く、遠方で撃ち落とすのには限度があり、もうすでに迫ってきた。
ドシンッと、潜水艦を揺らす一撃が入った。揺れる潜水艦。日野っちが運転席から外れたことで、ただ水底に向かって進むのみだ。
「きゃぁっ」
「とっ」
美癒ぴーを支えながら、仕方なくもうそれしかできない日野っち。
迫り来る海中からの攻撃を、清金と村木は戦闘の勘で読み、対となるように攻撃を潜水艦の中から障壁に向かって打ち込む。
打撃で生じた震動を海中に走らせて、生物を攻撃する。壁にヒビが入らず、外敵にだけダメージを流す所業。見えていないから精度には不安がある。足止め程度である。
「うーん、難しいわね」
「合わせるのが大変」
運転部をこの2人が、突破口と決めた部分には福道が……。
ドゴオオォォッ
高速のラッシュで一気に襲い掛かる異種生物達を、潜水艦の中から葬り去る。清金と村木とは、精度がまるで違っている。車椅子というハンデを背負っているにも関わらず……。
「ふぅ」
福道と村木、清金。それに日野っちと美癒ぴーの足止めは、確かに有効だった。
ようやく、この異空間の海底が見えて来た。レーダーでそれを知った日野っちと美癒ぴーは、
「やった!おい!あと少しなんだろ!海底に!」
「ホントだ!あと少しで出られるんだ!」
物凄く喜んだ。あとは彼女達が海底に穴を開けて脱出。というのが、この作戦の流れ。そーいう流れなんだが……、ようやく2人は気付く。そして、村木と清金の2人がここに来たもう一つの理由を知った気がした。恐る恐る、日野っちは訊く。
「これは潜水艦だぜ……」
「ええ」
「どーやって、彼女達は海底に出るんだ?」
「ドアを開けるんですよね?そーですよね?危険だなぁー」
「そんな悠長な事をしたら、海水が流れ込んで死ぬだけじゃない」
「あとは灯がやる算段よ。大丈夫、命は助かる」
いや、命は助かっても。助からないものがあるんですけど!!
「この潜水艦!このタクシー!」
「あなた達は壊す気かーーー!?」
「うん」
「それ以外ないでしょ?」
村木と清金は、なんとも思わずに頷いた。余計な行動をとらせないため、彼女達は2人を監視していたのであった。
それから1分30秒ほどだろうか、船底が海底にぶつかろうとする直前までの間合い。
ドゴオオオォォッ
パピィが絶妙な力加減の前蹴りで、潜水艦の分厚い壁に巨大なヒビを作る程度に留める。プシュッと海水が流れ込みそうで、流れない。絶妙な状態だ。助走を補助する程度に上手くやっている。
その刹那でチェンジして、
「かはっ」
沙耶が拳を作り、表情に怒気など軽い狂気を纏って繰り出した拳は
「イッけやぁぁぁっ!!」
潜水艦の外を覆っていた、海水を派手に動かす。追い返す。ぶっ飛ばされた壁の勢いだけ、船内の空気が外に漏れ、ほんの。ほんの。ほんの、わずかな時間。海底にその空気が留まった。それで十分な援護だと、灯は自信を持った。
始動するタイミングがまさに神懸りであり、そこからの移動もまた然り。
壁を殴り飛ばした沙耶の隣を悠然と通り、これからやってくる衝撃の数々が襲い掛かるよりも速い。灯の”終わった拳”。
「私の負けね。深海の、海底じゃまだこれは使えないわ」
心の中で、なおも自らの未熟さを思い知る。
山本灯の成長速度の速さは、反省と欲望の高さにあるかもしれない。
刹那の中で動ける、超神速の拳は皆が繋いで、確実に全力で突きを放っていた。
沙耶とパピィ、福道は見ていることが精一杯。灯が確かに潜水艦から飛び出して、海底に脚をつけて、海底をぶん殴ったところ。ギュ~~っと押し固められた何かが、砕けたように潜水艦とこの海域に襲い掛かる衝撃。灯が海水の逆流に巻き込まれ、吹き飛んだ。そして、潜水艦に空いた穴に圧力と同時に流れ込んでくる海水。
「やれやれ」
福道はその穴の前に移動し、両の掌のみで逃げる空気を壁のように操り、海水を可能な限り押し戻した。単なる時間稼ぎである。確かに灯の拳は、叩き込むまでが神速であるが。この異空間が壊れるまでの時間。
「あと一息よ、みんな」
福道はみんなを護り切った。灯以外をしっかりと、潜水艦内に留めた。
ゴポポポポポポポ
灯がぶち抜いた海底は悲鳴のような音ともに、この世界の全てを吸い込み始めた。どこへ行くのか、その先のことはあまり考えずに、全ては流される。




