食べ物は少なくても良くないし、多すぎても良くない。それは人のように……
最初に発見したのは、中世のヨーロッパ諸国にあった一つの騎士部隊とされる。
団結されたチームワークと統率は並の軍隊では敵わなかった。対立する国は騎士部隊との直接の戦争を避け、残虐な経済戦争を始めた。
食料の輸出制限。民間企業への不利な関税制度。いかに武力を持ってしても、国というのはその一部分だけでは成り立たない。極めてそれは残酷な結末。戦いもなく、敗れ去ったこと。
キイィッ
「話せるのならしたいところですわ」
唯一、雰囲気が違う敵と戦う阿波野。
二刀流のアンデッド剣士の腕前は高い。
間合いは若干、阿波野の方が短く、攻撃間隔も遅い。
チィッ
刃を避けきれず、血を流す。身体能力では阿波野の方が優位故、間合いのやり取りで被害を抑えている。
片手で握っている剣を受け止め、後退する阿波野。なるほど、なるほど。愉快な笑いが零れる。
「あくまで」
戦いの最中で言葉を交えるのも一興。それも武器とする、上等な戦闘。沈黙であろうと、望んでいなくとも
「"剣士としてなら"私より強いのでしょう」
真剣にただ真っ直ぐに構えをとる。一方で2つの剣をクロスさせ、迎撃でも、攻撃でも、鬼の如く威圧感をかもし出す。どんな軌道も捌かれるだろう。しかし、阿波野は踏み込んだ。
阿波野の一撃を二刀で受けはしない。片側は防御、片側は攻撃。剣士の右手が降り上がったのは、受けると同時に叩き斬るカウンター狙い。隙のない攻防。これを阿波野は分かった上で、
ガキイィィッ
直進して刀と剣を交えた。
強行で斬るのは不可能。して、一刀では攻撃と防御を併用することはできない。実に絶妙な降り降ろしが阿波野の体と刀を通り、床をも切り裂いた。
パキィッ
剣士としては相手が上回った。上回ったのは彼の方で、阿波野はかなり下回っていた。相手の懐に滑り込んで足で絡めた、相手の両足。
いかに剣士とて
「寝技に切り替えます」
倒れた状態で剣を振るったことなど、想定すらしてないだろう。一方で阿波野は巧みな脚捌きと、両腕で相手の足を躊躇無く、折った。
ゲームセット。剣を使えず、足も使えない状況ではもう覆らない。戦わなくても良いほどのものとなった。
剣士の表情は少し複雑ながらも、諦めたような顔にはなった。
「やや違いましたか?でも、強さには様々ありますわ。私はこーいう強さ。灯様はそーいう強さ」
一途に取り組める方はやっぱり素敵ですわ。
現実はそう甘くないですのに。
◇ ◇
ボコボコボコ
口から出る泡の間隔を少しでも遅くしなければいけない。本格的な海中戦は、人生で初めてのこと。大人しくて、超絶絶対ど天然美人の輪島彩の強さは、こと単純な戦場では十分過ぎるモノである。そんな彼女とて、"初めて"というプレッシャーと、言葉通りの未知は相手の強さとは違う重荷を与える。
海中という、行動だけでなく、思考にも縛りが襲う。
酸素消費を抑えなくてはならない。それを念頭に入れて、この視界が悪い海中で敵の数を把握する。気付いたことは、地上では滅多にない下への警戒及び、360度の索敵から球体状の索敵に切り替えなければならないこと。
後ろに眼は、当然無い。前に集中以外はないが。
視野の確保が大変となるのはやってみて分かる事ですわ。
海中を専門とする相手では運動能力に差がある。異種生物故の、特性もまたしかり。常識を素早く外したのは、彩もまた常識を持たない化身であるに他ならない。
襲い掛かってくる生物達に水中だからこそできるアクロバティックな体勢から、凡庸以下と思わせる一発一発を安定した威力で、生物の皮膚と肉を抉るレベルで迎撃していく。
自ら敵に近寄らないのは、そこまでに辿り着く酸素使用を控えるには効果的。偶然かもしれないが、迎撃に徹した彩の判断に間違いはない。
水の中ではやはり、動きが思う以上に動けませんわ。空気を得ないと、見える敵は倒せないかな。
口の奥にある酸素も零れていく。ゆっくりと浮上をしているのは、海中に引きずり込まれたように敵から眼を離すと危険だからだ。
一呼吸からの潜水で、……しかし。視界の悪さ故に感じる。敵の数の詳細。不安がある。その不安があるとは、冷静さを確実に生み出し、焦りを消す。焦りが現れるとは戦うという前に自分の負けを決めてしまう。
まだ彩には現れていないが、彩が未だに海にいる状況であるならば負けは確定である。”初めて”という感覚は、性質の悪いことに情報が疎かになって、予測よりも立ち止まってしまうものだ。できる、できないの、2択も生まれない。
一体一体の強さならばどうという事はないが、海中戦による体力消費は地上よりも遥かに多い。ゆっくりと休むことも難しいところ
ザポーーンッ
海面から勢いよく降りて、沙耶が来た。海中を泳ぐ速度はとんでもないもので、いの一番にやったのは彩の元へ駆け寄って。
「沙耶ちゃん!」
「………」
声を出すな。空気がもっと逃げるだろう。ま、海面から見えた気泡で位置が分かったんだけど。
沙耶は彩の腕を掴み握って、力をセーブしながら。海上に向かって投げ飛ばした。激流に飲まれるかのほど、勢いを持って打ち上げられた。彩の肉体は、海の上では最も安全と言える空中まで舞い上がった。
空気を吸って、吐いて、吸って、吐いて。
それが本当に通常と変わらないくらい余裕のある、打ち上げ。そうせざる終えず、彩は顔をその時までに引き締めて、
「沙耶ちゃん!助けるからね!!」
海中に入った。まだ間に合うと思っていたのに、
もう浮上を始めていた沙耶。いくつもの死体と共に、海面へ向かう。
「海中の奴等はもう片付けた。よえぇ」
秒殺という言葉があるが、100は超える化け物を相手に、それも相手の得意な海中でやり遂げる。強さが抜きん出た、秒殺とはこのことだ。
◇ ◇
何事も協力というものを表現することがある。阿吽の呼吸なんて、言葉もあるくらいだ。
だが、そんな言葉よりも世界はだいたい切磋琢磨だ。1人の力をいかに使っていくかでは、絶対的に足らず。1人1人の成長は絶対条件。
単純に背を合わせて、
「村木、腕は落ちてないわね?」
「あったり前でしょ、の前に……」
ライバルなんてね。こいつじゃねぇーって、清金は思っている。
そして、村木もライバルとかの話に興味はない。
「そもそも、束沙様に悲しい報告はできないでしょ?」
「ええ、当然。できれば、あの灯が死んだ報告でも……」
「ジョーク過ぎるわ。喜ばないわよ、あなたも」
煽り合いに思えるが、協力でありながら、お互いに数を数える。
派手さはパピィや彩などにも劣るが、テクニックならば自信を持つ清金と村木だ。骸骨の軍隊を相手に囲まれても、
バギイィッ
「このくらいの強度なら割れちゃうわよ」
清金はアッサリするほど、優しい掴みから骨を砕く握手をやってのける。相手の数が多い場合、できる限り、捕まることと捕まえる事を避けて、四肢を自由にすること。
一撃で敵を倒すことができれば上出来であるが、隙を作り過ぎてはいけない。最小の動きで、一撃で殺す。これはなかなかに難しいが、やってのける。
ガァァァンッ
「ふふっ、やっぱり良いわね」
村木。もし、相手が本当の人間だとしたら、眼球に肘打ちを叩き込んでいる。自然になんの悪びれていない、一撃必殺をやってのける。
「私、お淑やかな女性で社会に溶け込んで、彼氏と仲良くしてますから。敵を抹殺しているだけだから」
「村木。あんたいつか、彼氏の前で本性がバレるわよ」
◇ ◇
トントン……
予想であったが、経験から弾き出された予想はだいたい当たる。
パピィと美癒ぴー、そして、吉祥自ら。
「恥ずかしいんですけど……」
「美癒ぴーおっぱい、でかー。日野っちくんに見せてあげたら」
「今言うな!」
「吉祥。マジメにやんねぇと、私の右手がお前の頭を砕く」
日野っちは福道さんに抑えつけられ、目隠し中。お臍のところから、胸にかけて。吉祥は診断し始めた。手や指ではじき、震動の伝わり具合で体内の様子を把握する。
診断を終えて、入念に体を服で隠す美癒ぴー。
「ふむふむ、やっぱり福道とパピィの予想通り。私達の胃や腸の調子がオカシイね」
社会の理不尽などで発生するストレスなどで、体調は崩れるものです。胃や腸、睡眠不足、困ることばかりです。
「体内の栄養も通常時よりも消耗しているようね」
「うん。長期化するとマズイねぇ」
海域内にある食料を消滅させるだけでなく、生物の体内にある栄養すらも削っていく。単純な強さとは違う、能力の特性が本性。
ここにいる生物達は皆、海域で骸と化した化け物達。そして、全員が出られなかった。
食える肉体を見つけたら一目散に駆け寄り、喰らいついていく。なにもかも分からず、食う存在になってしまう。
「みんな向こう行っちゃったし、どうしたものかしらね」
「バラバラに行かせたのも、裏目か」
敵の本体らしき者がいればいいが、この海域自体の特性だとしたら、戦うことすらできずに負ける。
戦うことになれば必ず、突破できるが……。
ギュルルルルル
「うっ。なんか、お腹が……」
「私達と違って肉体の強度が違えば、影響も違うだろう」
「美癒ぴーのお腹の音、可愛いー」
「やめてくださいよ。我慢しますよ」
何かを見失っていると福道は考える。ここからの最悪を考えるのが、指揮系統を持てる人間の腕の見せ所。強さでも相当な実力を誇りながら、日陰のように人に指示を与える福道。大変に重要なことである。
どこかの誰かは言っていた。指揮官が無能であれば、部下は全滅する、と。
これは社会というか、会社に言えるだろう。必ず、何かの指示を出す立場であれば、その最善をとにかく打つのが役目。
最善を打つ以上、思考する時間は早いだけでなく、正解を解かなきゃいけない。学校の5教科とは違う、決まった回答でも、参考書に載っているわけでもない。
仲間割れなんてことは絶対に、嫌な死に方だ。どうせ死ぬのに……。
船に乗っている福道には”逃げ”の一手がある。だが、逃げ切れるのか?それでは仲間が助からない。長くなるほど、不利だ。これは早く壊さなければいけない幻影。
ポケットの中からパチンコ球を抜き取った福道は、掌の上に乗せ、それをデコピンで弾き飛ばした。それをいろんな方向に向けて飛ばした。
「なにをしているんですか?」
「この海域の範囲を調べてるんだけど」
デコピンで吹っ飛ばした弾はグングンと伸びていき、見えなくなったと思ったら。
ボチャァンッ
この船のちょっと近くにいくつもパチンコ球が落ちてきた。
「え!?」
「落ちてきた!」
「やはり、ずーっと。先に行ってもループして出られないようね」
「力技じゃ無理か、どうする?余計に厳しくなったぞ」
福道は天を一回見上げてから、下に視線をやった。?とよく分からない行動だと、周囲は思ったが。上を見ながら、例の如く。パチンコ球を打ち上げてみた。
「当たり前だけど、落ちてくるわ」
「いや、そうだろう」
上に投げた物が下に落下するあったり前のことだ。空を飛んで脱出も考えてみたが、無理そうだ。いくら進んだ先でループしまくって、出られない。考えるほど絶望が寄りそうのは残念だけど、そうなんだよね……。
「日野っちさん」
「な、なんだ。俺も、眩暈してきたんだが……」
できるかどうか分からないが、繋ぎが必要。
「これは魔法のタクシーでいいのよね?」
「そうだよ。目的地に行くさ。でも、この海域から出られるかどうかは……アッシ社長がいねぇと、分からないぞ」
「結構です、私達はそもそも。ここから逃げるために来たわけではないので」
もし、彼等に頼まなかったら死んでいたでしょう。
「あなた方の力が必要です」
この絶望的な海域の突破口を、福道は先ほどのパチンコ球飛ばしで見抜いた。
それは彼女達の強さと、海域が持つ能力の強さの、意識の違いであった。




