怒らない人は怒り方が分からないから、加減をしない
畦総一郎。
能力名、"勇気ある死んだ生き方"
長いので略称は"DLD"。
"DLD"の能力は、アッシ社長やマジメちゃんなどと似たタイプであり、条件やリスクを背負って発動するタイプであり、完全なる受け身。
メテオ・ホールの護衛があれば発動条件はそう満たさない。また、ちょっとやそっとではまず、発動条件も揃わない。普通の人間が使うのであれば……。
「どーいう運転をしてんだ、テメェ!」
「危ないでしょ!?」
「ご、ごめんなさい!」
他者の介入によって、自分が不快に思ったり傷付いたと感じて、発動条件が満たす。条件が満たせば畦の意思など関係はない。
自分の強い劣等感を平定、及び、心に刻まれた酷い傷を一掃する忘却。
「まったく!どこ見て運転してやがる!」
畦の鈍感と無自覚を作り出している能力でもあろう。
対象者の精神状態を多いに乱す。
「まともな運転もできねぇのか!?」
種類は様々であるが、どれをとっても覚悟や勇気とはまるで違った発狂が迫る。勇気があってもできるものじゃない。弱者の気持ちを思い知れとでも、謳う理不尽な現象。
畦にキレた1人の運転手は
「ででできでえぇぇのがああぁっ!?ああぁ!?」
ドガアアァァッ
呪われたような表情となって呻き声をあげ、猛スピードで歩道を横切って、建物へと突撃する。単なる間違いや体調不良、余所見、飲酒などとは違う。
なんらかの異常では済まないレベルの、精神破壊。
「子供に迷惑でしょおぉぉっっ!?」
歩行者も発狂し、アスファルトを舌でなめずったり、頭で何度も叩いたり、イカれているレベルが上がっていく。
「ちゅぢゅぱちゅぢゅぱ」
ガキ大将みたいな子供も、ガードレールを飴のように思って舐めて、噛んだり、時折喜んで下を漏らす。そして、自分だけしかいないかのような言動。
「ど、どうしたの!?」
「なにしてんだお前達!」
"DLD"から免れた人もいる。当然ながら、発狂し始めた人を諌めようとするがまったく聞き入らないし、知能も欠如されて理解できない。
まるで世紀末や飢餓に苦しみ人々が起こす地獄絵図。その光景を間近で、"幽霊車"で消えながら見た日野っちと美癒ぴー。
「ど、どーなってんだ!?みんな頭がおかしくなってんじゃねぇのか!?」
「ヤバイよ、すごくヤバイでしょ!」
今まで起こった魔法や不思議とはまったく違っており、どれだけ恐ろしいかを注釈したような光景であった。この仕業が誰なのか、すぐに分かってしまう。
「畦さんだろう。やべー能力って聞いてるし、本人は自覚ねぇと聞くし」
「ろ、ロクでもない能力もあるんだね。先天的なものもあるって、アッシ社長は言ってたけどさ」
何を言うか。確かにロクでもない能力ではあるけれど、畦の能力は便利だ。
発動条件=攻撃対象の大半が嫌な奴になるからだ。無論、嫌に思う事がない人にとってはまったく役立たないし、迷惑な能力ではあるが、クレーマーやキチガイ、極道みたいな怖い人を有効かつ惨く、確実に、人生を終わらせることに特化している。自分にとって有害に感じる存在をほぼ自動的に抹殺してくれるのだ。また、人から狙われる心配もまずない。(瞬殺されたらそこまでだが)
ただ単純な強さではなく、役割のある強さの方が使い勝手も良い。条件が限られた方が求められる仕事量は増えない。単純な能力が高すぎると、周りも迷惑するし、自分の負担が大きくなるばかり。劣等感って悔しいもんと感じている内はマシなんだろうが、それが平然となると人生が終わったみたいな面で一日中だ、正直、それもどうかと思っている。
かといって単純な能力が少なすぎるのも問題であるので、ようは加減だ。
作者としてはかなり欲しい能力である(社会的に生きる上では)。いや、ホント。自分の仕事に少し関係のあることですが、人付き合いがホントに辛い。
お客様と付き合うのであれば、多少気を悪くしてもできる方ではあるが、クレーマーなり癖のある人と付き合うのはキツイ。怒りたい感情を堪えながら、働くわけだが、いつかは吐き出さないと死にそうになる。ストレスは不眠症に繫がったり、肌が荒れたり、食生活にも響いてくるので、ぜひとも、ホントに欲しい。
自分の場合は、お客様とのやり取りが大半であるが、社会で働く人。同僚なり、先輩なり、上司なりのストレスもある。人間関係をスッパリ取り払ってくれると、ホントにありがたいだろう?
『VALENZ TAXI』みたいな、ホントにフレンドリーな会社があればホントに良いかな。魔法云々なくても、タクシーの仕事はあんまり好みませんが。
「どーやって止める!?前みたいに先回りして、トランクに!?」
「いや、一台じゃそれは無理だ。それより近づくにしても、いきなり近づいたら俺達もやられる可能性がある」
アッシ社長とマジメちゃん、トーコ様、ガンモ助さん。
まだ到着してないみたいだな。近づいたらマズイ。俺達にできることは
「畦さんの能力を調べることだろう。周り見てみろ!気の狂った連中もいるけど、無事な奴もチラホラいる!」
「え……」
発狂している人間なり、目立つ人間にみんなは意識がいくものであるが、社会には目立たないが重要な存在もいる。案外、スーパーに行くとレジばかり目に行くが、品出しをする人、商品を届ける人、造る人などなど。こーいう人達もいて、お店は回っている。
「確かに!無事な人もいるね!」
「マジメちゃんみたいになんらかの条件で、畦さんの攻撃がやってくるんだ」
一般人とはいえ、多くの出来事を経験している日野っち。ブラブラしているフリーターのタクシー運転手にするのが勿体無いぐらい、観察眼が良い。
熱くなって責任をとったり、冷静になって判断もできる。
「条件さえ揃わなければ大丈夫だが、一つでも間違って喰らったら終わりだぞ。よく分からず、発狂だぞ」
「うっ。発狂している人達って記憶、あるのかな?目覚めたら辛そう」
記憶はある。しかし、麻薬のように脳内に酷く分泌させる快楽が、奇行を促進させる。アッサリ死ぬような自殺ではなく、恥をかきながら、惨めに晒されて死んでいく。
安心もあるが、恐怖もある。
「ともかく、そのままの距離で運転してくれ」
日野っち達と畦さんとの距離はおよそ20mといったところか。"幽霊車"で姿を消しているため、まず見つからない。しかし、"幽霊車"を解除しなければ、まず畦さんの車を止められないだろう。
「ふーーっ」
市外の状況は大混乱。畦のせいで発狂していく人々が増えていく。アッシ社長が来ればなんとかなるのか、もしダメだったらどうなる?
効く人間と効かない人間の区別をしろ。それが、やらなければいけないこと!
「テメェ!どんな運転しているんだ!?」
「そこの暴走車!止まりなさい!!」
「信号無視するなーーー!!」
「あ、ああぅ。止めてよー」
無反応な人間、あるいは、
「あぎゃららららららら、怖い怖い怖い怖い3キロも出て怖い怖い怖い」
「げろろろぉぉぉっ、酔う酔う上下に揺られて、もうはいちゃったよぉぉぉ」
「息っ、息ぃぃっ、でぎっ……」
「あー、僕を助けてくれる人がいないよー。みんな、運転が下手だよ」
表情に出しているだけで、留まっている人間、畦の意識に入らない人間にはほぼ言えるが、発狂の様子がまったくない。注意や激怒に反応して、畦の発狂が伝わっていく。
特に如実に出ているのは警察の車だった。運転手は無事であるが、畦を止めようと警告を入れた人間が発狂し始めた。
一度でも罹れば、もう戻れない攻撃だ。
「…………」
車を止めること、能力の解除方法。様子を見るに、やっぱり畦には自覚がない。発狂している人を貶している。どの口が言うか。
日野っちは車を取り返さなければならない。つまり、畦を止めることであり、能力の解除はアッシ社長達が来ないと何もできない。
「美癒ぴー、"幽霊車"を解除して畦さんと並走してくれ」
「ええっ!?できるかなぁ?」
畦は例外級の例外であるが、危険運転する車が前後にある場合は関わらず、先に行かせるなり、道を変えたりして、避けましょう。
危険運転する人は大抵ロクでもないので。
美癒ぴーはちょっと自信なさげに"幽霊車"を解除して、車を一気に追い抜いていく。たまたま2車線道路を走っていて助かった。
ブオオォンッ
オォォンッ
「あ、危ねぇだろうが!?」
「どこ見て走ってんだ!赤信号だろうが!」
畦が信号無視をすれば、美癒ぴーも信号無視をする。思い切ってやったが、あとが怖い。これで事故を起こしたら一生ものだ。
「あ、あのー。私、止めたいんですけど!」
「今の美癒ぴーなら暴走運転もできる!あと少しだ!横につけてくれ!」
「歩行者は大丈夫なのかな?轢かなかったけどさ」
「たぶん、畦の能力で大半は死に掛けるはずだ!」
見てはいないが、とんでもない奇声があがった。5人ほど、"DLD"の餌食となって発狂したのだろう。
もう少しで並ぼうという時、美癒ぴーは肝心な事を訊いた。
「どうやって止めるの!?近づき過ぎたらぶつかるよ!」
畦の運転は予測不能である。それに加え、無理に力や言葉で抑え込もうと思ったら、"DLD"の餌食だ。
しかし、日野っちにはある算段があった。
「畦さん自身に教えて車を止めさせる。正直、パニックになってんのか、分からん人だが!やってみる!」
日野っちは窓を開ける。助手席に座っていることもある、危ないのは日野っちの方。
「並んでくれ!」
「うん!気をつけて」
畦はほぼ真っ直ぐしか見ていないから、隣に日野っち達がいることをまだ知らない。とはいえ、
コンコンッ
コンコンッ
「!!うわああぁっ!?」
「驚き過ぎだろ!」
運転席の窓をノックして、知らせる日野っち。声は届く。
「窓を開けてくれ!それと、車を止めてくれ!あと、前を見てくれ」
一辺に言いたいことが色々ある。普通に言ってしまった。畦さんは一つずつそれを真っ当しようとする。
「えーっと」
窓の下部分を見ながら、それっぽいボタンを押す。窓が徐々に降りてきて、顔をちょっと出して
「あの、言い辛いんだけど。走行中に運転席の窓を叩くのは危ないよ」
今の一連の動作中、一回たりとも、前を見ないでブレーキもかけないこの運転手に言われたくねぇ……。
「で?どうしたの?日野っち」
いや、畦さんがどうしたんだよ。っていうか、それ俺の車!まったく自覚ないんか!?車をよく見たら、傷もあるわ、血もついているわで、すでに終わった後じゃねぇか!!
言いたいことを言ったら、十中八九。"DLD"の餌食だ。こんな奴が"DLD"を持っているととんでもなく、イライラするのになにもできない。
「そ、そのまま窓は開けてくれ」
「う、うん。僕も困ってるんだ」
そうだろ?
「あの左の急カーブ、曲がれる自信がないんだ」
「…………」
畦さんが前を向くと同時に日野っちも向いた。やべっ!
「わーーーーっっ!」
美癒ぴーが叫んで、いつも以上にハンドルを切って畦も助けるように急激に曲がる。畦さんも多少頑張ってハンドルを動かしているんだが、
「逆ぅぅっ!」
「あわわわ?パニックだよ!」
俺達が言いたい!美癒ぴーの鋭いドリフトで畦さんの車もぶつけながら、この急カーブを曲がっていく。傷が広がった。
日野っちは死ぬ思いをしながら、その死を乗り越えようともう一回死線に行く。
「うおおぉぉっ」
輪を潜るイルカみたいに、美癒ぴーの助手席から畦さんの運転席へ、ダイブ!小さい体だったからかなりスムーズな動きであった。
「危ないよ!」
再三言うが、それはあんただ!!
日野っちは畦の車に乗り込んだら、助手席に転がり。そこからハンドルをとって、ブレーキも踏む。
キキキィィッ
暴動を収めたのは、とても耳に響く嫌な音であった。
「あー、止まった」
「あー!そっか、僕を助けに来てくれたのか!」
「いや、車を返してもらうためなんだが……」




