『VALENZ TAXI』の魅力で~す
「そうそう、『VALENZ TAXI』はほとんどAT車で~す。MT車も1台ありますが~、使用できるのはアッシ社長と日野っち、ガンモ助さんだけなんですよ~」
「トーコ様が乗れないだけですよね?私が言うのも、なんですけど」
「ちなみにアッシ社長の車がMT車で~す」
キーを差し込み、シートベルトをつけ、エンジンをかけ、ギアの入れ替え、
「事前の点検を済ませていれば~、気兼ねなく発進できま~す」
車はニュートラル状態から外れれば、ゆっくりとであるが自然に進んでいく。運転前の予備知識が一切無かった美癒ぴーにとっては、ブレーキをかけていないだけで進むことに驚きがあった。自分がハンドルを握っているのだから、なおさらだった。
「勝手に進むんですね!言って下さい!」
「人は学ぶより自ら体験する方が覚えるんですよ~」
車が勝手に進みながら、トーコ様は説明していく。魔法的な事が一切ない、車の動かし方だ。
それに伴って、大事な箇所から教える。
「運転で大事なのはこのギアで~す」
「缶を置く隣にある、なんかのレバーですね。これ大事だったんですか?」
「は~い。たぶん、一番で~す」
ギア。チェンジレバーとも言う。
運転して初めて気が付くことであるが、アクセルやハンドル、ブレーキといった代表的な車のパーツよりも重要なところである。運転をしていない者にはその重要性が分からないと思うが、安全な運転を行なうためにはギアの扱い方を学ばなければまずできない。
「これは、"P"、"R"、"N"、"D"、"2"、"1"の並びで~す。しばらくは"N"と"D"、"P"ぐらいしか使いませんよ~」
「最初は"P"でしたよね?」
「パ~キングで~す。ここにギアを入れていると、アクセルを踏んでも動きませ~ん。それと~、車のエンジンを掛けるにはこの"N"か"P"にギアを合わせないとエンジンが掛かりませんよ~。駐車時しか使用しないので~、ニュートラルの"N"を覚えてくださ~い」
運転初心者がやりがちな事として、エンジンの掛け方に戸惑うことである。ギアを"N"や"P"に入れ忘れ、エンジンが掛からず、慌てふためくことが誰しもあることだ。
なんでそんな慌てることが起きるのかというと、
「みなさん、ギアのチェンジを忘れちゃうんですよ~。運転に集中しすぎて~、停止したり~、駐車の時に~、ギアを戻すの忘れることってよくあるんで~す」
「そういえば、お店に突っ込む自動車事故に、ブレーキとアクセルの踏み間違え以外に、ギアを戻すのを忘れて突っ込んだというのを、聞いた事があります」
「踏み間違えより多いんですよ~。身を持って知ってくださ~い」
交通事故が多い瞬間というのは、運転中より発進時の割合が多いのだ。
原因として、基本的な操作ミス、焦り、油断、不注意、判断ミスなどが挙げられる。道路の流れに沿えば運転中に起こる事故など少ないのだ。ただし、ないとは言っていない。
「ですから~、必ず。信号や渋滞などで停止した時から~、このギアを動かす癖を~、今のうちにつけてくださ~い。始めのうちだからこそ~、身体に染み込ませることができるのと~、一度癖がつくと~なかなか修正できませんので~」
トーコ様。口調こそ、まったく変わっていないけれど、今まで不安に思っていたことが嘘のような丁寧過ぎて、タメになる教え方ができるんですね!侮ってました!
「私もアッシ社長に耳が痛むほど言われて~、やらされているので~、安全に運転する事に関しては~自信あるんです~」
でしたら、寝ないでください。居眠り運転が物凄い悪質です。
「今日は運転時に"D"だけやりましょ~。今の状態で~す。これ便利なんですよ~、スピードに合わせて、自動でギアを変えてくれるんです~」
ギアの説明を少し簡潔に。
"P"とは、アクセルを踏んでもタイヤが動かず、ロックがされた状態であり、エンジンをかけることができる。
"N"とは、アクセルを踏んでもタイヤが動かない状態であり、エンジンをかけることができる。注意点として、タイヤはロックされてないので坂道ではゆっくり進んでしまう。
"D"とは、アクセルを踏めば車が発進します。ギアのチェンジは自動です。
"2"とは、2速。坂道の上り下り時に使用するギア。2速で固定されているため、安全な速度で坂道の昇り降りができる。
"1"とは、1速。馬力のあるギアであり、急な坂道などで使われるギア。公道ではまず使われない。
"R"とは、リバースの意味。車をバックさせるときのギア。
エンジンを掛けられるのは"P"と"N"しかないのと、"P"以外はタイヤが動く可能性があることを頭に入れておきましょう。
「車種にも寄りますけど~、基本はこれくらいですね~。通常覚えるギアは、"P"、"N"、"D"さえ分かってれば~、公道は走れますよ~」
ギアを切り替える癖はしっかりと身につけていた方が、事故の防止に繋がります。
「それではアクセルを踏んでくださ~い。ブレーキは常に離さないよ~に~」
「は、はい!」
「ハンドルも動かしましょ~」
道路というものがない、この広い駐車場で縦横無尽に走り回る美癒ぴー。当初は不安ばかりであったが、障害物がまったくないことで、不安は安心へ。安心から楽しみに変わった。形が全然違うし、何より身体への疲れがこないところも含めて、違っているけど勝手が似てる。
「自転車みたいな感覚なんですね」
「そだよ~、乗ったことないですけど~、みなさん、そう言ってますね~」
でっかくなった自転車を乗る感覚がだいたい合っている。責任は相当増えるのだが、
「では~停止してくださ~い。次の段階に行きましょ~」
「はい!」
その場でブレーキをかける。初めて踏んだブレーキは思った以上に強く前のめりに身体が動く。
「とと、すみません」
「いえ~、そうなりますよ~。一気に踏むと危ないって分かってもらえますよね~」
「そうでしたね、そういう痛い目に合わせて覚えさせる方法でしたね」
「その方が身に染みるから~。お客様に急ブレーキはしちゃ危ないよ~」
お客様の大半がシートベルトの着用をしないため、急ブレーキはホントに危ない。安全な運転だけでなく、お客様が安心できる運転をするのも勤めである。
「ブレーキの掛け方は~、一気に1回じゃなくて~、軽く2回、3回と断続して行なう。断続ブレーキを心がけてね~。それとアクセルの踏みこみを加減すれば~、速度も落ちますよ~」
「なるほど」
「じゃ~、今度はコーンをいくつか置いておくから~、コーンの外側を回るように運転していこうか~、準備が終わるまでグルグル回っててね~」
そうして、徐々にレベルアップしていく訓練の難度。コーンで作った道を回る練習で内輪差というものを教え。50キロ出してコーンの置かれた位置から急ブレーキをする練習。ギアの入れ替え、ハンドルの扱い、アクセルの加減。ブレーキの扱い。それらを身体に叩き込む。悪い癖が見受けられたら、すぐに叩いて直す。その繰り返しで運転を覚えてもらう。
そーした練習を3時間。すっかり、その扱い方が分かってきた美癒ぴーであった。
さすが、
「若いって凄いです~。形になってきてますよ~」
「いやぁ~、指導のおかげですよ~」
確かな実力と自信もついてきた。結構分かってきた。これなら……
「じゃあ、次は公道に行きましょ~」
「え、もう?」
「ここじゃあ車や信号、歩行者、2車線、路地もないので~、実践で学びましょ~」
「なんか段階飛ばし過ぎじゃ!?」
「問答無用で~す。残り3時間、実践ということで~!」
大体の操作が掴めた美癒ぴーの、初めての公道運転となる。
公道に辿り着くまで、トーコ様が運転する。
「大丈夫かな?」
その様子を見ていたアッシ社長は心配であったが、ここは心を締めてトーコ様を信じてみた。ここで問題がないからたぶん。きっと……。
「すみませ~ん、早いとは思うんですけど~」
「え?」
その心配とは裏腹にトーコ様にはやるべき事があったのだ。助手席に美癒ぴーを乗せて、残りの勤務時間である3時間を公道の実践にしたのは理由がある。
「私達の仕事というのをまだ知らないと思いまして~、実際に見てもらった方がタメになるのでご一緒してもらいました~」
そこにはまだ変わらず、眠そうな表情で公道を走るトーコ様の姿。
「"セーフティモード"をONにしますね~」
トーコ様はハンドルの横にある、本来の車にはないスイッチを押し、別のところから沢山の小さなボタンがついた場所が現れた。
「あっ!?なんか怪しいボタンばかりが出てきましたね!日野っちも出していたような」
「これが私達、『VALENZ TAXI』が持っている魔法で~す。使ってみたいですよね~」
「それはもう!便利とかよりも夢があるじゃないですか!」
キラキラした目をする美癒ぴーに触発されるように、トーコ様は"セーフティモード"のボタンを押した。トーコ様の髪色と同じ薄紫色のボタンが凹んでいた。
「これで大丈夫で~す」
「ほ、ホントなんですか?」
すると、トーコ様は歩道の方に車を寄せて停止。
「交代で~す」
「ええぇっ!?いきなりですか!?」
「接客もできるようにお釣りも持ってきてますから~」
「そーいう問題じゃなくて!公道、今から初めて走るんですよ!こんな真夜中に!」
「どうせ~、人も車もない閑散とした時間帯ですから~。一番走りやすいですよ~」
トーコ様が席を離れるのだから、泣く泣くするしかなかった。タクシーなんだから、お客様を乗せなきゃいけないし、急な飛び出しをする歩行者とかいたら無理だし、地元以外のところなんて知らないよ。
でも、信じて運転席についてシートベルトを着用。助手席にはトーコ様。
「発進の時は注意してくださ~い。ウィンカーを出して~、目視は徹底し~、道路の流れに乗って~、進入です~」
自分達以外、走ってないから流れもないけど……。
初めての公道運転を行なう美癒ぴー。閑散とした道路に、信号も深夜帯となって最小限の灯のみを照らす。
「信号は赤、青、黄のモノばかりかと思いますが~、赤点滅や黄点滅の信号もありますよ~」
「昼間だったらこんな光景見ないですね。点滅ばっかり。点滅ってどんな意味なんですか?」
参考として。
青。進んでも良い。(進めじゃないよ)
黄。止まれ。(停止位置での停車が安全ではない場合、進んでも良い)
赤。止まれ。
黄信号の点滅。注意し、確認して進む。
赤信号の点滅。一時停止し、確認して進む。
「へーっ。黄色も止まれなんですね。赤と黄の点滅って違いあるんですか?」
「一時停止をしっかりとして~、左右の確認の徹底ですね~。私はどちらでも一時停止をして確認してますけど~」
超迷惑。
「というか、青が進んでも良いって?進めじゃなく?」
「前に歩行者や交差点に侵入している車がいる可能性がありますので~、よく筆記テストのひっかけ問題として出るので注意してください~」
信号のお勉強をしていると、車が勝手に美癒ぴーのハンドル操作を無視して動き出す。ウィンカーも右へ。
「わっ!?曲がろうとしてますけど、良いんですか!?」
「構いませんよ~。決められたルートで走るよ~、アッシ社長に設定してもらってま~す」
右折レーンで停止、前後左右の確認をとってから素早く曲がっていく。模範的な右折だ。
何も操作していないのに曲がっていることに驚いて、アクセルから足を離してしまった美癒ぴー。魔法ってすごーい。
「あ~、アクセルは離しちゃダメですよ~」
「え?」
右折が完了し、”セーフティモード”は一時的に解かれ、減速していく。
「"セーフティモード"はわずかな危険を感知して~、安全を前提に行動をとりますが~、安全が確認されている時は~、運転手の操作に切り替わります~」
「そうなんですか」
アクセルを踏み込んで、加速していく。ガラガラ道路に合わせて踏み込んでいく。
「?」
40キロ以上のスピードが出ない。
「"セーフティモード"は~、ゼッタイの安全と安心の運転をご提供をしま~す。最高速度は40キロです~」
「ええぇっ!?」
練習していた駐車場では50キロとか出して、急ブレーキの練習もしてたのに。スピードの怖さが抜けたのに出せないもどかしさ。道路込んでたら、後ろから言われちゃいますよ。トーコ様は慣れてるのかな?
「危ない運転は良くないです~」
「でも、限度がありますよ!」