社会の正義は、様々なもんだ
「ホッ……ホッ……」
ガンモ助さんの日常は筋トレが中心である。タクシーという単純ながらも、激務な仕事をやる上で体力は必要。その体力を削ってまで肉体に磨きをかける。
会社へやってくる手段の一つに、自転車を使っているのは足腰強化のためであった。アッシ社長よりも年上でもう50になろうという年齢の自分を、痛めるように鍛える。
ブロロロロ
「自転車の昇りはキツイですが、有効ですねぇ」
「おお、アッシ社長」
「この坂から自転車で駆け降りるのも楽しそうかと」
「まぁな。恐怖心も和らげてくれる」
丁度、昇っていく最中。アッシ社長もまた会社に戻るところであり、並走しながら話した。
「最近、顔つきが締まって来ましたね」
「………まぁな」
自転車と並走して運転するのは危険なので、慣れてない人は止めましょう。
「復讐をする相手に辿り着けそうですか?」
「無論だ。あとは使者が来るのをただ待つだけさ」
自分の昔話を語ったばかりだ。アッシ社長は、そんな過ぎ去って変わりもない事を知ってもらうより、今がどう転ぶか分からない話について議論した方が良いと思う。
「"辞職願い"は受理しました。中身も拝読しました。さすが、プロフェッショナルですね」
「そうか?」
「分からない方が多い世の中です。立派に辞めることを決めながら、しかと今の仕事を真っ当するあなたはとても素晴らしい人だ。無くすのは惜しいです」
「ふはははは、そーいう仕事ができていたと評価されるのは嬉しい事だ」
誰にだって辞めることはある。
そう悲しんではトップに立てない。非情さというか、鬼畜さというか、人情の薄さもまた経営者や人事部に必要な要素であろう。
アッシ社長の場合は、欲の薄さでカバーしている点がある。
「改めてなんだがな」
「はい?」
「アッシ社長には感謝しているよ。このような会社に勤めることができ、目的も果たせる。そんな会社など、そう人生の中にはない。ありがとう」
「…………」
その時のアッシ社長の表情がやや複雑だったのはしょうがない。かろうじて、言えたのは
「漆木さん」
「む?」
「事情は知っています。ですからこそ、あなたがやるべき事はやはり間違っている」
答えは分かっているんだろうけど、その答えにたどり着いて、答えから成功となるまでの空白。
埋めようもない。とはいえ、正解もない。
「私の気持ちです」
「そうか」
「ただ、あなたが成功したのなら私の気持ちなど、関係のないことでしょう」
ブロロロロロ
「先に行きますね」
「おーぅ」
分かっているよ。そんなのは、大分前から知っているさ。
アッシ社長が仕事から帰ってくると、美癒ぴーと日野っちが話をしていた。
「美癒ぴー、今度なんだが」
おやおや、デートのお誘いですかと。社長が帰ってきたのに2人共気付かず、そのまま話をする。
飲み会の契機を入れれば大分、まともに話しができるようになったのだろう。
「一緒に出かけないか!来て欲しいところがあってな」
「うーん」
肝心なことであるが、
「どこに行くの?」
「そ、それはだな」
まだチケットも兵多から入手していない。しかし、美癒ぴーの都合に合わせなければいけない。ディズニーランドみたいな、テーマパークじゃないのが悪いんだが、どうしてそこを選ぶかというと……。いや、ちょっと違うところもある。そもそもだ。
「まだ、"場所"が決まってない。まず、美癒ぴーの都合なんだ」
「は?」
「俺も色々あるんだよ。日にちが合うだけでいい!俺も合わせるし!」
「日にちだけで良いの?」
そういう事なら学校を合わせつつ、仕事がない日。
「あ!ちょっと先の夏休みでもいい!"チケット"は兵多に頑張ってもらうとして!ここらへん、休みじゃんか美癒ぴー!」
「そこは大学の仲間と旅行なんだよねぇ」
ついこないだ、闇鍋の話を書いてしまうと季節感がブレブレになってしまう。
いちお、まだ夏頃である。
話し方が若干下手だが、楽しませたいというつもりあるんだろう。好みは人ぞれぞれで、日野っちが好んでいる事をしに行くのだ。
「ともかく、分かったよ」
「ホントか」
「いつか空けておくから、しっかりと準備してよね」
待ち望んでいるような、一生来なくても良いようなデートの断り方みたいな。どっちにもとれる美癒ぴーの言葉に、気を引き締めたのは前者だと願いたい。
「分かった!じゃあ、美癒ぴーが旅行から帰ってきたら聞く!その時までには"チケット"も手に入れるからな!」
まったく、日野っちにはどんな考えがあるんだろうか。
美癒ぴーとは別視点で感じている、アッシ社長は日野っちに尋ねる。
「今日の日野っちは休みでしょう」
「休みだからって、来ちゃいけない訳でもないだろう!それより、アレはどうなってるんだ!」
「………ですね」
怒りながら指さすその先で、眠っているのは畦総一郎であった。4日という期限が切れても、まだメテオ・ホールが迎えに来ておらず、ここでお世話になっているのであった。
トーコ様の指定席である長ソファーで堂々と眠れるこいつは、やっぱり凄い。
「トーコ様がお留守で良かったです」
「そうですね」
「俺はあいつと部屋が同じになったせいで、不眠症になったぞ」
自由奔放という概念じゃあない。
「くーっ……くーっ……」
「夜全然寝ないのに、昼間グッスリ寝ている奴を見ると腹立つ」
「でしょうね」
仕事には時間帯が当然ある。朝からの業務、昼からの業務、夜からの業務。それとは別にフリーランスでやる仕事もある。
畦総一郎の職業は、童話作家。時間に沿って製作する人もいれば、自由気ままにやる人もいる。畦はどう考えても後者である。
「メテオ・ホールさんが来るまで待ちましょう。それ以外、こちらも対処できません」
「会社内にニートがいると腹が立つな」
「まぁ、従業員じゃないだけ良いじゃないですか。無能と手を組むのは中々精神に来ますよ」
そんなこんなで。『VALENZ TAXI』の、平常運転は始まっていく。
はずだった……。
「かーっ……かーっ」
この畦総一郎。そろそろ、家や会社に顔を出さないとマズイと思ってはいた。堂々と寝ているけれど。
◇ ◇
1人目。と、書くより2人目が近いだろう。
ガンモ助さんは福道から電話をもらった時のため、出会うことはなかった。むしろ、出会わなくて良かったと思う。
「ど~ぞ~」
トーコ様は駅前で男性のお客様を2名、乗車させた。体に包帯を巻いていて、1人は松葉杖状態。病人がタクシーを利用するのはそう珍しい事ではない。
そして、何より。客を気にする運転手でもないのだ。
「×××まで」
「了解しました~」
目的地へとお客様を運ぶ。それがタクシーのお仕事。泥酔客、性格の悪い人、機嫌が悪い人。運転手に悪態をつける行為になんの意味があるか分からんが、
『VALENZ TAXI』という会社の体質は、企業として発展する事よりもお客様を第一に考えている気もする。故に客を選ぶ。
まぁ、アッシ社長から言わせれば、客が自分で客を選んでいると回答が来るだろう。
チャキィッ
「?」
後部座席から運転手に刃物を突きつけられ、
「有り金全部、置いてけ」
「車から降りろ」
犯罪行為にひた走る。その時まで、客として認識して欲しいか。そして、運転手として認識されるべきか。だからここからはどちらにも頷ける、言い訳合戦。
普通じゃないタクシー会社に普通な攻めで来た、復讐者達。だからこれからの理不尽は、復讐が成せなかった罰になる。
「わ~~」
眠る細目でナイフを見たトーコ様。その後、後部座席の2人に向かってその眼を開いた。
「お前等が出ろ」
トーコ様は比較的優しい。どんなお客様であっても、冷静かつ和やかに相手をし、泥酔客だってキッチリと眠らせて目的地まで運んでくれる(金は高くなるけど)。
ただし、よっぽどのクズ野郎を乗せたと判断した場合は、運転手の顔は出さない。今の奴とか、睡眠を妨害し暴言ばかりを吐くお客様とか(後者の客にはテレポートで対応ですが、ごねると容赦しない)。
刃物がトーコ様の服に触れているということは、トーコ様も相手に触れられるという事。知らなかったんだという、気持ちも分かる。だが、それには限度ってもんがある。
仕事にしろ、やるべき復讐にしろ。しっかりと調べて、慎重と大胆な行動が成功に導く。ただやるだけなら機械で済ませること
ベギイィッ
「え」
そこからの攻防というより、横暴な。まさに暴力の塊は2人のお客様を処刑に至らせる。
トーコ様はナイフを持つ男の手を握った。改めてその時に男達は知ったが、
この運転手!メチャクチャデカイ!!
可愛いくて緩い顔した眼鏡女性なのに、身長高っ!見上げるくらいだ!
座っていると分からないものだ。しかし、愚かにも今気付くのかよって突っ込んでしまう。トーコ様はナイフを持つ男を遠慮せず、手首を捻らせてナイフを床へと落としていく。
運転席の背もたれを魔法で消滅させ、ナイフが床に落ちる一閃で決める3連打は瞬く間に1人の男を粉砕。
「ひっ」
悲鳴を上げようとした男であったが、どんなことを発すれば良いのか、分からないまま。トーコ様の暴力によってズタボロにされるのであった。
ドーーーンッ
2人の男がタクシーから外へと投げ出されると、そこはゴミ捨て場だった。らしいといえば、らしい場所への置き去り。そして、
「ガソリンが無駄になっちゃいました~」
トーコ様は二人の男を無視して、また駅前に戻っていくのであった。




