主人公を除け者にして、ハーレムでもしようと思った
気掛かりが一つ。妹のマジメの様子である。
「アッシ社長ー」
「そこはですね」
車の整備、修理のため、車以外に触れ合うことが多いのがアッシ社長だ。その様子を笑顔で振り撒きながら、我慢して見守るトーコ様。
「お二人共、お茶をご用意しました」
「あ、気が利きますね」
「頂きます」
絶妙なタイミングで飲み物や菓子を提供するN_MH。至れりつくせりといった、アッシ社長。しかし、彼にはそーいう気はない。従業員の心遣いに感謝する、といったものだ。
でも、それはトーコ様にも同様な扱いである。
タクシー業務に勤しみながら、アッシ社長のあれこれを気になっては運転にも支障が出る。運転中はなるべく、余計な事を考えないようにしましょう。
ほんの一歩でいい。なにかのきっかけで、この痛い気持ちが解かれそうなのだ。
相談する人はもう、1人しかない。
「美癒ぴー」
「どうしたんです、トーコ様」
「相談があるんだけど~、訊いてくれる?」
「いいですよ」
妹のマジメにN_MHがいるのなら、こちらには美癒ぴーがいる。
トーコ様は断腸の思いで相談というかお願い、協力を頼んでみた。
「最近ね、アッシ社長が全然ね、私に構ってくれなくてね~」
この語りがどうしてか、最初に出会ったトーコ様を彷彿させる美癒ぴー。
「それでね、私なりにアッシ社長に気を留めて欲しいと思ってね~、考えたの~」
「どーいうものです」
トーコ様が考えることはロクでもないような気がする。しかし、その口から意外なことが
「名前で呼んであげようと思うの~。気を引くでしょ~!」
「!え、もしかして。アッシ社長の本名で呼ぶと!?」
ここは企業秘密が多い会社。ニックネームでの呼び合いも、多少なりの情報封鎖であったが肝心なことがある。
「アッシ社長の本名、知ってるんですか?トーコ様」
当然の質問だ。その質問を
「今から訊くの~、美癒ぴーも協力してよ~」
いや、そーいう協力ですか!?私になにができるのか。アッシ社長のこと、どうやっても訊けないと思ってしまう。
「それは無謀かと……」
「でもでも、マジメより有利になるためにも~、アッシ社長の名前を先んじて知りたいの~、秘密を共有って友達を超えたなにかじゃ~ん」
秘密を共有したら、秘密じゃないですよ。なんて言っちゃダメですかね?
「とはいえ、私も気になりますけど。そーいうことよりもその、アッシ社長と」
「でも、私。タクシーを運転するしかないし~、マジメはず~っと、アッシ社長のそばにいるし~。このままじゃとられちゃうよ~」
「……トーコ様。アッシ社長と違って、恋愛感情があったんですね」
恋の相談かどうか、正直怪しい気がする。トーコ様は結構チャンスがあったと思うけど、それは寝すぎが原因ではと……。それにその感情を深い意味で理解しきれていない気がするのは、友達が離れていくような寂しさと勘違いしているのではないだろうか?
美癒ぴーの気持ちはだいたい当たりである。
面白そうなことではあるが、失礼もある。美癒ぴーはともかく、
「話す場を作りましょう。幸い、一緒に住んでいるわけじゃないですか。一日だけ、体験ということで私もここに泊まります!」
「ホント~、美癒ぴーに相談して良かった~!」
むぎゅぎゅ~っと、トーコ様は美癒ぴーを抱きしめて、喜びを表現するのであった。
結末は分からないが、面白そうでもあった。みんなでお泊りなど久しいこと、仕事であるのならやりたくないが、そーいう雰囲気ではないし……
◇ ◇
「美癒ぴーが早朝の勤務を希望ですか?」
美癒ぴーは大学にも行っているため、早朝からの勤務は学校と重なるため避けられていた。(休日は一日勤務もあったりする)
しかし、本人の希望で早朝勤務にして欲しいと……
「まぁ、いいですけど」
「ホントですか!?」
「ええ。というより、私は美癒ぴーの心配ですよ?」
早朝という勤務を考慮して、
「でしたら、ここに泊まっても良いですか?私がここに初めて来た時みたいに」
「ええ。まぁ今は、マジメちゃんやN_MHがいますので大分違いますけど」
厄介な人物もいるし。
「美味しいねぇー、このアイス。ご家庭で作れる物なんだねぇ」
「零すなぁー!つーか、お前!まだ居たのかよ!」
安受けしなきゃ良かったです。
やっぱりこいつはなんなんだと、思って観察しながら指摘をする日野っち。1日、この畦総一郎を見守っていたアッシ社長は、様々な困難に思いやられた。
サイドレバーに飲み物をこぼすわ、ヨダレをたらしてシートは汚すは、窓に触りまくって指紋がびったりつくわと、やりたい放題の疫病神である。
これは確かにメテオ・ホールがお傍にいなければ、ある意味の、そう。ダーリヤ的な人間の屑の枠内に余裕で収まる人間。いても入るレベル。
「アイスってどうやって食べれば、こぼれずにできるかなぁ」
「子供みたいな疑問!?」
今のところ、畦の能力は発動していない。条件が満ちていないということ。発動さえしなければ、ただの人間(いや、無能という屑枠)だとメテオ・ホールは言っていた。
正直、これを残り3日。やるのは少々キツイ。メテオ・ホールが自らを神と名乗るのも、納得が行く重労働。介護疲れ……。
「畦さん」
「ん~?」
なぜ腹立たしく思えるか。それは畦の容姿がとても少年に近く、10代並の若い状態であるにも関わらず、ガンモ助さんの次に来る年長者だということ。年齢が40代というまだまだ人生を楽しめ、深みに嵌れる立ち位置にいながら、幼稚園時がそのまま40年の時を経たというような人間。
故に様々かつ、特殊な技能を天は彼に与えたんだろうなと、推察もできる。
「悪いんですが、今日は日野っちの家で休んでくれません?」
「えええぇぇ!?アッシ社長!何言ってんだ!?」
言葉でお客様を傷つけず、嫌な仕事を堂々と従業員に押し付ける、社長や上司特有の無茶振り
「いいよー。僕、家に帰れないし、電車乗れないし、道わかんないし」
「ちょーーー!アッシ社長!」
「はい、決定!日野っち、畦さんのお世話をお願いします!」
すげぇ嫌だぁぁっ。
こいつ、わけわかんねぇんだよ!クレーマー科、変人奇人類!近いところで言えば、宮野健太、酉麗子、勇薙の3人と同類な感じだ。まだあのメチャクチャ強くて怖ぇ、ダーリヤの方が話しが通じて気が楽だ!
「ちょっと待て!俺ん家、ホテルでもなんでもねぇーから!布団出しっぱなし」
「君がベランダで寝ればいいんじゃないか?」
「俺、主!!なんで俺がベランダ!?」
うぐぐぐっと引き下がりたい日野っち。
しかし、
「大丈夫じゃないですか、美癒ぴーを家に連れ込んでるんでしょ?女性を上げられる家なら、男性をあげても問題ないでしょう?」
「そーいう話じゃねぇー!」
ともあれ貧乏クジを引かされる日野っち。社長命令の権限強すぎる上に
「美癒ぴーも泊まるんだ」
「でしたら、今日の夕飯は豪華にしましょう」
「そうで~す。今日は女子会的なあれで~す」
日野っちは今気付いた。美癒ぴーが会社に泊まるということ、つまりは
「お前!ハーレムじゃねぇか!?主人公の1人は俺ーー!!」
メタ発言をしながら、アッシ社長の胸倉を掴む日野っち。
「まぁ、落ち着いてくださいよ」
「落ち着けるかお前!よく考えたら、お前、勝ち組過ぎるだろ!」
「努力して結果出せば、勝ち組ですから。必然です」
「ふざけんな、テメェ!女4人に男、お前1人って!どんな会社のお泊り会!?俺の家に来るのは、仲間でも、客でもない、ただのアホだろーー!」
「まぁまぁ」
アッシ社長はN_MHが淹れてくれたお茶を一杯頂いてから、
「口調が荒いですよ。目上には敬語を使わないと」
「そりゃ分かってらぁ!だが、アッシ社長は許してただろ!」
目上の方にこんなフレンドリーな応対は減給ものです。自分もこの手の対応ができないため、よく減給されています。
アッシ社長のように矜持なんか、そう持ち合わせていない社長や上司はいない事だろう。
「私は仕事の虫ですし、別にやましい事なんてしませんよ。色々雑務が残ってます」
そーいうことを信じてしまいそうな、たぶん、事実であろうと。
「やっぱり許せん!」
「許す、許さないは関係ありません。感情論は良くはないですよ」
仕事終わってますけど、私情で言えば、アッシ社長の方が入っている。
「仮眠室は彼女達が、私はそこのソファで寝ている状態。寝る場所なんて、これ以上貸せません」
「だからって俺はないだろう!?そうだ!タクシーで寝ても……」
一見、名案だと思って畦の方を見る日野っち。
「ん?なにー?」
「……やっぱり止めるわ」
「でしょ?壊しても、きっと日野っちとは違って、協力してくれませんよ。したらしたで被害を被りますし」
このアホ。この無能デストロイヤーは、タクシーを破壊しかねない。気を抜いてフラフラしていくと、ところ構わずトラブルと破壊を引き起こす天然の畜生。メテオ・ホール曰く、能力がエグイと言っていたが、人間としてすでにエグイ無能。
素でこんな奴が社会に順応しようとしたら、社会の歯車が壊れるほどヤバイ。
「いや、だからって。俺が、ね。分かってよ……」
「ですが、私とトーコ様、マジメちゃん、N_MHの家はここですし、美癒ぴーは明日の朝出勤のため、ここに泊まらなきゃいけないわけですし。布団もスペースもないですし」
「ねーねー!僕はどこで今日、寝ればいいの?ここ?彼の家?」
「あー、言ってますしね。日野っちが面倒を見てください」
「いやいや、俺の家も無理だって……」
「できますって」
「1人で畦さんの相手とか、ちょうコリゴリだぞ」
メテオ・ホールはあくまで護衛であり、畦には超常的な現象を理解する事がない。長い時間ではあるが、護衛だけなら負担はそうない。誰かに狙われているというわけでもないのもプラスだ。
だが、アッシ社長や日野っちのような一般人にとっては護衛というより、介護になってしまう。畦には2人がしっかりと見えていて、自分曰く、ちゃんとコミュニケーションをとれていると自信を持っているからだ。
超めんどくせぇ……。
「ともかく、お願いします。日野っち」
「別の選択肢はねぇの?お前が俺の家に行って、俺がここに残るとか」
「それはできませんね。雑務は私が纏めてますので」
「じゃー、僕がここに残るよー!日野っちとー、アッシ社長は、日野っちの家で」
「それはもっと了承できない!」
◇ ◇
バタァンッ
「ただいまです」
「お帰りなさい、アッシ社長」
「日野っち、畦さんはどうでした?」
「仲良く家で寝るそうですよ」
日野っち、気の毒だろうなぁ。どれだけ大変か知らないし、考えたくないけど。
そう思いながら、N_MHと一緒に料理を作っている美癒ぴー。
アッシ社長は日野っちと畦さんを送り届けて戻ってきた。
「えへ」
「!」
自分の人格データが埋め込まれた人間。こうして並んで料理をすると、妙に息が合う。私はどういう立ち位置になればいいのだろう?親じゃないし、姉妹とも違うし、こーいう存在が隣にいるとどうすればいいのか。
いや、そんなことよりも今日、自分がここに泊まるのはトーコ様のため。
アッシ社長には悪いですけど、今日こそ。あなたの本名を調べさせてもらいます。
「……………」
なんで私は日野っちの名前をこんな風に調べないんだろぉぉっ……。
「?美癒ぴー?」
「!ううん!なんでもない!」
そして、ふと気付いたこと。実感していることであるが、N_MHはきっと、アッシ社長に恋心などはないと思う。むしろ、日野っちをどう思っているか。色んな過去を持つ私からすれば、別に。といったところであるが、私の人格データを持っているとしたら強敵。
彼女の事を知る上でも、今日のお泊り飲み会は決して悪いことではない。むしろ、良い機会。
カポーンッ
「ふ~ぅ」
「生き返るね、お姉ちゃん」
パジャマ姿で廊下に出るトーコ様と、マジメちゃん。
湯気のほかほか具合はとても良いお風呂であったと表現できる。すでにこちらもちょっとしたパーティーへの準備は万端。
今日。マジメには悪いけど、誰よりも先に。アッシ社長の本名を知って、名前で呼んであげるんだから
そう意気込んで望む、特別な夜が始まった……。




