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VALENZ TAXI  作者: 孤独
進退編
61/100

下っ端の話がとてもツマラナイのは、そーいう人間が世にとって在り来たりだから


『なんだか差を感じる』


生きていることは1人じゃないわけで、他人がいる。比較が成されるのは当然であり、されるだけでなく自ら感じ取ることもある。

大切な判断の1つだ。


「ふみゅぅ~……」


トーコ様は、安眠ができなかった。


自分自身の甘さを深く受け止めなかったのは、まだそう感じない人間模様であったからか。本人はよかれと笑顔を振るって流すこと。悪くはない。責任という荷は人によって、身体を痛めるものだ。

だから、嫌なことを忘れる一つのことは身体の健康を維持するため、必要な精神サイクル。ただ、トーコ様は際立ってこの精神サイクルを利用する。

忘却の重要な境界、線引きは。自分が”された”ことで忘れられないか、どうかだと思う。


悔しさだったり、悲しみだったり、怒りだったり、あるいは喜びもあるだろう。


差を知る事、見上げてもキリのねぇこと。そして、その差に多くが関係のないことと割り切れること。

かといって、比較されない社会が許されるものか?限度というのを除外して物事を測ってしまうのは、良くない。生きることは平等であっても、生き方は惨いほど不平等だから、面白みもある。

どうしていくか考える。どうしていくか行動する。


これは仕事の成否ではなく、仕事の質の問題と捉えるもの。ひいては人生の味のような感じ。

どんな味なのか、甘いのが好きか、辛いのが好きか、酸っぱいのが好きか、無味もまた一興か。



◇       ◇



休みを頂いたその日。トーコ様の居場所はここしかない。会社が自宅でもある。

ぐっすりと眠ろうとしたら、身体を伸ばして安眠をお約束する高価な低反発枕の上に頭を、大きい体を包む毛布だ。髪は寝相と共に変わっていき、起きる頃にはライオンのたてがみのようになって、可愛らしさの欠片が抜けてしまう。

そうなることを後で知っても、幸せそうに寝返るトーコ様。柔らかいクッションで腰の負担を癒し、寝相で動いても枕から落ちず、優しく柔らかくする枕が脳の疲労をもとる。

スーツ着用中に付けていたよだれカバーも要らない。ふとんも、毛布も、シーツも、洗濯するもので遠慮なく吐きだしてしまう。


「く~……朝ですぅ~」


トーコ様は、女性としては背が大きいため、サイズに合うパジャマがあんまりない。

可愛げなオレンジのチェック柄や様々な果物が描かれたパジャマの2,3種類ぐらいしかない。


起き上がるも、両目は相変わらず閉じていて、睡魔でよれよれしながら箪笥に入っているスーツを取り出す。普段着というものがほぼなく(パジャマぐらいしかない)、休みであってもスーツ姿に身を包むことは頻繁である。

少し肌寒くても、パジャマと下着、中に1枚の白シャツで就寝するトーコ様。

仮眠室のところで堂々とお着替え。妹のマジメちゃん、家政婦となってきたN_MHの2人がここに来てから、仮眠室も賑やかになってきて、女らしい香りがより際立って日野っちやアッシ社長も遠慮しがちになった。元々、トーコ様は女性なんだが眠る生き物という認識が強くて、拒否感がそこまでなかった。さらに言うと、本人も他人も興味が薄かった。

パジャマを脱いで、汗を吸収したシャツも脱いで、本当の下着、1枚の姿を朝の仮眠室で曝す。鍵もしていないので、着替えをする場面を覗くことが容易に可能であるが、あまりにも難易度が簡単過ぎるのと、羞恥心という下卑た気持ちが沸いてこない事、魅力はあっても性格が欠如していて、女性らしくない。決して、肉体的に魅力のない女性と表現しているわけではない。身長は確かに一般的な男性からしたら、見上げるくらい大きいが、その分魅了する部位も比例して大きい上に、しまるところはちゃんとしまっている。

ただ、丁度いい女性の身体つきをしていない。それだけ。


最近、女性用と男性用で分けようかと、アッシ社長がぼやいていた。それは今までトーコ様が女性だが、女性らしさの欠片がなかったことだろう。

怒って戦えば、この会社では誰よりも強いし、なにより怖い。



「みゅ~…………」



残念。そんな言葉が、どうしてか浮かんだ。指定席の一つ、事務所の方へ。



ソファーに座って、ギュ~~ッと眠っていた表情で携帯用枕を抱きしめながら、アッシ社長の机の方に体を向けていた。

その本人は今、気分転換からか。タクシーの営業に向かった。


「畦さんのお世話だそうですよ」

「そうですか~」


営業かと思ったら、また誰かのお世話だ。

構ってくれないのかと、子供っぽい事だろうけど。大人だって(トーコ様を大人として認識するのはどうだろうか?)、構って欲しい奴がいる。

N_MHに差し出されたお茶と、お団子を頂くトーコ様。


「朝食にしましょうか?」

「ダイジョブ~、今日は~、一日中~、ゴロゴロだから~」

「あはははは、そうです?でしたら、私。買い物に出かけてもよろしいでしょうか?」

「買い物?」

「夕方には戻ってきます。あ、マジメちゃんと一緒に行くんですけど」


私は誘ってくれないのかな?


そんなネガティブな気持ち。分かってくれるだろうか?


「う~ん、お昼は~?」

「お蕎麦なんてどうでしょうか?冷蔵庫にありますよ。天ぷらとか作っておきますから」


プクーっと、頬が膨れること。

ちょっと、分かってくれない。


マジメも、N_MHも、私に構ってくれない。寝ている方が幸せだけど、眠り過ぎるのも良くはないんだって、最近になって思う。みんな近くにいるはずなのに自分だけ遠く離れてしまっているような、疎外感って言うのかな?


「いいよ~、それで~」

「?何か怒ってます?」

「別に~」


まだ美癒ぴーがいるしって、気持ちがあった。


それはともかく、妹のマジメがこんなにも早く、友達を作っていたのは驚いた。確かにN_MHとは同期といっても良い。勉強一筋で誰かと買い物なんて、自分としかしたことがなかったはず。

あるいはアッシ社長とだったら喜んで行ったのだろうか。

人間模様が目まぐるし変わって、自分自身の変化もいつの間にか起きる。知らずに起きる。


「それでは行ってきます」

「留守番、お願いね。お姉ちゃん」

「いってらっしゃ~い」


見送りを志願すればよかったと、手を振って送ってから思った。

地球で運転をしたことがないマジメだ。っていうか、マジメはここの免許を取得していないような気がするけど……。”セーフティモード”を起動しておけば、大抵は大丈夫。大丈夫。この前、自分がそれで事故を起こしたけど。



「ふ~」


人って変わるものだ。

前の普段なら、12時間以上の熟睡を決め込んで、仕事でもらった疲労やストレスをリラックスに変えるものだが、今はどうしてか周りとの違いを感じてしまう。

最近、ホントに新しい人が来た。頼られていたこと、求められていたこと。それがより当然になってくること、進歩の過程であるのは正しい。自分だけがそれでも良いと、思えるのなら仕事を辞めた気がした。でも、自分のこの体質を受け入れるとしたらここなんだと思う。


ゴチャゴチャ考えたら、安眠できないな。不眠症はホントに辛い。


「あ」


あとで勤務表を見てみたら、今日は美癒ぴー。休みだった。


深く眠れないのにずーっとそうしなきゃならない、日だった。



◇      ◇



何か変わろうとして焦ってはいけない。でも、焦るような時間を感じないのは、もうどうでもいいのかな?難しいなぁ。


「アッシ社長やマジメちゃんがいないな」


お昼頃。ガンモ助さんが事務所にやってきた。今日の予定ならば、日野っちと同じ時間で出勤するガンモ助さんであったが、日野っちが遅刻していた。

というのも……


「トーコ様、アッシ社長はどうした?」

「ふぇ~」


あんまり眠れていないところ、太い中年の男の声は脳へと嫌に響く。


「なんか~、アッシ社長は~、畦さんとお出かけみたいです~。まだ帰ってこないですね~」


遅刻は会社によって、厳しく取り締まるものです。

『VALENZ TAXI』ではあまりないことですが、バスや電車などが遅れた場合は遅延証明が発行されます。遅延に巻き込まれた時はご利用しましょう。


『なに?電車が遅刻した?ならどうして、会社に泊まらなかった?』


おっと、今のは秘密だ。


「それはダメだな。アッシ社長に何かあったかもしれん」

「え?」

「すぐに双方に連絡するべきことだ」


ガンモ助さんは心配という体で、日野っちとアッシ社長に連絡を入れてみた。

休みとはいえ、急遽、変わって欲しいこともある。自分自身が健康を気を付けていても、他人が病気やケガなどで休むことだってある。会社の意向というものもある。


「む~ぅ」


ガンモ助さんは何気なく、心配という気持ちでやったこと。会社に出勤したばかりの人が、休みだけど会社にいた人よりも早く動いた。

刺身を頂くとき、しょうゆを先に使われた。欲しかった商品があと少しでなくなったみたいな。

ちょっとした悔しさが、いつもより悔しく。歯が軋んだ。


「みんなみんな、私よりズルいです~」

「?なんの事だい?」


連絡してみれば、畦さんがブラブラしていたせいで、アッシ社長も日野っちも遅れているそうだ。

特にヤバイわけではなかった。

しかし、それよりも気持ちの乱れをトーコ様から感じ取ったガンモ助さんは尋ねる。


「もしかするとだが、トーコ様。構って欲しいのかい?」

「なんで分かるんで~す!マジメも、アッシ社長も、美癒ぴーも!私に最近、優しくないです~!」


伝えたい本人達がいないからこそ、伝えた言葉。内に秘めた本音がポーンっと吐き出された。会社内の不満というものは、早々会社内で吐けないものだ。よくて休憩時間の間とかだ。

誰かに聞いてもらいたい、そんな不満を溜めていては体に良くない。大人という仮面をつけて、仕事をするにしてもだ。仕事をするのは人間だ。プッチンと、緊張だったり、ストレスを受け止める皿が割れてしまう。


「ふーむ」


ガンモ助さんは顎を指でかきながら、自分自身の経験から一つの答えを伝えた。

なんのかんので、彼がアッシ社長を支える代表格と言えよう。日野っちや美癒ぴー、トーコ様、マジメちゃんの四人は若すぎたり、幼稚であったりするものだ。


「それはアプローチ不足だったからだ。過去形で伝えよう」

「むぅ~」

「君は安心しきっていたんだろうな。私がここに来た時、君はホッとしたり、少し優しかった。それから日野っち、美癒ぴーと続いた時、嬉しくなっていた」


時代は当然ながら動く。

自分が変わらないことで一定の平和や安心は保たれると、思う。それは少し先の未来で違うと知る。


「だが、2人は成長していき、トーコ様の元を離れたと言っていい。N_MHも、君のマジメちゃんも優秀の片鱗を見せている。アッシ社長の評価もとられる」

「うっ」


社会という縦社会。それを上手い事躱しながら、よく言えば、丁度いい立ち位置に居つくこと。聞くだけならとても容易そうで難しいものだ。


「日々の努力というものだ」


年齢と社会の環境からガンモ助さんの答えは、トーコ様の胸を確実に抉っていくものであった。


「社会人って奴は嫌なほど、時の流れが速く感じる。そのくせ、中々思い出は残らん」


みんなの時間は平等と言われるのは、きっと社会人になって気付く。なんだろうか、倍速で人生という動画を進められる感覚なのだ。


「どうすれば良いか分からないだろうが、その中でもがくなり、眠るなり、ともかく。必死に自分っぽく生きてはどうだ?君はこの会社が好きなはずだ」

「そうですよ~。私はここを、アッシ社長から離れたくないです~」

「それで良いのです。君しか、君を動かせない。不満はあって当然。答えがなくて当然。周りに認められること、されないこと。変わることに戸惑うのも当然」


時代は変わる。どんな会社にも世代交代という波が来る。退くも一つ、残るも一つ、進むも一つ。トーコ様は環境に戸惑いを見せながらも、心の奥。残りたい気持ちがある。ならば、留まるはもちろん、結果を導く努力が必要である。

美癒ぴーや日野っちは進むだろうし、N_MH、マジメちゃん、そして、アッシ社長は残るだろう。


「トーコ様なら大丈夫ですよ。年や家族をまだ感じる頃じゃない」

「そうですか~」

「あなたはしっかりと、日野っち達を応援できる先輩になれますよ」


ガンモ助さんは……


「アッシ社長のお傍について相応しくもある」


退く。

今日、アッシ社長へ渡す”辞職願い”を握り締め。



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