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VALENZ TAXI  作者: 孤独
患者編
59/100

他人の人生は、だいたい自分と他人に関係ない

幼少、小学、中学、高校、……そこからまた、様々な選択があって、成功にしろ、失敗にしろ。

得られるものと失ったもの。

過程を通して分かること。それもまた、一つの答え。



カタカタカタ


「どひぃー」

「今回のプロジェクトも重たいですね」

「遣り甲斐はあるかと?ため息ばかりはよくないですよ、安西さん」


後悔とやりごたえを感じるもの。

やってきた事に返ってくるもの。もしくは、何もなきこと。

人生は色々。それをどうして持つか、どうしてできずか。才能や生まれ落ちた場所、そーいった運命という括りとはまた別の、人生の道。その歩き方。


今泉ゲーム会社という、人との繋がりと1人の夢があって、続く企業があれば。


「平和だねぇ、藤砂くん」

「ああ、……今のところはな」

「電脳ウィルスが来たけど、何事もなかったね」

「それは俺達に関係ない、……お前もすぐにブレーカーを落としたろ」


普通の喫茶店を装って、常日頃、道楽で一日を過ごす店主とそのお客様達。


「『LOST』の異常の元は出来る限り捜索しろ」

「まぁ、無駄じゃろうな。足跡を追えんのも厄介な兵器じゃ」

「対処はできても、事前に防ぐのが最大の防衛なんだろうがな。いかんなぁ」


見えぬ敵意や脅威を感知し、未然に防いだり、迎撃する武装組織も同じく。


「え?それはホントですか?トーコ様」

『そうなんです~!ごめんなさい~!』

「分かりました。私が向かいますから」


夢を叶え、順風満帆でどこに行きつくか分からぬことも、一種の答え。のんびりと、ゆったりと、叶う願いの中にいる者。

繋がりもあって、答えに近づくこともある。ないということもある。


「えへへへへ」


少し笑う表情が多い。その程度の特徴と捉え、何か入院するほどのことがあるのか。

よく喋る彼女に普通のオーラというものは感じる美癒ぴー。

ラジコンの雑誌を広げながら、様々なラジコンを喜々してチェックする知与。美癒ぴーも、楽しみに従うように雑誌を覗き見ると……


「!?」


確かにそれはラジコン雑誌であるのは間違いない。

妙なくり貫きがされているだけの、雑誌だと思えばいいが。見ただけで異常だった。


「……あの、知与ちゃん」


美癒ぴーはそれが、明らかに異常であると察する。空気と状況を読む、社会人にとって必要な気配りと同義の行動で


「そこの、ちょっと古い、雑誌を読んでもいい?」

「うん、いいですよ。ラジコンの素晴らしさがいっぱい詰まってます!」

「う、うん」


知与が何も抱かず、本を差し出す。それがまた不気味であり、笑顔の裏側にいる顔は想像を超えそうな、……病。つい、思い出すのは畦総一郎のような性格。あれは生まれつきらしいが。


「漆木さん」

「……すまない」


少しだけ、美癒ぴーが気付き。ガンモ助さんこと、漆木さんも頭を少し下げて、雑誌を読むことを許可した。恐ろしく思いながら、開けば……


「……………」


ラジコンの魅力がたっぷりと紹介された記事と、躍動している様々なラジコンの写真。華麗なドリフトが伝わる写真に、競い合っているライバルたち、空を自由に飛び回るラジコンヘリコプター。最近ではドローンなんてのも、有名だろうか。


「っ…………」


どちらかというと、男の趣味。汗臭さや渋さより流麗なパフォーマンスで魅了する、アウトドアなオタクの趣味って感じ(美癒ぴーの感想です)。それに否定するわけではないが、改めて、これを心の中で否定させてもらう。

知与の眼が、雑誌に夢中になっている瞬間に、再確認する。


「本当なんです?」

「あぁ」


聞かれても、誤魔化せる受け答え。漆木さんも躊躇なく、遠慮もなく。

頷いた。ちょっと、目をそらしていたのは気のせいじゃないかな。

気色悪くなってしまった、雑誌を閉じようと思ったが、それでもそれは傷つけてしまいそうで、我慢して目を通した。言葉を堪えることも、また伝えるもの。

日野っちと、ある意味で仲が良かったのも、納得がいく……気がする。そして、自分自身があまり好かれていなかったことも。とても大変だ。



この読んでいる雑誌には、男性という存在は全部、切り取られていた。それは知与が今、読んでいる雑誌も同じ。全ての男性が本の中から切り取られている。




◇       ◇



それから知与のラジコントークは1時間くらい続いた。家族以外で、気軽に自分を話せる相手に会い、ついつい夢中かつ楽しく、話していた。

付き合う美癒ぴーも大変そうな顔をしつつも、受け答えはシンプルに、知与を否定することなく。調子に乗せる意味で賛同していた。そうせざる負えないのが当然。


「あの」


それから漆木さんが、仕事という言葉で会話を柔らかく止め、知与も謝って止まった。でも、とても嬉しくてまた来てほしいとお願いした。よっぽど、今日のことが楽しかったのだろう。ホッとする2人でもあった。

ちょっと病院の待合室でガンモ助さんにジュースを奢ってもらった美癒ぴーは、改めて、訊く。


「知与ちゃんは、男性恐怖症なんですか?」


雑誌の切り抜きが人物だけに集中しており、それもこと丁寧に行われている。

そして、自分と話した感じはまったく問題がないほど、在り来たりの女性であった。

答えをすぐに理解してもらい


「ああ。知与は極度の、男性恐怖症だ」

「やっぱり……。あの異様な雑誌の切り抜きは、そこに写っている人は男性なんですね」

「私がやっているよ。知与は私以外の男性とは付き合うことができない、写真だけでも精一杯な娘さ」


異常とか、異様とか。

それは非日常ばかりをこの頃、体験している美癒ぴーであったとしてもだ。


一見、おかしくはあっても、平常と普通とか思われることはむしろ異質と指摘されてもおかしくない。


やり過ぎではあるが、彼女にとってはそれが平然となければならない。心の在り方、作られ方、様々故に起こりうること。

それは生まれつきという致し方ないこともあれば、人生という道を歩いて気付けたこともあれば、偶発的と悪意的なことを秘めるものもあれば……。知与の場合は3番目。


「謝るべきことがある。君を辞めさせたかった理由を率直に言うと」


美癒ぴーに失礼があったことを謝罪してから、


「実の娘が、性犯罪に巻き込まれたからだ」


ドッ……と胸が震えるというか、ゾッ……と心が怯えるべきか。

小さく冷たい汗を一滴流した美癒ぴーであった。ガンモ助さんは続ける。


「6年前のこと。当時の娘は大学に入ったばかりだったか。話はよくする子でね、明るくて友達も多くいた。君を辞めさせたかったのは、たぶん……より、面影があるくらい。君に共通するところが多かったからかな」

「そ、そうなんですか」

「そうなって欲しくないと、前の自分を後悔して思っていた。それはとても失礼なことをして済まない」


重々しい話。

しかしながら、美癒ぴーだってだ。日野っちがいなければ、ということはあった。私は助かった側で、知与さんは


「当時の私はそうだな」


胸ポケットにしまっていた写真を取り出し、美癒ぴーに手渡した。これが一番、その当時に近い家族写真である。意外なことに、ガンモ助さんは今のようにマッチョな肉体ではなく、ちょっと小太りな中年であった。常に鍛えれば肉体は変わるという証拠のような写真であり、その隣には奥さん、さらに隣には知与さんだ。大学への入学式のだろうか、ビシッと決まったスーツ姿の人が病室でぐったりとしているなんて、ここからはとても想像できない。

とても幸せな1枚であるのは間違いない。



「趣味は色んな免許をとる事でな。銀行員をしていたんだ」

「あ、じゃあその過程で色んな車種の免許を持ってたんですか?」

「そうだね。アウトドアな免許ばかり好んだのは、仕事の大半がクーラーの効く場所での業務だったから。頭を使うことが多かったし」


ちょっと話が逸れてしまったが、しかし。仕事のためというより、趣味のために免許や資格を得ることも楽しみなのだ。勉強や練習、努力、……そーいうものは確かに詰まらず、退屈で、馬鹿にされることかもしれない。だが、成長したという一歩を知るのが何よりも楽しめると思う。


「ともあれ、家族との繫がりはそう厚くはなかったと思う。娘はできた子だと自慢できた。それ故に失うということを軽率に思い、なによりだ。娘が急に、本当にいなくなると、思わないだろう?」


それが事故であり、事件であり、何事もなく起きても良いと思う人は確かにいないだろう。


「事件のその日も残業だった。忙しくて、すぐには知る事ができなくて、駆けつけることもしないで、今の娘に会った馬鹿な父親さ」


美癒ぴーを、知与に見立てるような懺悔の言葉。

顔を見せず。言葉だけを吐く。


「俺は娘のために、なんでもやれるのだろうか?」


悲しみ、苦しみ、不安の渦中にいる。そんな人間が持つ心の負を間近で、冗談など一切もいだかせない言葉を美癒ぴーに訊いてみた。


「……………」


すぐにそれは、『はい。ガンモ助さんならできますよ』と、明るく励ますことができるほど、鈍感でも、元気の良い人間でもない。マジメちゃんの心中自殺よりも歪な質問が伝わる。

間違ってはいけない。なんて今、その言葉を使える?分からないけど、分からないって、言葉を詰め込むこと。それで誤魔化して


「知与さんの望むことをするのが、ホントにいいと思います」


出してみた言葉に、ガンモ助さんの不吉な空気は消えた。


「むっ、そうか……」


本音はどっちだろう?


「私の父ですけど。ガンモ助さんよりダメな父ですよ?」


美癒ぴーにはそれが分からない。

会ったばかりであるし、父親というわけでもない。母親という立ち位置にもいない。寄りは娘の方だろう。出した答えは、結局、自分には分からない。そーいう答え。


「一生懸命でも家族にしてることは、働いているってことだけ。そーいうイメージですね。母や姉といることが多くて、そんなに付き合ってませんでした。あ、でも。働いて家族を支えるということが、父親としての在り方かも……」


娘視点にしろ、子供という立ち位置から見れば、親というのは非常に曖昧で変わる存在。人それぞれ生まれついた時の環境に大きく及ぶ。邪険に思うことも、嬉しく思うことも、


「あははは、案外。父親って分かりません、ね。私の中での父親と、ガンモ助さんと比べるのは無理です。ごめんなさい」

「それがいいことだ」

「ただ、娘のためにする父親だというのは今、第三者という私が分かります。知与さんが気付いてくれなくても、大事なことのために何かを成すのは正しいはずです」


言葉を織り交ぜて、二人を応援する。それが精一杯だった。

話してふと思った事だが、ガンモ助さんがこの会社にやってきた理由はもしかすると、娘の知与さんのため……?


その理由は個人情報でもあり、秘密にすべきことだと。


美癒ぴーは、心の中で堪えて聞かなかった。アッシ社長が自分に辞めるか辞めないかの際、言っていた事を思い出す。


『必ずしも知る事とは勇気ではないのです』


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